第6話-7
翌日 ハルキは、詩乃から教えてもらった通りビーチモールの中にある雑貨店ブルーバードへと足を運んでいた。記憶を頼りにナツオがしていたようなアクセサリーのついたヘアゴムを探すと、たしかに似た雰囲気の花柄のものが見つかった。商品を買い受け取ると、それを受け取った時のナツオの顔が思わず頭に浮かんだ。 ハルキの記憶のなかにナツオの笑顔はない。でもハルキの思い浮かべたナツオの顔は笑顔だった。 (そういえば、俺、再会してからあいつの笑った顔一度もみてないな) いつも酷いことを言って傷つけてばかりだった。でも本当は――― ―――今でも友達だと思ってるから その言葉をきいたときから、ナツオの事を許していた。 (嬉しかったんだ。お前が男だろうが、女だろうが変わらない。大好きだよ。昔も今も。) 自分から突き放しておいて、付きまとわれなくなったことが寂しかった。 (本当にワガママだな俺は・・・) ◇◇◇◇◇◇◇◇ ―――お父さんに全部話しなよ! ナツオの声が脳裏に響く。駅に向かって歩くハルキはちょうどその時家のすぐそばを通りかかっていた。だからこそ先日のナツオの声が蘇ってきたのだ。 (今日は土曜日だからもしかしたら父さん、家にいるかもしれないな・・・でもやっぱり俺にはそんなこと・・・) やはり勇気が出なかった。そんな風に迷いながら歩いていると、ハルキの後ろに人影が現れていた。そのときハルキの携帯が鳴りだす。 「何の用だよ電話をかけてくるなって何度言ったらわかるんだ!」 倉谷がいつもの調子でハルキに金をせびる電話をかけてきたのだ。ハルキはいい加減にしろといわんばかりの口調で怒鳴る。 「はぁ?!知るかよ馬鹿女!金はちゃんと払っただろ、足りないってなんだよ!」 それを後ろできいている相手がいるとも知らず大きな声でなおも続けた。 「じゃあお前が中絶した時の分の金を返せよ!」 「――いったいどういうことだハルキ!」 ハルキが驚いて後ろを振り返ると、今の会話を一番聞かれてはならない相手が そこにいた。 「っっ・・・!父さん!!」 「電話の相手は誰だ?説明しなさい!」 「こっ・・・これはあのっ・・・!!」 「中絶って・・・どういう事だ!」 その言葉にハルキは今の話を聞かれてしまったと知りうろたえる。しかもハルキが自分の子供を相手の女に中絶させたようにきこえる内容だ。一輝は間違いなくそう解釈して青ざめている。 「ちょっ・・・ちょっとまってくれ、それは誤解だっ!俺の子じゃな――」 パシン・・・!! ハルキがそういい終える間もなく彼は頬をはたかれていた。その衝撃でハルキは手に持っていた電話をその場に落としてしまっていたがそれに気づくことはなかった。 「親にだまってそういうことをしている時点でおかしい!お前はしっかりしていると思って自由にさせすぎたのが間違いだったな!見損なったぞ。そんな言い訳が通じると思うか?!」 「・・・・!」 「そんなに家が嫌か?朱美みたいに子供を作って家を飛び出したかったのか?どちらにしてもお前の無責任な行動で、迷惑する人がいることが分からないのか」 ――無責任 ――迷惑 その言葉がハルキの胸に容赦なく刺さった。 (やっぱり・・・無理なんだ・・・父さんと解かり合うなんて・・・) ハルキは唇をかみしめた。所詮は絵空事だとその時妙にすんなり諦めることができた。 ハルキは一呼吸置くと空を仰ぎ目をつぶった。そのまま黙り込んで何も言い返さない。 「おい、ハルキきいているのか!!」 ハルキの態度を見かねた一輝がしびれをきらしたようにハルキを怒鳴りつけた。 「――きいているよ。本当にその通りだなって・・・・・」 一輝の方に向き直るとハルキは、感情の見えない笑顔でそう返答した。 「俺は父さんに・・・迷惑しかかけなかったもんな。でも家が嫌だったわけじゃねーんだ」 『神原春輝』でいたかった。少しでも長く。 「でも、まあ父さんとも今日で『お別れ』だけどな」 「?お別れって・・・何を言って――」 「本当の子供でもないのに今日まで育ててくれてありがとう・・・」 「お前、それをどうしてっ?!」 「元気でな、『父さん』・・・!!」 そう言うなりハルキは走り出した。慌ててあとを追おうとした一輝は通行人にぶつかって相手を転ばせてしまう。 「すみません!よそみしていて!!お怪我は・・・?」 そうこうしているうちにハルキを完全に見失ってしまった。 (もう二度と家には帰れない、俺はもう『神原春輝』じゃなくなったんだ) 気づくと大粒の涙が溢れていた。もはや我慢することもできない。ハルキは涙をぬぐいながら走り続けたが、無理をして走ったせいかすぐに咳き込んで、その場にうずくまってしまう。 (苦しい・・・このまま消えてしまえたらいいのに) 口もとについてしまった血をぬぐいながらそんなことを思う。ハルキにとって父のいない世界はすべてが真っ暗だった。 「あーまずいな!あいつどこへいったんだ!?」 一方一輝はハルキを探して30分ほど、あてもなく周囲をさまよっていた。あれからハルキは、着替えをするために倉谷のアパートへと向かったのだが一輝がそれを知るはずもなく途方に暮れて結局元の場所へと戻ってきていた。 「あっ、これもしかしてあいつのか?」 ふと足元に目をやるとハルキが先ほど落とした電話がそこに落ちたままになっていた。なにか手掛かりはないかと手に取るとちょうど着信を知らせるメロディーが鳴り出す。 「クラヤミエ・・・?」 画面に映しだされた着信の相手の名に一輝は驚く。まさかと思いながら電話機を耳に当てて通話ボタンを押す。 『あーハルキ!!やっと出たわね!出るまでかけてやるんだから!足りないものはたりないの!はやく稼いできてちょうだい!!!』 「その声はやっぱり、倉谷見栄か?」 『あんたハルキじゃないわね、誰よ?!』 「神原一輝、ハルキの父親ですよ。お忘れですか?」 『お忘れって何よ!なんで私の事知ってるわけ?アンタと会ったことなんて一度もないでしょ!』 「会ったことがないだと?本気で言ってるのか、あなたとは以前ちゃんと約束をしているはずだが」 『はあ!?なんのはなしよ!エラそうに!』 「うちの子に一体何をしてくれたんですか」 一輝はあえて『うちの子』という部分を強調してそう問いただす。 『なにがうちの子よ!所詮アンタとは他人なのよ知ってたぁ?』 倉谷の言葉に一輝は黙り込んだ。怒りで言葉が出てこなかったのだが倉谷はこれで一輝に勝ったと思ったのかさらに饒舌に喋りだす。 『いい?ハルキの親はアンタじゃなくアタシなの!子供が親のために働くのは当然でしょ『他人』のアンタが口出しするんじゃないわよ。ていうかさぁハルキ返してくれない?いつまでも他人の家で寄生虫みたいなことされてると困るのよね〜学校もやめないから稼ぎが少なくってさぁ』 「ふざけるな!!ハルキを何だと思ってるんだ!!」 『アンタこそアレをなんだと思ってるの?知らないなら教えてあげましょーかぁ?あはははは!』 ハルキがアパートに入ると、倉谷が酒瓶を片手にベッドに寝そべり誰かと電話をしながら大笑いしているところだった。 「アイツ女だろうが男だろうが、金の為なら誰とでもセックスしてんのよ!それでも息子だとかいえるなら、実はアンタも相当変態なんじゃない?まじでそっちの趣味とかあるわけ?何が親子よきっもちわるー!!!」 「倉谷!!一体誰と電話してるんだ!!!?」 会話の内容に青ざめたハルキが倉谷の持っていた電話を慌ててとりあげた。 『ハルキ・・・!?そこにいるのか!!』 電話から聞こえてくる声はたしかに一輝のものだった。 (父さんっ・・・!!!!なんで!?電話がないっ!落としたのか・・・それで!!) 全てを理解したハルキはそれと同時に激しくうろたえた。持っていた倉谷の電話を地面に叩きつけて壊すと、そのまま倉谷のアパートを飛び出した。 「ハルキ!!ちょっとアタシのケータイ!!」 後ろで倉谷が何か叫んでいたがハルキの耳にははいらなかった。 (バレた・・・!父さんに知られてしまった・・・!) 一番知られたくない相手に一番知られたくなかったことを―― (最悪の結果だ・・・) ―――もう生きていけない・・・・ ハルキは絶望のなかで死を決意していた。 |