第4話-6


 それから二週間あまりが過ぎた。


 休み時間も放課後もハルキの教室に行こうものなら、バリアー達が即座に現れて妨害されてしまう。一度屋上でサボっていたことがあったからと、そこを見張ってもハルキは二度と現れなかった。とにかく避けられてると痛感する。

 そんなことが続いてナツオは挫けてしまっていた。険悪な態度のハルキに対峙するのが辛すぎて、もう会いたくないとさえ思ってしまう。

 今日も、一人とぼとぼと浮かない顔で下校していた。最近の意気消沈とした様子を見かねた理緒が、たまにはどこか寄り道して帰らないかと誘ってくれたのだがそれさえ断ってしまうほど気分が落ち込んでいた。


 (私・・一体何をやってるんだろう・・・)

 限界を迎え始めたナツオの心は弱い方へと流れ出すのを止められなくなっていた。


 真っ直ぐ家に帰る気力も湧かず、公園のベンチに座り込んだ。少し前にハルキと揉めた後、リック達と立寄った公園だ。いくつかのベンチと東屋(屋根つきのベンチ)が設置されている広い公園だったが、夕方の今は人気が少ない。周りをはばかる必要が無いと思うと、もう我慢できなかった。止めることができない程大粒の涙がナツオの両目から溢れ出してきた。

(私に出来ることなんて何もない・・・)

 タバコを返してもう二度と関わらないようにしようと思っていたのに、気づけばハルキの事が心配で、それ以上に関わろうとしている自分がいた。でもどこまでいっても、その気持ちがナツオの独りよがりな自己満足なのだと思い知らされた。


(ハルキにとって私は・・・)

 それ以上は解っていても考えたくない。両手を握り締めて泣き声を上げてしまいそうになるのを堪える。目をつぶっても涙はとめどなく流れてしまう。


 夕日はベンチの上で涙を隠すようにうずくまるナツオを優しく包み込んでいた。いつしか日が落ちるまで静かに――。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 この日を境にナツオは本当に諦めたようにハルキと関わらずに過ごした。

 でもそうなってから、不運ともいえる偶然でハルキと出くわす事が続いてしまった。一度目は全校朝会が終わり教室へ向かう最中、二度目は下校しようと校門へ向かう最中。どちらもハルキの隣には鉄壁のバリアーが並んでいたので、すばやくナツオからハルキを遠ざけて防御されたが、もうすでにナツオはそれに立ち向かう意思はなかった。だから敵意を向けられることに耐えられず、二回とも自分から逃げ出してしまったのだった。

(もう頑張れないし、頑張る意味も無い)

 心から自分が正しいと思えたらきっと何があっても負けずに立ち向う事ができる。でもそうでない今、強い意志など持てるはずも無かった。



 そんな気持ちのままさらに二週間ほどが過ぎたある日。

 昼休みに入ったナツオは、学校の中庭に出てきていた。食欲が沸かなかったので教室で昼食をとらず少し一人になりたくなって、なんとなくここまで歩いてきてしまった。自動販売機以外これと言って何も無い所だ。とりあえずお茶でも買って教室に戻ろうかと考えていたところで着ているカーディガンのポケットから電話のバイブ音が聞こえてきた。

 意外な人物からだったことに少し驚いて電話に出る。

「もしもし?電話なんて珍しいねリック」
『ナッツあの・・・』
「?」
『ハルキの様子はどうですか?』
「ハルキ?うん・・・前にリックと会った時のまま・・・というか・・・」

 リックも話を切り出しにくそうにしながら尋ねてきたが、ナツオの返事も歯切れが悪かった。前にリックに会った時からなにひとつ状況が変わっていなかったからだ。
 ナツオの回答にリックは「やはりですか・・・」と言って、うなずいたきり黙ってしまう。とても思いつめたような雰囲気が電話越しのナツオにも伝わってきた。


『・・・実はナッツに話していない事があるのです。』


 重い沈黙の後、リックが意を決したようにナツオにそう告げた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 ナツオはリックの話を聞き終わるなり走り出していた。

 あまりにも必死になっていたので通行する生徒に何度かぶつかりそうになり、よろけながらそれでも一心不乱にそこへ向かっていた。


「 ハ ル キ ! ! ! 」


 教室の扉を勢い良く開ける音が響き渡る。ナツオはズカズカと入室し彼の名前を呼んでいた。その声にハルキはおろか教室中がナツオに注目する。
 昼休みがまもなく終わる時間帯だったのに加えて、最近はぱたりと現れなくなっていた彼女に対し、雪村も八峰も警戒心が薄れていた。それが突然かつて無い程の遠慮の無さで再び現れたのだ。二人は驚きのあまりお互いの顔を見合わせてしまった。言葉が出てこない。

 ナツオは自分の席に座っていたハルキの姿を見つけ出す。

「ハルキ!!!ちょっと来て!話がある!!」

 そう言いながら駆け寄って行くが、ハルキはナツオから距離を取る様に席から立ち上がり教室後方の出入り口へと移動し始めている。

 このままでは逃げられる―――


 (いや――そんなことはさせないっ!!)


「逃 が す も ん か ! ! !」

 ナツオは声を上げながら全力疾走し、そのまま思い切り跳んで突進するような勢いのままハルキの背後から抱きついた。なりふり構わない方法であったが、とにかくハルキを捕まえる事には成功した。



「ぐっ・・・!は、放せっ!!」


 ハルキは驚きのあまり動揺の声を上げていた。今まで幾度となく教室に押しかけられたがナツオがここまで常軌を逸した行動を取ったのは初めてだ。その上最近では逆にハルキを避けるようになってきていた事を考えるとますます異常だった。

 ナツオはハルキの腰に両手を回し、振りほどかれないよう全身全霊で力をこめた。その力が直接体に伝わったハルキは狼狽える。その時、我に返った雪村と八峰が彼の元へ飛んできた。

「お・・おい!!何やってるんだアンタ!ハルキを放せ!」
「まじで狂ってんなスー子!お前犯罪だぞ、それ!」

 二人はそれぞれハルキの両側に回りこむと、迷惑そうにナツオを引き剥がしにかかる。いくらナツオが必死にしがみついてもこれでは敵わない。負けるのは時間の問題だった。それでもナツオはどうしても今、ハルキと離されるわけにはいかなかった。

「・・・いやだっ!!絶対放さない!ハルキと二人にして!どうしても二人で話がしたいのっ!!!」
「お、俺は話す事なんて・・・無い・・・なんなんだ一体・・・」

 ハルキは口ごもりながら反論したが、完全にナツオの勢いに押されている。


「気持ち悪い女だな!神原嫌がってるだろ。見て分かんねーの」
「とにかく放せ!アンタホントに異常だぞ」

 勢いの無いハルキに代わって、バリアー達がナツオを責め立てた。二人がかりでナツオの手を掴んで肩を引っ張り始める。なんとかハルキの学ランを両手で掴んでいるが今にも剥がされそうだ。放してしまったら終わりだと解っているがもう限界だった。ナツオは、気付けば悲痛な叫び声をあげ助けを求めていた。

 この教室の隅にいた『彼』に。


「たっ・・・武田あああ!!!この二人どうにかして!お願いぃぃーーー!!」

煤uはっ!?・・・・俺!?」

 ナツオが教室に入って来たときから自分の席で若干引き気味に、傍観していた武田は唐突に指名され心底驚いた。

「・・・ったくなんで俺が・・・」
 いきなり巻き込まれてしまった武田は迷惑そうに顔を顰める。

「はぁ!?何言ってんだお前!アッちゃんがそんな事するかよっ!!」
 すかさず八峰がナツオを怒鳴りつけた。


「あーそうだな。悪いけど俺はゴメンだね。」


 そしてナツオに向かいすげなく、そう答えたのだった。ナツオからしてみれば友達どころか知り合いもいないこの場で、味方をしてくれる可能性があったのは武田だけだった。
けれど・・・・


「・・・お前はもういい。手を放せよ、高橋」

 武田は雪村たちに加勢するような言葉をナツオに言い放った。今まであまり関わろうとせず中立的な立場のようにも見えていたが、やはり彼も本質的にはハルキの味方なのだとナツオは理解する。

(当たり前だ・・・)

 武田は元々ハルキの友達なのだ。ナツオが少しくらい親しくなったからと言って協力などしてもらえるはずがない。解っていたけれど最後の望みが絶たれてしまったことにナツオは絶望的な気持ちになった。

 もうダメだ・・・そう思った。








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