第7話-4



「ハルキ・・・!!!」
 
 ハルキと一輝がそんな会話をしてから、30分も経たないうちに雪村が現れた。 
 

「え、雪都!?、早くね・・・!?お前学校は?」

 予想より早く現れた雪村にハルキは驚いた。雪村の事だから今日来てくれるだろうと思っていたが、学校が終わってから来るものだと思い込んでいた。
 
「あんなメッセージもらって、授業なんか受けてられるか・・・!」
「・・・ホント、お前は心配性だな。」

 そう言ってハルキは雪村に向かって困ったやつだな、という笑顔を向けた。その表情に雪村は釘付けになる、ハルキから影が消えている。今のハルキは雪村の良く知る以前のハルキそのものだったのだ。 
 

「今まで心配かけて悪かったな。お前には全部話すから、そこ座ってくれねーか?」

 そう言ってハルキはベットに座った姿勢のまま、ベットのすぐ脇にある椅子に座るように雪村を促した。

 その様子を見た一輝は、察して席を立つ。

「ハルキ、父さんはしばらく席を外す。昼食でも食いに行ってくるから。」
「ああ、悪いな。」 
「雪都君だったか?ゆっくりしていってくれ。」

 そう言って病室から出て行った。
 
 
(あの子は、確かハルキの中学の時の友達だな。ずいぶん派手な子だと思って警戒してしまったが、そんなに悪い子ではなさそうだ。後でハルキに謝らないとな。)

 そんなことを思いながら、病院内にあるレストランに足を運ぶと小一時間ほどそこで過ごし、再びハルキの病室へと戻った。話し合いもそろそろ終わっていると思い病室に入ると、雪村はまだ病室にいた。なにやら言い争っている。
 
「だから・・なんでそーなんだよ・・・!?」 
 ハルキが困ったように声を上げる。
「だって、そうじゃねーか!!俺が、あんなに妨害しなければ・・・!!高橋の邪魔をしなければ、こんなことになる前にもっと早く解決できたかもしれない、今日だってこんなことになっているとも知らず、俺はアンタが学校を休んでたって、たいして気にも留めなかったっ!!自分は何もしなかったくせに高橋にはいつも上から目線で何度も嫌なこと言ったし、俺はっ・・・最低だよ・・・!」

 雪都は悲痛な声を上げた。両目からは大粒の涙がとめどなく流れ出している。
 
「雪都っ・・・!!ちょっと待てよ!!!お前のせいなんて事なんもねーだろ!!お前はただ俺に協力をしてくれただけじゃねーか。俺はそんな風に思ってほしくて話をしたんじゃねーよ!!!ナツオだって・・・多分そんな風に思ってねーよ!!!」

「でもっ!!俺は――」
 
 雪村の言葉が終わらないうちに、ハルキは自分の片手を伸ばし、彼の手を強く握った。

「俺はお前がいつも心配してくれるのが嬉しかったし、ナツオからだって、ずっと守ってくれていたことも感謝してるよ!!それに俺の、あんな話を聞いても友達だって言ってくれて、それだけで十分なんだ。最低とかいうなよ。そしたらお前をそんなに苦しめた俺の方がよっぽど最低だろ・・・」

 最初こそ力強い口調だったハルキの声は段々弱弱しく辛そうなものになっていった。雪村は自分の手を握るハルキの力が弱くなっていくのを感じて、冷静さを取り戻す。 

「ハルキ・・・」

「というか、俺はお前は何も悪くないと思ってるけど、お前がそんなに悪いと思ってるならナツオに謝って来いよ。病室教えるからさ。」

「ああ、もちろんこれからすぐ行くつもりだよ。」

「つってもお前、その顔じゃ外出れないだろ。落ち着くまでここいていいから。」


 そんなやりとりを一輝は黙って見ていた。会話の内容からだいたい何があったのかは想像することができる。雪村もナツオとは違う角度から、ハルキを助けようとしてくれていたのだと痛いほど伝わってきた。
 
(悪い子じゃなさそう・・・なんてレベルじゃなかったな。ナツオ君以外にもこんなに良い友達がいたのか。)

「・・・・雪都君、ハルキを心配してくれてありがとうな。」

 椅子に腰かけて自分のタオルで顔を拭いていた雪村に一輝は優しく声をかける。
「いや・・・俺は何もできなくて、全部高橋が・・・・」

「ハルキっ・・・!!!」

 雪村と一輝のそんな会話を打ち切るように病室の入り口から声がした。
 
 
 制服姿のリックが入室してきた。学校が終わってそのまま急いで来てくれたのだろう。
 
「リック、来てくれたのか。」
 ハルキはリックにそう言いながら笑顔を向ける。

 リックの姿を見た一輝は(あ、この子は)と気づく。確かハルキが小学生の頃に何度が家に連れて来たことがある子だ。身長はハルキと同じくらいまで伸びていて大分大人びた雰囲気になっているが間違いない。
 
 
「ハルキっ・・・・」
 リックは目を見張った。彼の屈託ない笑顔を一目見たリックは気づく。ハルキがハルキに戻っている。
 
「ナッツ・・・ですか・・・!?」
 ハルキをここまで変えられるのはナツオしかいないと確信してリックはハルキに問う。
 
「ああ、アイツに助けられた。でも、そのせいで倒れて今別の病室にアイツも入院してるよ。」
 ハルキのその言葉にリックは衝撃を受けた。
「・・・・・僕が、僕がナッツに頼ってしまったせいで・・・!!!」
「何言ってるんだよ、お前のせいではないだろ。」
「いいえ・・・いいえ僕のせいです!!ナッツがむちゃな性格なのを知っていて、ハルキが血を吐いてるなんて伝えたら、きっとまたむちゃをすると分かっていて、それでも伝えてしまったんです。情けない話です、ナッツにだけ頑張らせて僕は・・・!」
 そういうなりリックは両目から大粒の涙を流し始めた。リックの涙を見たハルキは申し訳なさそうに言う。
 
「泣くなよリック・・・・。お前には暴力を振って本当に悪かった。ていうかお前だって十分頑張ってくれただろ、俺はお前にだって感謝してるよ。じゃなきゃ今日呼んでねーよ。」 

 その言葉を聞いたリックは涙をぬぐいながらハルキの正面まで歩み寄ると、ハルキの顔の高さまでかがんで、真っすぐ彼を見つめて言う。
 
「・・・・愛していますハルキ、早く良くなってください、あっ・・・!!!!」
「?」
「今のは違うんです、日本では「愛している」という言葉を結婚したい人にしか言わないそうですが、僕の国では両親や兄弟などにも普通に使うので、それで、つい・・・!!!僕はハルキと結婚したいわけではありません。」

「ぷっ・・あははは!そんな事分かってるよ。」

 ハルキはそう言ってリックの肩に自分の両手をまわすと、軽く抱きしめた後、背中を二回ほど軽く叩いて「ありがとうなリック!俺もお前の事愛してるぜ。」と明るい口調で言った。

「ハルキ・・・ハルキの手術が成功するように、毎日神様に祈ります。」
「おおげさだな。」
 そう言いながらハルキは嬉しそうに笑った。
 

 そんなやりとりを見ながら、もう高校生にもなる男の子が二人も続けざまに涙をみせる姿を目の当たりにした一輝は言葉を失っていた。
 
(ハルキは、本当に何も変わっていなかったんだな・・・。こんなに良い友達が何人もいるなんて・・・・)




「よう、まだ生きてたか神原。」
「あ、ユッキーまだいたんかよ。」

 一輝が感慨に浸っていると、病室の入り口からまた二人、男子が入室してきた。一人はかなり大柄で迫力がある子だったので思わずそちらに目がいってしまう。
 
(あれ、もしかしてこの子、武田君か・・・?)

 小学生の頃ハルキとケンカして病院騒ぎになったことがある相手だと一輝は思い出した。以前見た時は随分荒れた印象のある子だったが、今はだいぶ落ち着いてみえる。ケンカの後、ハルキから友達になったとはきいていたが、まだ付き合いがあったのかと驚く。
 
「武田、ハチ、来てくれたのかありがとう。」

 武田は、ハルキの様子が明らかに変わっている事に一目で気づく。
 
「・・・高橋か。」
 ナツオ以外にこんなことができる奴はいないと思った武田は思わずナツオの名前をつぶやいた。
 
「ああ、アイツに助けられた。でも、そのせいで倒れて今別の病室にアイツも入院してる。」
「な・・・何やってんだ、お前らは・・・・」
 武田が呆れた口調をハルキに向ける。
「武田、ハチ、お前らにもちゃんと話すよ今まで何があったのか。」
「はっ、俺はお前のしみったれた身の上話になんか興味ねーよ。何があったか知らねーが解決したならそれでいい。」
 武田は満足げな顔で、そう言い終わるとさっさと病室を出て行こうとする。
「俺も、アッちゃんと一緒だな!!解決したんならそいでいいや!!お大事にな神原!」
 八峰も武田に続いて退室しようとする。
 
「あ、そうだ高橋の病室教えろ。寄っていくから。」
 背中を向けていた武田が振り返り、思いついたようにハルキに尋ねる。ハルキはナツオの病室を武田に告げた。
 
「じゃあな、せいぜいゆっくり休んどけよ、チビ助。」
 武田はハルキに向かってそういうと今度こそ病室から出て行こうとする。
「チビ助・・・ってお前・・・・もう背、伸びただろ。俺がチビならチビじゃない奴のが少ないよ。」

 昔はそう呼ばれていた気がするが、最近はずっと苗字で呼ばれていたので、まさかまたそんな風に呼ばれると思っていなかったハルキは困惑した。
 
「ぷっ・・ははは!そういうセリフは俺よりでかくなってから言うんだな。」
「そんなん、一生無理だろ、もう成長期終わってるんだから。」
「ははははは!」

(アッちゃんがこんなに上機嫌なの珍しいな・・)
 横で見ていた八峰はそう思った。

 
 武田たちが出て行ってすぐに一輝が口を開く。

「ハルキ、父さんもナツオ君のところに今から行ってくるよ。まだ一度も会えていないんだ。早くしないと失礼になってしまう。」

「え、まだ一度も会ってねーの?」
「ああ、昨日から何度か足を運んでいるんだが、ナツオ君の病室に行ってもいつもいないんだ。さっきも行ったけど小柄な女の子が一人眠ってるだけだった。」

 その言葉にハルキははっとする。

「そういえば・・・・父さんに言い忘れてたな。でもてっきり潮さんからきいていると思ってた。」
「?」
「その小柄な女の子が多分ナツオだよ。」
「え??!!」
「ナツオは女だよ。小学生の時は俺にその事を隠して男の振りしてたんだ。俺も高校に入って再会するまで知らなくてスゲー驚いた。」

 一輝は驚きすぎて言葉をなくし固まってしまう。
 
「なっなななな・・・ナツオ君、いや、ナツオちゃんが女の子!!???」
 今までハルキから聞いていたナツオの言動から、どう考えても勇敢で意志の強い男の子だと思っていた一輝は動揺した声を出してしまう。
 
(女の子・・・!?しかもあんなに小柄な・・・!?)

「ちょっと待てハルキ、ぼ、暴力振ったことがあるとか言ってたよな!?」
「うん。我ながら最低だと思うよ。」

 一輝は焦る。同じ暴力でも男の子相手と女の子相手とではわけが違う。一輝の顔面がみるみる蒼白になっていく。
 
「た、高橋さんになんて言って謝ればいいんだ・・・!!とっ、とにかく父さんは今からナツオく・・ちゃんのところに行って来るからっ・・・!!」

 そういうなり大急ぎで病室を飛びだして行く。
 
「ハルキ、俺も高橋・・・さんのところへ今から行って来るよ。」
 雪村がおもむろに立ち上がってハルキに告げる。
「あっ、僕も行きます。先にナッツにも謝りたいので・・・ハルキ、帰ってきたら話をきかせてもらえますか?」
「ああ、もちろん。俺も行きたいけど、父さんにまだ出歩くなって言われてるから、お前らだけで行ってきてくれ。ナツオに宜しくな。」





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