第7話-1


「ナツオ・・・・ウソだろ・・・なんでここが・・・・」

 ハルキは信じられないものを見るようにナツオをみつめた。ありえない。なぜこんなところにいる自分を見つけられたのだろうか。驚愕しすぎてそれ以上言葉を紡ぐことができずにいる。

「何やってるのこんなところで!!」
 かけずりまわり汗だくのナツオが心配そうにハルキを覗き込んだ。

「さっきウッシ―が、ハルキのお父さんと偶然会ってハルキが行方不明だって聞いて探してたんだよ!あっ顔ケガしてる!!どうしたの、大丈夫!?」

 ハルキはうつむき目を伏せた。そうしてしばらく沈黙したあと口を開く。

「父さんに殴られた・・・話もきいてもらえなかったし知られたくなかったことも全部バレた。」

「えっ」
「やっぱり俺なんていない方がいいんだよ・・・」
「そんなことっ・・・ってあれハルキ上着は?どうしてそんなに薄着なの!?」
「・・・捨てた」
「はあ!?捨てた・・?上着を!!?」

 ナツオは思わず声を荒らげた。こんな寒い日に上着を捨ててこんな人気のないところに一人で座り込んでいるなんてありえないことだった。自殺行為だ。

「お前こそなんで探しに来たんだよ。」
「え、なんでって」
 そんなことは決まっている。ハルキが心配だったからだ。そんなナツオにとっては当然のこともハルキには分からないのだろうかと困惑する。
「もう諦めたと思ってた。」
「諦める?」
「最近姿を見せなかったし、それに父さんにも余計なことをいわずに放っておいたのは、もう諦めたからなんじゃねーのか。いや悪い・・別に責めてるわけじゃなくて何も言わないでいてくれてむしろ感謝してる。」
「感謝・・?」
 ナツオは先ほどからハルキの言っていることが理解できず呆然としてしまう。諦めたことなどない。いつもハルキを想っていた。だからこそこうして探しに来たのだ。ハルキの父親に告げ口のような真似をしなかったのだって諦めたからではない。
ハルキのあまりの言い分に怒りが込み上げてきた。

「ああ、それにお前ももう俺に関わらないほうが幸せだろうからな。」

「はああっ!?何それ!!」
 ハルキのその言葉にナツオがついに限界をむかえた。思わず大声がでてしまったがもう止まらない。
「ハルキがそういうつもりなら、もういい!諦めたっていえば満足なんでしょ!もうハルキと仲直りするのは諦めたよ!」

 そういいながらナツオは着ていたコートを勢いよく脱ぎ捨てる。
「なっ・・・なにやってるんだよ!」
 ハルキは慌てた。人の事は言えないがこの寒い中コートを脱ぎ捨てるというのは理解ができない。

 そう言っている間にもナツオはさらに脱ぐ。コートの下に着ていたパーカーも脱ぎ捨て、はいていたロングスカートまで脱ぎだした。スカートの下には短パンをはいていたが雪の降る屋外でキャミソール一枚に短パンというありえない格好をさらけだした。

「何ってハルキの方が前から外にいたからハンデあるでしょ!これはその分だよ、私とこれから勝負だからね!!!!」
「勝負ってなんのだよ」
「あー!!寒いっ!!我慢比べだよ!!先に死んだ方が負け!!!」
「はぁ!?なんだよそれ、ふざけてる場合か!」
「ふざけてないんだよ!!!!!!!こっちは超真剣だ!!」

 ハルキはナツオのあまりの剣幕にのまれ思わず「悪い」と謝ってしまう。
「いや、なにもお前までそんなことする必要ないだろ、とりあえず上着を着ろ・・・」

そう言って脱ぎ捨てられていたナツオのコートを拾って彼女にさしだす。

「ふざけんな!!敵に情けは無用!!」

 そういうなりハルキの顔に一発パンチをいれてコートを取り上げると再び地面に放りなげた。

 (あ、まずい)とハルキは思った。今のナツオは興奮状態でこうなってしまうと何を言ってもききいれられないことを今までの経験上知っていたからだ。

「とにかく勝負!!私は絶対負けないからね!!」

そう言い切るとハルキの横に思い切り座り込んで微動だにしない。

 それから10分程沈黙の時間が続いた。一時より勢いは収まったものの雪はまだ依然として降り続いている。

「・・・・もうやめねーか、ナツオ。お前の気持ちはもうよく分かったからさ・・・。」
「・・・ゴホッ・・・ゴホッ」
「咳してるじゃねーか。体調良くないのにこんなことして悪化するだけだぞ、はやく家に帰るか、病院に行けよ。」
「・・・・ハルキが行くなら私も行くよ。」
「・・・・・俺は病院に行かないんじゃなくて、行けないんだよ。もし俺が病院に行って入院にでもなっちまったら、俺から金を受け取れなくなった倉谷が何をするかわかんねー、金をせびりに家に押しかけて来るに決まってる。そしたら父さんに迷惑が―」
「私がそんな事知るか。ハルキが病院に行くつもりないなら私も絶対行かないからね。」
「・・・・わからずやだな・・・・」
「そのセリフ、ハルキにだけは言われたくない。」

「・・・・お前がそこまでする意味が分からねーよ、早くしないと本当に死ぬぞ。」
「・・・だからそれを証明するって言ってるの!私が何を言ったところでハルキの気持ちを変えることはできなかったけど、ヒトの・・私の気持ちまで勝手に決めつけられたらこうでもしなきゃ伝えられない!!」
「お前の気持ち・・・?」

「私はハルキと関わらない方が幸せだなんて思ったことないんだよ!たとえ今ここで、死んでも!」

 その言葉にハルキは両目を見開く。ナツオの両目からは大粒の涙が流れおちていた。
 
「無理やりハルキをお父さんに会わせようとしたってどうせ逃げられてしまうに決まっている。私がハルキのお父さんに勝手に伝えたって駄目なんだよ。一番大事なことを他の人に言われたら辛い。私が前にそうされたときは、本当に後悔したから・・・」

 神原冬悟、彼に自分が女だとばらされたときナツオは本当に後悔していた。大切なことは自分の口から伝えなければならないと強く思った。だからこそハルキから父に真実を告げるように促し続けたのだ。
 
「えっ、お前もしかして・・」

 ハルキもそれに気づいてはっとした顔をする。諦めたからではない、ナツオはずっと信じて待っていたのだと。でも結局はナツオと同じように他人からバラされてしまった。そしてこのザマだ。
 
 「ゴホッ!ゴホッ!」

 突然ナツオが激しく咳き込み始めた。ナツオはあまりの苦しさに、前かがみになり思わず両手を地面についてしまう。
 
 「おい・・・!大丈夫か!!?」
 
 尋常ではない勢いの咳き込み方に、ハルキは思わず心配の声をあげた。
 
 「い・・・息がっ・・・」
 
 咳き込み終わってもナツオの呼吸は荒い、片手を地面についた姿勢のまま、もう片方の手で自分の胸倉を掴んで呼吸が苦しいと訴え出した。
 
 突然苦しみだしたナツオにハルキは動揺する。
 
「息・・・!?息ができねーのか!?今救急車を呼ぶから待ってろ!」

 そう言ったもののハルキは自分の携帯を持っていないことに気づく、慌ててナツオに「お前の携帯はどこだ!?」と声をかける。

「・・・言う・・・か・・・!!!」
「今そんなこと言ってる場合じゃねーだろ!!」
「行か・・・ない!!まだ・・・勝負は終わってないっ!!」

 この切羽詰まった状況でナツオは病院に行くことを断固拒否した。

「どれだけ頑固なんだ・・・!」
「うる・・・さい、馬鹿・・・!!ゴホッ!!!ゴホッ!!!」
「ナツオっ!!おいっ・・・!!」

 また咳き込み始め、地面に倒れかけたナツオをハルキは思わず抱き支えた。
 ナツオは苦しさのあまり今にも意識を手放しそうになっている。
 
「ハ・・・ルキの・・・・ばか・・・・・」
「おいっ・・・ナツオしっかりしろ!!」

 ハルキは焦る、このまま本当にナツオが死んでしまうのではないかと思ったのだ。
 ナツオ自身も薄れゆく意識の中、もうおしまいかもしれないと感じていた。今までハルキを取り戻したくて精一杯のことをしたつもりだった。でも自分には結局何もできなかった。それが悔しくて思わず涙がこみあげてくる。




「た・・・助けら・・・なくてご・・・・・・・」



両目に涙を浮かべたナツオは、その言葉を最後に意識を失った。


「おいっ!!ナツオしっかりしろ!!!し・・・死ぬな!!!」
 必死にナツオに呼びかけるが反応はない。
 
 「俺がっ・・・俺が悪かった!!なんでもお前の言う通りにするからっ・・・!!!病院に行く!!!父さんとも話す!ちゃんと話すから、だから死なないでくれっ・・・・!!!」
 
 思わず抱きしめたナツオの体は思った以上に細く儚かった。それがハルキの罪悪感をさらに大きくさせる。
 
 
 「いままでどれだけ無理をさせしまったんだ・・・」
 
 
 暗くてよく確認できないが外套の光が届くところで確認すると、ナツオの顔色はこの上なく悪かった。それに今まであんなに荒く息を切らしていたのに、今は息が止まってしまった様に静かだ。
 ハルキは慌ててナツオの胸に自分の耳を当て、心臓の音を確認する。
 
 「良かった・・・まだ生きてる・・・!」
 
 それから、ナツオの口元に手を当てた。呼吸もしているようだ。
 
 しかしナツオの体は氷の様に冷たくなっている。それに気づいたハルキは立ち上がり、脱ぎ捨てられたままになっているナツオのコートを拾い上げる。ナツオに着せようと思ったのだ。
 
 その時ふと思いついた。ナツオは特に手荷物をもっておらず、手ぶらでハルキのところに来ていた。それならここにあるかもしれないと思い立ち、コートのポケットに手を入れて探ると思った通りナツオの携帯がでてきた。
 
 ナツオにコートを羽織らせ、片手で抱きかかえると、もう片方の手で電話を持ち急いで救急車を呼んだ。
 
 
 
 程なくして救急車が到着し、ナツオを乗せて走り出す。付き添いで同行していたハルキは救急隊員に現状を伝える。そして自分も数か月前から血を吐いている事を話し、病院に着いたら治療を受けたいと短く伝えた。
 
 
 
 
 
 時刻は20時30分
 
 
 潮は、一輝と別れてハルキを探している最中だった。といってもハルキの行きそうなところに心当たりなどない。あてずっぽうにその辺りを探し回るしか方法がなく、捜索は難航を極めていた。
 
 
(うーん。これ以上探しても見つからなければもうケーサツだな)


「つーかアイツ、ちゃんと家にいるんかな・・・」
ふと、ナツオの事を思い出した。家で大人しくしていろ、と釘をさしたが果たしてその通りにしているだろうか。ナツオの性格を考えるとそれは限りなく怪しい。

 その時ポケットに入れている携帯電話から着信音が鳴り出した。ナツオからだ。
 

「どーした?ハルキならまだ見つかってねーぞ、つうかお前ちゃんと家にい―」
『もしもし!!潮さんですか・・・!?』

 ナツオの携帯から電話がかかってきたのだ、てっきりナツオだと思い込んでいた潮は電話から聞こえてきた知らない男の声に驚く。
 
『あ、俺です、神原ハルキです・・・!』
「ハルキ!!?」
『すみません、ナツオが!!!ナツオが俺のせいで倒れてしまって今救急車で七浜総合病院に向かっている最中です、それでお・・・ゴホッ!!!ゴホッ!!!』

 言い終わらないうちに、ハルキは激しく咳き込み始めた。持っていた携帯も床に落として倒れこんでしまう。周りの救急隊員達の動揺する声が電話越しの潮にも聞こえてきた。
 
「おっ・・・おい!!ハルキ!!!大丈夫なのか!!!?返事しろ!!!おいっ!!!」

 電話が床に落ちたことを知らない潮は電話越しに必死にハルキに呼びかけた。それに気づいた救急隊員の一人が電話を拾い上げハルキに代わり話し出す。
 

『高橋ナツオさんのご家族の方ですか!?』
「あ、はい!ハルキは無事ですか!?つうかナツオが倒れたって・・・!?」
『高橋ナツオさんは、今意識はありませんが、呼吸も脈も安定していますので今のところ命の危険はありません。神原ハルキさんの方は、先ほど話を伺ったところ数か月前から吐血の症状がみられたそうです、病院に行くのは今回が初めてということなので詳しいことは検査をしないと分かりませんが、今、吐血して意識を失ってしまいましたので、別の隊員が処置をしているところです。』
「吐血って・・・まじか」
 ハルキの病状を初めてきいた潮は、驚いて思わずそうつぶやく。
『それで、神原さんのご家族の方にも病院に来ていただきたいのですが、ご連絡先などはお分かりになりますでしょうか?』
「分かりました、俺から連絡をしておきます。二、三十分あれば、そちらへ行けると思いますのでそれまで二人をお願いします!」



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