第7話-8



「ハルキ?」



 道を歩いていたら声を掛けられた、振り返るとそこに自分と同じくらいの背丈の、ブレザー姿の少年が立っている。

「ナツオ・・・?」

 ハルキは驚いて目を見開いた。そこには小学生の頃別れた親友の姿があった。

「久しぶりだね!小学校の時以来!あの時は何も言わずに引っ越ししちゃってごめんね!俺あの時・・・」
「・・・いいよ。お前にも色々あったんだろ。もう気にしてねーよ。」
「最近またこっちに引っ越してきたんだ。良かったらまたたまに、遊ぼ!」
「ああ・・それにしてもお前、あんまり雰囲気変わんねーな。」

 ハルキは、ナツオの姿をまじまじとみつめた。幼い頃の雰囲気のまま成長したナツオの姿は、安心感があった。

「そうかなー?自分じゃあんまわかんないや」
「そういうお前は、よく俺の事がわかったな。最近の俺、雰囲気変わって別人みたいってよく言われるのに。」
「え?そうかなー、ちょっとかわってるかもしれないけど、俺はすぐにハルキだってわかったよ!これから家に帰る所?」

 ナツオは、無邪気な笑顔をハルキに向けながらそう話した。ナツオに「すぐわかった」と言われたことが、ハルキは嬉しかった。

「ああ。お前は?」
「俺もだよ。途中まで一緒に行こ!ってなんかハルキ、フラフラしてない?」
「あー・・・今ちょっとあんま体調よくねーから。でも大丈夫だよ。」

 ハルキはそう言いながら、歩いていたがふらついて思わず転びそうになってしまった。

「えっ!?ハルキ大丈夫!!?」
「あ、いや、大丈夫だ。」
「大丈夫じゃなくない!?ここからハルキんちまでそんな距離無いし、ちょっと家までおんぶしてくよ!!」
「いや、いいよ。悪いだろ。」
「何が悪いの?俺たち友達でしょ!」
「ありがとう、正直助かるよ。」

 ナツオはハルキを背負うと、ハルキの家に向かい歩き出した。

「お前に背負われるの、久しぶりだな。」
「ああ、前にハルキが熱だしながらうちに来た時、おんぶしたね!そういえばその後俺もハルキにおんぶしてもらったことあったっけ、懐かしいなー、皆元気にしてる?」
「俺、小学校の時の友達にあんまり最近会ってねーや、そういえば、イチと牧村には昨日会ったけど・・・・」
「イッチ―とマッキー!!懐かしー!二人とも元気だった!?」
「・・・・・・・・・・」
「どうしたのハルキ?」
「いや、イチとケンカしちまった・・・・。」
「えっ?イッチ―と?」
「ああ、俺とイチとは、中学から別れててずっと会ってなかったんだけど、昨日中学同じだった牧村から、連絡があってイチが俺に話があるっていうから、とりあえず牧村に仲介役頼んで、三人で会った。そしたらなんか、イチが俺がイチの好きだった女を遊んで捨てたってきいたみたいで、俺にそのこときいてきた。」
「遊んで捨てた!?ハルキが!!?」
「ああ、俺はもちろんそんなことしてねーよ。でもそん時、俺最高に機嫌悪くて、すげー嫌な態度とっちまった」
「ハルキは、なんで機嫌悪かったの?」
「・・・・実は俺ちょっと今脅されてて、毎月一定額金納めなきゃいけない相手がいて・・・」
「ええっ!!」
「俺、体売って金作ってんだけど、今、月末だろ?金足りなくて焦ってて・・・さっき男相手にヤってきて、なんとか金たりたんだけど、すげー乱暴な奴で、結構痛めつけられちまって今体中痛くって・・・」
「何それ!!ハルキ大丈夫なの!!!?」
「気持ち悪ぃーだろ。そんなやつ背負ってるの。おろしていいよ、自分で歩けるから。」
「俺がハルキを気持ち悪いなんて思うわけないでしょ!!また倒れそうになるから、大人しくしてて!」
「お前、相変わらず優しいな。」
「いや、普通でしょ!俺に何かできることあったら、何でも協力するよ!」
「ありがとう・・・」
「それでイッチ―とはどうなったの?」
「・・・・殴られた。お前なんかもう俺の知ってる昔のハルキじゃない、お前誰だよ!って泣きながら言われた。すげー失望されたよ。仲直りしたいけど、あんなに嫌われたらもうどうにもできねーや・・・・」
「なんで?イッチ―でしょ?大丈夫だよ!」
「何が大丈夫なんだよ。」
「だってイッチ―ハルキの事好きじゃん!ハルキだって好きでしょ?イッチ―の事。」
「俺は好きだけど・・・もう無理だよ。昔の俺と今の俺が違うっていうのも、当たってるし・・・」
「ハルキはハルキでしょ!!それにイッチ―なら、絶対大丈夫だから!話せば分かってくれるから!」
「お前ホントに、人の事よく信じる奴だよな。お前はホントに変わらないよ。俺はいくじなしだから、ケンカして嫌われちまった相手の所に会いに行くの怖えーや。」
「ハルキだって俺とケンカした時、うちまで謝りに来てくれたじゃん!」
「それはお前だからだよ。お前なら許してくれるかなって思ったから。」
「みんな同じだよ!ハルキ皆から好かれてたじゃん!!」
「昔の話だよ・・・。」
「イッチ―の所一人で行くの辛かったら、俺も一緒に行ってハルキと一緒に謝るよ!」
「なんでお前まで謝るんだよ。お前なんもしてねーだろ。」
「俺、ハルキの笑顔好きだよ!ハルキがまた前みたいに笑えるようになってほしいから、できることはなんでもしたいんだ!俺も一緒に頑張るから、ハルキも負けないで一緒にがんばろ!!」
「お前、こんな俺を助けてくれんのか・・・」
「当たり前でしょ!!ハルキは俺の一番の友達なんだから!!」
「ありがとうな、ナツオ・・・・」

 心の中が、じんわりと温かくなってくる。ナツオはいつもハルキの味方だった。数年たっても変わらずに味方をしてくれたことが嬉しかった。

 目頭に熱さを感じて、目が覚めた。倉谷のアパートの一室にあるベットの上で仰向けになって、寝ている自分に気が付いた。

(夢か・・・・・昨日イチとケンカしちまったから、こんな夢見たのかな・・・ナツオが出てくるとは思わなかった・・・)

 のそりと起き上がると、体中がまだ痛かった。ハルキは、昨日市村とケンカをした事を思い出す。実際は、帰り道で成長したナツオに再会しておんぶで家まで運んでもらうなどという事実はなく、痛む体を引きずりながら、一人孤独に倉谷のアパートまでなんとか帰り着いたのだ。

(ナツオ・・・・どうしてるのかなアイツ・・・・)


 夢の中のナツオは昔のまま、かわらず優しくて頼りがいのある少年だった。子供の頃は、その大人しそうな外見から想像がつかないほど、胸の中に強いパワーを秘めていた事に驚いた記憶がある。強さと優しさの両方を併せ持ち、どこまでも一途に友達の為にいつも戦っていたナツオ。ハルキはそんな彼が、とても大好きだった。久しぶりに思い出した親友の事が、たまらなく懐かしくなった。

(ナツオ・・・・今の俺を見たら、どう思うんだろ、俺だいぶ変わっちまったし・・・夢のナツオみたいに、俺の事友達だって言ってくれて、助けてくれんのかな・・・ていうか俺、もうすべてを諦めたつもりだったのにまだ、誰かに助けてほしかったんだな・・・)

 ナツオの事を思い出して、思わず涙が溢れてきそうになった。仰向けの姿勢のまま目をつぶって数を数えて、必死に涙を止めた。

(ナツオ・・・俺を助けて・・・・)

 今のハルキは、闇の中で溺れそうになっていて自分でも、どうしたらいいかわからない状況だった。ただ一つの誓い「父さんには絶対迷惑をかけない」という想いを抱え、破滅の道を突き進むのを止めることができない。そんな状況にいるハルキを、ナツオがどうやったら助けられるかなんて、ハルキにすら分からない。でも何かにすがりたくて、気づくとナツオに助けを求めていた。ハルキにとってナツオは、そのくらい頼もしい男だったから。

 体中が痛い。夢で得た安心感が目覚めて消えてしまい、また孤独感が沸き上がってきた。

 ハルキは、家に帰ることにした。家にあるナツオの写真、昔たった一枚だけ撮ったことのある秋祭りの日の写真が、どうしても見たくなったのだ。


「よう!ハルキ久しぶりだな!」

 家に帰る途中、冬悟に呼び止められた。

「何の用だよ、冬悟」

「つれねーなあ、今からお前に面白いことを教えてやろうっていうのによ。つーかお前家出してたんだっけ?こんな所にいるなんて、珍しいじゃねぇか。」

「そんな事、お前に関係ねーだろ。それよりその女子はなんなんだよ。おかしなことしてるなら、警察呼ぶぞ。」

 冬悟は、右手にセーラー服姿の小柄な女子を抱えていた。嫌がる様子の彼女の口を、ずっと塞いでいる。

(あれ、この女この間、廊下で会ったな。雪都が言ってた例の美少女転校生か・・・。)

 そんなことを考えていると、冬悟が大笑いし始めた。彼がなぜ笑っているのか分からないハルキは、疑問の表情を浮かべる。

「まじでお前らサイコーに笑えるな!いや笑えるのはお前だけだな、ハルキ!!高橋ナツオだよ、コイツ!お前の大好きなオトモダチのサルだよ!覚えてるだろ?」

「!!??」

 ハルキは、冬悟の突然の言葉に困惑する。冬悟がコイツ、といって指さしたのはどう見てもセーラー服姿の小柄な女だ。それがナツオと言われても、何を言っているのか理解できない。

「まあそう思っていたのは、お前だけでこいつは男のフリしてお前とお友達ゴッゴしてただけだからな。お前の女嫌い知ってて、からかうなんてホントいい性格してるぜ!」

(ナツオ・・・!!??ナツオが女・・・!!???この小さい女があの・??!!男のフリ・・・!??)

 ハルキは、あまりのことにナツオの姿をみつめたまま、混乱して呆然とした。

「変なこと言うな!」

 セーラー服姿の女子は、冬悟を押しのけると彼に向かい怒鳴った。

(声・・・・たしかにナツオの声だ・・・・!!!)

 ハルキは愕然とする。見た目はまるでなにもかもあの頃とは違うが、声は昔と全く同じだった。

「何が変だよ事実だろ?同じ学校にいるのに、声もかけずに知らん顔してんじゃねーか」
「それは」
「そうだよな!今更用もないし、関わりたくないもんな!」
「違っ!」

「ウソだろ・・・お前がナツオ・・・・?」

 頭を打ち付けられるような、強い衝撃がハルキを襲った。

(俺は、ずっと・・・騙されていた・・・・?)

 たしかにこの間会った時には、素知らぬ顔をされた。もうハルキには用がないと言っていた冬悟の言葉も事実だろう。

(友達ゴッコ・・・・・ナツオにとって俺は・・・・)

 ショック過ぎて、それ以上は分かっていても考えたくなかった。
ハルキは咳き込みながらその場から走り去る。

(あの頃のナツオは、どこまでが本当のナツオの姿だったんだ!?俺と親友と言っていたのもウソか!?突然いなくなったのも、俺に自分が本当は女だと言わなかったのも、アイツにとって俺はその程度の存在だったからということか・・!!!?)

 途方もない悔しさと、悲しさが押し寄せてきて、気づくとそれが涙にかわっていた。

「ハルキは、俺の一番の友達だからね!!」

 そう言ってくれたナツオの笑顔が、忘れられない。

 それもこれも全部嘘。


「ナツオ・・・ナツオ・・・・」

 それなのに、すがるようにナツオの名前を呼んでしまった。あの頃のナツオを嫌いになんてなれない。でも全て嘘だ。それを受け入れられなくて、心の中がぐちゃぐちゃになった。

(俺の知っているナツオは、ナツオの本当の姿ではなかった。アイツは最初から存在などしていなかった。今の知らない女が、ナツオの本当の姿だとしたら、俺は何一つナツオの事など知らなかったということになる。)

「知らない女だった・・・・俺の何も知らない女・・・それがあいつ、本当の高橋ナツオだったというのか・・・!!」

 走りながら、泣いていた。こんなに泣いたことがあるのかというくらい、大粒の涙がボロボロと零れおちていく。

(父さんも嘘でナツオまで嘘だなんて・・・・!!!)

 ハルキの大切なものは、皆嘘まみれで出来ている。大切なものどころか、自分さえも。

(俺も・・・神原ハルキも嘘だ・・・皆嘘・・・。)


 翌日、教室に押しかけてきたナツオを、怒鳴りつけて追い払った。セーラー服姿の知らない女は、ハルキの言葉に涙を流して謝っていたが、ハルキの心にはまるで響かなかった。

(本当にコイツのどこがナツオだっだのか、まるで分らない。ナツオは、こんな簡単に泣く奴じゃなかった・・・・)

 とにかく、女の姿のナツオを見ると無性に苛立った。裏切られた気持ちと失望感。

 ナツオはリックとタバコを取り合っている時にも現れた。

 リックはナツオが男なら、ハルキを例え力づくでも良い方へ導いてくれるはずだったと女のナツオを見て失望していたが、それはハルキも実は同じだった。暴走する自分を誰かに止めてもらいたかった。

「ナッツ!?ガールだったんですか、どういうことですか?ハ・・ハルキ!」
「そうだよその女だ、お前も目を覚ませ、そいつに俺をどうにかできると思うか?」

 火のついたタバコを手に持ちながら、ハルキはリックにそう言った。

「あきらめろリック、ガキのケンカじゃねーんだから、女が男に敵うわけねーんだ。それどころか、このタバコ一本俺から奪うこともできねーよ。要するに、お前にすら及ばないってことだ。」

 ハルキは、火のついたタバコをナツオの方に向けながら、女のナツオを馬鹿にした。ナツオが女であることが、無性に腹立たしかった。男であって欲しかった。あの夢に出てきたナツオのような、ナツオらしいナツオにもう一度だけでもいいから、会いたかった。

(アイツに会いたい。こんな女じゃなくて・・・アイツに・・・)

 そう思うと悲しくて悔しい。

(もう二度と俺はナツオには会えねーんだ・・・・。こんな現実、知りたくなかった。こんなことなら、俺は一生事実を知らないままでいたかった。)

 そんなことを考えていると、突然タバコの火のついた部分を握りつぶされた。

「誰がタバコ一つ取り上げられないって?女だからってバカにするのもたいがいにしろよ、この不良男!!」

 そう言って、ハルキからタバコを奪い取った。ふわふわした見た目の大人しそうな外見からはギャップのある勇ましい行動に、ハルキは唖然とした。

―――不良男!!

 ナツオの声で「不良男」と言われたことが、ハルキの心に残った。今の女のナツオには何を言われても気にならないが、その時ハルキには、子供の頃のあのナツオに今の自分が不良と言われたような気がしていた。

 翌日、廊下を歩いていると、ガラスを突き破って、ボールが中にとびこんできた。ハルキは気づいた時には、ナツオをかばっていた。自分でもなんでかばったのか、分からない。

 女のナツオの顔をみると、また無性に腹が立って「ブス」やら「貧乳」やらと悪態をついてしまった。女にそんなことを言ったのは、生まれて初めてだった。ナツオは言い返すことなく、ただため息をついていた。彼の知るナツオの性格なら、言い返してきてもおかしくはなかったが、まるで自分に対して深く失望しているような態度に居心地が悪くなり、ハルキはその場から逃げた。




 けたたましい音とともに、廊下のガラスが突き破られる。

「よけんなよ!!!ガラス割っちゃっただろーが!!!」
「っっっアホか!!普通によけるわ!」

 友達を人質に取られたと思ったナツオが、激昂して武田に殴りかかったが、彼がよけたため、背後の窓ガラスをそのまま突き破ったのだ。

(ウソだろ、こんなでけぇ男相手につっこんでく女なんていんのかよ・・・!!?)

 ハルキは、唖然としてその光景を眺めていた。床には散乱したガラスの破片や、ナツオの血が飛び散っている。

 ナツオは、豹変していた。どこまでも強い意志と我を忘れるほどの怒り。相手を射抜くような強く鋭い視線で武田を睨みつけている。ナツオのその瞳は、ハルキが良く知るあのナツオそのものだった。


「ふざけんなよ!!!このゲス野郎!!!詩乃ちゃんに一体何をしやが―――」
このセリフで、ハルキは完全に今のナツオが、あのナツオなのだと分かった。友達を思うゆえに立ち向かっていくあのパワーは、今もナツオの中にあるのだと知った。

 それでもやはり、ハルキは、夢の中で見たあのナツオを求めてしまっていた。華奢で頼りない女のナツオにはない、強く大きな体を持った男のナツオに会いたかった。女であることを隠して、自分を騙していたナツオをどうしても受け入れられなかったのだ。

 そう思っていたはずなのに、その後ナツオから「今でも一番大事な友達だ。」と言われた事が、とても嬉しかった。その瞬間だけ、過去も未来も現在も、何もかもがどうでも良くなってしまう程に、ナツオの一言ですべてを許せた。だが、その直後にかかってきた倉谷からの電話で、一気に現実に引き戻された。自分はやはりもう昔の自分ではないと思い知らされ、一瞬近づいたナツオとの距離が、また広がった。その気持ちがどんどん大きくなるにつれ、途方もなくさみしい気持ちとどうにもならない現実にイラつく気持が大きくなり、心の中がまた乱れた。








 そして、病院からナツオが退院した日。彼女がハルキに会いに来たあの時。

(俺が笑ったのを見て、アイツが泣いたとき初めて・・・俺は・・・)

 ナツオの事が、好きなのだと気づいた。思わず引き寄せて、ナツオを抱きとめその気持ちが間違いではないと確信した。自分では気づいていなかったが、今思えばナツオにキスをした時にはすでに、好きだったのだと思う。

(アイツが男なら良かった、なんてもう全く思えねー・・・・)

「お前が俺の初恋だよ、夏緒・・・・。」



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