第4話-3



 ナツオは三日間自宅謹慎となっていた。

今日はその三日目、明日から学校に通えるのだが、彼女は今どうしても気になることがあった。武田は次にハルキが登校したらナツオに連絡をくれると言っていた。その約束からすでに三日経っているが一度も連絡がないのだ。

(うーん・・どうなってるんだろう、ハルキはまだ登校してないのかなあ・・・三日も休んでるならそれはそれで心配だし・・・。でももしかしたら武田が忘れてるだけかもしれないし・・・)


 うなりながら時計に目をやると時刻は正午になったところだった。今なら丁度昼休みだと気づき、思い切って武田に電話をかけた。



『は?神原?来てるけど。』



 教室で一人昼食をとっていた武田は、当然のようにそう答えた。



「えええええ!!やっぱり忘れてた!教えてくれるって言ったのに!」


『あー!!うるっせ!電話口で大声出すなバカ!忘れてねーけど、お前が休みくらってる時に連絡してもしょうがねーだろ』

 呆れた声の武田にナツオは驚いて聞き返す。

「ええっ!休みくらってるって、どうして武田が自宅謹慎の事知ってるの?」

『そりゃ、うちのクラスで盛大にやらかしてるんだから広まっててもおかしくねーだろ』

「広まる・・・って何が?」

『お前の悪評だよ。ガラス割るわタバコは吸うわで見かけによらず超不良女ってな。』

「ええっ!?ちょっと待ってタバコはその・・・!学校には言ってないけどあのそのえ――っと・・・!!!」

 ナツオは返答に困る。もちろんタバコなど吸っていないが、経緯を話すとハルキのものだとバレてしまう。それは相手が武田であっても気が引けた。

『あー、神原のか』
と思ったらあっさりバレていたようだ。

「ええっ!なんで分かったの?!」

『多分そうだと思ったからカマかけたんだよ。やっぱりそうか。』
と思ったらカマをかけられていた。

「・・・ケンカしたときに勢いで一度とりあげてハルキに返そうと思ってたんだけど・・・まさかこんなことになるとは・・・。」

 ナツオは諦めて口を開いた。まあ、話す前から武田はだいたいのことを予想していたようであったし、彼なら誰かに言いふらすような事はしないだろうと思ったのだ。

「ハルキ、今教室にいるの?」

『いいや、さっき雪村たちに屋上へ行くとか言っていたと思うが』

「分かった!ありがとう、今から急いで行く!」

『はっ!?何を言ってるんだ、お前今謹慎中だ――』

ブツッ!

そこで電話が切られた。

「バカかアイツは!!ったく!俺は知らねーぞ!!」

 ナツオの理解できない行動に武田は言葉を失ってしまった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ナツオは校舎の屋上についていた。謹慎中であるが普通に制服を着てきている。

 空は良く晴れていて、日の光がぽかぽかと温かい気候の良い日だった。屋上から見る景色はとても眺めが良くフェンス越しの眼下には町並みが見える。さらにその奥には海があり、広大な水平線が見えていた。

 そよぐ風がかすかに潮の匂いを運んでくる。今日は風向きが海の方からなんだな、とぼんやり思いながら屋上を見渡したがハルキの姿は無かった。腕に付けた時計を見ると少しだけ昼休みの時間を過ぎてしまってる。

「ああ、ちょっと間に合わなかったか・・・」

 独り言を言いながら屋上を一周したナツオは諦めて元来た出入り口に戻ろうとした。

(と、思ったらいた!)

 屋上から突き出ている出入り口用の建物の脇にわずかに人影が見えたので、まわりこんでみると建物の壁にもたれかかるようにしてハルキが座り込んでいた。


(あ、寝てる・・・・)

 すでに授業が始まっている事に気づいてサボっているのか、ただ寝過ごしてしまっているだけなのか分からないが、なかなか深く眠り込んでいるようでナツオが近づいても反応がない。

 ハルキの正面にひざをついてかがみこむ。

(うーん・・・全然起きそうもない。起こしたら悪いよね・・・)

 ハルキの顔をのぞきこむ姿勢になりながら考える。周りに誰もいない今なら、こっそりタバコを渡す事ができる貴重なチャンスだったが仕方が無い。

(それにしても・・・・)

 これまでじっくりハルキの顔を観察する機会などなかったので気がつかなかったが・・・

(こうやってよく見ると昔のハルキと同じ顔だ・・・)


 成長したのは間違いないが、あどけない表情で眠っているその顔つきは間違いなくナツオのよく知る彼に見えた。本当に再会の際に全く気がつかなかったのが不思議なほどだ。
 表情、声、話し方、そういった『中身』の影響で、外見の印象がこれ程まで変わって見えてしまうのかと驚かざるを得ない。


(ハルキ・・・よく寝てるなあ・・・)

 よく眠るハルキをみつめていると思わず考えてしまう。
 もし目の前にいる『この人』があの頃のような眩しい笑顔を自分に向けてくれたなら―――と


(そうしたら・・・私が会いたかったハルキなんだけどなぁ・・・・)


 でもたったそれだけの事が果てしなく遠い―――。


 懐かしくてほのかに心が温かくなった後、すぐにそう気づいてしまいナツオの顔に苦い・・・悲しげな笑みが浮かんだ。

 その想いを振り切る様に首をブンブンと大きく振って、上着のポケットからタバコを取り出そうとする。手ぶらで出てきてしまい、置手紙をすることも出来ないがハルキが起きれば自然に気がつくだろうと考え、ここに置いていく事にしたのだ。

「―――さ・・・」

 その時ナツオの耳が何かを聞き取った。何を言っているか分からなかったがハルキが寝言をつぶやいたようだ。よくみれば、つい先ほどまでは心地よさそうに寝息をたてていたハルキの表情が険しくなっていた。そうしているうちに小さくうめくような声を出し、ますます苦渋に満ちた表情になる。

 悪い夢でもみているのだろうか。



「ごめん、父さん――」



 今度ははっきりと言葉を口にした。

(えっ、父さん・・・?)

 あまりにもはっきりした声だったのでナツオは彼が目を覚ましたのかと思ったがそれはなかった。しかしナツオは気づく。
 ハルキの片目から零れたそれが頬をつたい地面をぬらした事に。




―――涙だ






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