第8話-2
「ごめんねー武田。よろしくね。」 「いや、アイツの家、俺の帰り道のついでに寄れるくれーの距離だし、気にすんな。」 翌日、ナツオは放課後になると、またハルキの教室へと足を運んでいた。といっても今回用があるのはハルキではなかった。教室につくなり武田の近くに歩み寄ると、武田もナツオを待っていたといわんばかりの態度でナツオと会話をはじめる。 「あ、葉瀬っちの家に行く前に一応手土産買っていきたいんだけど、森のケーキ屋さん寄っていっていい?」 「ああ、別に構わねーよ。通り道だしな。」 「私葉瀬っちの好み分からないから葉瀬っちの分のケーキ、武田が選んでくれる?あと武田にも葉瀬っちの家まで案内してもらうお礼したいから、自分の分も選んでね。」 「花菜子の分選ぶのは構わねーけど、俺は別にケーキいらねーよ。」 「え、なんで?武田今日なんか用事あるの?」 「別になんもねーよ。お前を花菜子んちの前まで案内したらそのまま家帰るだけだ。」 「だったら、武田も甘いもの好きだし、葉瀬っちの家で一緒にケーキ食べるくらいの時間あるでしょ?案内係のお礼くらいさせてよ。」 「んー。まあ、お前に貸し作ってもしょうがねーし、ケーキくらいもらっといてやるか。ありがとな。」 「いや・・・・貸しとか借りとかじゃなくて、武田とは友達だから普通にお礼がしたいだけなんだけど・・・」 「お前らさっきから何の話してんだ?」 武田とナツオの会話をきいていたハルキが二人の方へ歩み寄ってきた。 「あ、ハルキ!なんかね、葉瀬っちってゴールデンレトリバー飼ってるんだって!昨日、葉瀬っちとメッセージでやりとりしててそんな話になった時、私が「犬好きだけど、うちは動物飼えないアパートだから羨ましいな」って言ったら見に来ていいよ、って言われたからこれから、葉瀬っちの家に行くの!でも私葉瀬っちの家知らないから武田に案内してもらう予定なんだ。で、ついでにケーキでも買って三人で食べようかって今話してたとこ。」 「そうなのか・・・・。」 「うん!じゃ行こうか武田!ハルキ、また明日ね!」 「あ、ああ。」 無邪気に笑うナツオを横に、ハルキは置いて行かれた子犬のような顔で二人を見つめた。 「・・・・・・。何しけた面してんだよ。そんなに気になるならオメーも一緒に来ればいいじゃねーかチビ助。」 ハルキの表情に気づいた武田が呆れたようにハルキに話しかけた。 「え、俺も行っていいの?俺お前の彼女とほとんど面識ねーけど。」 武田の言葉にハルキがびっくりした顔で彼を見つめた。びっくりしているが同時にとても嬉しそうな表情でもある。 「え、ハルキも行きたかったの!?ごめん全然気づいてなかった!そういえばハルキも犬飼ってたしゴールデンレトリバーに興味あった?」 「え、ああ、うん。ポチはとっくの昔に死んでるし俺もポチが死んで以来全く犬に触ってねー。ゴールデンレトリバーに限らず大型犬スゲー好きだよ。ていうか大型でなくても好きだ。」 「あー・・・・ポチ・・・・やっぱもういないんだね・・・・。ポチは柴犬だっけ?大型犬じゃないけど、わりと大きい犬だったよね?」 「ああ、アイツは柴のわりに結構でかかったな。ゴールデンに比べたら全然小せーけど。」 「じゃ、ちょっと今から葉瀬っちに電話してハルキも連れて行っていいか確認とるよ!葉瀬っちのことだから、多分良いって言ってくれると思うよ!」 そう言いながら、ナツオは自分のカバンから電話を取り出し花菜子に電話を始めた。 「全然構わないって!っていうかむしろハルキに話あるから、絶対連れてきてほしい、って言ってたよ。」 電話を終えたナツオがハルキに向かい花菜子から了承がとれた旨を笑顔で報告する。 「え・・・俺に話って何?」 ナツオから思いがけない言葉を受けたハルキは動揺したように聞き返した。 「あ、ごめんそこまでは、きかなかったからわかんないや。」 着いたら葉瀬っちから直接きいて。とナツオはなんでもないことのようにそう付け足したがハルキの心中は、ナツオとは対照的に全く穏やかではなかった。 (葉瀬が・・・・ナツオの友達が俺に話したい事っていったら説教以外思いつかねーよ・・・・。俺、色々やらかしてるからしょうがねーけど・・・気が重いな・・・・。) そんなことを考えながら、三人で森のケーキ屋まで歩く。森のケーキ屋でケーキを選ぶと、ナツオは断ったがハルキがどうしてもケーキ代を出したいといって引かなかったので、ナツオとハルキの2人で4人分のケーキ代を割り勘して会計を済ませ、そのままバスで花菜子の家の近くのバス停まで行き、家へと向かった。 ピンポーン。 時刻は15時50分、来客を告げるインターフォンが鳴ったので、学校からすでに帰宅して私服に着替えをすませていた花菜子は、待っていたとばかりに玄関へと向かいドアを開ける。 「いらっしゃい、高橋、あっ!こら!ココ!!」 玄関のドアを開けてナツオに挨拶をしようとした瞬間、花菜子の横についてきていた、ゴールデンレトリバーのココが勢いよくナツオの右隣にいた人物に飛びついていってしまった。普段のココはおとなしく人に飛びついたりしない性格だったので、花菜子は驚くと同時に慌てた。 「ご・・・ごごごめんなさい!服が・・・!!服が汚れちゃう!普段はこんなことしない子なんだけど・・・!」 「ふ!あははは!可愛いな!俺は全然気にしてねーよ!俺、なんか知らないけど昔から動物に寄ってこられやすいんだ。」 ココに飛びつかれた当の本人、ハルキは自分の服のことなど全く気にかけない様子で嬉しそうにココの頭を撫でながら無邪気に笑っている。 「いらっしゃい、高橋、それに案内ありがとう厚士、それであの、神原君を連れてくるってきいてたけど・・・・?」 この人は誰かしら?という目でハルキを見ながら二人に向かって花菜子が問いかけた。 「これがハルキだよ。」 当然のようにそう言ったナツオの返事に、花菜子は驚きながら再びハルキを見た。 「え・・・神原君なの!?この前会った時と全然違うじゃない!!!」 「どっちかっていうとこの前のが別人だけどな。こっちがコイツの素だよ。」 武田がハルキを横目で見ながら花菜子に言う。花菜子はナツオからの話で、ハルキが「元に戻った」とはきいていたが、このレベルで変化しているとは思っていなかったのだ。外見的には髪が少し短くなってこの前と違ってピアスを外しているだけだが表情から醸し出すオーラ、というか雰囲気がまるで別人レベルに明るくなっている。以前に感じた刺々しい陰のある青年の姿はもうどこにも見当たらない。 「俺、そんな驚くほど前と違げーの?自分じゃ分かんねーんだけど・・・?」 ハルキはそんな花菜子を前に、少し困惑しつつ、きょとんとした面持ちでそう答えた。 「いや・・・お前なんで自覚ねーんだよ。」 武田が呆れながらつぶやいた。 「と、とにかく、立ち話もなんだから、皆とりあえず上がって!」 花菜子は我に返ると、慌ててナツオたちをリビングの隣にある応接間のような部屋に案内した。三人がけのソファーが、テーブルをはさんで向かい合わせに設置されているシンプルで整頓された部屋だった。 「葉瀬っちのお家、綺麗だね!外見も赤い屋根の白いお家で可愛かった!」 ナツオが部屋の中を見渡しながら花菜子に笑いかける。花菜子の家は、特別大きいわけではなかったが、洋風のおしゃれな一軒家で、内装も外装もとてもシンプルに整っておりモデルルームのような素敵な家だった。 「お父さんの趣味よ。あとで伝えておくわね、きっと凄い喜ぶと思うわ。」 花菜子は照れくさそうに笑うと、「ちょっと待ってて何か飲み物でも用意するわね。」とソファーに座る三人に声をかけた。 「あ、そうだこれ!森のケーキ屋さんで皆の分のケーキを買ってきたんだった!」 ナツオは思い出して慌てて花菜子に買ってきたケーキをさしだした。 「えっ、わざわざ手土産をもってきてくれたの?気を使わなくて良かったのに!でもそういうとこ、やっぱさすが高橋ね!厚士なんて何度もうちに来てるのに一度もそんなことしたことないわ!初めて来た時ですら手ぶらよ。」 花菜子はおかしそうに笑いながら武田を横目で見た。 「悪かったな気が利かなくてよ。」 「ま、アンタがいきなり改まって、手土産なんてもってきたら何事かと思っちゃうから別に今のままで構わないわよ。」 花菜子はティーカップに入った熱い紅茶を人数分用意すると、買ってきたケーキと一緒に皆に振舞った。しばらく4人で他愛ない雑談をしながらティータイムを楽しんだ後、ひと段落したところで武田とナツオに「ちょっとだけ待っててね。」と言って二人を部屋に残しハルキだけを隣のリビングへと案内した。 花菜子の家は今他に誰もいないのか、リビングにも人気が全くない。ハルキは緊張して表情が硬くなっていた。花菜子はリビングのテーブルの前までハルキを連れてくると椅子に座るように促がしたが、ハルキの表情に気づき疑問を浮かべた。 「どうしたの、神原君?急にそんな硬くなって?」 「あ・・・いや・・・ゴメン。これから怒られんのかなって思ったからつい・・・」 「怒る?私が?なんでそう思ったの?私別に何にも怒ってないわよ。」 「そ、そうなのか・・・俺ナツオに色々迷惑かけたし、葉瀬はナツオと仲良いから怒ってるのかな・・・って。」 「高橋が怒ってるならともかく、あの子が全く怒ってないのに私が一人で怒るわけないでしょ。ただたんに私が神原君とちょっと話してみたかっただけよ、ていうか君付けするのめんどくさいから神原って呼んでいい?」 「ああ、俺もすでにお前のこと葉瀬って呼び捨てで呼んじまったし全然構わねーよ。でもなんで俺とそんな話したかったんだ?」 「そりゃ、ちょっと前まで高橋も厚士も二人して神原、神原ってアンタにかかりっきりになってたんだもの。どんな人か気になるでしょ。」 「え、ナツオはともかく武田もなのか・・・・??俺初耳なんだけど?」 「あーやっぱアイツ神原に言ってなかったのね。中学の頃ね、私と厚士が付き合い始めてから、アイツ私が今行ってる高校と同じとこ受けるってずっと約束してたのに、直前になって急に一人で七浜行くって言い出したのよ。理由をきいたら「ちょっと気になるやつがいるから。」って言われて私その時フラれたのかと思って本気で落ち込んだんだけど、よくよく話をきいてみたら、小学校からの男友達がなんかずっとここのところ様子がおかしくて気になるから見届けてくる、って私に言ったのよ。」 「え!?嘘だろ!!それって・・・・」 「間違いなくアンタの事でしょ。そしたら、厚士だけじゃなくて、全然予想してなかった高橋まで厚士と同じ状態になってるじゃない。驚いたわよ。でもまあ、今の姿が本当のアンタなら、あんなに焦ってた二人の気持ち分からなくもないわ。この前会ったときは神原が昔高橋と仲が良かったって言われても全然腑に落ちなかったんだけど、今なら「ああたしかに、高橋と気ぃ合いそうだわ」って凄く納得できるもの。」 ハルキは花菜子の話に驚きすぎて呆然としていた。他人にほどんど興味を示さないあの武田が彼女との約束を反故にしてまで自分と同じ高校に来てくれていたとは・・・。そう思うと思わず胸が熱くなってきた。 「教えてくれてありがとう、葉瀬。お前に言われなかったら俺そんなこと一生知らないままだったよ。ていうか俺のせいで同じ高校行けなくなってホントごめんな・・・・。」 「いやいいのよ。同じ高校じゃなくってもちょくちょく会ってるし。別にもう全然気にしてないわ。私と厚士が同じ高校に行けなかった事を責めたくて話をしたわけじゃないわ、誤解しないでね。」 「うん、分かってるよ。お前スゲー良い奴だな!」 「いや神原もね。私もあの二人と同じで、この前までのアンタより今のアンタのが遥かに好きよ。」 花菜子とハルキが別室で話している時、ナツオもココの頭を撫でながら武田と雑談をしていた。 「へー、犬って玉ねぎダメなんだー!犬飼ったことないから知らなかった!」 「ああ人間には害がない成分でも犬には毒になるらしいぜ。あとチョコレートとかブドウもやっちゃダメだな。」 「そうなんだ、武田物知りだねー。」 そんなやりとりをしていると、会話が終わったハルキと花菜子がリビングから帰ってきた。扉が開かれ入室してくるなり、ハルキは武田に向かい「厚士!」と声をかけると一直線に武田のところへと歩み寄ってきた。 「俺んちも犬飼ってるから・・・ってん・・・・?」 武田はハルキに呼ばれたことでナツオとの会話を中断し、ハルキの方に思わず顔を向けた。 次の瞬間に。 「ありがとうな!厚士!俺もお前のことスゲー好きだよ!!!」 ハルキが感極まった様子で、いきなりソファーに座っている武田の頭を前から抱きしめた。 ゴツン!!!! 即座に武田が無言で、ハルキの頭に強烈なゲンコツをおとす。 「いってーーーー!!!!!いきなり何すんだよ、ヒデーな!!!!」 「それはこっちのセリフだ!!いきなり何すんだよ気持ち悪ぃーな!!!」 「厚士、お前、俺のことが心配で彼女より俺を選んで高校までついてきたくせに、そんな俺に対してつれなすぎんだろ・・・・!」 「厚士って呼ぶんじゃねー!!!・・・ってお前なんでそれを・・・・?!花菜子!!コイツに余計な事言うなよ!!」 「アンタが「気になるやつがいる。」って私に言ってきた時、私フラれたのかと思って相当焦ったんだからね。このくらいお返ししたって全然いいでしょ。」 声を荒げる武田に向かい、悪びれた様子もなく花菜子が答えた。ナツオはそんなやりとりを呆然としながら、しばらく黙って眺めていたが我に返ると呆れた顔で改めてハルキの方を見た。 「ハルキ・・・・武田にいきなりそんなことしたらこうなるって分かるでしょ・・・・」 「いってー・・・いや、分かってたらしてねーよ・・・。」 ゲンコツをくらった頭を両手でおさえながら、ハルキは返答する。痛がっているせいかかなり情けない声だった。 「なんでお前より高橋のが俺のことよく分かってんだよ。お前小学校の頃から付き合いあんのに、一体俺の何をみてたんだよ。」 怒りの拳を作ったままの武田がハルキを睨みつけた。 「いや、だってお前が俺のことスゲー好きみたいだから、俺も好きだよ って言っただけじゃねーか。」 「もう一発くらいてーのかよ!俺はお前なんて好きじゃねーわ!!」 武田がハルキの発言にキレて再び拳を振り上げた。 「ちょ・・・ちょっと待て!マジでやめろ!!お前さっきの一撃本気じゃねーか!そんなのもう一発くらったら、俺の頭割れちゃうだろ!」 「七浜選んだのは家から近ぇーからだよ!!!お前はたいして関係ねー!花菜子に何を言われたか知らねーが、調子に乗ってくるんじゃねーよ!!」 「ホント・・・素直じゃないのね、厚士。」 「ハルキはちょっと素直すぎるよ・・・・。武田にそんなこと言ったらそうなるってなんで分からないの・・・・。」 ナツオと花菜子は呆れた顔をしてハルキと武田をそれぞれに見てつぶやいたのだった。 ◇◇◇◇◇◇◇◇ 翌日。 登校してきたハルキは、すでに教室に着いていた武田に昨日の調子で声をかける。 「おはよー、厚士!」 「お前まだ懲りてないの?下の名前で呼ぶんじゃねーって言ってんだろ!」 「なんでだよ!葉瀬だって下の名前で呼んでんじゃねーか!俺が呼んだっていいだろ別に!」 「花菜子は彼女だろ!!お前はなんで自分が彼女と一緒だと思ってんだ!」 「一緒じゃねーだろ、お前俺のこと彼女より優先してんじゃねーか!」 「だからしてねーって言ってんだろ!近寄ってくんなよ、まわりから仲良いと思われんだろ!」 「思われたって良いだろ別に。お前俺と「仲良し」って前に自分で言ってたじゃねーか。」 「言ってねーわそんなこと。」 「なんで忘れてんだよ、お前が俺を教室で抱きしめてきた時だよ!!」 「なっ・・・!!?お前まじでもう一発くらいてーみてぇだな!!!」 「わっ!!!待て待て!!マジでやめてくれ!お前から昨日やられたところまだいてーんだよ!」 ハルキは本気で焦って、武田の前に自分の両手を突き出し、手のひらを武田の方へ向けて激しく振り拒絶する。 「神原、馬鹿だなーお前!!許可なんか求めたって、アッちゃんが快く「おういいぜ!」なんて言うわけねーだろ!お前は短期で決着つけようとしすぎだ。自分の好きなように呼び続けてアッちゃんが諦めて慣れてくんのを長期戦で気長に待つんだよ。 っていうか・・・お前って本当はそういう頭悪い性格だったのかよ・・・・!!なるほどなー、こりゃ心配性のユッキーがお前にかかりっきりになるわけだわ・・・!すげぇ納得したよ。てかお前を元に戻したナッツンまじでスゲェな・・・!」 「俺は、頭悪くねぇーよ・・・・お前酷すぎんだろ、ハチ・・・。」 「でもま、俺も今のお前の方が全然好きだぜ、ハルキ!」 今まで名字で呼んでいた八峰がハルキを下の名前で呼んだのは初めてのことだった。 それは八峰の中でハルキが「まぁ友達」から普通の友達になった証拠だった。 皆から今の自分の方が好きだと言われるが、他ならぬハルキ自身も言われるまでもなく今の自分の方が遥かに好きだった。絶望的な気分で過ごしていたあの頃の毎日を思い出すたび、今がまるで嘘のように幸せだと感じる。 (全部ナツオのおかげだ・・・。あいつがいなかったら俺は今頃・・・・) ナツオのことを思う度ハルキの胸は熱くなる。 |