第6話-1
「どうしたのこんな所に座り込んで!具合悪いの?」 ナツオは、ベンチに腰掛けるハルキの前に回りこんで、顔を覗き込みながら話し出す。 ナツオの声に顔を上げたハルキは、目に飛び込んできたナツオの姿に思わず息を呑んだ。 着物をきているせいだろうか、いつもとどこか雰囲気が違う。 月明かりの中、屈んだ拍子に頬に流れおちた長い髪、その髪を指先で耳にかけるナツオの仕草が妙に艶やかに見えた。 気づけばハルキは呆けない顔でナツオをみつめていた。 (綺麗だ・・・――――。) その時、なんの迷いも無くそう思ってしまった。再会してから何度と無く『女の姿』のナツオを見ていて、今までただの一度もそんな想いを抱く事など無かったのに。 それどころか、特定の誰かにそんな思いを向けたことさえ初めてで、ハルキ自身が信じられない気持ちになった。 「・・・ねえってば!!大丈夫?私の声聞こえてる?」 放心状態のハルキを見かねたナツオは、ハルキの顔の前で何度か手を左右に振って正気を確かめる。彼の胸の内など知るわけの無いナツオにとっては、ハルキがどうかしてしまったのではと心配になる状況だったのだ。 「あっ・・・!」 ナツオの必死の問いかけで、我に戻ったハルキに羞恥心がこみ上げてきた。 (俺は今、どうかしていた・・・!) 突然現れるはずもない場所にナツオが現れた。その姿がいつもと違う装いだったというだけのことだ。 「ホント・・・!どこにでも現れる奴だな!」 ハルキはベンチから勢い良く立ち上がりナツオから顔を背けた。 一時的に気が動転して錯覚を起こしたのだろうと結論付けて無理やり自分を納得させたが、同時にそんな内心を悟られたくなくてつい大声を上げてしまった。 「えっ・・・あっ・・・これはその偶然でっ・・・」 『どこにでも現れる』と言われると、まるでハルキの後を付け回していたのを責められているように感じてしまいナツオの頬に汗がにじむ。 動揺するナツオを前に、ハルキはバツが悪そうに黙り込んだ。彼女の身なりはどう見ても秋祭りの帰りで、わざわざハルキを付け回すために現れたとは到底思えない。そんな事は解っていたのに・・・・。 「・・・この前のタバコ・・・」 ハルキは一呼吸おいてナツオに目をやると、やや気まずそうに話を切り出した。 「えっ!あ!まだ返して無かったね!今持ってなくて家に・・・!」 「そうじゃなくて・・・」 「何?」 「もう必要ない、タバコは止める」 「えっ」 「・・・なんで庇ったんだよ、見つかった時俺のだって言えば良かったじゃねーか」 「ええっ!!ハルキそれ知ってたの!?」 ナツオは驚くと同時に、顔を赤くして両手で顔を覆い俯いた。 「私よりによって先生の前でばら撒いちゃって・・・!格好悪いから知られたくなかったのに!」 ハルキを庇ったという意識がまるでない様子のナツオを前にすると、彼の罪悪感がひどく刺激された。 「はあ・・・・・少しくらい恩を着せて来るくらいの方が気が楽なのに・・・そのせいでお前、悪い噂までされているんだぞ」 居た堪れない表情のハルキを前に、ナツオは首をかしげてしまった。 「あれ・・・?もしかして責任を感じてるの」 ナツオはその様子を察して問いかける。 「当たり前だろ・・・」 「先生の前で撒いたのは私なんだから別にハルキのせいではないと思うけど・・・。あ、でもタバコを止めるのは賛成だよ、体に悪いしハルキのお父さんだって心配するよ!」 その言葉にハルキの表情が凍り付き、空気がまた一気に張り詰めていく。 「関係ねーよ」 「え?」 「あの人とは血がつながってない。だから関係ない。」 「だからもうここまで話せばお前なら分かるだろ?」とハルキは、言葉を続けた後、ナツオの返答を待った。話せるのはここまでだと。それ以上は踏み込んでくるなと忠告をしたのだ。 ―――だから、お前ならわかるだろ? ―――分かったよ。お前のことを信じてるからな。ハルキ。 それは以前、雪都にした事と同じだった。雪都はハルキが意図した通りの返答を口にした。いや、わざとそういう風にしか返せない言い方をしたのだ。相手に自分を想う優しさがある事を知っているからこそ、それを利用して。 「え、何?全然意味が分からないんだけど??」 だがしかし当然のように即答したナツオの答えは彼の予想外のものだった。 「はあ・・・雪都はコレで分かってくれたんだけどなぁ・・・」 「はあ!?なんでいきなり友達バリアと比べるわけ!?」 呆れたようにため息をつくハルキに、ナツオの頭に思わず血が上ってしまった。暗に『雪都と違って物分かりが悪い』と比べられた事が悔しかったのだ。 「心配するのに血のつながりとか関係ないでしょ!?事情は知らないけどこの前ウッシーがハルキのお父さんに会った時、ハルキの事をすごく心配してたのは本当だよ!」 ナツオは半ば怒鳴るような勢いでハルキに詰め寄った。ナツオからしてみれば、ハルキの父の様子も知っているのだから、彼の言う事に納得できるはずもなかったのだ。 「言い方が悪かったな。血がつながっていないどころか、赤の他人だ。親子じゃない」 ハルキはこの話題に嫌気がさしたようにそう言い捨てると、あからさまにナツオから視線をはずした。 「だからそういうことじゃなくて!その言い方!ハルキはお父さんの事嫌いなわけ?!」 「きっ・・嫌いなわけねーだろっ!!!お前に何が解る!!」 自分から父を『他人』と言ってしまい気持ちが荒んでいたハルキに、追い討ちをかけるようにナツオに責められハルキはこれでもかというほど投げやりな気持ちになっていた。 「何が解るってだって私も―――」 「俺は『神原ハルキ』なんて名前じゃない、そんな奴存在しないんだ!だからお前の言っていることはすべて的外れだ!」 ナツオの言葉をさえぎって、ハルキは声を荒げた。当然ナツオにその真意など伝わるはずもない。 (解かってほしくて言ったわけじゃない・・・) ハルキは感情のままに言わなくていい事を口に出してしまったと思ったが、これ以上説明をする気など微塵も無かった。 「もしかしてハルキ・・・結婚してるの?」 「は?」 ハルキの気持ちなど知る由もないナツオの口から出た言葉に彼は思わず拍子の抜けた声を出してしまう。 「だってお婿さんになったら苗字変わるし、そういう意味かなって・・・」 「・・・・・」 「この前から考えていたの、ハルキには好きな相手がいるんだろうって。」 あまりの突拍子のなさに、ふざけているのかとさえ思ったがその心底真剣な口調に本気なのだとすぐに気づく。 「それで、今年の春ごろウッシ―がハルキのお父さんに偶然会った時に聞いた話を思い出して」 それからナツオは話し出した。それはハルキの姉である朱美が高校生の時に家を飛び出して、そのまま結婚してしまったというハルキの家庭内で起きた話だった。 ハルキの首筋にあったというキスマーク。相手は当然彼と想い合う相手であるとナツオは連想していた。だからもしかしてハルキも、姉と同じような状況になっているのではないかと考えたのだった。 「―――だから、今のハルキの事情とかは、よくわからないけど、やっぱりお父さんとちゃんと話し合った方がいいよ!」 ナツオはハルキの目を真っ直ぐにみつめて一心に訴えた。 「ふっ・・・ははは!なんだよそれ!男を作って家を出て行った朱美と俺が同じなのかよ・・・!よりによってそう来るとはな・・・!」 ハルキはたまらないとばかりに笑い出す。 「なっ・・なんで笑うの?!」 「だってそうだろ、たかがキスマークで結婚してるとか、想い合う相手がいるだとか!」 まったく見当違いだ。何もわかっていない「キレイな心」で自分を見ているナツオがなんだかひどく可笑しくなってしまった。 (キレイだな。キレイすぎる・・・) そして同時に、強烈な感覚でナツオが遠くにいると感じた。いや、本当はずいぶん前から気づいていて気づかないふりをしていたのだ。もうナツオとは分かり合えないほどずっと遠く離れてしまったということに。 「だって、ハルキが好きでもない人とそんなことするなんて思えないし、恋人がいるのは間違ってないでしょ!だから私はハルキにちゃんと幸せになってもらいたくて――」 「誰だっていいんだよそんなの。」 ナツオの必死の言葉を軽く遮って彼は嗤う。その瞳は暗く今まで見たことがない表情を浮かべてナツオを映していた。 「誰だっていいって・・・・・・えっ!?」 突然、ナツオはハルキに腕を思いきり捕まれ引き寄せられた。 |