第7話-7
「私に用って?」 一方ハルキに呼び出されたナツオは、リビングから出てすぐの廊下で、ハルキと向かい合って立っていた。 「えーと、お前に渡したいものがあってさ。」 そういうと、ハルキは自分のズボンのポケットから、可愛くラッピングされた小さな袋を取り出し、照れくさそうにナツオに差し出した。 「えっ・・・私に!?」 予想していなかったことにナツオは驚く。 「この前、お前の髪飾り壊しちゃっただろ?だから代わりの物をって思って、「詩乃ちゃん」に勧められた店で買ったんだ。渡すのすっかり忘れてて、遅れちまってゴメンな。」 その時、渡された袋に「blue bird」とロゴが入っている事にナツオは気づいた。 (あっ、そういえばハルキがいなくなった時、詩乃ちゃんが、ブルーバードにハルキが行くことを知っていたのって、そういうことだったんだ!!) ブルーバードは、可愛い雑貨やアクセサリーを扱う店だった。ハルキが行きそうな店ではないなと思っていたナツオは、全てを理解し納得した。 「開けていい?」 「ああ。」 そう言って開封すると、中から小さい花柄のアクセサリーがついたヘアゴムが、二つ出てきた。 「わー!!可愛い!!ありがとうハルキ・・・!!大事にするね!!」 そう言ってナツオは、満面の笑みをハルキに向ける。 「・・・喜んでもらえて良かったよ。こういう贈り物をするのなんて、初めてで、それ買う時もスッゲー恥ずかしかったから・・・」 「そ・・そうなんだ。」 ハルキの「初めて」という言葉に、ナツオはなんだかくすぐったい気持ちになった。 次の瞬間。 「ぷっ・・・わはははは!良かったなナツオ!ハルキの初めて(ハート)がもらえて!!」 リビングと廊下をつなぐ扉が開き、中から出てきた潮がナツオをすかさずからかった。 「ウッシ―!!?聞いてたの?!ていうか、すぐそういう変な言い方するのやめてよ!!」 潮の言葉にナツオは、思わず赤面した。 「ハルキ、ゴメンね!ウッシ―が変な事言って・・・って、ハルキ・・・?」 ナツオはハルキを見て驚いた、ハルキは顔を耳まで赤くして俯き、黙り込んでしまっている。 ナツオはともかく、ハルキには軽く流されると思っていた潮は、意外そうな顔でハルキを見る。 (体売ってる、なんつーからもっと擦れたところがあると思ったら、スッゲーウブだな。外見は大人びてるのに、中身、中学生かよ。) ちょっとからかいすぎた感じになってしまって、バツが悪くなった。 「冗談だよ!冗談!悪かったな、ハルキ!もう、言わねーから!」 そう言うと、潮は手を伸ばし自分より背丈のあるハルキの背中を、ぽんぽんと叩いた。 後ろで全部見ていた一輝は、思わず胸を撫でおろす。 (ハルキの事をまた誤解してしまっていたな・・・。この様子なら、ナツオちゃんには何もしていないだろう・・・) ナツオの家を後にすると、二人は車に乗って家へと向かった。 「ナツオちゃんとは・・・本当に友達だったんだな。」 一輝は運転しながら、助手席に座るハルキに話しかけた。 「ナツオとは友達だって、前に言ったじゃないか。父さん信じてなかったのかよ・・・。」 ハルキが、落胆したような口調を一輝に向けた。 「あ、いや、すまない。そういうワケじゃ・・・友達、といえば前に初めてナツオちゃんの病室に行った時、お見舞いの人が10人くらい来てて驚いたよ。お前も友達が多い方だと思ったが、ナツオちゃんはもっとすごいな。」 「じゅ・・・10人!?」 「お前の友達も、そのままナツオちゃんの病室に行っていたから、それも合わせてだけどな。」 「いや、それにしたってスゲーよ・・・ナツオは俺の友達とも友達だけど、俺はナツオの友達、ほとんど知らねーもん。」 「そうだな、ナツオちゃんはホントに人望があるな。それに、雪都君とナツオちゃん、お前をめぐって仲悪かったみたいだけど、ちゃんと和解してて父さんもほっとしたよ。」 「そうだな、それは俺もナツオから聞いてほっとした。っていうか・・・俺をめぐってって言い方はなんか違うな・・・二人とも俺の為に、頑張ってくれてただけだよ。」 「中学の時は、雪都君の事を悪く言ってしまって、すまなかった。お前の友達は皆良い子ばっかりだ。・・・・ところで、そういえばナツオちゃんのお見舞いに来てた子で、一人すごく恰好良い子がいたけど、お前の知ってる子か?」 「恰好良い子?男だよな?雪都じゃなくて?」 「男の子だよ。雪都君も恰好良いが、その子も負けていなかったな。」 「雪都に負けないくらいって・・・相当じゃねーか、俺の友達ではないと思うよ。」 そんな会話をしているうちに、家に到着した。 (雪都に負けないくらいの恰好良い男か・・・・) ハルキは、一輝から聞いたその人物が誰なのか、いつまでも気になっていた。そしてふと思い出す。 (そういえば、前に下校中、リックとタバコを取り合ってた時ナツオが割り込んできたことがあったけど、そん時ナツオ、俺の知らない男と一緒だったな、あの時はそれどころじゃなかったから気に留めてなかったけど、かなりカッコいい感じの男だった気がする。) もしかしてその男だろうか、とハルキは思い当たった。 「俺、ナツオの事全然知らねーのな・・・」 ◇◇◇◇◇◇◇◇ 「・・・・一体なんの用よ?」 それから約一カ月後、一輝は病院の一室を訪ねていた。やっと連絡がついた倉谷見栄が、入院していると知り会いに来たのだ。倉谷は入室してきた一輝に気づくと、ベットに仰向けに寝た体勢のまま、いかにも煩わしいという顔をして言った。 一輝は倉谷の前まで歩み寄ると、無表情で彼女を見る。その姿は病人そのもので、顔がだいぶやつれておりベッドから起き上がることもでき無いほど弱りきっている様に見えた。 「お久しぶりです・・・。知っていると思いますが、ハルキの父親の神原一輝です。貴方とお会いするのは、ハルキが赤ん坊の頃以来ですね。貴方とは、もう二度とお会いする事は無いと思っていました。ハルキを・・・・うちの息子を散々な目に合わせてくれたそうですね。貴方は、ハルキにはもう二度と近づかないと言っていた。なぜ約束を破ったんですか。」 一輝はその瞳に静かに怒りをたたえながら、淡々とした口調で倉谷を問いただした。 「うざいわね。そんな事きくために、わざわざ来たの?馬鹿じゃない?」 「・・・馬鹿で結構です。」 「そんなのムカつくからに決まってるじゃない。」 「ムカつく・・・?」 一輝は思わず「理解できない」という顔で倉谷を見た。 「アタシがこんなに苦労してるっていうのに、アタシが産んだ子は・・・・アタシを遊び捨てた奴との間にできた子供は、なんの苦労もなく他人の家で可愛がられてぬくぬく育ってるなんて、許せるわけないでしょ。数年前に余命宣告されて、あと3年の命ってきかされた時、絶対ハルキも同じ目に合わせてやろうと思ったのよ!」 「・・・・・・・・・。」 倉谷の勝手な言い分に、一輝は言葉を失う。怒りでどうにかなってしまいそうな自分を必死に抑えた。 「言っておくけど、アタシは悪くないわ!だって子供が親の為に働くのなんて当たり前のことじゃない。アタシだってそうやって、子供の頃から親に働かされていたのよ!」 「こちらも言っておくが、ハルキの親権を放棄した貴方は、もうとっくの昔にハルキの親ではない。ハルキの親は私だ・・・!!その体では、もう何もできないかもしれないが、一応言っておく。ハルキにこれ以上何かしたら、こちらも黙っていない、出るところに出させてもらう・・・!!」 「ハルキ、ハルキって、所詮アンタらは他人でしょ。気持ち悪いわね。それともアンタ、ホントにそっちの趣味でもあるワケ?」 倉谷が一輝に向かってそう言うが、一輝は軽蔑した眼差しを倉谷に向けた後、無言で病室の出口へと歩き出す。 「貴方がハルキにしたことは絶対に許さない。・・・・・でもハルキを産んでくれた事にだけは感謝してますよ。」 去り際にそう言い残して静かに退室していった。 病室のドアが閉まると同時に、倉谷は一輝に向かい叫ぶ。 「何よそれ!!!最っっ高ーの嫌味ね!!」 ◇◇◇◇◇◇◇◇ 時は少し戻り、ナツオが退院して学校に通い始めて、間もなくの頃 ナツオは、学校帰りに理緒、詩乃、影太、南と『森のケーキ屋さんcafe』に足を運んでいた。皆が、ナツオの退院祝いをしたいと言って誘ってくれたのだ。 「学校の近くに、こんなケーキ屋さんが出来てるの、全然知らなかった。」 入店したナツオが、店内を見回しながら言う 「すごく美味しいって、今、校内で結構話題になってるから私も一度来てみたかったの。」と理緒が言うと、「僕も」「俺も」「私も」と、南、影太、詩乃が次々に頷いた。皆初めて来るようだ。 ナツオ、理緒、詩乃が並んで座り、向かい側の席に、南と影太が座って、早速注文したケーキを食べ始める。噂通り絶品だった。 「マジで美味いな・・・!」 「僕、こんなに美味しいケーキ初めて食べたかも!」 あまりの美味しさに影太と南が感動している。理緒やナツオ、詩乃も同様だった。 「男の子って甘いもの食べないと思ってた。」 南と影太の様子を見ていた詩乃が、意外そうにつぶやいた。詩乃には兄が二人いるが、その兄達は甘いものが苦手だったし、それに加えて男友達が全くいなかった詩乃は同世代の男子の事がよく分からず、なんとなくそういうイメージを持っていたのがつい口に出てしまったのだ。 「男でも甘いものは普通に食うよ?な、南?」 詩乃のつぶやきをきいていた影太が答える。 「んー。僕は食べるけど、他の男の子がどうかまでは分からないな。」 「お前、友達いねーもんな。」 「うん。僕、人見知りだから。女の子となら多少しゃべれるけど、男の子相手だと緊張しちゃって。」 「普通逆なんだけどな。」 「そうそう、だからあの時、ナッちゃんの友達の多さにはびっくりしたよ。」 「ああ、この前見舞いに行った時な、すごかったよな人が。」 そう言って二人は、揃ってナツオの方を見る。 「私の友達っていうか・・・あれはほとんど、ハルキの友達だよ。」 「というかナッちゃん、色々あったみたいだけど、一体何があったのか私たちにも話せる範囲でいいから話してくれない?」 理緒の言葉を聞いたナツオは、転校してきてから今まであった事を皆に説明した。性別を隠していたことがバレてハルキから嫌われてしまい、最初は口をきいてもらう事すらできなかったが、しつこく教室に押しかけたことや、そのせいでストーカー扱いされて、雪村やハルキ達ともめた事。ハルキが体を売っていた事などは伏せたが、ハルキが父と血が繋がっていないことや、突然現れた母親に脅されていて、そのストレスから病気になってしまった事なども話した。 「はー、それで神原君は病院に行きたがらなかったのね。」 それをナツオが説得し続けて、あとは病室できいた話に繋がるのかと、理緒をはじめ全員が納得した。 「そんなことになってたなんて、全然知らなかったわ。だってナッちゃん、全然相談してくれないんだもの。力になれなくてごめんなさいね。でも解決して、本当に良かったわ。」 「私も、高橋さんに何もできなくて・・・」 理緒と詩乃が、口々にナツオに謝罪をする。 「そんなことないよ!それにハルキとの事は、私が一人で決着付けなきゃいけないことだったから。あ、そうだ、前に私がハルキの事嫌いになりかけてた時、南君がハルキの事を「今は隠れて見えなくなっているだけで、ハルキのハルキらしいところはなくなったわけじゃないと思う。」って言って励ましてくれたけど、当たりだったよ!すごいね南くん!」 「え・・・・?僕そんな良いこと言ったの?」 「えっ、覚えてないの?!」 キョトンとした顔でそう答えた南に、ナツオは驚いた。 「プッ!ははは!お前そういうとこホント適当だよな!なんか、そういうシナリオのゲームでもやってる時だったんじゃねーの?」 「あー、そういえば再会した幼馴染が変わっちゃってる展開で、ヒロインが頑張って攻略する乙女ゲー、最近までやってたよ。それの影響かな。あはは!・・・でもナッちゃん、本当によく頑張ったね。それで、ハルキ君と無事に付き合うことになったんだ?」 「えっ、付き合ってないよ。ハルキとは友達だよ?」 ナツオの言葉に全員が「えっ?」となった。 「付き合ってないの?お見舞いにも行ってるんでしょ!?」 「えっ、お見舞い・・・行ったら、付き合ってる事になるの!?」 驚いた口調で理緒が問いただすが、理緒の言葉にナツオも驚く。 「ナッちゃんは、神原君の事好きなんじゃないの?だから神原君の為に、そんなに頑張ったんじゃないの?」 「頑張ったのは、ハルキが友達だからだよ。それに私、中学の頃告白されて、初めてで嬉しくなっちゃって、付き合った事あるんだけど「思っていたのと違う」って言われて、一日でフラれた事があるの。それ以来誰かと付き合ったら、またすぐフラれるんじゃないかって怖くて、誰とも付き合う気になんてなれないよ。」 「それって、ナッちゃんが知ってる子と付き合ったの?」 「ううん。私に一目ぼれしたっていう、違うクラスの知らない人だよ。」 「・・・・・全然シチュエーションが今回と違うじゃない。神原君なら、そうはならないと思うけど・・・というか、神原君からは何か言われてないの?好きとか、付き合ってほしいとか?」 「言われてないよ。あ、でも「最高の友達だ」って言って褒められたよ。」 ナツオは照れくさそうに言うが、全員妙に納得できない。 影太が、驚いたような呆れたような声でナツオに言う。 「そんだけ色々あったのに、「友達」のままってお前らスゲーな・・・。」 |