第9話-10




「・・・・で・・・・だから・・・・分かったな?・・・・ってきいてるか?ナツオ?」

 ハルキのことを考えて、上の空状態で日和の家から帰宅したナツオは、リビングにいた潮に話しかけられたが、聞いているかいないか分からないような生返事をした。

「おーい!ナツオ!」

「ふぁ!?あ!何、ウッシー?」

 ナツオの様子に気が付いた潮が『パンッ!』っという音を立てて、両手を叩いた事でナツオは、慌てて我に返り潮の方を見た。

「お前、なんかボーっとしてんな?大丈夫か?具合でもワリーのか?」

「いやごめん!なんでもないよ!普通に元気だよ。」

「そおか、ならいいんだけど今の話きいてたか?」

「あ、うん!もちろん!」

 本当はほとんど聞いていなかったのだが、ナツオは、思わず良い返事をしてしまった。

「ホントかぁ?まあいいや、6月にまた北海道だからな。じゃ、俺は徹夜明けだからもう寝るな!」

 それだけいうと潮は、さっさと寝室に行ってしまった。

(え!?北海道!?北海道にまた帰るって事!?)

 ナツオは潮の言葉に衝撃を受けた。そういえばさっき潮から、転勤がどうのこうのという話をされていたような気がする。また転校するという話だったのか、とナツオは理解した。

(そういえば、ウッシーの転勤って、長くても大体一年くらいだった・・・・。)

 今回は去年の9月にこちらに転校してきたので、1年にも満たないが小学生の時もだいたい1年程で北海道に帰る事になったのを思い出し、ナツオは全身の血の気が一気に引いていくのを感じた。

(もし、イッチ―の事が解決して、ハルキが、その好きな人と付き合い始めたりしちゃったら、私は北海道に帰ってもう二度とハルキには会えないのかなあ・・・。)

 思考がどんどん暗い方へ流れ出してしまうのを止められなかった。ハルキがそれ程好きだったという相手なら、きっと今でも好きだろうと思ったのだ。市村と揉めているらしいので、今は付き合っていないかもしれないが、市村と和解した後はどうなるか分からない。


(きっとイッチ―なら話せば分かってくれるだろうし・・・。)

 ハルキは最近、積極的に市村の元へ話し合いに行っている様なので、解決するのは時間の問題に思えた。


(ハルキから、彼女出来た、って聞かされるの怖い・・・・。負けたくないけど・・・・ハルキから友達としか思われてない私じゃ、勝ち目なんて無いよ・・・)


 ハルキの事なので、きっとすべてが解決したら、無邪気な笑顔を自分に向けながらその事を報告してくるだろうなと思ったナツオは、その場面を想像しただけで泣きそうになってしまった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 週が明けて月曜日になった。

 一昨日の土曜日に市村の家を訪ね、なんとか話し合いに応じてもらう事ができたハルキは、色々あったが最終的には誤解を解き、きちんと和解することができた。そのおかげで、久しぶりに晴れやかな気分を取り戻す事ができたのだが、前日の日曜日の夕方にナツオからもらったメッセージで、また気がかりな気持ちになってしまった。



『体調が良くなったから、明日からは迎えに来なくていいよ!今までありがとう!』



 そのメッセージに、ハルキがいくら反論しても『大丈夫!来なくていい!』の一点張りで全く引く様子がなかった。そう言われてもハルキは心配で、今朝もナツオの家に迎えに行ってしまったのだが、こうなる事を見越していたのか、家にいた潮から「ナツオなら、もう出て行った」と言われてしまった。

 結局ハルキは一人で登校し、昼休みにナツオの教室に様子を見に行くことにした。


「ナツオ・・・!」


 教室に入ってナツオの席の近くまで行き声を掛ける。

「あっハルキ!おはよう・・・って時間じゃないね・・・!えと、ど・・・どうしたの?」

 昼食のお弁当を食べ終わったばかりのナツオは、ハルキに気づくと、ややぎこちない笑顔を彼に向ける。

「いや、今日は朝顔を見てなかったから、大丈夫かなって心配になって・・・。」
「そ、そうだったんだ、うん!もう大丈夫だから心配しないで!」
「それなら良かった。ここのところ俺の方も色々あって、ちょっと気持ちが散漫になってたから、お前の体調の変化に気づいてなかったら、申し訳ないと思っていたんだ。」
「あ・・・え・・・と」

「気持ちが散漫」というのは市村の件だろうか・・・とナツオは思い当たったが、怖くてハルキに確認を取る事ができなかった。もしかしたら、その流れで「彼女ができた」と報告されてしまうかもしれないと思ったからだ。

「あー実はさ俺ちょっと前にイチと大ゲンカしちまって、最近やっと仲直りできたんだけど」

 ハルキがそう言いかけたところで、ナツオは勢いよく立ち上がって「ご、ごめんトイレ!!!」と言いながら逃げるようにその場を去った。このままだと、予想していた「あの話」を聞かされる事になってしまう、と思ったからだ。ハルキにはナツオの行動の真意など解るはずもなく、唖然としながら走り去っていったナツオの後姿を見つめた。



(ダメ・・・まだ全然心の準備出来てないよ・・・!!!)

 女子トイレに駆け込んだナツオは、壁に手をついて項垂れた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 三日後

 あれからというものナツオは、ハルキを避けるようになってしまっていた。ハルキに申し訳ない気持ちを感じるが、やはり顔を合わせるのが怖かった。

 一方のハルキは、ナツオの態度がなぜそうなったのか、全く分からず困惑していた。その日の放課後もナツオから、事情を聞こうと思い彼女の教室に向かった。

「あ、ナツオ!」

 廊下を歩いていると、下校しようとしているナツオとばったり八合わせた。ナツオはハルキに気づくと青ざめた顔でその場からいそいそと立ち去ろうとしだす。

「お、おいちょっと待てよナツオ!どうして逃げるんだ・・・!?」
「に、逃げてないよ・・・!ゴメン、ハルキ今日急いでるから!またね・・・!」
「お前最近ずっとそうじゃねーか!俺の事避けてるだろ?俺何かお前を怒らせるような事したか?理由を教えてくれねーか・・・!?」
「な、何もしてないよ!怒ってないよ!ホントだよ!じゃあね・・・!」

 ハルキが必死に引き留めても、ナツオはぎこちない態度のまま逃げ出すようにハルキから離れていってしまう。

「ちょ・・・待てよナツオ!」

 このままでは何も解決しないと思ったハルキは、慌ててナツオの後を追う。昇降口付近で同じく下校しようとしている雪村と八峰に出くわした。

「あ、ユッキー!ハッチー!」

 彼らの存在に気づいたナツオは、溺れている人間がとにかく何かに掴まりたいと思うように、何も考える余裕がないまま、二人の後ろへと逃げ込んだ。

「わ!どうしたんだ!?高橋さん?」
「え、めっちゃ怯えてるじゃねーか、ハルキお前今度は何したの?」

 ナツオの異常な様子を見た雪村と八峰はナツオを心配しつつ、ハルキに怪訝な目を向けた。

「ちょ・・・!!そんな目で見るなよ!何もしてねーよ!」
「ホントかぁ?お前、前科があるからなー。」

 八峰はハルキを疑いの目で見た。「前科」というのはもちろんハルキが荒れていた時期の話だ。当時はハルキに味方した八峰だが、結果的にナツオよりハルキの方がおかしかったというのは、彼ももうとっくの昔に理解していた。

「お前、恩人のナッツンに、壁蹴って威嚇したりしてたしなあ。ナッツン、ハルキがまたなんかやらかしたの?俺、今回はお前のバリアーだから安心しろ。」

「高橋さん、俺もだ。そんな怯えなくても、ハルキが嫌なら追い払ってやるから安心してくれ。って事でハルキ、お前はとりあえず早くどっかに行くんだ。」

「え・・・あ・・・」

 ナツオは二人の言葉に驚いて言葉がでない。まさかハルキより自分の味方をしてくれるとは思っていなかった。
 何も考えずに思わず二人の影に隠れてしまっただけで、友達バリア―になってもらおうなんて、少しも考えていなかった。考えていたらハルキから守ってもらうために、ハルキの元友達バリアーに頼ったりはしていなかった。

「俺、味方いねーのかよ・・・」

 ハルキは、諦めたように呟いてその場から去っていった。雪村が「ハルキ行ったから、もう大丈夫だよ。」とナツオに優しく声をかけているのが、去り行くハルキの背中の向こうから聞こえてきて、彼の心を抉った。







 翌日



「ようハルキ、おはよう。」
「出たな、ナツオの友達バリアーめ。」

 朝教室に着くなり話しかけてきた雪村に、ハルキは苦々しい表情を向けた。

「はは、俺は高橋さんに、色々やらかしちゃってるからな。悪いが今後はずっとお前より高橋さんの味方だよ。」

「で、何の用だ?」

「お前、なんで高橋さんとケンカしてるんだ?昨日もお前がいなくなった後、高橋さんから事情をきこうとしたけど、教えてもらえなかった。」

「俺だって解らねーよ。だから昨日ナツオから話を聞こうとしてたのに、お前らが邪魔したんじゃねーか。」

「何したか知らないけど、早く仲直りしねーと高橋さん帰っちまうぞ?」

「帰る?」

「ああ、北海道に。」

「ええ!?どういう事だよ、ナツオまた北海道に帰るのかよ!?」

「は・・!?お前それも教えてもらってねーの?高橋さん再来月の6月に転校する予定って言ってたぜ。多分お前以外もう皆知ってるよ。」

 ハルキは雪村の言葉に衝撃を受けて言葉を失ってしまった。彼の中に(もしかしてまた・・・)という不安が生まれる。以前ナツオがそうしたようにまた再び何も言わず置き去りにされるのではないかという恐怖で、全身から血の気が引いていく。

 理由は分からない。でもきっと、ナツオに嫌われてしまったという事実だけが伝わってきた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ハルキ・・・」

 休み時間ナツオがいつになく神妙な表情を浮かべて、ハルキの教室へやってきた。
ナツオは「話があるから、ハルキの都合良い日にうちに来てくれない?」とだけ言って」辛そうに黙り込み下を向いた。そのただならぬ雰囲気にハルキは思わず息を飲む。


(一体何を言うつもりなんだナツオ・・・。)


「分かった・・・。明日土曜日で休みだから、昼過ぎにお前んち行っていいか?」
「うん。それじゃ。」

 ハルキが答えると、ナツオは一瞬だけそれまで俯いていた顔を上げてハルキの方を見ながら、短く答えそのまま自分の教室へと帰っていった。


(明日で全部終わるかもしれない・・・)


 ナツオは教室に向かって歩きながら、そんな事を考えていた。
もう十分心の準備はしてきたはずだった。決心がついたから明日思い切ってハルキに告白をしようと思ったのだ。ハルキに好きな人がいるなら、きっとフラれて終わってしまうだろうが、このまま何も言わずに北海道に帰る事はできなかった。

(前向きに考えるなら、もしフラれても、私はそのあと北海道に帰っちゃうし、ハルキが他の誰かと付き合ってるところを見なくて済むから良かったのかもしれない。)

 告白すると決めたものの、ナツオの中ではほぼ完全にフラれる事が前提の勝負だった。どれだけ前向きに考えようとしても、ハルキから断られてしまうイメージしか頭に浮かばない。

『ごめんナツオ、お前のことは好きだけど、そういう風には見れねーや。』
『これからも、友達でいようぜ』

 何度イメージトレーニングをしてもハルキから、そんな風に言われて、困ったように笑われてしまうのだ。

(きっとそうなっちゃうよね・・・・でもそんな風に言われたとしても、私はもうハルキを友達としては見れない・・・。だから、お別れになっちゃうかな・・・。)

 これまで、ハルキと最後の別れになってしまうだろうと決意したことは何度もあった。でも正真正銘今度が最後、明日がその日だ。


(例え、ハルキとの関係が明日で終わってしまったとしても、私はハルキに出会えて幸せだった。)

「ハルキと出会わせてくれてありがとう、神様・・・」

 ナツオは誰にいう訳でもなくただ一人で小さく呟いた。




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