第4話-4




「え・・ハルキ、だ、大丈夫?!どんな夢か分からないけど、それ夢だよ夢!!起きて!」

 ナツオは動揺のあまり混乱していた。とりあえず起こしてしまえばハルキは悪夢から解放されるだろうと思い行動に出る。

 次の瞬間、驚きのあまり体が硬直した。ハルキが突然手を伸ばし、ナツオの手を握ったのだ。

 ハルキは目を開いて固まっていた。まだ意識が完全に覚醒しておらず、周りの状況を理解できずに呆然としているようだ。

「は・・・ハルキ・・・?」

 ナツオは自分の手を握ったまま、身動きしないハルキに戸惑った。




「・・・・・・・!!」


 一瞬の沈黙の後、ハルキは自分の瞳から零れているものの存在に気づく。同時にナツオの手を握り締めている状況にも。

「なっ!!!?お前なんでここに!!?」

 完全に覚醒したと同時にハルキの顔が一気に朱に染まった。そして、掴んでいたナツオの手を捨てるように思い切り振り払った。

 あまりにも乱暴だったので、ナツオはそのまま後ろに倒れてしまい尻餅をついた。きちんと立っていたわけではなく、膝をついてかがんでいた姿勢からとはいえ、上手く受身が取れなかったので打ち付けられたところに衝撃が走る。

「いったぁ・・・」

「ふざけんな!!なんのつもりだよ!!どこにでも現れてストーカーかよ!!」

 嫌悪感を露にしてナツオを睨み付けた。




(目が覚めたとたんこれか・・・・)




 ナツオは突き飛ばされた痛みより胸の痛みの方が遥かに大きかった。ハルキと目を合わすことができず、力なく俯いてしまう。


(やばい・・・)

 不覚にも目頭が熱くなってきた。


(ダメだ!それだけは絶対・・・!)


 今にもこみ上げてくる涙を必死に堪えた。この前の失態を思い出すと、こんなところで泣いてしまったら、ただでさえ悪いハルキの機嫌がさらに悪くなるのは分かりきっていた。

 たとえナツオにそんなつもりがなくても、泣くのは――相手が悪いのだと無言で攻め立てる卑怯な手段――そういう意味だと捉えかねないだろうから。この前だって結果的にそうなってしまった。だから、ここは絶対に耐えなければならない。ハルキからは下を向いてただ押し黙っている姿が不審に思われているだろうが、そんな事を気にする余裕もなかった。


 ハルキはその場に立ったままだ。お互い何も言葉を発しなかったせいで、なんともいえない重い沈黙の時間が数秒続いた。



「高橋さん・・・!!!」



 沈黙を破り屋上の出入り口の方からその声は響いた。ナツオの目に息を切らした詩乃の姿が飛び込んでくる。


「えっ、詩乃ちゃん?どうして・・・」
「高橋さん!!貴方こんなところで何をやっているのよ!!」

 詩乃は走ってここまで来たのか、額に汗を浮かべている。

 ナツオは驚いていた。いつも落ち着いている詩乃がこんなに慌てて大声を上げる姿を見たことがなかったからだ。

「あのっ・・・詩乃ちゃん、あの、私あの・・・」

 ハルキに用があるのだという簡単な言葉すら並べることができず、説明をしようとするがしどろもどろになってしまう。

 そんなナツオを詩乃は目で問いただすようにただじっと見つめ返す。その鬼気迫る表情にナツオはすっかり言葉を失い、詩乃に手を引かれ気づくとその場から移動させられていた。



 無言。無言。無言。



 詩乃は競歩並みに早いスピードでナツオの手を引く。その間ずっと無言なのだ。ナツオからは詩乃の後姿しかみえない、それがかえって不安を煽った。

(詩乃ちゃん、怒ってる?どうしよう・・詩乃ちゃんを怒らせるなんて・・・・私もしかして嫌われた?これからずっとハルキみたいに口利いてくれなくなったらどうしよう・・・)

 普段の詩乃が優しく温厚なだけに、その差が激しすぎてナツオは半ばパニック状態になっていた。詩乃は校舎裏にある裏門に向かって一心に歩く。門を出たところでつないでいたナツオの手を放して大きなため息をついた。ナツオはビクリと体を震わせた。



「良かったぁーー誰にも気がつかれなくて!!」



詩乃のいかにも安心しきった表情とともに発せられた言葉に、ナツオは思わず拍子抜けして「ふぇ・・・?」と変な声を出してしまう。


「ダメじゃない、高橋さん!謹慎中に学校に来るなんて!武田さんがわざわざうちのクラスまで知らせに来てくれたのよ!」

「えっ・・あ・・・」

 そういえば謹慎中は学校に来ちゃいけないんだった――。ナツオはそんな当然の事を今更思い出した。

「心配かけてゴメン詩乃ちゃん・・・・私ハルキに会いに行かなきゃ!って思ってそれ以外の事を考えてなかった・・・・・・」

 学校に見つかっていたら大変な事になるところだった。ナツオはこの上ないほどバツが悪そうに詩乃に向かって頭を下げる。

「私の事はいいのよ。私は授業に戻るから、高橋さんは気をつけて帰ってね。」

そう言った詩乃はいつもの優しい笑顔に戻っていた。








←前へ  次へ→