第3話-8




「ちょっと待って・・・!待ってよハルキ!」



 ハルキは全力疾走で追いかけてくるナツオに気がつくと、それを振り切るのは難しいと悟ったのか走るのをやめた。とはいえナツオの呼びかけに一切構うことはない。足早に進んで校門を出ると、バス停まで続く一本道を進んで行く。

「待って!話をきいてよ!」

 ナツオは前方を行くハルキの右腕を両手で思い切り掴んだ。先日同じ事をした際にハルキの激しい怒りをかってしまったのを考えると気が引けたが、何が何でも逃がさないという決死の執念がその思いを振り切った。

「離せ!!一体いつまでついてくるんだよ!!いい加減にしろ!」
「今、話をしてくれたらこれで最後にするよ!!もう二度とハルキに構わないから!!」

 ナツオはそれでもハルキの腕を放さず喰らいついて行く。はたから見れば何事かと思われそうなほど二人は大声で揉めていたが、大通りに繋がる丁字路までは交通量のほとんどない細い道路で、街路樹をはさんだ向こうに見える住宅とも距離がある。幸いなことに誰にも見られていないようだった。

 ハルキはナツオの手を乱暴に振り払う。しかし放っておいても永遠に付きまとってきそうなナツオのしつこさに観念したようで、ついにその場に立ち止まった。イラついたままため息をもらすと、ナツオの方を振り返りもせずに口を開いた。

「今更何なんだよ。俺はお前と話すことなんか何もないって何度も言ってるだろ!」
「でもあの・・・!」
「あれだけ人を軽く扱っておいてホント勝手な奴だなお前は!」
「え?」

「とぼけるなよ、自分がした事を思い出せ。散々嘘をついたあげくそのまま消えたくせに!俺はそれほどお前から信用がなかったって事だろ。だいたい俺は何も知らないのに冬悟やイチやシンでさえお前が女だって知ってたんじゃねーか!」

「ええっ!?何それ、違うよ!イッチーや真太郎にはそんな事話してないし、猫バカに知られたのだってあの時偶然で・・・ハルキにバラされた直前の事だよ!」

「でも俺に隠してたことだって、あの二人には話してたんだろ。俺が気づかなかっただけで昔からお前は俺の事なんてどうでも良かったってことだろうが!」

「は!?ちちち違うよ!!藤原の件の事を言ってるならそれはあのっ」

「お前が突然いなくなってから俺は何度も何度もお前を探したんだ。理由も何もわからないことにずっとどれだけ振り回されたと思ってるっ・・・!」

 ハルキは苛立った口調から徐々に苦しいものを吐き出すような声に変わっていった。ナツオはおもわず息を呑む。


「それが突然現れたかと思ったら男だと思ってた奴が女で、同じ学校にいるのに知らん顔されるし。お前にとってはあの時冬悟にバラされなければ、全部過去に終わったことだったんだろうが、信じてた俺はバカみたいだ・・・」


 ハルキの声はそこで途切れた。
ハルキの痛切な告白はナツオに衝撃を与えていた。その思いを知らされたことでナツオの中で初めて今現在のハルキと子供時代のハルキが重なって見えた気がした。

「ご・・ごめん!私自分の事でいっぱいでハルキの気持ちを考えてなくて!でも、信じてもらえないかもしれないけど本当にハルキに会いたかったし、ちゃんと自分から会いにいきたかった。私・・ハルキが同じ学校にいるって気づいてなくて・・・!!」

「その気になればクラス名簿くらい見れるだろ・・・」

「そ・・それは!!渡されたクラス表に五組の分が抜けてたから四組までしかないと思ってたの。ハルキの事を忘れてたわけじゃないよ!!アイツに勝手にバラされてありもしないことを言われたのが悔しかったから、だからちゃんとハルキにそのことを自分で伝えたくて!そのっ」

「もういい。お前の気持ちが本当でも嘘でも俺にとっては同じことだ。」

 ハルキは吐き捨てるように、ナツオの言葉を切る。そしてナツオは次に続く言葉で絶望的な気持ちになった


「俺は今更お前になんて会いたくなかった。」


 未だに振り返らないハルキにそう告げられ、気持ちを伝えたところでやはり許されることはないとナツオは悟る。


「・・・そうか、ゴメン・・・」


 ナツオはそう言うと静かに俯いた。もうこれ以上はどうにもできない。



「お前だってそうだろ?」



 絶望的な空気が漂う中、突然そう切り返された。

「私?」

 ハルキは振り向いた。その視線がナツオと合う。

「俺に会ってずいぶんがっかりしてただろ。今更戻ってこなければ、こんな俺を知らずに済んだのにな」

 ハルキは諦めたような笑みを浮かべてそう言った。その表情が酷く悲しげにみえて、ナツオの心に刺さる。

「私は―――」

 この質問にどう答えたところで今更何かが変わることはないと分かっていたが―――いやだからこそナツオは正直に答えようと思った。



「自分のした事にはたくさん後悔があるけれど、もう一度ハルキに会えて良かった。ハルキは・・・私にとって一番大切な友達だから。」



 まっすぐハルキの目を見て言った。向かい合うようにして立っているハルキの双眸は大きく見開かれて、二人の間に流れる時が止まったように見えた。



 一瞬の静寂のあと大きく風が吹き抜け、街路樹の葉がさわめいた。



 ハルキは我に返ったようにナツオから目をそらすと言葉を詰まらせた。ナツオから予想していなかった答えが返ってきたことで苦渋に満ちた表情になっている。



「・・・・ナツオ、俺は―――」



 ハルキが意を決したように何か口にしようとした瞬間、彼のポケットから音が響き渡った。電話のコール音だ。

 ハルキはその音に一瞬身をこわばらせ表情を硬くしたが、すぐにナツオから体を背け、切迫した様子で電話に出るとなにやら声を潜めて話しながら去って行ってしまった。
 
 ナツオはその光景に戸惑いを覚えたままハルキを追う事も出来ず、その場にしばらく立ち尽くしていた。



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