第5話-1
「・・・・アイツ確かにキレると迫力あるな」 ナツオと共に理科室に取り残された武田がぼそりと呟く。以前ナツオから聞かされていたものの、普段の柔和な雪村からはおよそ想像できない程の凄まじい威圧感は、こうして目の当たりにしてみなければ実感出来なかっただろう。 (アイツの事ちょっとナメてたな・・・) 武田がそんな事に思いを巡らせていると、それまで身を硬くして呆然としていたナツオが、突然武田に話しかけてきた。 「タッ・・武田!ゴメンっ!!!」 心底申し訳なさそうに、おずおずと武田の顔を見上げた。 「・・・・何がだ?」 「え、だって私が武田に助けを求めたせいで・・・・!武田まで怒られちゃったから!今ので武田とハルキ達の仲まで悪化したよね!?ええっと、考えたらこうなるって分かるんだけど、あの時はもうそんな事考えられなくなってて!私っ―――」 ナツオは額に汗をにじませ、慌てふためきながら武田に詰め寄る。 「わわ分かった!!分かったから少し落ち着けっ!!」 武田はその勢いに思わず後ずさり、ナツオから距離をとる。 そして近くにあった椅子に軽く腰掛けると、静かに一息つき『なんて事は無い』と言わんばかりに話し出す。 「安心しろ。別に元々それ程、仲良しってワケじゃねーからよ。」 「でも・・・ハルキも、友達バリアの小さい方とも、すごく仲良かったんでしょ?私の味方したから、裏切ったみたいになっちゃって・・・・」 ナツオは先刻、ハルキと八峰が武田に向けた悲痛な言葉を思い出していた。自分が彼らの仲を引き裂いてしまったと思うと今更ながら、罪悪感に苛まれる。 「ああ、まあな・・・・って別に仲良くねーし!//// ・・・つうかハチ公の方は、例えどんなに怒ってようがカレーパン一個で解決するから気にするな」 「ええっ!お手軽すぎない!!?」 脳裏に八峰の顔が浮かぶ。いつも食べているせいか、ナツオのイメージの中でも、彼はカレーパンをほおばっていた。好物なのは間違いないだろうが、そこまで好きとは思わなかった。ナツオの額に先ほどとは違う困惑の汗が浮かぶ。 「そもそも、なんでお前は自分が悪いと思うんだ?今の雪村の偉そうな言い方に、俺は結構イラっときたぜ。」 武田が話を本題に戻しつつナツオに疑問の目を向けた。ナツオは気まずそうな表情で武田から視線を反らし答える。 「え・・・なんでって・・・だってあの人の言う事が正しいから・・・かな」 「は?」 「絶交されてる私がハルキに付きまとってる状況がおかしいって・・・自分でも分かってるし・・・・・・・」 「ああ。オメーが雪村にやけにビビッてるのって、イタイ所を突いてくる自覚があるからか・・・」 なるほどな。と武田は納得した。ナツオは武田が花菜子から伝え聞いた通り、なかなか情に厚い人物だった。だから友人を救い出すためならば迷い無く戦うのだと――。それは武田自身が身を持って体感していた、見るからに対格差のある自分との衝突さえ厭わなかったのだから。それが雪村達を前にすると、いつも腰が引けていた理由が分かったのだ。 相手から助けを求められる状況で、初めてナツオはその意思の強さを貫ける。考えてみれば当たり前の話だ。今はハルキ自身がナツオを拒絶しているのだから。 「・・・だから不思議なんだけど、武田はどうして私に協力してくれたの?」 先ほどとは打って変わり、真っ直ぐな視線を武田に向けてナツオが問いかける。 「別に――。お前だって神原の友達『だった』んだろ?」 「う・・・うん?でも今は・・・」 「お前は『友達』、『友達』っていうけどな。俺は、お前と雪村の間にそれ程差はねえと思うぜ・・・」 ナツオはその言葉の意味が分からず、無言で首をかしげた。 「正確には、お前や俺や雪村達二人、だな。そん中の誰一人として、神原の胸の内を知らねーって事だ。アイツは何か悩みを隠してるんだろうが、テメーの中で全部抱え込んで、誰にも心を許してねーんだ。だからアイツにとっては、どいつもこいつも大差ねえって意味だよ」 ―――心を許していない・・・ それはナツオも以前から感じていた。ハルキの心は閉ざされていると。ハルキが時折見せる、行き詰った表情から感じる『何か』が彼を苦しめている。しかし武田の言うように自分の中にしまいこんで誰にも明かされていないのだ。 ナツオは床に落ちて割れてしまった髪留めをすくい上げると、大事そうに両手で包み込んだ。壊れたそれを見つめながら思う。 (昔・・・ハルキはきっと私の事を本当に、大事な存在だと・・・親友だと思ってくれていた。) 皮肉なことに現在の彼のナツオに向けた強い憎悪ともいえる感情で、それを確信していた。信頼の想いが強いほど、『それ』が裏切られた時の想いもまた強くなるのだと。 ハルキとの絆・・・・ (もし私達が、今も昔のままの関係だったらなんて・・・私の思い上がりだろうか・・・) でも、それは他でもないナツオが自ら手放してしまった。焼けるような恋しさと後悔が込みあがり胸が張り裂けそうになる。 (―――苦しい・・・) |