第7話-3


 ナツオが目を覚ましたのは日曜日のお昼頃だった。
 
(ここ、どこ・・・・ていうか私生きてたんだ・・・)

 あまりの苦しさに、死を覚悟しながら意識を失った事を思い出したナツオは今、自分が生きていることに思わず安堵する。

(病院・・・?)

 白いカーテンに囲まれたベットの上で横たわり、点滴に繋がれた自分の手を見てそう思った。
 体が重く、頭が痛い。熱もまた出てきてしまっているようだった。
 
 
「お、ナツオ!目ェ覚めたか!良かった!」
 そこへスーツ姿の潮がやってきて、ナツオの顔をみるなり笑顔で話しかけてきた。

「あ、ウッシ―・・・・ゴメンなさい私・・・・家にいるように言われたのに約束を破ってハルキを探しに行ってしまって、それでこんな・・・」
 まさか倒れるとは思わなかった。きっとだいぶ心配をかけてしまったに違いないと思ったナツオはしゅんとした態度で潮に謝る。
「はー・・・!全くだよ!心配かけやがって・・・!ハルキから電話があって、お前が倒れたって聞いたときはさすがにヒヤッっとしたぜ!」
「ハルキから!?」
「お前の携帯使って連絡してきたんだよ、救急車でお前と病院に向かっているってな。あ、ハルキもそのままぶっ倒れたから今、他の部屋に入院してるよ。」
「え!?ハルキが・・・!?」
「明日、検査だってさ、血を吐いて倒れるなんて相当だし、しかも数か月我慢してたんだろ?手遅れになってないといいな。」

 手遅れ。その言葉にナツオの背筋が凍る。

「ハルキは!?今はどうしてるの?大丈夫なの?!」

「おう、もうとっくに意識は戻ってるよ。さっき会ってきたけど、すっげー謝られたよ、おめーに悪いことしたってな。」
「えっ・・!!??」
「特にハルキの父ちゃんなんて昨日も会ってんのに今日もまた土下座しそうな勢いで俺に謝ってくんの。あれはちょっと参ったぜ。でもま、ハルキとも仲直りしたみてーだし良かったよ。」
「!?!?」

 ナツオは驚きのあまり言葉が出てこない。
 
 (ハルキ・・・お父さんと仲直りできたんだ・・・!!!でも・・・それならなおさら・・・)
 
 ハルキが血を吐いていると知った時すぐにでもハルキの父に、一輝に伝えれば良かったという後悔が急にナツオの心に沸き上がってきた。大事なことは自分の口から伝えなければいけない、そう思ってナツオは、ハルキが自分から動くのを待ち続け、自分からは一輝に一切連絡をしなかった。でももしそれでハルキが手遅れになってしまったとしたら、その選択は誤りだったとしか言いようがない。
 げんに今二人は仲直りしているのだ。無理やりにでもハルキと一輝を会わせさえすれば、もっと早く事態は解決していたかもしれない。
   
(私、取り返しがつかないことしたかもしれない・・・)

「おいおい、そう暗い顔すんなよ。まだ手遅れになるって決まったわけじゃねーだろ、大丈夫だよ。」
 難しい顔で黙り込んでしまったナツオををみかねた潮が元気づけるようにナツオの肩を軽く叩きながら言う。
 
「あ、うん・・・そうだよね。」
 
「じゃ―俺は会社行かなきゃいけないから今日はもう帰るな。明日は休みだからまた来るぜ。そのまま大人しく寝とけよ、あと!ハルキに会いに行ったら駄目だからな。ただでさえ弱ってるやつに肺炎まで移したら死ぬぞ。」

「あ、うん分かった、今度はちゃんと約束守るから安心して。というか今とても立って動き回れそうもないから・・・」

「じゃあな!まあでも、とりあえずお手柄だったな!」
そう言い残して去っていった潮にナツオはぽかんとした。

「お手柄???」



◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 週が明けて月曜日になった。
 
 昼休み、詩乃は心配そうな面持ちで携帯をいじっていた。一昨日ナツオと別れた後、帰宅してナツオからの連絡を待ったが、いくら待っても彼女から連絡が来ることはなかった。家に着いたら連絡をすると約束していたのにおかしいと思った詩乃はナツオにメッセージを送るが、それにも反応がない。
 
 ひょっとしてナツオの身に何かあったのかもしれないと思った詩乃は、昨日もナツオの家を訪ねたが、インターフォンを押しても誰も出てこなかった。それから一日経った今日、登校してもナツオの姿はない。今日から学校に来れると聞いていたのに欠席しているのだ。心配になった詩乃は再びナツオにメッセージを送っていた。
 
(高橋さん・・・本当にどうしたのかしら・・・・)




 その頃ナツオは病室のベットで横たわっていた。先ほど昼食に運ばれてきたお粥を少しだけ食べることができたので、点滴だけで過ごした昨日よりいくらか体調はマシになったといえるが、熱はまだ下がってはいない。起き上がるのが辛くトイレに行くのがやっと、という状態だった。
 
 ベットの脇にある簡易な棚の上に置いてあった携帯から着信音が鳴る。携帯の存在をすっかり忘れていたナツオはその音で電話に意識が向いた。
 
「しまった・・すっかり忘れてた。病院だからマナーモードにしておかないと。」

 寝ながらの体勢のまま、手を伸ばして携帯を手に取り画面を見てはっとした。

「そうだった・・・!!詩乃ちゃん・・・!!」

 詩乃からメッセージが二件も入っている。今来た着信も詩乃からだった。一昨日の詩乃との約束を思い出したナツオは慌てて詩乃に返信メッセージを送った。
 
 
 『詩乃ちゃん、連絡するって約束をしていたのに、ゴメンなさい。実は詩乃ちゃんと別れた後ハルキを見つけることができたのだけど、少し無理をしてしまい倒れて今七浜総合病院に入院してます。』
 

 ナツオからのメッセージを受け取った詩乃は驚いた。今日学校が終わったらすぐに病院に行くとナツオに伝え、母にもその旨を伝えると、母も一緒にナツオの病院に行くと返信が帰ってきた。
 
 詩乃はそのやりとりが終わるとすぐに席を立ち、となりのクラスへと向かう。
 
「氷室さん・・・高橋さんがっ・・・!」

 そう言って影太と話している最中の理緒のもとへ駆け寄った。

「詩乃ちゃんのところにも来たのね、私も今ナッちゃんからのメッセージを見たところよ。」

「ナツオが入院て・・・大丈夫なのかよ?」
 普段はナツオにそっけない態度の影太も少し心配そうな表情をみせる。

「えっ・・!ナッちゃん、入院しちゃったの・・・!?だっ・・大丈夫なの・・・!?」
近くで話を聞いていた南が心配そうに会話に入ってきた。

「それで、今日学校が終わったら、お母さんが車で迎えに来てくれて一緒に病院に行く予定だから氷室さん達も良かったら一緒に行きましょう。」

 詩乃の提案に、三人は頷いた。
 
 
 
◇◇◇◇◇◇◇◇
 
  
 
 「なあなあ、アッちゃん!」
 「なんだ、ハチ公?」
 
 五限目の体育の授業を終えて体育館から教室に帰る途中、八峰が、武田に話しかけてきた。
 
 「今日暇だったら帰り『森のケーキ屋』いかね?」
 「『森のケーキ屋』?聞いたことねー店だな。」
 「最近、学校の近くにできた店なんだけどすっごい美味いんだよ。」
 
 正式名は『森のケーキ屋さんcafe』という名前でイートインスペースが割と広い店だ、最近校内で話題になっているのだが、武田は知らないようだった。
 
「雪村と行けばいいじゃねーか。」
「ユッキーとは行ったばっかなんだよなー。てかアッちゃん甘いもの好きだろ?一遍食ってみろよ、絶対気に入るから!」
「そんなにうめーのか・・?」
「お、興味ありそうだな、じゃあ決まりな!」
「勝手に決めるなよ、ってまあいいか、用事もないし付き合ってやるよ。」 
「やりー!!」
 
 
 
 教室に戻った雪村は、着替えを済ませると、何気なく自分のカバンから携帯を取り出した。誰かから着信があることに気づいて確認するとハルキからだった。
 
(ハルキから、メッセージなんて珍しいな。)

 そういえば今日も休みだな、くらいにしか思っていなかった雪村は、送られて来たメッセージの内容に衝撃を受ける。
 

『実は、一昨日倒れちまって、今七浜総合病院に入院してる。明後日手術になった。といっても命に関わるものじゃないから、安心してくれ。でもちょっと当分学校には行けそうにないな。色々心配をかけてすまなかった。お前には今まであった事全部話すから、都合良い時病院に来てくれないか。』


 ハルキの言葉に雪村は驚く。今まで、頑なに心の中を見せなかったハルキに一体何があったのだろうか。居ても立ってもいられない気持ちで、慌てて帰り支度をすると足早に教室の出口へ向かう。

「あれ?ユッキー帰んの?まだあと一時間残ってるぜ?」
 雪村の様子を見た八峰が話しかけてきた。
「アンタのところにもメッセージ行ってないか?ハルキが、入院して、手術だって・・・!」
「えっ!入院!?・・・ちょっと待って、あ、なんか来てるな、神原から。」
 着信に気づいていなかった八峰は自分の携帯を確認して、雪村にそう告げる。
傍で話をきいていた武田も思わず自分の携帯を確認すると同様にハルキからのメッセージが来ていた。

「俺は一足先に病院に行くから、アンタらも後で来い!」
そう言い残して足早に教室から出て行った。
 
 
◇◇◇◇◇◇◇◇ 
 
 
 
「胃潰瘍で胃に穴が空きかけて手術か・・・とにかく命の危険がある病気でなくて安心したぞ。」

 検査の結果説明をハルキと一緒に受けて病室に帰ってきた一輝が安心したように言う。

 一輝は今日会社を休んでハルキに付き添っていた、ハルキからは一人で大丈夫と言われたが「こんな大変な時に会社なんか行ってる場合か」と言って当然の様に断った。もしかしたら命に係わる病気かもしれないのだ、心配で仕事など手につくはずもない。
 
 そうして病室に着いたハルキは、雪村、八峰、武田、リックの四人に同じメッセージを送ったのだった。そして一輝に「今、連絡入れたから、もしかしたら今日これから友達来るかもしれない。」と告げる。

「友達?ナツオ君以外にもいたのか。」
「・・・ヒデーな父さん。ナツオ以外にもいるよ・・・。ていうか俺、ナツオ以外に友達いないと思われてたの?」
「あ、いやそういうわけじゃ・・。そういえば、小学校の頃のお前は友達の多い子だったな。でも今のお前の事、父さん全然知らないんだ、これからはお前の事をもっとちゃんと知りたいし、どんな子と付き合っているのか、父さんも会ってみたいからしばらくここに残っていいか?」
「いいけど・・・なんかそう言われんと恥ずかしいな。」
 





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