第5話-7


※閲覧注意回



「言っとくけどバレないようにやってよね」

 女は男達から封筒を手渡されると、中に入っている金額を確認した後、いかにも煩わしいといった口調で男達に釘をさす。


「分かってるよ。こっちだって捕まるのはゴメンだからな」

 短い会話の後、ハルキの事などかけらも気にするそぶりを見せず、女はさっさと部屋から出て行ってしまう。

 ハルキは母親と名乗る女によって、見知らぬ男達に売られてしまったのだと気づく。

 「大人しくしていれば、痛いことはしない」と言った男達に対して、ハルキが納得できるわけがなかった。そもそも男の自分に対してそんな行為を強いてくること自体が理解できず、混乱と恐怖で身がすくむ思いの中、力の限り抵抗した。

 その結果、目も当てられないほど痛めつけられる事になった。ガムテープで口を塞がれただけの顔はまだマシな方で縛られたあげく、抵抗する度、大の大人三人から殴られ蹴られ、服に隠れて見えなくなる部分は特に酷い有様になった。


 おぞましい行為に何度気絶させられたのかも分からなくなった頃には、抵抗する気力も体力果てていた。悦しみ尽くした男達は満足して帰っていったが、ハルキの意識は朦朧としていてその場から動けずに、倒れこんだままになっていた。




「まったく、いつまで寝てるのよ。チェックアウトするからそろそろ起きてちょうだい」

 扉の開く音がしたかと思うと先ほどの女が入ってきた。汚いものを見る目でハルキを一瞥すると何事も無かったかの様にそう言い放つ。


「・・・ふざけるなよ、お前のせいだろ・・・」
 ハルキは、うつ伏せの状態になり、なんとか言葉を搾り出した。

「そんなのアンタが、言うこと聞かずに暴れたんだから自業自得でしょ。ヒトのせいにしないでよ」
 女は不愉快そうにそう言うと、持っていたタバコに火をつけて立ったまま一服し始める。

「なんでこんなことを・・・母親とかいうのも嘘で、俺を騙したのかよ・・・」

 散らばった自分の服に手を伸ばし、なんとか体を隠すようにしてハルキは起き上がる。全身が痛くて思わず唸き声をあげそうになるが、この女に弱っている姿を見せるのが悔しいという負けん気の強さだけで、両手を動かし必死に服を着る。

「嘘じゃないわよ。アンタを産んだのはアタシだもの」
 誰がどうみても見ても痛ましいハルキの姿を前に、女は平然とタバコを吸いながらそう答えた。
「嘘をつくな。お前が本当の母親なら、こんな事をするはずないだろ」

 そう訴えかけるハルキを、女は馬鹿にしたように嗤う。

「はあ?何を言ってるの。子供が親の為に働くなんて当然の事よ。アタシなんてアンタよりずっと早くから、そうやって稼いでいたのよ?」

 そうして女は語り出す。酒ばかり呑んで働かない父親が暴力をふるい、わずか小学生であった頃の自分も同じ事をして働いていた―――と。

「それに比べたらアンタなんて、男だしもう中学生だし、一体何が辛いって言うの?甘えてるんじゃないわよ」

「知るかよ。お前の家庭が腐っているだけで、そんなの『普通』じゃないだろうが」

「まあ『神原』の家庭では普通じゃないかもしれないわね。でも『アンタ』にそれを言う資格なんてないわよ。だってアンタには神原家の血なんて一滴も入ってないんだから」

「どういう事だよ!?だってさっきはっ・・・!!」

「ああケイゴと私が浮気して出来た子供って奴?嘘よ」

 女は悪びれるそぶりもみせず、ハルキにそう言い放つ。そしてさらに絶望的な事を彼へと告げた。次男である恵悟と浮気をしていた事は事実であるが、ハルキはそれとは全く関係なく、他の男との間に出来た子供だというのだ。

「ケイゴなんて当時いたキープ男の一人にすぎないわ。あんたの処分に困っていた時ちょうど良かったから押し付けただけ」

 ハルキは全身が凍りついた。それが本当なら自分は・・・そう考えるとまた、今にも意識がなくなってしまいそうになる。


「そうとも知らず、弟の不始末と思って引き取ったあの男もばっかよねー。そうやって育てているのは『赤の他人』の子供だっていうのに。ちゃっかりしてるわ。ホントアンタのそういうところ『アイツ』の血筋だわ」

 そう言いながら、女は一枚の写真をハルキの方に投げ捨てた。拾い上げ、写真に写っている人物を見てハルキは目が釘付けになる。

「そいつがアンタのホントの父親よ。アタシを遊び捨てた最低最悪の男」

 忌々しそうな口調で女はそう告げた。写っていたのは二十代そこそこの、だいぶ柄の悪い印象を受ける若い男。

「アンタにそっくり」

 目元や口元など、自分でも一目見た瞬間にそう認めざるを得ないほど、ハルキの顔立ちはその男に似ていた。少なくとも今まで父親だと思っていた人物よりも遥かに・・・・

 心を抉りとられるような深い絶望感がハルキを襲う。
呼吸が苦しくなり、体が内側から崩れていく感覚に気が狂いそうになる。




(俺は・・・一体誰なんだ・・・?)






「解った?アンタは他人の血を勝手に吸って生きてる寄生虫みたいな存在ってことよ。もう、神原家を出てうちに戻ってきなさい」

「・・・・断るお前の家なんて死んでもいくもんか」

「この期に及んでまだあの家に帰るってどういう神経してんのアンタ?・・・まあいいわ。好きな所で暮らしなさい。ただしどこに居たってあんたは『うちの子供』なのよ。また働いてもらうのは変わらないからね。今回はなかなか良い値段で売れたわよアンタ」

 そう言って女は封筒から取り出した紙幣を広げハルキに見せ付ける。それはハルキが想像もしなかった大金だった。「この調子で毎月最低『この位の額』は収めてちょうだいね」と言って女は満足そうに微笑む。

「・・・ふざけんな!こんな事、二度とするもんか!」

「何言ってんの、こっちは借金だってあるんだからしてもらわなきゃ困るわ。ていうかアンタ自分の立場が分かってないの?なんなら、これからアンタが寄生してる宿主に全部バラしに行ってやってもいいのよ」

「なっ・・!!」

「そしたらもうどっちにしろ、あの家には帰れなくなって結局母親(アタシ)の所に帰ってくるしかなくなるのよ?あ、ついでにアンタが今日男相手に体売ったって事も言うわよ、気持ち悪がられないといいわね。あはは!」

 ハルキは戦慄した。父にとっては、血のつながりがないというだけでも衝撃なのにその上、今日の事までバラされてしまったらと考えて血の気が引いていく。

「どうコレでもまだだだをこねるワケ?」
「・・・・・・・」

 ハルキは何も答えられなくなった。結局全てこの女の思うように動くしかないのだ。
それはまるで見えない鎖につながれてしまったかのように――――。






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