第7話-6


 翌日、学校帰りに花菜子と武田が揃ってナツオの病室に現れた。

「高橋、大丈夫?」
 花菜子はナツオの近くまで歩み寄ると心配そうに声をかける。

「あ、葉瀬っち!来てくれたんだありがとう。武田は今日もハルキのお見舞い?」
「二日も連続で会いになんていかねーよ。今日はお前に言いてーことがあったから。」
 そう言いながらナツオの方に近寄ってくる。武田の言葉をきいたナツオは不思議そうな顔で武田を見た。
「私に?」
「一応俺も神原の友達だからな。神原の件、俺からもその、礼を言うぜ。・・・・まったくおめーはホントにたいした奴だよ・・・!」

 武田はぶっきらぼうにそう言うとナツオに向けて少しだけ笑顔を見せた。
 武田に褒められるとは思っていなかったナツオはその言葉に思わずぽかんとしてしまう。

「昨日は人が多くて、恥ずかしくて言えなかったみたいなのよ。」
「花菜子、余計なこと言うなよ!・・・じゃ俺はそんだけだからもう行くぜ。花菜子は高橋と好きなだけしゃべってから帰れ。」
「あたしだって長居するつもりはないわよ。下で待ってて。」

 花菜子の言葉を了承して武田が退室していった。

「ああ見えて、高橋が思ってるより、神原君の事が心配だったみたいなのよ。」
「ハルキって・・・良い友達たくさんいすぎだよ・・・」

 ナツオは感心したようにつぶやいた。
 
 
 
 
 ナツオと話を終えた花菜子が病室を出て病院の入り口に降りてきたのは、それから30分程経ってからだった。
 
  
「厚士、まだ待ってたの?!ごめんね!先帰ってれば良かったのに!」
 花菜子は武田を見つけると慌てて駆け寄って行く。
「お前が待ってろって言ったんだろ、何が長居しないだよ。しっかり話してんじゃねーか。」
「ごめんごめん、話の流れでそのまま高橋に今まで何があったのかとか、事情をきいてたらあっという間に時間が過ぎちゃったのよ。ていうかアンタは、神原君から事情をちゃんときいてるの?」
「いいや、説明するって言われたけど、もう解決してること聞いても意味ねーし断った。」
「何カッコつけてんのよ、友達の事なんだからちゃんと知っておきなさいよ。」

 そう言って花菜子は、たった今ナツオから聞いた話を武田に話し始めた。
 ナツオは花菜子にハルキが父と血が繋がっていないことや、突然現れた母親に脅されていて、そのストレスから病気になってしまった事など割と細かい事情まで話していた。ハルキが体を売っていた事などは伏せていたが、一通りの話を聞き終わった武田はピンとくる。

(あん時見たキスマークって、やっぱ・・・・そういう事か・・・・。)
 
 ナツオが伏せた事実にもなんとなく気づいたのだった。
 
 
 
◇◇◇◇◇◇◇◇
 
 
 それから一週間後、ナツオは退院することになった。荷物をまとめ、お昼過ぎに病室を出る。潮は仕事なのでこれから一人でタクシーを使い家まで帰る予定だった。でもその前にどうしても行きたい場所がある。
 
 ハルキの病室だ。
 
 倒れてからまだ、一度もハルキに会っていない。ハルキの病室の前に着くと一呼吸おいてから彼に声をかける。
 緊張のあまり、心臓がバクバクしている


「ハルキ・・・入るよ」


「ナツオ・・・!」


 ベットの上で横になっていたハルキは勢いよく起き上がる。
「寝てて良かったのに。」
「そういうわけにはいかねーよ。そこ座って。」
 そう言ってナツオをベット脇の椅子に座るように促す。
「来てもらって悪いな。本当は俺から会いに行きたかったんだけど、父さんに出歩くの禁止されてて・・・」
「うん、ハルキのお父さんからきいてるよ。体調はどう?」
「大丈夫だよ。手術も上手く行ったし、あと一週間くらいで退院できると思う。」
「良かった。」
「あの・・・・ナツオ・・・・」
「何?」
「今まで本当に悪かった、お前には本当になんて言って謝ればいいかわからねー。お前が倒れて死ぬかもしれないと思って、それで今までの事本当に後悔した。今まで俺の為に頑張らせて本当にごめん。」
 ハルキはしゅんとしてナツオにそう言った。
「私、ハルキに謝ってほしいなんて思ってないよ。ハルキがお父さんと仲直りできたなら良かったよ。それで十分だよ。」
「そっか・・・」
「元気出してよ。私は平気だから。」
「俺は・・こんな奴なのに、なんでそこまでしてくれたんだ?」
「そんなの、友達だからに決まってるよ!」
「まだ、友達って思ってくれんのか・・・。」

 ハルキは申し訳なさそうな顔をしてそう言うと、一呼吸おいて、思い直したように口を開いた。


「・・・そっか、ありがとうな、ナツオ!!」


 ハルキがナツオに笑顔を向ける。その笑顔はナツオの良く知るハルキの笑顔そのものだった。話にはきいていたが本当にハルキが元に戻っていることをナツオはこの時初めて実感した。それとともに今まで再会してからのハルキとの思い出が走馬灯のようにナツオの頭の中を駆け巡った。ハルキに嫌われて、状況は絶望的なのにそれでもまだ友達に戻りたいなんて考えていたあの頃。
 
 もう一度ハルキが昔のような笑顔を自分に向けてくれたら――。そんな風に思いながら過ごした日々。
 
 気づくと、ナツオは両目から静かに涙を流していた。
 
「な・・・ナツオっ!!!??」
 それを見たハルキは慌てる。
「ハルキに・・・ホントのハルキに、ずっと会いたくて・・・もう会えないと思って諦めそうになって、でも諦められなくて・・・・やっと会えたから・・・嬉しくて」

 ナツオの言葉を聞き終わらないうちに、ハルキは思わずナツオを自分の胸に抱き寄せていた。


「ありがとうナツオ・・・!お前は俺の、最高の友達だよ・・・!!!」




 長かったナツオの戦いが終わる。
 
 
 
 
◇◇◇◇◇◇◇◇ 
 
 
 
 ハルキが退院して間もなく、一輝はハルキと共にナツオの家を訪ねた。今までの事を正式にお詫びするためだ。
 あらかじめ今日行くことは伝えてあったので、ナツオの家の玄関先に着くとインターフォンを鳴らして人が出てくるのを待った。
 
「ハルキ、おじさん、いらっしゃい!」
 中から出てきたナツオが嬉しそうに二人を迎え入れた。

「あ、ハルキ髪切った?」

 ハルキを一目見て気づいたナツオがそう話しかける。ハルキは以前より少しだけ髪が短くなっていた。そのせいか、雰囲気がますます昔の印象に近くなっている。
 
 玄関から中に入り廊下を歩きながら二人は話し出す。

「あーうん。わかるか?」
「似合ってるよ。それにピアスも最近ずっとしてないね?」
「ピアスはやめるよ。もともと好きでつけてたわけじゃねーし、第一似合わなかっただろ、あれ。」
「似合わないことはないけど、無い方がハルキらしい、かな。」
「おー、神原さん、ハルキ、よく来たな!」

 潮が登場したことで二人の会話はそこで中断された。

 ピアスを好きで付けていたわけではないというのが少し気になったが、理由を聞きそびれてしまったな。とナツオは思った。
 
 リビングに入ると、ナツオは、一輝とハルキをソファーに座るように勧めた。ナツオと潮もハルキたちの向かい側の席に座る。
 
「この度はハルキが本当にお世話になってすみませんでした。これ、つまらないものですが・・・」
 そう言って一輝は持参した菓子折りを差し出す。
「神原さん、そんな気ぃ使わなくていいんですよ。」
 潮は一輝に向かいそう言うと次にハルキの方をみて「体調はもういいのか?」と話しかけた。
「あ、はい、もうだいぶ。」
「そりゃ良かった。でも病み上がりだからな、これからはあんま無理すんなよ。」
 ハルキの過去の事も含め一輝から事情を全てきいていた潮は、気づかわし気にハルキに言う。

「はい。でもそろそろバイトくらいしたくて。もちろん夜のバイトじゃなくて普通の・・・」
「ハルキ、まだそんな事を言っているのか、まだ病み上がりだろ。バイトなんて当分駄目だ。」
 一輝はハルキの方を見ながら思わず顔をしかめた。
 
「でも俺、家に少しくらい金入れたいし・・・」

「はー・・・それは、父さんと血が繋がってないからか?」
 他人行儀なハルキの言葉に、一輝は呆れたようにため息をついてしまう。
 
「それは・・・・」

「ハルキ、まだそんな事気にしてたんかよ。そんなん気にすることねーよ、そんな事言ったらコイツだってもとは捨て子だぞ。」
 なんてことないような口調で潮がハルキに言う。コイツ、とはナツオの事だ。
 
「えっ・・・!!!???」

 一輝とハルキは同時に驚きの声を上げた。
 
「別にハルキになら言ってもいいだろ?」
「うん、別に隠してないよ。」

 ナツオもケロリとした顔でそう答えた。
 
「うちはお母さんが看護師なんだけど、ある夏の日に出勤するために病院に行ったら、病院のゴミ捨て場に赤ちゃんが産み捨てられてるのを見つけて、色々あってお母さんが引き取ることになったの。それが私だよ。あ、うちのお母さんが沙緒って名前だからそこから一文字とって夏緒って名前になったんだ。」

 ナツオが淡々と話すのを、一輝とハルキは唖然としながら聞いている。
 
「で、お母さんがね、「ナッちゃんはお母さんといつもおんなじ「緒」の字で繋がっているから本当の親子よ。」って言ったことがあるんだけど、それを聞いて「そっか!」って私すごい納得したよ。単純かな?ハルキもお父さんと、「輝」の字でしっかり繋がってるじゃん。私はお母さんの事は本当のお母さんだと思ってるし、ウッシ―の事も本当のウッシ―だと思ってるよ。」

「本当のウッシ―ってなんだよ。」
 潮がすかさずつっこんだ。
 
「ナツオ・・・お前って本当にスゲーな・・・」

「血のつながりなんて関係ない」とあれだけ自信をもってハルキに言えたのは、ナツオ自身にそういう事情があったからなのか、とハルキは納得した。
  

「それで、倉谷って女はその後・・・?」
 潮が一輝に問いかける。
「それが、あれから二週間以上経ちますが、不気味なほど一切接触してきていません。一度きっちり話をつけたいと思っているので、こちらからも何度が電話をかけているのですが、まだ一度も繋がっていません。」

「そうですか、何かあったんですかね。」
 一輝のこれまでの話から、このまま黙って引き下がる女ではないと思っていた潮は首をかしげた。
 
 
 一通りの話が済むと一輝は「もうこんな時間か。」と言ってハルキの方を見る。
「ハルキ、あまり長居してもご迷惑だから今日はこの辺で帰るぞ。」
「あ、ちょっと待って父さん。俺ナツオに用があるから、もうちょっとだけここで潮さんと話してて。・・・ナツオちょっといいか?」
「あ、うん?いいよ。」

 そう言って二人はリビングから出て行った。
 
「ナツオに用ってなんだ?神原さんは何かきいてます?」
「いえ、全く。」
「ふーん・・・怪しいなぁ、気になるから聞きに行っちゃおうぜ!!」
「えっ・・・」
 突然中学生男子のような悪ノリを始めた潮に一輝は少し困惑する。

「神原さんも気になりません?あの二人が二人で何するか。キスとかしたらおもしれーな!」
「えっ、ええ!?」

 一輝は冷や汗をかく。ハルキから二人は「友達」だときいていたが、考えてみるとこんなに仲が良くてただの友達というのもおかしい。それにハルキはああ見えて夜の仕事をしていたのだ。女性には慣れているだろうし、もしかしたら女の子に手が早いかもしれない。そう思うと急に心配になってきた。





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