第3話-1





 ナツオこと高橋ナツオは、悪ガキ・・・もしくは不良と呼ばれる人種が大嫌いだった。




 正義感と血の気が多すぎる彼女は、子供の頃から幾度と無く拳でケンカをしてきた。相手は例外なく悪ガキ――粗暴で自分勝手な男子であった。

 子供の頃から嫌いであったが、成長してからさらに追い討ちをかける事が起き始めた。

 幸か不幸か成長したナツオの外見は可憐だった。
 整った顔立ちに大きな瞳、小柄な身体、そしてウエーブがかかった長い髪がサラサラと風に揺れる姿、そのどれもが見る人に儚げな印象を抱かせた。
 本人の意思と関係なく人目を惹いてしまい、その結果やたらと「そういった」類の輩に絡まれる頻度が上がってしまったのだ。
 不本意ながら「背が低く弱そうに見える」という自覚はあったので、そのせいでナメられるようになった。と本人は感じていた。


 実際はナツオの容姿に惹かれてちょっかいを出したところ、見た目からは予想も付かない強気な反撃をされて面子を潰された男が逆ギレする。ということが起こっていたのだが、ナツオは微妙にズレた解釈をしていた。ただ、たとえ彼女が正しく真実を理解したとしても、それを利用して上手く立ち回れる程器用ではないので、あまり意味は無いかも知れないが。

 そもそも、幼い時からずっとショートヘアだった髪を伸ばし始めた理由さえ、色気とは無縁だ。――中学に入った頃くらいから身長が伸び悩み始めて焦った時、自分の体の中で唯一順調に伸びていくのが髪だけだと、ふと気づいてしまい切れなくなっただけなのだから。



「女の癖に!」
「ブス!」
「貧乳!」


 どっかに教科書でもあるのか?と疑いたくなるくらい彼らがナツオに対して吐く暴言は皆一様に同じものであった。自分からからかいにきてこちらが反撃したら、まるで自分が全て正しいかのような態度で罵倒してくる。うんざりだった。

 そんな時ナツオは幼い日の親友、ハルキの事を思い出していた。

 少し頑固なところもあったけれど、いつも明るくて優しかった少年。
ハルキは女子嫌いではあったが、だからといってむやみに誰かを傷つける事はしなかった。むしろ自分から距離を開けることで衝突を避けていた様に思う。


(嫌いなら寄ってくるなよ!小学生の頃のハルキでもできる事がなんで出来ないんだ!?
なんでわざわざつっかかってくるんだよ!!!)


 そんな風に考える事が多かった。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 目の前にハルキがいる。






 ナツオを上から覆うようにして伸ばされた片腕に引き寄せられていた。
床には割れた窓ガラスの破片とハルキの顔から流れ落ちた血の雫がこぼれている。

 グラウンドから野球ボールが、まるで流れ弾のような勢いで校舎の窓ガラスを叩き割って飛び込んできた。丁度付近の廊下を歩いていたナツオが、その事に気がついたのは、何がなんだか分からないままハルキに庇われる状態になった後だった。




(かばわれた・・・・?)



 状況は一応理解したが、頭が追いつかない。

「なんで・・・」

―――助けてくれたの?
問おうとするが驚いて言葉が上手く紡げない。
 前のめりになった体を支えるために、ハルキの体に触れていた両手に思わず
力が入り、彼の服を掴んでしまった。

(この間あんな事があったばかりで・・・ハルキは私の事を嫌いなはずなのに・・・)


 とっさに助けてくれたことが信じられなかった。


(と・・・とりあえずお礼だけは言った方がいいよね)


 しばしの沈黙。
そして意を決してナツオが上を向きハルキの顔を見た。


次の瞬間。



「いつまでくっついてんだよ、ブス」



 舌打ちとともにそう吐き捨てられた。そして弾かれた様に二人の間に距離ができた。というか実際に弾かれた。手を払われて。

 ナツオは再び混乱した。
助けてくれたかと思ったら、いきなりそんな事を言われるなんて訳が分からなかった。

「・・・お前に関わるとろくな事がないな」
「じゃあなんで助けたの!?ちょ・・それに今ブスって言った!?」
「悪いか」

 去ろうとするハルキの後ろから声をかければ、振り向いた彼が面倒臭そうにそう答える。


「なっ・・・!悪いに決まってるでしょ!なんなのいきなり!」
「それはこっちのセリフだよ、いきなり貧乳を押し付けてくんじゃねー」
「貧っ・・・・!!???」


(えっ!さっき胸なんか当たってた・・・!?そ・・そういえば両手に力を込めた時に・・・!!)


 押し付けた。というほどではないが、胸元がわずかに当たったかもしれない。
――と思い至りナツオは顔から火が出そうになった。

 が、次の瞬間ふと気づく。

「女の癖に」という類の事はこの前言われていたが、これで不良の決まり文句「女の癖に!」「ブス!」「貧乳!」をあのハルキが自分に対して全て発したことになるのだ。

 それは彼女の一番嫌いな人種のセリフ。
 ナツオが大好きだったハルキならば絶対に言わないと言い切れた暴言だった。


(ハルキがアイツらと同じセリフを言うなんて・・・・)


 急に悲しみがこみ上げてきた。

 これがハルキでなければ。ただの不良ならいくらでも言い返せたと思う。彼だからこそ、ショックを受けて何も言葉が出ないのだ。



「はあ・・・・・」



 ナツオは無意識に小さく長いため息をついた。

 彼女の勝気な性格を見知っている者からすれば、その反応はあまりにも異様であった。静かに表情を曇らせる様子は、まるで相手に対して深く失望し半ば軽蔑している様にも見て取れることにナツオ本人は気づいていなかった。


故に


 ハルキがギクリとした表情をみせた後、目を伏せて逃げるようにその場から立ち去ってしまったことに、ナツオは意味が解らず困惑した。


 その場に立ちつくしてしばらく呆然としていたら、ガラスを割ってしまった本人たちが慌てて駆け寄ってきて謝罪をされたが、それになんと答えたのか思い出せない程上の空になっていた。






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