第8話-1





「ナッちゃんが頑張ってたの知ったら、僕も少し勇気ださなきゃなって、気持になったよ。」



 ナツオ、詩乃、理緒、影太、南で森のケーキ屋を訪れた帰り道、南がこっそりナツオに話しかけてきた。


「勇気?南君なんかあったの?」
「実は僕もね、中学の頃以来唯ちゃんと会ってないんだ。僕、実は唯ちゃんとケンカして唯ちゃんを一方的に怒らせて、それから気まずくなって、ほとんど顔を合わせないうちに、中学卒業になっちゃったんだ。唯ちゃんがどこの高校に行ったのかすら、僕知らないんだよ。」

「えっ!?そうだったの!?」

 南の言葉にナツオは驚く。『唯ちゃん』というのは、南の幼馴染の女の子だ。小学校の時、南と話をしていると、ちょくちょく名前が出てくる人物だったので、同じ学校で一度も面識がなかったにもかかわらず、がナツオも名前だけは覚えていた。

「うん。僕は臆病者だから、怒ってる唯ちゃんと対面するのが怖くて、ちゃんと話し合いすることができなかったんだ・・・・。でも僕まだ唯ちゃんのこと好きだし、ナッちゃんみたいに諦めずに頑張ったら、もしかして、また仲直りしてもらえるかも・・・って思ったんだ。」

「そうだったんだ・・・。でも多分仲直りできると思うよ、頑張って!私にできることあれば協力するから、なんでも言ってね!」

「ありがとう、でもナッちゃんも一人で頑張ったから、僕も一人で頑張るよ!一応これでも僕、男だしね・・・。・でもどうして、仲直りできるってわかるの?ナッちゃん、一度も唯ちゃんに会ったこと無かったよね・・・?」

「だって、南君は、唯ちゃんの事今でも好きなんでしょ?小学生の頃からの仲良しで、南君が今でもそんなに好きなら、唯ちゃんだって南君のこと、絶対今でも好きなはずだよ!だからきっと、仲直りできると思うよ!!」

「ナッちゃんて、ホント前向きだよね。ナッちゃんにそう言ってもらえると、すごく勇気出るよ、ありがとう!これから唯ちゃんち行って、話してくるね。」


 その後、無事に仲直りできたという報告を南から受けたナツオは、心底嬉しそうにしている南を、心から祝福したのだった。

「え、付き合うことになったの!?」

「うん、なんかお互いに気持ちがすれ違ってて、誤解がとけた勢いで、そのままそういうことになっちゃった。」

「よかったね!南君がそんなに嬉しそうにしてるなら、私も嬉しいよ。おめでとう!」

「いや、僕がいきなり追い越しちゃったけど、次はナッちゃんの番でしょ!」
「?」

「イヤ!なんで、きょとんとしてるの!?ハルキ君だよ!ハルキ君!せっかくナッちゃん好みの彼に戻ったんだから、今がチャンスでしょ!」

「私好みっていうか・・・もともとのハルキに、戻っただけだけど・・・。それにハルキは友達だしなー・・・。」

 ああもう、じれったいなー・・・と南は心の中でつぶやいた。

 それからしばらくして、ハルキが病院から退院し、学校に通えるようになったのは一月の中旬頃だった。
 ナツオは登校中、校門の前で、ハルキが誰かを待っているのを見かけて声をかけた。

「ハルキ、おはよう!何してるの?」
「あ、ナツオ!おはよう!何してるっていうか、お前が来るの待ってたんだけど。」
「え、私!?・・・・・ごめん・・・私何かした・・・・?」

 今までの険悪な状態のハルキに慣れているナツオは、ハルキの言葉に思わず身構えてしまう。

「え、いや違・・・そんな怯えないでくれよ・・・!お前と教室まで一緒に行こうと思っただけだよ!」

 ハルキは、ナツオの表情を前に思わず慌てた口調になった。

「え、あ・・・そうなの?なんで?」
「なんでって・・・・・お前冷たすぎんだろ、ナツオ・・・俺がもとに戻ったら後はどうでもいいのかよ・・・俺と友達なんだろ、少しくらいお前と話したいと思ったっていいだろ・・・」

 ハルキは、あからさまにしゅんとした表情でナツオを見た。ちょっと前までのハルキからは考えられないほど、表情が豊かになっている。本当に子供の頃のハルキに戻ったといえるくらいに。

「え、あ、ごめん!うん、もちろんいいよ!一緒に教室まで行こっか!」
「ああ!」

 ハルキは嬉しそうに笑って、ナツオをみると昇降口へと歩き出した。ナツオはそんなハルキの表情ひとつひとつが、今でも信じられないような気持になる。

「あのー・・・・それでさナツオ・・・・」
「何?」

 校舎に入ったところで、ハルキが遠慮がちにナツオに話を切り出してきた。

「お前は俺の友達とも友達だけど、俺は全然お前の友達の事、知らねーんだけど・・・・。父さんからきいたけど、お前が入院してるときスゲー数の友達が、見舞いに来たんだってな?そのー・・・・・・お前が嫌じゃなかったら、俺にも少し紹介してほしいんだけど・・・」

 ハルキからの思いがけない言葉に、ナツオははっとした表情を見せた。

「そういえば、ハルキに全く紹介してなかったね!ごめんごめん!すっかり忘れてたよ!!言ってくれてありがと!紹介するのはもちろん構わないけど、フツーに女の子もいるけど大丈夫・・・?」

「お前、俺がまだ女嫌いのままだと思ってるのかよ?そんなガキみたいなこと高校生にもなって言わねーよ。」

「そうなんだ・・・・!?女嫌い直ってるなら良かったよ!」

「直ってなかったら、お前と友達になってねーだろ・・・。お前、自分をなんだと思ってんだよ・・・」

「え、あ、そうだよね、あははは!」

「といっても俺、女子の友達、お前しかいないから、接し方よくわかんねーや、ま、お前の友達なら多分大丈夫だろ。」

「うん!みんな良い子だよ!それにしても、理緒と詩乃ちゃんは、この時間なら絶対登校してると思うけど、あとの二人はさぼり魔だからなー・・・学校来てるかわからないや・・・いなかったら、また今度改めて紹介するね。」

「さぼり魔なのかよ。お前の友達、詩乃ちゃんくらいしか知らねーけど、なんか真面目そうなイメージしかなかったんだけど。」

「いや私もびっくりした。影太はともかく、南君はめちゃくちゃ真面目な人だと思ってたから。見た目も真面目だし。」

 そんな話をしながら歩いていると、ナツオの教室の前にあっという間に到着した。

「あ、詩乃ちゃんいる!詩乃ちゃーん!」

 教室の中を見てみると、詩乃はすでに自分の席に着いていた。ナツオは詩乃をナツオとハルキがいる、入口のドアの前まで呼んだ。

「おはよう、高橋さん・・・と神原さん!退院したのね、良かったわ!」

「ハルキ!この子は秋月詩乃ちゃん!小学校の頃、私が転校してきた学校で同じクラスだった子なの、その時詩乃ちゃんが学級委員で私のこと色々面倒みてくれたんだよ。詩乃ちゃんはホント昔から、面倒見がよくて優しい女の子なの!」

「た・・・高橋さん、褒めすぎよ・・・私なんて、たいしたことしていないわ。」

「で、詩乃ちゃん、すでに名前知ってると思うけど、神原ハルキだよ。小学校の頃は別の学校だったけど、私が引っ越してすぐ町内探索してる時たまたま会って、野球とかして遊んでた友達!」

「よろしくな、秋月!お前には、色々嫌な思いさせて悪かったよ。」

「嫌な思い・・・?なんて私全然してないわ??なんのことかしら?それより神原さんが退院して、高橋さんとも仲直りできて、私もとても嬉しいわ。それにブルーバードで私が見たアクセサリー、無事に見つけられたみたいで良かった。」

 詩乃は、ナツオの頭にハルキからの贈り物のヘアゴムがつけられているのを見て、全てを理解したように、嬉しそうに微笑んだ。

「え、ああ、バレたか・・・。そうだよありがとな!」

 ハルキは、少し恥ずかしそうに人差し指で顔をかきながら、詩乃に微笑んだ。

「じゃ、となりのクラス行こっか!」

 話がひと段落着いた頃に、ナツオはハルキに向かってそう切り出すと、理緒たちがいるであろう隣の教室へと足を向けた。

「うわー!奇跡だ!みんないる!今日運良いなー!行こ!ハルキ!」

 教室の中を覗くと、理緒も影太も南も皆教室の中にいた。南と影太は、席が前後で近いせいか、よく二人で雑談をしているが、今日も二人で何か楽しそうに会話をしているところだった。先ほどは、詩乃一人だったのでこちらへ呼んだが、今回は紹介する人間が三人もいるので、こちらから三人のところへと向かった。ナツオは、まず手前にいた、南と影太の方へ近づいていく。ハルキは、ナツオの後ろについて歩いていった。

(あっ!あの男・・・・!リックとタバコを取り合ってる時にいた男だ。よく見たらマジでスゲー良い男じゃねーか!!雪都に全然負けてねー・・・・!父さんが言ってた恰好良い男って多分アイツで間違いねーな。)

 ハルキは影太と談笑している南に、目が釘付けになった。雪都も相当な美形だがそれに全く引けをとらないレベルの、甘い顔つきをしたモデルのような南の姿を、まじまじと見る。このレベルで恰好良い男なんて早々いない。男のハルキからみても思わず目を奪われるほどの美男子だ。

「影太ー!南君ー!」

 二人の元に歩み寄りながら、ナツオが声をかけた。その声に、二人が同時に反応してナツオの方を見る。南は、ナツオの横にいたハルキに驚いた表情を見せると、そのままハルキに目が釘付けになった。ちょうどハルキも、南に目が釘付けになっていたので、お互いに無言で見つめあうような不思議な時間が流れた。

「南・・・・お前ら何男同士で見つめあってんだよ!」
 影太が呆れ顔で、南の頭を軽くチョップした。

「いたぁーい!影太君、いきなり酷いよぉー・・・・」

 南が情けない声で、影太に打たれた頭をおさえながら悲鳴をあげたが、すぐに持ち直してナツオたち二人に声をかける。

「あ、ナッちゃん、ハルキ君、ごきげんよう!今日良い天気だねー!」

(あれ・・・なんかコイツ・・・・)

 恰好良い見た目の割りに、南の言動が妙に女性的でギャップがあったので、ハルキは拍子抜けしてしまう。

「ハルキ君、すっかり元通りすぎて、僕驚いて思わず固まっちゃったよ!まさか僕が見て一目で分かるくらい昔の彼に戻ってるなんて、さすがに思わなかった!ナッちゃんホント凄いね!」

 感心しきったように、ナツオに笑いかける南に、ハルキは困惑する。

「え・・・・昔の彼・・・・ってそんな前から、俺のこと知ってるのか・・!?悪い、全然分かんねー・・・誰だ・・・??」
「あー、ハルキ、やっぱり気づいてなかったんだ・・・!南君はね、うちの小学校の柳川南、うさぴんだよ!」

 ナツオが笑いながら、ハルキに返答した。

「えっ・・・・・・あ、ああ!!あの女子みたいな!!え!!!嘘だろ!変わりすぎてて全然分からなかったよ!」

 記憶の中から昔の南を探り当てたハルキが、驚いた顔で再び南を見つめた。

「え?そうかなー?でも僕は、中身は全然昔と変わってないよ。凄まじく変わったハルキ君に、そこまで驚かれる方が意外だよ。」
「いや、俺だって少し髪切っただけで、顔いじったわけでもなんでもねーけど。」
「ハルキ!こっちの小さいほうが氷室影太、私の従兄弟だよ。あとは・・・おーい理緒!ちょっとこっち来てー!」

 ナツオは、南と影太を紹介しながら、教室の奥の方で自分の席に着席していた理緒を呼んだ。理緒はその声にすぐに気づいて、こちらへ向かってきた。

「ハルキ、影太の双子のお姉ちゃんの、氷室理緒だよ!」
「初めまして神原君!ナッちゃんと色々あったみたいだけど、とりあえず、退院できて良かったわ!でもまだ、病み上がりだから無理せずにね。」
「なーにが、『でもぉまだ、病み上がりだからぁ無理せずにねっ』だよ。お前普段メスゴリラのくせして、余所行きの声だしてんじゃねー。」

 理緒が、お澄まし笑顔でハルキに向かって上品に微笑むと、すかさず影太が理緒のセリフを、わざとらしく可愛いこぶりっこしたデフォルメを加えた口真似で茶化してきた。

「痛ってーーー!!!お前いきなり、こっそりつねってくんじゃねー!!!!隠れメスゴリラ!」

 影太の横に、無言ですっとまわりこんだ理緒が、みんなから見えない角度で影太の尻に手を回し、思い切りつねり上げた。だが、いくら無言でこっそりやっても、影太が叫んだのであまり意味はない。

「誰がメスゴリラよ!!!久しぶりにきちんと朝登校してきたと思ったら、今日に限ってはいないほうがマシだったじゃない!」

 影太の二回目のメスゴリラ発言に、とうとう堪忍袋の緒が切れた理緒が、影太を思い切り叱りつけた。

「ははは!仲いいなお前ら。」

 ハルキが笑いながら、二人に向かって声をかける。

「どこがだよ!」
「どこがよ!」

 理緒と影太が完全に言葉をハモらせ、声を荒くして言い返した。ハルキにとっては、姉の朱美と自分との関係に比べれば、二人は仲がいいといえるレベルだったのだが、二人にはその真意が全く伝わらなかったようだ。

「俺と理緒より、ナツオと仲良く登校してきたお前らのほうが、よっぽど仲いいだろ!なんで付き合ってねーんだよ!」
「いや、登校したって言っても、校門のとこから一緒に来ただけなんだけど・・・。」

 影太の問いに、ハルキは困ったような表情を浮かべて返答した。

「影太・・・何度言ったらわかるの、ハルキは友達だって言ってるでしょ。」

 ナツオも困った顔で、影太を咎めた。


(ホントナツオって俺のこと友達としか思ってねーんだな・・・・。)

 ハルキはホッとしたような、寂しいような気持ちを抱いたが、顔に出さないように気を付けた。



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