第3話-7



 それから二時間程経っただろうか



 すでに外は薄暗くなり始めていた。運動部の生徒がまばらに後片付けをしているのが廊下の窓越しに見えたが、他には全くといっていいほど人気が感じられない。


「ほっんとーにゴメン!高橋!!」
 花菜子は両手を合わせてナツオに謝罪する。


 職員室から一斉に出てきたナツオと花菜子、詩乃、ハルキ、武田は昇降口に向かって歩き出していた。ちなみに八峰は教師に見咎められた際に偶然少し離れた位置にいたため、一人だけ避難に成功していた。

 しかしナツオは八峰の事など頭の片隅にもなかった。今は自分の失態に対して押しつぶされそうなほど後悔している真っ最中だったからだ。
 怒りが収まった後は一気に頭が冷えるが、往々にして後の祭りになってしまう。今まで嫌というほど繰り返して、その度に『もう二度としない』と反省しているはずなのにまたやってしまった。
 ナツオはほかの四人より歩調を遅めて、やや後方で所在なさげに俯いていると振り返った花菜子が意を決したように謝罪の言葉を口にしたのだった。ナツオは「謝るのは自分の方だ」と言わずにはいられなかった。

 実際、花菜子がナツオをかばい、なんだかんだ上手く話を誘導してくれたおかげで、事なきを得ることができたのだ。詩乃もずっと花菜子に加勢してくれていた。
 もしこの一件が『見るからに屈強な男子生徒が、か弱そうな女子生徒に暴力を働いた』という話ならまた別だろうが、事実は逆だ。現場を見ていない教師たちには、その不可思議な状況を十分に想像できなかった事が幸いしなんとか全て「事故」として許しをもらう事ができた。
 武田とハルキも口をはさまず、ナツオが不利になるような証言はしないでいてくれた。
・・・というか花菜子の勢いに押されて、口をはさめる状態ではなかったというのが正しい気もするが。

「葉瀬っちがかばってくれなかったら私多分・・・停学処分とかになってたよ・・・」
「違うのよ高橋・・・!元はといえば全部私のせいなの!」
「えっ?」
「うう・・・最初からちゃんと説明するわね。」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 事の起こりは数日前に遡る、花菜子は『ビーチモール』で偶然詩乃と出くわしていた。

 ビーチモールというのは、その名前のとおり海岸沿いに建てられた大型商業施設のことだ。ナツオの高校からは近く十分ほど歩いた距離にあり、今の住居からだと三十分程度の距離だ。小学生の時も同じ市内に住んでいたが、当時は海岸までそれなりに遠く加えてビーチモールもまだ出来ていなかったため、ナツオは高校生になって初めて海岸方面に来る機会を得た。ビーチモールは最近出来ただけあって外観も内装もかなりおしゃれで、それに加え湘南の海として観光地化している海沿いにあることから自然と観光やデートスポットとしても人気が高い場所になっていた。


 花菜子は学校帰りにそこで詩乃を見かけて思わず声をかけたのだ。

「委員長!久しぶりね!」
「もしかして葉瀬さん!?小学校の卒業式以来かしら!」
「その制服、七ヶ浜(なながはま)高校?」
「ええ、学校から近いから、一人でもつい帰りに寄っちゃうの」
「分かるわ!ここ、可愛い雑貨とか多いものね!」
「葉瀬さんはこの辺よく来るの?うちの学校以外だと帰りに来るにはちょっと距離があるでしょう?」
「ああー、まあコイツがいるから時々ね」

 そう言って花菜子は後方の少し離れた位置にいる人物を指差した。

「コイツってなんだよ。もう少しマシな紹介ができねーのかお前は」
 その人物――武田は呆れたように花菜子に言い返した。

「アハハ、一応付き合ってる奴がナナハマだから。昔からの腐れ縁なのよ」
 花菜子は詩乃に向かって少し照れたようにそう言うと「あ、そういえば!」
と思い出した様に言葉を続けた。

「来週の火曜日、放課後に練習試合でそっちに行くの。まあ私はまだ一年だし試合には出ないと思うけど。」
「部活?」
「あ、私中学からずっとバスケ部なのよ。」
「まあ!ちょうど良かった。この前、北海道から高橋さんが帰って来て今同じクラスにいるのよ!」
「えっ!?えええー!!」
「葉瀬さん、高橋さんと仲良かったでしょう?だからその時高橋さんも連れて―――」
「わあああーダメダメまってー!!」
「ええっ?」
 詩乃はナツオの名前を出したとたん花菜子がうろたえ出した事に戸惑った。それを察したように花菜子が口を開く。
「ちっ、違うの!高橋が嫌いとかじゃなくって・・・そのっ!私、実は高橋がバスケをしてる姿に憧れてバスケ部に入ったの・・・!」
「高橋さん、運動得意だったものね」
「うん、昔、球技大会の時に見たのがきっかけなの。シュートがすっごくキレイで、しかも誰もついて行けないくらい一人で点入れてて!その姿が本当に格好良かったのよ!」
「でもそれなら・・・」
「待って!ダメよダメ!私調子に乗って髪型まで真似しちゃったもの!だってまさか会うことがあるなんて思ってなかったから!!せめて私の髪の毛が伸びるまでは恥ずかしくて会えないわ!」
「そんな・・・気にしなくても大丈夫よ!」
 詩乃が気遣わしげに花菜子に語りかけるが効果は薄いようだ。傍らでずっと黙って聞いていた武田が、見かねたように花菜子に言う。
「ちっ、めんどくせー奴だな。会いたいならさっさと会っておけよ。」
「そ・・そんな事言ったって・・・」
「口癖のようにいつもタカハシ、タカハシって言ってんじゃねーか。どいつか知らねーけど見つけたら引きずって行ってやりたいくらいだ」
「やめてよ!バカッ!」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 その時、花菜子はまさか本当にやるわけは無いと思っていたが、まさかこんなことになるとは・・・とナツオに再び深く詫びた。

 今朝、詩乃の様子がおかしかった件についても同様の事が原因であった。詩乃は花菜子がやってくる当日である今日、再度説得を試みていた。その際、携帯電話から連絡を入れたのだが花菜子から返ってきた回答はやはり変わらなかった。ナツオが現れた際、詩乃は一連の流れを話してしまいそうになったのだが、寸でのところで思い留まったというのが真相だ。それがナツオにあらぬ誤解を与えてしまったと詩乃までもがナツオに謝罪をした。

 ナツオは続けざまに判明した真実に驚きを隠せない。花菜子が自分に対しそんな感情を持っていたことにも、花菜子と武田が付き合っているという事実にもだ。
 思わず呆然としてしまった。

「本当に・・・怪我までさせちゃってゴメンね!高橋!」
「えっいや・・・悪いのは暴走した私だし、葉瀬っちや詩乃ちゃんが謝ることじゃないから!!」

 ナツオはハッとしたように我に返ると慌しく両手を振って否定した。
 花菜子は今にも土下座しそうな勢いで謝っている。ナツオはいたたまれない気持ちになってしまった。

「高橋が責任を感じることじゃないわ!一番悪いのは厚士じゃない!」
「俺かよ・・・ったく・・ちょっとからかっただけでマジで切れるんだからよ・・・」

 武田はうんざりとした口調で答えた。しかし、自身の振る舞いについて思うところがあるのかどことなく決まりが悪そうな表情だ。
 ナツオはそんな武田に疑問を感じた。誤解がとけてみれば、武田は何一つ詩乃に危害を加えていないのだ。挑発された時は腹立たしかったが、それを差し引いてもこちらがやりすぎている。てっきり怒っているものと思っていた。


「厚士っ!」

 一方、付き合いの長い花菜子には武田の心情が手に取るように解っていた。すかさず「悪いと思ってるなら早く謝りなさい」と言わんばかりのキツイ眼差しを向けた。


「あーもう分かったよ。俺が悪かったよ」

 武田はぶっきらぼうに言い放った。『花菜子に押し切られて仕方なく』といった体裁をとっているが、彼は心にも無いことを他人に強制されて口にする性格ではない。はたから見るとほとんど誠意が感じられない謝罪の仕方だが、その言葉は紛れもなく彼の本心であった。

 しかし、ナツオはその辺の事情はあまり気になっていなかった。彼女にとっては武田から謝罪の言葉が出る事、それ自体が驚きだったのだ。




―――武田はそういう奴じゃない



 ナツオの脳裏に先ほどのハルキのセリフが蘇っていた。


(そういえばあの時ハルキが止めに入ってくれたのに私は――)


 ナツオは武田本人をよく知らずに、以前耳にしていた彼の悪名から無意識に彼を危険視していたことに気がついた。そう思うと彼に対しても罪悪感がこみあげてくる。

 ナツオは武田の正面に回り込むと、立ち止まりそのまま勢い良く深々と頭を下げた。


「私の方こそゴメンなさい!」


 武田はそれが予想外だったのか少し不可解そうに目を見開く。

「私、前に聞いた情報だけでタケダがすごい危ない奴だって決め付けていたみたい。タケダがハルキの友達になったって事もちゃんときいていたのに、それは忘れてた。」

「な・・なんだそれ。神原と友達ならなんなんだよ?」


「ハルキの友達なら悪い奴なわけないでしょ。葉瀬っちとも仲良いならなおさらだよ」


 ナツオが当然のように即答すると、武田は一瞬困惑する表情をみせた後勢い良く顔を背けた。


「べ・・べつにそいつとは友達じゃねーし、こいつとも仲良いわけじゃねーよ、勝手なことを言うな。つーか俺はいいからそういう話なら神原に言えよ」

 そう言い返すが、誰がみても照れ隠しである事がわかる程顔が赤くなっている。
話題をそらしたいのか、ハルキを親指で指差してそんなことを言い出した。

「えっ・・あ、ハルキ、その」
ナツオは戸惑いながらハルキに話しかけようとする。

「俺は関係ない。」

 ハルキはナツオが話し終えるのを待たず短く言い切った。先ほどからずっと俯いているせいで前髪に隠れてその表情はうかがい知ることができない。

「なんでそうなんだよ。お前今の会話きいてなかったのか」


「お前らが言ったんじゃねーか。俺は関係ないって。」

 武田が言い返すが、ハルキはなおも俯いたまま答える。その声は重く怒気をはらんでいた。

 それを聞いたナツオと武田は同時にうろたえ出した。二人そろって手を大きく振って否定する。

「は!?俺は関係ないなんて言ってねーよ」
「わわわ私も言ってないよ!!」
「お前は言ってただろ」
「えっウソ!?・・・あっ!そういえば言ったかも!!ちょっと待ってタケダも言ってたよね!」

「もういい」

 ハルキは静かに告げると、もう話すことは無いと言わんばかりに歩調を速め出した。たちまちナツオたちから距離が開いていく。このままだとまた逃げられてしまう。

「ままま待ってハルキっ!詩乃ちゃんが!さっきは詩乃ちゃんが・・・詩乃ちゃんが!あのっ詩乃ちゃんの事で頭がいっぱいになってて、関係ないとか言っちゃったけどあのそのえーと!」

 ナツオは支離滅裂に捲くし立てていた。焦りすぎて一体何度「詩乃ちゃん」と連呼したかわからない。横で聞いていた詩乃はナツオの口から自分の名が連呼されることに思わず頬が赤くなる。

「だから、もういいって言ってんだろ。お前は一生『詩乃ちゃん』でも誰でも好きな奴といろよ!」
「ええっ!?何それ・・・??」
「お前は別に・・・俺なんかいなくってもいいだろ。もう構わないでくれ!」

 勢いよくそう言い切ると同時にハルキは右手を口に当て少し咳き込んだが、すぐ逃げる様に走り出した。





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