第6話-8




 17時、テレビから聞こえる天気予報にナツオは耳を傾けていた。

『――関東地方は大変冷え込み、今夜から明日にかけて大雪となる恐れがあります』

「大雪!?確かに寒いけどこっちではめずらしいなあ・・・」
 ナツオは昨日まで出ていた微熱がやっとおさまり、回復状態へと向かっていた。
「ウッシーそろそろ帰ってくると思うけど傘持ってでたのかなあ」
 窓の外に目をやると雪がパラパラと降り出してきていた。

ピンポーン

 来客を告げるチャイムが鳴り、ナツオが玄関口に出ていくとそこには詩乃の姿があった。

「あ、詩乃ちゃんいらっしゃい!」
「こんな時間にごめんなさい体調はいかがかしら?」
「ありがとう、まだ本調子じゃないけど月曜日からは学校にいけると思うよ」
「高橋さん良かったらこれ使って。高橋さんがお休みしていた間のプリント類と授業のノートを作ってきたので・・・」
「わー!ありがとう!!すっごい助かるよ!相変わらず詩乃ちゃん字もイラストも上手くってわかりやすい!って・・・あ!立ち話でごめんね、良かったら上がっていってよ」
「あっ、イエ、おかまいなく!今日はこれからお母さんと車でお出かけするから通り道でよらせてもらっただけなので・・・!」
「へーどこへ行くの?」
「映画館よ」
「そっか楽しんできてねー!」

リリリリリリリ!

 その時ナツオの家の電話が鳴り響いた。
「はい高橋です、あウッシ―?え?ハルキが行きそうな所?どうしたの突然・・・・
えええっ行方不明っ!!!???・・・・解かった・・・うん・・うん・・・それじゃあ・・・・」

 その言葉を最後に電話を切ると同時にナツオはふらついて床に倒れこんだ。

「たっ・・・高橋さんっ!!大丈夫!?」




 話は数分前にさかのぼる。

 潮は久しぶりの休日に、以前からプレイしたかったゲームを買いにビーチモールへと赴いて目当てのものをゲットし、意気揚々と帰宅する途中だった。

 雪がちらほら降り始めている中、人通りの少ない住宅街を歩いていると目の前に見知った大男が目に入る。

「あっ!神原さんじゃないっスか、久ぶ・・・・うわ!どうしたんですか、顔真っ青じゃねーか!!」

「あ、高橋さんっ・・・!」

「大丈夫ですか。なんかあったんスか?」

「いえ・・・・・あの大丈夫です・・・・高橋さんはまた出張でこちらに?」
「いや実は九月から、またこっちに転勤になりまして今はこっちに住んでるんスよ。そいで、なんでもうちのナツオがハルキと同じ学校になったみたいで」
 潮のその言葉をきくなり一輝ははじかれたように目を丸くして口を開く
「ホホホ・・・ホントですか!!?もしかして今うちのハルキがそちらにお邪魔したりしていないでしょうか!!??」
「えっ?」
「実はハルキの行方が分からなくなって、今探している最中なのですが、手掛かりが何もなくって・・・!!!」
 一輝は懇願するように潮に頭をさげ必死にそう訴えた。
「わっ!!」
 潮は一輝のあまりの必死さに思わず後ずさる。
(えらく慌ててるなあ・・・そんなにやばい状況なのか・・・?)

「おちついてください神原さん。今ナツオに電話してきいてみます。ただあいつの話じゃ、最近はハルキに口をきいてもらえねーくらい仲が悪くなってるそうなんで、あんま期待できませんが。」

「すみません、お願いします!」





そして電話後。


「スンマセン、やっぱわかんないみたいッスね。」
「いえ・・・そうですか、ありがとうございました。」

「とりあえず俺も探すの手伝うんで、神原さんの心当たりがある所から探していきましょう!どっかにいますよ!」

「えっ・・いやそんなことまで・・・・」
「困ったときはお互い様っスよ。俺の方はもうこれから家に帰るだけだったんで気にしないでください。」
「申しわけありません・・・正直とても助かります・・・」







「たっ・・・高橋さんっ!!大丈夫!?」
 突然床に膝をついたナツオを心配して詩乃が声をかける。
「大丈夫だよ!ゴメンちょっとめまいがしただけだから・・・」
 「ヘーキヘーキ」とナツオは言うが顔色はそうと思えないほど悪い。

「高橋さんっ・・・あの実は私、昨日神原さんと少しだけ学校で話をしたの」
「えっ!」
「それで、詳細は省くけれど、今日ブルーバードに行く予定があるってきいたのよ!」
「ブルーバードってビーチモールの中にあるお店だったよね!」
「ええ、でも、あくまでもそれは通常時の予定だから今は関係ない話かもしれないけど・・・」
「じゃあ、でも、そこにいなくっても海岸付近のどこかにいるかも!私、探しに行ってみる!!」
「えっ・・・でも高橋さんまだ熱が・・・・!」
「ウッシ―には家にいるように言われたけど、このままにしてられないよ!心配だから!」
「分かったわ!じゃあお母さんにこのままビーチモールに連れて行ってもらうように言って来るから、高橋さんは支度をしていて!」
「えっ!悪いよ、詩乃ちゃんっ!!」
「私も心配だもの!」

 ナツオは詩乃にお礼を言うと、慌てて自分の部屋へ行く。パジャマを脱ぎ捨てるようにして適当な服に着替えるとコートを着て詩乃とその母親と共にビーチモールへと向かった。




 時刻は19時になっていた。

「ビーチモールの中もその付近も見つからなかったわね」

 詩乃の母が心配そうにナツオにそう言った。
 あれからビーチモールやブルーバードの付近を三人で手分けして探したがハルキの姿を見つけることはできなかった。あたりはすっかり暗くなり、雪は激しさを増してきている。ビーチモールの入り口付近で三人は途方に暮れていた。

「ごめんなさい、高橋さん。私が言い出したのにみつけられず・・・・」
 詩乃が申し訳なさそうにナツオに謝った。
「なに言ってるの詩乃ちゃん!こんなに協力してもらってもう十分だよ!映画行けなくなっちゃってごめんね!」
「それはいいのよ。またいつでも行けるから。ね?お母さん。」
「ええ、気にしなくていいわ。それじゃあ高橋さん、今日はもうこのくらいにしてこれからお家まで送るから・・・」
「ご・・ゴメンなさい!私はやっぱりもう少しだけ探して帰るから二人は先に帰って!私は一人でも帰れるから・・・!」
 ナツオのその言葉にいつもおとなしい詩乃が声を荒らげる。
「駄目よ高橋さん!!こんな寒い中、まだちゃんと治ってもいない体で!!」
「本当にあと少し!少しだけだから!それにバスじゃなくタクシーで家まで送ってもらうようにするから、お願いっ!」
 ナツオの必死さに詩乃の母親が諦めたようにため息をついた。
「わかったわ。でもあなたの体調が一番だから無理しないって約束してね。」
「は・・はい!」
「あと、心配だから家に着いたら詩乃に連絡をいれてちょうだいね。はいじゃあこれ」
 そう言うと詩乃の母親はおもむろに財布をとりだしナツオに数枚の千円札を手渡そうとする。
「えっ!お金!?」
「タクシー代よ。」
「そんなっ・・・自分で払えますから、大丈夫です!」
 そう言ってナツオが断ろうとすると間髪をいれずぴしゃりと「受け取るのが条件です」と言い切られた。外見は詩乃に似ておっとりして見えるが性格は正反対の詩乃の母の迫力に気圧されたナツオは、うろたえながらもそのお金を受け取ったのだった。







 雪がしんしんと、だが吹雪に近いくらいの激しさで降りしきっている。
ハルキは人気のない海岸沿いにいた。ガードレールをまたぎ壁をつたい1メートルほど下に降りるとそこにはテトラポットが敷き詰められており、数メートル先は海である。

(海にでも飛び込もうかと思ってここへ来ちまったけど、飛び込む必要もなさそうだ・・・)

 ハルキは着ていた上着を海に投げ捨てるとそのままテトラポットの上に座り込んだ。

(このままここでボーっとしてるだけで死ねるかも・・・)

 そんなことを考えながら空を見上げる。雪がただひたすらに降っているのを眺めていた。

 雪。

(そういえばあの女と初めて会った時も雪が降っていたな・・・)

 つくづく自分は、雪の日にろくな目に合わないなあと思う。そんなことをぼんやり考えていると心の中で懐かしい声がきこえた。


―――ハルキ!!




 ナツオの声だ。あれはいつのことだっただろうか。






「わー!!雪だ!みてみてハルキ!雪が降ってきたよ!」
 そう言って子供のナツオは嬉しそうに微笑んでハルキを見た。
「わーい!すごーい!いっぱい降ってきたー!積もったらなにして遊ぶー?」
 ナツオは無邪気にぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでいる。その様子をきょとんとした顔でハルキはみつめていた。
「アレ?ハルキは嬉しくなかった?」
「いや、こっちはあんまり雪降らねーから俺も嬉しいんだけど、北海道からきたお前が雪でそんなに喜ぶのが意外だなって。いつも降ってたんじゃねーの?」
「えーっなにそれ!そりゃ向こうではいつも雪降ってたけど、こっちきてからは初めてだもん!全然違うよ!」
「そうなのか?」
「しかもあんまり降らないならなおさらだよ!ハルキと雪で遊べるんだよ!?むちゃくちゃ楽しみだよー!!」
「・・・アハハ!そうだなっ!」


 結局雪が積もるほどは降らなかった。何気ない日常の何気ないやりとり。ナツオの方はそんな他愛ないやり取りを覚えているかもわからない。でもハルキにとってそれは雪の日の嬉しかった思い出として確かに今蘇ってきていた。


 幸せだった日の記憶。

(なんで今思い出すんだろう・・・でもちゃんとあったんだな雪の日に良い思い出も・・・もう二度と戻れないけど・・・・)











「あああああああああ!ハルキ!みつけたあああ!!!!!」






 頭上から声が聞こえた。まぎれもなくナツオの声だ。ガードレールから身を乗り出しハルキに向かって叫んでいる。そうかと思うと見る間にガードレールをまたぎ壁をつたってハルキのもとへと降りてきた。






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