第7話-5


 ハルキたちが病室で話をしている頃、ナツオの病室の前に、詩乃と詩乃の母、理緒、影太、南が到着していた。
 病室の扉がしまっていて中に入れないので扉の前で話をする。
「ちょうど、検診中みたいね」
と詩乃の母が詩乃に話しかけた。
「しばらく、ここで待っていましょう。きっとすぐに終わるわ。」
 そんな話をしていると、そこへ武田と八峰がやってきた。
「なんだ?人多いな。」
 八峰が思わず少し驚いた声を出す。
 
「あ、武田さん。武田さんも高橋さんのお見舞いに来てくれたの?」
 詩乃が武田に話しかける。
「まあな、神原に呼ばれてきたんだけど、そしたら高橋もここに入院したっていうから。」
「えっ・・・!?高橋「も」ってもしかして、神原さんも入院しているの・・・!?」
「知らなかったのかよ、神原の奴。一昨日倒れて明後日手術らしいぜ。なんでも、高橋が病院に行かねーってだだこねる神原を病院に行かせるために相当むちゃして二人で倒れたんだとよ。」
 
 その場で二人の会話を聞いていた他のメンバーは皆、思わず神妙な面持ちになる。
「二人で倒れたって・・・一体何があったのよ・・・」
 理緒がぼそりとつぶやいた。

「うわっ、なんだなんだ?スゲー人だな!!」
 そこへ、ナツオの様子を見に潮が訪ねてきた。あまりの人の多さに驚いている。

「えっ、もしかしてこれ全部ナツオのお見舞いの人か?!スゲーなアイツ・・・」
 潮がそう言って感心しているとそこへ詩乃の母が歩み寄ってきた。
 
「あの、高橋さんの保護者の方でしょうか?」
「ああ、はい、叔父の高橋潮と申します、ええと・・・」

 潮が言葉につまっていると、すかさず詩乃が話し出す。
 
「あ、潮さんお久しぶりです、うちの母です。」
「おー、詩乃ちゃんの」

 詩乃は以前ナツオの家に行ったことがあるので潮とも面識があった。
 
「高橋さん、申し訳ありません。一昨日、詩乃と一緒にナツオちゃんを車で連れ出してしまいました。ハルキ君を探しにビーチモールまで行き、19時頃引き上げて皆で帰ろうとしましたが、ナツオちゃんはどうしても残ってハルキ君を探したいというので・・・・あろうことかそのまま、行かせてしまいました。こんなことになるなんて、全て私の責任です。本当に申し訳ありませんっ・・・!!」

 そう言って詩乃の母は潮に深々と頭を下げた。詩乃も母の横に並び申し訳なさそうな顔で潮を見ている。


「あーいやいや、頭を上げてください。詩乃ちゃんのお母さんが協力しなくても、どうせアイツは一人で飛び出してハルキを探しに行っていたと思うので、そんなに責任を感じることはありませんよ。ホントに。」
「でも・・・」

「高橋さんっ・・・・!!!」

 その声に詩乃の母の言葉は遮られた。それは一輝が前方にいる潮を見つけて発した言葉だった。一輝は一直線に潮のところに走り寄ってくると周りの目もはばからず、そのまま勢いよく土下座した。
 
「高橋さん!!!大変申し訳ありませんっ!!!!」
「ちょっ・・・!!??神原さん!!??」
 潮は突然目の前で一輝が土下座したことに盛大に驚く。昨日も一昨日も謝られたが土下座まではされなかった。一体何があったというのか。
「ナツオ君がっ・・・いやナツオちゃんがまさか、女の子だったなんて!!!今ハルキから聞いて、うちのハルキのせいでこんなことになってしまって!!!嫁入り前のお嬢さんにアイツはなんて事を!!!」

「え・・?神原さん、それ今知ったんスか?とっくにハルキからきいてると思ってました。」
 そういえば自分からも特に説明してなかったな。と潮はその時初めて気づいた。

「・・・というか頭を上げてくださいっ!!今回の事はナツオが好きでやったことなので神原さんがそんなに謝ることじゃありませんから!」
 そう言って一輝の体を慌てて起こそうとする。
「そういうわけにはいきませんっ・・・!」

 その時ナツオの病室の扉が開き、中から若い女性の看護師が出てきた。
「はい検診が終わったので、中へどうぞ・・・ってすごい人ね!?」
 扉の前に思ったより大勢の人がいたので驚いている。
 
 そこへ、リックと雪村がやってきて、さらに人数が増えた。


「と、とりあえず、その話はまたあとで聞きますから、今は先にナツオに会ってやってください!」
「は・・はい」

 そう言って一輝をなんとか立ち上がらせる事に成功した潮は思わず安堵のため息をついた。






「ナッちゃん!!」
「高橋さんっ!」

 扉が開くとすぐに、扉から一番近くにいた理緒と詩乃がナツオの元に駆け寄っていく。南と影太もそれに続いた。

「ナッちゃん、大丈夫!?」
 南は、病室のベットで仰向けになって寝ているナツオの傍に寄り心配そうに声をかける。

「あ、理緒、詩乃ちゃん、南くん、それに影太まで・・・来てくれたんだ、ありがとう。」
「馬鹿、起きなくていいよ。大人しく寝てろ、俺らもすぐ帰るから。」

 そう言って起き上がろうとしたナツオを影太が止める。

「ありがと、そうさせてもらうよ。」
 ナツオは寝たままの姿勢で話すことにした。

「ナッちゃん、倒れたってきいて心配したわよ!一体何があったの?」
「ちょっと、肺炎になっちゃって、まだわからないけど1週間くらいは入院しないといけないみたい。あっ、それより理緒、ここへ来る時ウッシ―に会わなかった!?実はハルキも今入院していて、今日、検査して詳しい結果がそろそろ出るはずだから、検査結果をききに行ってもらうことになってるの。さっきから待ってるんだけど、まだ来てなくて。」

「悪ぃ、遅くなって!実はまだ俺も知らないんだよな。」
「ウッシ―!?いたの?」

 姿は見えないが、潮の声がしたことにナツオは驚く。横になっているナツオは最初に入室してきた四人に取り囲まれたことで、視界が塞がれてしまい、その他にもメンバーがいることに全く気づいていなかったのだ。
 
 潮は自分よりかなり後方に立っている一輝を見る。皆の話が落ち着くまで、自分は話に行くのを待つつもりだった一輝は潮と目が合うと慌てて話し出そうとする。
 
「ハルキは、大丈夫ですよ!」

 だが、一輝が口を開く前にリックが話し出した。

「え、リック・・!?なんでここに・・・?」
 リックはナツオのすぐ近くまで来ると申し訳なさそうな顔で話し出す。
 
「ハルキに呼ばれて来ました。すみませんナッツ!僕のせいでこんなことになってしまって何と言って謝ったらいいか分かりません・・・!!」
「え、リックのせい?そんな事全然思ってないよ・・・っていうかハルキは・・・?」
「明後日、手術になりましたが、命に係わるものではありません。手術すれば治るそうです。」
「治るんだ・・・良かった!!でも手術って・・・」
 
 リックの言葉に、一瞬明るくなったナツオの表情が暗くなる。治るときいて安心したが、手術が必要なほど酷いことになっていたのかと思うと心が痛んだのだ。

「ナッツ、ハルキを助けてくれて、本当にありがとうございます。」
「助ける・・・?」
「ハルキに会って来ましたが、すっかり元通りでしたよ。」
「元通り?」
「ええ、ハルキに、ハルキらしさが戻っていました。」

 その言葉にナツオは目を見開いた。
 
「えっ、私が寝てる間に一体何があったの・・・?そういえばお父さんと仲直りしたってきいたけど、ハルキが元に戻ったのならそれは私じゃなくて、ハルキのお父さんのおかげだと思うよ。」

 ナツオのその言葉に、リック、一輝、雪村、武田は同時に「えっ?」と思った。
 ハルキを救ったのは間違いなくナツオだ。だがそのナツオ自身に自覚が全くないことに驚いてしまったのだ。
 
「ナッツ、それは、違います。ハルキを救ったのは間違いなくナッツですよ。ハルキもそう言ってました。」
「ハルキが・・!?・・・信じられない・・・。」
「なぜですか・・・?」
「だって、私、一昨日の夜、ハルキが雪の中座り込んで絶対動かないって言うから、わからずや過ぎるハルキに、私もやけくそになってしまって、ハルキの事殴って、後先考えずに先に死んだ方が負けとか良く分からないルールを押し付けて寒さの我慢比べを勝手に始めちゃったし。そしてハルキを助けるどころか、自分が先に倒れてしまった・・・。今考えたらありえないよ。意地を張らずに大人しくハルキのお父さんを呼んできてたら、ハルキが倒れる前に解決できたのかもって・・・・いやそれより前、ハルキが血を吐いてるって知った時すぐに、私からハルキのお父さんに伝えてればこんなことにはならなかったかもしれない。私、以前すごく大事なことを他人の口からバラされた事があったからそれがすごく悔しくて、ハルキには何が何でも自分の口から伝えさせようって、それにこだわってしまった。でもその考えはすごく独りよがりだったかもしれない・・・・。その証拠にハルキのお父さん、まだ一度も病室に来てくれてないし、多分「なんでもっと早く知らせてくれなかったんだ」って怒ってるからだと思う・・・・・・・。」

 ナツオの告白に、一輝は慌てた。
 
「なっなな、ナツオく・・・ナツオちゃんっ・・・!!それは違う!!!」
 人をかき分けて、ナツオの前に姿を見せる。
 
「あっ・・・!!!ハルキのお父さん・・!!?今の聞いて・・・」
「来るのが遅くなってしまって、本当にすまないっ・・・!!!ハルキが迷惑をかけてしまってそれも本当に申し訳ない!!今までの事、ナツオちゃんにはなんて言ってお礼をしたらいいのか分からない、ハルキを助けてくれて本当にありがとう!!!」
「でも、私・・・」
「ナツオちゃん、おじさんはね、「今は反抗期でも、ハルキなら、しっかりしているから大丈夫だろう、そのうち元に戻るだろう。」なんて呑気に考えて、ハルキの事を長い間放っておいたんだ、ハルキと向き合うのを避けていた。そんなおじさんがナツオちゃんに何かを言う資格なんてない。むしろおじさんの代わりにずっとハルキに正面から向き合い続けてくれた事に感謝しているよ、本当にありがとう・・・!!」

 そう言ってナツオに笑顔を向ける。

「おじさんに、怒られなくて良かった・・・」
 ナツオは思わずほっとした顔をした。

「怒るわけないじゃないか、ナツオちゃんはハルキの恩人だよ!」

「でも・・・・・雪村にはきっと怒られるだろうな・・・・病室来ないと良いんだけど・・・」

「ユッキーならもういるけど。」
「えっ」
 急に八峰の声が聞こえてきた、その言葉にナツオは焦る。
 
「なんで、俺がアンタを怒るんだ・・・?」
 病室の入り口付近で所在なく立っていた雪村が、ナツオの近くまで歩み寄ってきた。

「雪村・・・いつからいたの?!」
「最初からいたよ。」
「じゃあ、きいてたでしょ・・・。後先考えず行動して、結果的には、たまたまうまく行ったけど、ハルキは手術になっちゃうし。」
「たまたま、じゃない、アンタが転校してきてからずっとハルキに呼びかけ続けたから、アンタが頑張ったからハルキは救われたんだ。俺がアンタに怒ることなんて何もない。」
「雪村・・・・」
「アンタには本当に悪いことをしたと思っている、俺が妨害したりしなければ、もっと早く解決したかもしれない。それにアンタにはさんざん偉そうに嫌なことを言ってしまった。「軽蔑する」なんて言ってしまって本当に悪かった。アンタが、もしハルキの友達でいるのをやめろって言うなら、俺はそうするつもりで今日ここへ来たんだ。」

 雪村は苦しそうな顔でナツオにそう告げる。今にも泣きだしそうだ。というかすでに目が赤い。さっきまで泣いていたのだろうか、とナツオは思った。

「えっ!?友達やめる・・・!?なんでそうなるの?」
「自分は何もしなかったくせに、ハルキの友達面していたのが本当に恥ずかしいからだよ。」
「え、いや、雪村だってハルキの事すごく心配してたじゃん。雪村はハルキの事守ってただけでしょ?友達やめてほしいなんて私、少しも思ってないよ・・・!!」
「・・・・・・」
 辛そうな表情で黙り込んでしまった雪村に、ナツオは、それ以上何と言って声をかけたらいいのかわからない。
 
「あーもう!ユッキーはそうやってなんでも自分が悪いと思うクセやめた方がいいぜー!」
 雪村の様子を見かねた八峰がそう言いながらナツオの方にやってきた。
 
「よう!大活躍だったなお前!」
「あ、友達バリアーの小さい方・・・」
「友達バリアー?お前今までそんな変な名前で俺の事呼んでたのかよ。俺はハチだよ。八峰学だ。つかユッキーは悪いと思ってるみたいだけど、俺は少しもお前に悪いと思ってないから謝んねーけどいいよな?!」

 雪村とあまりに対照的な堂々とした態度の八峰に、ナツオは思わずおかしくなってしまう。

「ぷっ・・・もちろんいいよ。雪村もそのくらいさっぱりしてくれたら私は助かるんだけど。」
「スー子、じゃなかった、ナッツン、お前なかなか、見どころある奴だったんだな。」
「ナッツンて・・・」
「俺の事は、ハチって呼んでくれ。お前アッちゃんとも仲良いし、俺とも友達な!」

「・・・・あはは!!そうだね!これから宜しくねハッチ―!・・・そうだ、雪村も!」

「俺・・・?」
 今まで黙ってナツオと八峰の会話を横で聞いていた雪村が、思わずナツオの顔を見る。

「ハルキの友達やめるかわりに私と友達になってよ。それでもう終わりにしよ。」
「・・・・そんなのでいいのか・・・?」
「私もユッキーて呼んでいい?」
「・・・・ああ、かまわないよ・・・ありがとう、高橋さん・・・」
「さんはいらないよ。」
「ハルキの恩人を呼び捨てにはできないだろ。」




「話はまとまったかしら?」
 ナツオと雪村達の話し合いが終わった頃合いを見計らって詩乃の母がナツオに話しかけてきた。
 
「あ、詩乃ちゃんのお母さん・・・!!ごめんなさい、私、約束を破ってしまって・・・!」
「もういいのよ。実はあなたの事、少し叱ろうと思ってきたんだけど、ここへきて皆の話を聞くうちに、そんな気持ち吹き飛んだわ。今まで本当によく頑張ったわね。ゆっくり休んで早く良くなるのよ。」

 そう言ってナツオに優しく笑いかけた。



←前へ  次へ→