第9話-1
4月。ナツオは高校2年生になった。 ナツオたちの通っている県立七ヶ浜高校は、今年度から統廃合により、二つの学校が併合することとなった。『七ヶ浜』というのは昔の地名で、現在は『七浜』という地名に統一されつつある。市内に『七ヶ浜高校』とは別に、『七浜高校』という高校もあり、それまでは非常にわかりずらかったのを、今回を機にひとつにまとめ、今まで『七ヶ浜高校』があった場所を『七浜高校』と新たに名づけ直し、以前より規模の大きい高校へと造り変えたのだ。 ナツオの学校は、ハルキたちが入学する少し前から、校舎の改装と増築を並行して行っており、二つの学校の生徒を収容できる環境を整えていた。 そんなわけで、今年度からは今まで別の高校に通っていた生徒が、大量にナツオの高校に流れ込んでくる事となった。 「はー、今年はすごい事になったわねー。」 やや色黒の肌に、細かいウエーブのかかったセミロングの明るい茶色の髪を、耳の横で一つに束ねた少女、椎名樹莉(しいなじゅり)は隣に並んで歩いていた、女友達に話しかける。 今は、新年度初日の朝だ。彼女たちはもともとここの生徒だったが、改装が完全に終わり、1年の時とは、かなり雰囲気が変った校舎内の光景に驚く。内装の変化はさておき、とにかくまず第一に人が多い。ある程度は予想はしていたが、学年が上がっただけというより、入学したての頃の様な、右も左も分からないような気分になった。 「まー、生徒がほぼ倍になったからねー。今まで6組までしかなかったけど、今年から10組だって。私詳しくないけど、これって俗にいう「マンモス校」ってやつになるのかな?」 樹莉に話しかけられた、友達の赤星捺生(あかぼしなつき)は、あどけない表情で疑問を口にした。見た目がやや派手目で、ギャルっぽい樹莉と比べ、捺生はその正反対に、黒髪にショートカットで真面目そうな容姿をしていた。身長も174センチほどあり女子にしては高く、155センチ程度の樹莉と並んだ姿を後ろから見ると、捺生がズボンさえ履いていれば、男女のカップルに見えなくもなかった。 というのも、巨乳で肉付きが良く女らしい体つきの樹莉とは対照的に、捺生は長身スレンダーでいかにもスポーツ少女という容姿だったからだ。実際に彼女は、バスケ部でバリバリのスポーツ少女だ。 おおよそ、なんの接点のなさそうな樹莉と捺生だが、中学の頃からの友達で、意外と気が合って仲が良かった。 「ん−、アタシも気になって調べてみたんだけど、マンモス校の定義って、あんまりはっきりしてないみたい。でも、もしこの学校がマンモス校にあたるとしたら、規模的には、まだ全然上がいるしそれ程大きくないレベルみたいよ。」 「へー、10組もあって、それ程大きくないレベルなのかよ。世の中スゲーな。」 樹莉の返答に、捺生はサバサバしたいつもの調子で、驚きの声をあげた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 初日のオリエンテーションが終わった。 樹莉と捺生はそろって教室を出ると、帰宅するため昇降口に向かい、廊下を歩き出す。 「うちら10組だったわね。てか、今年同じクラスだったわね、捺(なつ)。」 「うん、ついでに陵磨(りょうま)まで、また同じクラスだったけどね。宿題写させろってうるさいんだよねアイツ・・・・。」 捺生は、ややうんざりした口調で答えた。関口陵磨(せきぐちりょうま)は捺生の中学からの友達で、バスケ部に所属する男子生徒だった。どういうわけか腐れ縁で、1年の時も捺生と同じクラスだったのだが、部活(のみ)命の彼は、授業中に寝ていることが多すぎて、宿題を見せろだの、ノートを写させろだのと何かと世話のかかる相手だった。 捺生はスポーツもできるが、勉強もきっちりする優等生タイプだったので、なんだかんだでいつも陵磨の世話を焼く羽目になっていた。 「アンタと関口って、スゴい仲いいわよね。たまに部活帰りに、一緒に外食したりもしてるんでしょ。なんで付き合わないの?」 「いや、ただの腐れ縁だよ、向こうも私の事、女だと思ってないと思うよ。そして外食と言っても、かつ丼食ったりとかだよ?それよりアンタこそ、彼氏の輪太郎(りんたろう)とクラス離れちゃって寂しいでしょ?」 捺生は、樹莉の方を見ながら言う。相沢輪太郎(あいざわりんたろう)というのは、樹莉の彼氏だ。陵磨と同じく、バスケ部に所属する男子生徒だった。 「いや全然。アイツ、バスケしてる時以外は基本的にずっとアホだし、離れても問題ないわ。それにアイツの事だから、きっとうざいくらい、うちのクラス遊びに来ると思うわよ。」 「今年うちのクラスに、私ほとんど知り合いいないわ。アンタの情報網で今年のうちのクラスに、どんな生徒がいるかとか、分からない?」 そう言って捺生は、興味深々と言った目で樹莉を見た。樹莉はこう見えて情報通だ。情報通といっても、彼女が興味のある事柄は限られていて、それがずばり『美』に関してだった。普通の女子ならば、男子に絞って興味を持つのだろうが、彼女に限っては恋愛対象こそ男子に限られたが、『美』に対する興味に性別の区切りはなく、美しいもの全てが対象だった。だからいつも『校内の美男子&美少女ノート』を持ち歩いて情報を集めていたのだ。 「へー、アンタがアタシの『美ノート』に興味を持つなんて珍しいわね。そうねー、色々分かるわよ。今年はうちのクラスにだいぶ男子の美が、集中してるからね。今年は、女子から人気の高いあの雪村雪都もうちのクラスよ。」 「え、誰それ。」 「アンタ、ホントにそういうのに興味ないのね。女子の間では有名よ。美形だってね。」 「へー、何々、美形?俺の話ぃー?!」 捺生と樹莉の間に突然、男子生徒が割り込んできた。暗めの茶髪にややたれ目、身長は182センチ程度で、制服のワイシャツのボタンをかなりあけて、胸近くまではだけさせネックレスまでしているので、かなりチャラい印象を与える男だ。特別美形ではないが、男子にしてはやや細身で、手足が長くスタイルが良いので、雰囲気だけで、なんとなくイケメンにみえなくもない容姿をしている。 「あー、輪太郎か。」 捺生は突然の乱入者に若干驚いたが、すぐに樹莉の彼氏の輪太郎だとわかり「なんだ」という表情に変わった。 「アンタの話なわけないでしょ。私の「美ノート」の情報について捺に話してたのよ。」 「何々ー?俺も聞きたい!あ、俺今年5組だったよー。もともとうちの学校だった奴はだいたい顔分かるけど、よそから来た奴は、やっぱ全然分かんねーなー!」 「うちの学校の人間なら、だいたい顔で分かるの?アンタ顔広いと思ってたけど、人の顔覚えるのも得意なのね。なんで普段そんな馬鹿っぽいのよ?」 「ひでーな、樹莉。俺は普段から全然馬鹿っぽくはないだろ。それより今年の美少女情報教えてくれよ。」 「悪いけど、まだ初日だし、外部生徒の情報はほとんどないわよ。分かってるのは・・・・そうそう、うちのクラスの事、今、捺に話してる最中だった。うちのクラスに雪村雪都がいるって話よ。」 「あー、あの美形ちゃんね。」 「輪太郎、男のくせに美男子にも精通してるのかよ。」 捺生が意外そうな口調を、輪太郎に向けた。 「男の事調べるなら、やっぱ同性同士の方が調べやすいじゃない。だからアタシの美ノートの情報収集に、だいぶコイツの事活用してるのよ。」 「そうそう、そのかわり、樹莉の集めた美少女情報を、俺にも教えてもらってるんだー!それが対価だよ。」 樹莉と輪太郎が平然として、捺生にそう話した。嫉妬深い人間なら、彼氏彼女が他の異性に気をとられていることで、いさかいが起きそうだが、この二人に限ってはそういう感情がお互い無いらしく「相性のいいカップルだなー」と捺生は心の中で感心した。 それに樹莉は見た目が派手な割には、割と一途で浮気をしないタイプなので、一見チャラチャラして女癖が悪そうにみえる輪太郎が、去年、樹莉と付き合い始めてからは、それまでの女遊びをやめて、樹莉一人と真剣に付き合い続けているのも、捺生には好印象だった。親友の樹莉を任せても、まあそれなりに安心という相手だったのだ。 「なるほどねー。」 「で、さっきの話の続きだけど、雪村雪都の他は、1年の頃はあんまり学校に登校してこないことで有名だった学年1位の秀才、柳川南。あと、見た目はジャニーズ系で可愛いけど、見た目に反して口が悪すぎる八峰学もうちのクラスね、あまりにもズケズケものを言うから「観賞用」って言われて、女子から遠巻きにされてるみたいよ。雪村雪都は穏やかで、八峰と違って口は悪くないみたいなのに、なぜか昔からこの二人は仲がいいみたい。あと、女子の間で密かに人気があったけど、近寄りがたいって評判の神原春輝も、そろってうちのクラスだわ。」 「神原春輝?俺ほとんど、そいつと面識ねーけど、なんか最近、雰囲気ががらっと変ったとかって、クラスの女友達が噂してたぜ。」 「輪太郎、アンタホントにさすがね。そうなのよ、1年の終わりの頃に病気で入院したみたいなんだけど、退院してからまるで別人みたいに、好青年になっちゃったらしいの。今日見たけど、以前の様なとっつきづらい印象は、全くなくなってたわ。だから女子からの人気が、最近跳ね上がってきてるみたいね。もともと芸能人レベルで格好良かったし。」 「で?で?女子は?」 捺生に変わり、今度は、輪太郎が興味津々に樹莉に尋ねた。 「うーん、うちのクラスには、美ノートに載るほどの子はいなかったわ。あ、でもそういえばアタシ、詩乃ちゃんと同じクラスだったわ!」 樹莉が、思い出したように突然そう言いだした。詩乃と樹莉、捺生は中学が同じだった。高校で詩乃とクラスが別れてからは、ほとんど接点がなかったが、中学で同じクラスだった頃は、それなりに親しかったのだ。 「詩乃ちゃん可愛いじゃん。なんで美ノート載ってないの?」 捺生が意外そうに、樹莉に問いかけた。 「派手な美人じゃないから忘れてたのよ。言われてみると確かに美少女ね。載せるわ。身長とか、誕生日とか好きな色とか、食べ物とか今度色々聞かなくちゃ。あ、輪太郎アンタは詩乃ちゃんに話しかけちゃだめよ。」 「なんでだよー!俺詩乃ちゃんになんもしてねーぞ、っていうか名前聞いたのも初めてなんだけど!?」 「詩乃ちゃんは、純情なのよ!アンタみたいな、チャラチャラした無神経マシーンが話しかけたら可哀そうでしょ。」 「俺はチャラチャラしてねー!で、詩乃ちゃんの他は?」 「んー有名なとこでいくと、去年の9月ごろ転校してきた美少女、高橋夏緒が、今年は6組にいるわ。あと、その従姉妹の氷室理緒も可愛いって評判ね。同じく6組だわ。」 「高橋夏緒・・・・って確かに見た目めっちゃ可愛いけど、見た目に反して中身スゲー不良だって、評判悪いみたいだけど・・・・。」 輪太郎が、残念そうに樹莉に言う。 「そうなのよねー。なんか校内にタバコ持ち込んで、停学になったり、気に入らないことがあるとすぐに癇癪を起こすらしくて、教室の窓ガラスとかも、割ったことがあるみたいよ。」 「教室の窓ガラス!?どうやって、そんなもん割るんだよ。なんか物でもぶん投げたのかよ?」 捺生が驚いて樹莉に聞き返す。 「さあ・・・ちょっとそこまでの情報はアタシのとこには入ってきてないわ。でも女子だし、素手で割るとは考えられないから、椅子でも投げたんじゃない?」 「「いや、怖すぎだろ・・・・」」 捺生と輪太郎の声が、綺麗にかぶった。 「んー・・・見た目は小さくてお姫様みたいな感じで、思いっきり男子受けよさそうな可愛い子なんだけどねー・・・ホント残念だわ。でも、高橋夏緒の噂ってその程度じゃないのよ。」 「まだあんのかよ・・・・。」 捺生の顔が、思わず強張る。 「それがね、もう相当な男好きらしいのよ。でもって、顔のいい男子に手あたり次第で、ものすごく積極的に誑かしにかかるらしいわよ。ターゲットにされた男子は、例え最初その気がなくて、高橋をうっとうしがったり邪険に扱ったりしていても、ある日を境に皆、高橋にちやほや状態になっちゃうらしいの。さっき話した神原春輝も雪村雪都も八峰学も皆そうよ。だから全員、高橋に体で落とされたんじゃないかって噂になってるわ。」 「ええっ!?、それは俺も初耳なんだけど!あんな純情そうな見た目で・・・ヤベーな。でも落とされる男たちも馬鹿なんじゃねーの・・・?そんな淫乱によく皆してなびくな・・・。」 輪太郎が、やや引き気味に答える。 「なんかもう、手段も人目も顧みない位、押しが強いみたいなのよねー。突然教室に押しかけて、嫌がってる神原に抱きついたりとか・・・」 「は・・・!?いきなり抱きつく?付き合ってもない男に・・・?皆がいる前で・・・?」 輪太郎がドン引きの表情で、樹莉に聞き返す。 「まー、既成事実ってやつを先に作っちゃお、って感じなのかもしれないわねー。でもよく分からないのが、その後、武田っていう男子も抱きついたみたいなのよ。」 「え?高橋に?」 「いや、神原に。」 「「なんでだよ!!」」 捺生と輪太郎の声が、また綺麗に重なった。 「じゃあ、神原は高橋と武田の両方から同時に抱きつかれたってことかよ、どういう状況だよ!!?」 輪太郎が、理解できないという表情を浮かべて樹莉に問う。 「その後、武田と高橋が、二人で結託して神原をどこかに連れ去ったらしいわ。だから武田が同性愛者で、高橋に対抗して神原に抱きついたってワケではないみたいなのよねー。よく分からないわ。」 「いや、武田も高橋に落とされてるパターンじゃねえの?」 「うーん、武田ってかなり厳つい見た目らしいし、美男子好きの高橋の好みではなさそうなのよね。それに武田も八峰レベルで口悪くて、女子からの評判良くないし。」 「いや、でもその武田と結託できるほど仲良いんだろ。どんだけ男転がすの上手いんだよ。」 輪太郎は、ややうんざりし始めている。 「あー、それだけじゃないわよ。そんだけの男を落としてるのに、バレンタインデーには、その男たちにプラスして、柳川南とか・・・他の男子達にもチョコレートをあげて、しっかりアピールしてたみたいなの。どんだけの人数、誑かせば気が済むのって・・・そこまでいくと逆に感心するわ。」 輪太郎と捺生は、樹莉の言葉に二人そろって思わず無言になった。 |