第5話-2



「はあー・・情けなねぇ顔すんなよ。」


 打ちひしがれた様子のナツオを見かねた武田が口を開く。口調こそいつものぶっきらぼうな彼だが、心なしかナツオを気遣うような優しさがあった。


「それでも。お前に関わる時だけアイツ、やけに感情的になるんだよなあ」

「感情的・・・?うん・・・・そうだね。いつも怒鳴られたりとかしてるけど、それって私だけが特別嫌われてるって事が言いたいの・・・?」


 元々泣きたい気持ちだったところに追い討ちをかけられた――。そう感じたナツオは、武田の声色が一瞬優しげに聞こえたのは、勘違いだったのかと思いがっくりと肩を落とす。それに驚いた武田は慌てて話し出した。


「おいっ!!ちげーよ!人の話は最後まで聞け。アイツは誰に対しても、完璧に距離を置いてんだ。それがお前に対してだけは、今までのアイツじゃ考えられないくらい本音をぶちまけた。どんな形にせよお前だけが、アイツのスカした面の皮を破ったって事だよ。」


 ナツオは武田の言葉に目を見開いた。確かにナツオはこれまで幾度と無くハルキの感情を怒涛のように浴びてきた。しかしそれは、憎悪、嫉妬、悲しみであり――決して良い意味のものではなかったが。

「普通に考えて、距離おいてる相手に本音なんて話さねえだろ?だからお前なら少しはアイツの心を動かす可能性があるかもしれねぇと思ったんだよ」

「武田・・・それで私に・・・。」

 武田のその言葉で気づいた。やはり彼は彼なりにハルキを案じていたのと。ナツオに加勢する形を取ったのもその為だったのだ。


「うう・・・・それなら、なおさら上手くいかなくてゴメン・・・」
 ナツオは小さくなって武田を見上げた。

「そうそう上手くいくなんて俺も思っちゃいねーさ。あの様子じゃ、アイツの抱えてるモンはマジで誰にも手に負えないほど根が深いのかもしれねーしな。」



―――誰にも手に負えない・・・・




 武田のその言葉がナツオの胸の中でいつまでも渦巻いていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇





 翌日


 昼休み、武田は雪村に呼び出され屋上にいた。先日の事を非難されるものと思って出向いた武田は、待ち合わせていた雪村を見て驚く。



「呼び出して悪かったな・・・」



 開口一番にこれである。まるで空気の抜けた風船のようにしょんぼりと、そこに立っていた。武田は肩透かしをくらった気分になった。

「・・・・何しけた面してんだ?『軽蔑する』とか言ってた昨日のお前はどこへ行ったんだよ」

 気づくと疑問に思った事がそのまま口に出ていた。しかしこの言い方は失言だったと気づいた武田が、ハッとして右手で軽く口元を押さえる。

「いや・・・いいんだ。昨日は俺が悪かった。」

 武田の様子を察した雪村が口を開く。意外なほど従順になった雪村に疑問を覚えつつ武田は黙って耳を傾けた。

「・・・・・ハチからきいたけど、ちょっと前にアンタ、あの転校生と教室でかなり揉めた事があるんだってな?それなのに、昨日になって急にアイツの味方をした理由が聞きたかったんだ。」

「俺もききてーんだけど、なんでお前がそこまで気に病むんだよ?昨日のはなんつーか、お前が悪いってワケでもねえだろ。」

 先日の雪村の言い方には多少イラついたものの、ここまで下手に出られると、武田もさすがに困惑してしまう。武田自身、雪村の怒りが解らなくはなかったからだ。


「・・・・俺は、ハルキが、血を吐いてるなんて全然知らなかった。」

 雪村は苦いものを呑み込むような表情で瞳を閉じる。そのまま想いを吐き出すように口を開いた。

「いや・・・もっとだ。最近のハルキの事は何も解らない。聞いても何も話してくれないから、正直どうしたらいいのか・・・・」

「あ、ちなみにアイツあの体でタバコもやってるみたいだぜ」
「はあ!?マジかよ!」

「とりあえず前に一度は無理やり取り上げたみてーだけど、今はどーだかなあ」

「取り上げたって・・・誰が?」

「その後教室で神原に返そうとして、学校にバレて自分が謹慎処分くらってるどっかの馬鹿だな」

「それってまさか」

 その噂はすっかり広まっていて現場にいなかった雪村の耳にも容易に届いている。

「そ。高橋だよ。例の転校生。」

「ハルキの物だ・・・って言わなかったのか・・・」

 雪村は苦い顔になる。今までハルキの言葉を信じて彼に付きまとう自分勝手な女としか彼女を見ていなかった。しかし本当にハルキの言うとおり『全然知らない女』なのだろうかと以前から薄々違和感があった。
 そして昨日、教室に押しかけてくるなりハルキに抱きついた彼女に対して。その異常な状況でハルキはほぼ抵抗していなかったように思う。あの時は突然の事に困惑しての事かと思ったが、彼の口調は、表情はまるで泣き出す前の子供のように弱弱しかった。今思うとあまりにもおかしい事だらけだ。

 本当に。

(俺は知らない事が多すぎるな・・・)

 無力感に苛まれ雪村は力なく俯く。知らない事が多すぎて、もはやそれについて武田に問いただす気力すら無い。

 その姿が武田には昨日のナツオと重なって見えた。

「おい、そう落ち込むな。お前にとってアイツが、迷惑なストーカー女だっていうのは間違っちゃいねーよ。実際、神原がそういう態度なんだから。」

 武田は思わず気遣うような口調になっていた。昨日といい今日といい全く「らしくない」事をしている自分に居心地が悪くなる。武田はそれだけ言うと雪村に背を向け歩き出した。

「ただ・・・」
 そう言って武田は歩みを止めた。言い忘れたといわんばかりに雪村の方に振り返りながらこう付け足す。

「お前が言うように他人の心の中に土足でつっこむのは人として最悪だ・・俺だってそう思うさ。でも、それしか道がないならやるしかねーって気持ちも解っちまったからな」

「それで、昨日アンタは転校生・・・高橋に加勢をしたのか?」

「まあ。上手くいかなかったから悪化しちまったがな。これから高橋がどうする気なのかは俺も知らねーよ。だいぶへこたれてたから諦めてもおかしくはないがな。・・・安心したか?」

「安心?」
「これ以上神原にストレスかけたくないんだろ。」
「そう・・・とも言い切れなくなってきたな。」

 雪村は自嘲気味に笑った。
 今まではハルキの言葉通り、彼の望みに沿って協力をしていた。それが迷うことなく正しい事だと思えた。けれど、果たしてそれだけで・・・それで本当に良いのだろうか――。


「俺は・・・ハルキの友達として、どうするのが正解なんだろうな・・・。」
 雪村は消え入りそうな声で誰に問うわけでもなく小さく呟いた。



 午後の休み時間が終わりを告げるチャイムが鳴る。



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