第9話-11(最終話)




 翌日、ハルキは約束通りナツオの家へとやってきた。


「あ、ハルキ待ってたよ。中へ入って。」


 インターフォンを鳴らすと、すぐにでてきたナツオが、そう言ってハルキを彼女の部屋へと案内した。家の中は静まり返っており、他に誰もいないようだった。ナツオの神妙な顔つきを見たハルキは、これから一体どんな重い話をされるのだろうかと思わず身構えてしまう。

 ナツオの部屋には、すでに座布団が用意されており、ハルキはそこに座るように促された。ハルキが座ったのを確認して、ナツオも彼の正面に向かい合わせに座る。ナツオがなかなか話し出さないので、沈黙に耐えかねたハルキの方が先に話し出す。

「えっと・・・・お前が北海道に帰るってきいたんだけど・・・・。」

 話しづらそうにハルキが尋ねると、ナツオは驚いた顔でハルキを見た。

「え!ハルキ知ってたの・・・!?」

「そりゃ・・・俺以外の奴には言ってるんだから、俺の耳に入ってもおかしくないだろ・・・」

「そ、そっか・・・!そうだよね、ゴメン・・・!」

「今日の話ってそれか・・・?」

「あ、え・・・ううん、それもなんだけど、その・・・私が北海道に帰るから、ハルキに最後のお別れをちゃんとしようかなって・・・・。」

「え!?最後!?」

 ハルキは、ナツオの口から発せられた言葉に耳を疑う。北海道に帰ったら、もう二度と会う気がないということだろうか・・・それ程ナツオから嫌われてしまっているということなのかと思い、ハルキは激しく動揺してしまった。

「ちょ・・・ちょっと待てよナツオ!!なんで『最後』なんだ!?俺とはもう二度と会う気がないって事か!?俺たち友達なんじゃなかったのかよ!?」

「うん・・・・私もうハルキの事を友達と思ってないっていうか・・・」

―――――友達とは思っていない。

 その言葉を聞いたハルキは、ショックのあまり平常心を保てなくなりそうになる自分を、必死で抑えたがこの時は理性より、本能の方が勝ってしまった。こんなことをしたら、ナツオとの関係は壊れる。でも、もう嫌われてしまっているなら、これ以上何をしても変らないという絶望的な確信が、彼を突き動かしてしまった。

「友達と思ってない・・・か。実は俺もお前の事、結構前から友達だとは思ってねーんだ。・・・・お前とは違う意味で、だけどな。」

「えっ・・・!?」

 ハルキは無感情なままそう告げると、おもむろにナツオの方に手を伸ばす。

「え、ハルキ・・・それどうい」

 困惑気味にハルキの方を見つめたナツオは、次の瞬間に瞳を見開いた。




 気づくとハルキからキスをされていた。




 抵抗する暇もない。そのまま力任せに押し倒される。



―――――俺はさ、こんなことくらい誰にだってできるんだよ



 ナツオの脳裏にいつかのハルキの言葉が蘇ってきた。まさかこのタイミングでキスをされるとは夢にも思っていなかった。



(えっ・・・・『誰でも良いキス・・・!?』ハルキ・・・他に好きな人がいるんじゃなかったの・・・!?)



「・・・・っはあ・・・!ハ・・・ハル・・・」



「お前が俺の事を嫌いでも、俺はお前の事が好きだよ夏緒。お前のファーストキスも二回目も俺が勝手に奪っちまった・・・・俺の事、恨んでいいよ・・・・。」



 長い口づけから、唇が解放されると同時にナツオが息を荒くして、何かを言おうとしたが、その言葉を聞きたくなかったハルキは、遮るようにして一方的に話し出した。本当は死ぬまでナツオに自分の気持ちを告げる気はなかったが、思い余って行動に出てしまった。後の祭りだがもう仕方ない、という気分になっていた。

 ハルキはそれだけ言うと、その場から立ち上がり玄関の方へ歩き出してしまう。

「あ・・・・え!?ちょっと待ってよ!ハルキ・・・!」

 ナツオは、慌ててハルキの後を追った。

「ついてくるなよ、そもそもお前、他に人がいない時に、家に男を簡単に上げるなよ。危ねーってわかんねーのかよ!」

「か・・・簡単になんて上げてないよ!ハルキだからに決まってるでしょ!」

「解ってねーじゃねーか!俺はお前の事好きだって言ってんだぞ!押し倒されてんのになんでわからねーんだ!」

「いや違うよ!そういう意味じゃなくて・・・ってまだ私の話終わってないのに、帰ろうとしないでよ!」

 ナツオが話している最中だというのに、ハルキはさっさと玄関まで歩いて行ってしまった。本当にもう帰ってしまう気のようだ。ナツオは慌てて追いかけると、ハルキの腕を掴んで引き留めた。

「放せよ夏緒!俺はもうお前と話すことはねー!この場で俺から犯されたくなかったら大人しく放せ!」

「放さないに決まってるでしょ!」

「分からねー奴だな!まさかお前『犯す』の意味も知らねーのかよ!お前の事、強姦するって言ってんだ!放せよ!!」

「放さないよ!ていうか強姦にはならないでしょ!私がいいって言えば!!」

「はぁ・・・!?」

「ハルキの早とちり!嫌いな人をわざわざ家に呼ばないでしょ!!私も春輝の事が好きだよ!!!今日はそれを言おうと思ってたの!絶対フラれるって思ってたから、フラれたらもう二度と会えないなって思って、告白するより前に、思わずそう言っちゃっただけだよ、春輝の事が嫌いなワケないでしょ!!」

「え・・・・・・・お前が俺の事を好き・・・・?そんなワケねーだろ・・・・。」

 春輝は、信じられないものを見る目で夏緒を見た。

「それはこっちのセリフだよ!春輝には好きな人がいるって、真太郎からきいてたから、てっきり私は、フラれるものだとばかり思ってたんだよ。」

「俺に好きな人がいるって、シンが??どういう事だよ、全然分からねー・・・・」

「イッチ―と好きな人が被って、取り合いになってハルキの方が勝ったって・・・・。最近、イッチ―のところに話し合いに行ってたみたいだし、イッチ―と揉めてる最中は遠慮して付き合っていなくても、和解したらきっと春輝とその人は付き合う事になっちゃうんだろうなって・・・・」

「シンのやつ・・・・どんだけ大雑把なんだよ、全然違ぇーよ・・・・。1年位前に俺にストーカーしてた女にイチが惚れてて、『俺から捨てられた』って嘘をついたその女のセリフをイチが信じちまって、ものすごく言い合いになったんだけど、その誤解を解きたくて、最近イチの学校に行ったり、家に行ったりしてたんだ。最初は嫌がられて、話をきいてもらえなかったけど、ちゃんと和解できたから、その事をお前に報告したかったのに、やたら逃げ回られて言えなかったんじゃねーか・・・・。」

「え!?そうだったの・・・!?私はてっきり春輝から『彼女ができた』って報告されるものだと思って、それが怖くて逃げてたんだよ・・・・。」

「ええ・・・・なんだよそれ・・・・。俺はてっきり、お前に嫌われたんだと思って、スゲー焦ったじゃねーか・・・・。」

「ご・・・ゴメン・・・。でもハルキが私の事好きだったなんて、信じられないよ・・・ありがとう、すごく嬉しい!」

 夏緒は遠慮がちに春輝の方を見ると、恥ずかしそうに頬を染めて笑った。

「お前からそんな喜ばれるなんて思わなかった・・・・。俺の中では俺が好きだなんて言うと、お前はいつも嫌がって俺を拒んでたから・・・・。」

「なんで、ハルキの中の私はそんな嫌がってるの・・・・?」

「いつも、あの、去年の秋祭りの日の事を考えてたからだと思う。あん時、お前からすげー嫌がられたから・・・・」

「秋祭り・・・・ってあの私にキスした時の事!?それは仕方ないでしょ・・・『誰でもいい』なんて言われたら誰だって・・・・ってえ、もしかしてまさか今のキスも!?」

「そんなワケないだろ・・・!本当はあの時も無意識だったけど、お前の事すでに好きだったよ!自分から誰かにキスしたいなんて思ったの、あの時が生まれて初めてだ・・・!全然誰でもよくなかったよ・・・!!」

「そうなの・・・・?じゃあ私のファーストキスが春輝で良かった!北海道に帰ってしまうけど、私と付き合ってくれるって思ってもいいの?」

「え・・・・・いやそれは・・・その」

「遠距離はやっぱダメかぁ・・・・・」

「いや、そうじゃなくて・・・・お前に思わず告白しちまったけど、本当は一生俺の気持ちは隠しておく気だったんだ・・・・・。」

「え?どうして・・・?」

「俺から好かれてるなんて、お前が知ったら可哀そうだと思って・・・・。」

「可哀そう・・・??」

 夏緒は全く理解できないという顔で春輝を見つめた。

「お前には話したと思うけど、俺中学の頃に男からヤられてるんだよ。その後も色々な奴に体売ってたし、スゲー汚れてるだろ・・・。俺が触って、お前の事まで汚しちまうのが嫌だったんだよ・・・。」

「え・・・何それ!?春輝、自分が強姦されたから汚いって思ってたの・・・!?全然知らなかったんだけど・・・!!」

 夏緒は、春輝の言葉に衝撃を受けた。考えてもみない事だったが、その事で春輝がずっと一人で思い悩んでいたのかと思うと、胸が張り裂けそうな気持ちになった。

「いやまあ、隠してたし、知らなくて当然だろ。だから夏緒・・・お前の事は好きだけど・・・お前には触れねーから付き合うとかは無理だよ・・・」

「なんで触れないの!?私に2回も勝手に触ってキスしたでしょ!というか春輝は汚くないでしょ!!」

「・・・・・。」

「そういえば、さっき強姦するとか言ってたけど、しないの?私は構わないよ!」

「なっ・・・!!!アレは、お、脅そうとしただけで本当にする気は・・・・!」

「春輝、往生際が悪いよ!とりあえず、私に2回も勝手にキスしたんだから、私の事が好きならその責任をとって、しばらくでいいから付き合ってよ!私、春輝と両想いなのに北海道に帰って、二度と春輝に会えないの嫌だよ!!」

「いや・・・それは俺もだけど・・・・。お前は本当にいいのかよ?俺みたいな奴で・・・お前が可哀そうなんだけど・・・・。」

「春輝が他の人と付き合っちゃう方が、私は可哀そうだよ!」



「・・・・・夏緒、俺お前に逢えて本当に良かったよ。」

「私もだよ・・・。ありがとう、春輝!」



 そう言って見つめ合い自然と笑い合った。

 これからどんな事があろうときっともう大丈夫、そんな安心感が湧き上がってきたからかもしれない。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「は?6月に北海道に帰る?お前何言ってんの?さては、あの時全く話きいてなかったな?北海道の家を売って、本格的にこっちに住むから、6月になったら一度帰って、残してきた荷物を整理することになるって言ったんだよ。」

 週明けの月曜日の朝、何気なく潮に転校の話をした夏緒は、潮から思いもかけない返答が返ってきたことに驚く。

「ええええええ!じゃあもう北海道に帰らないの!?お母さんは!?」

「北海道の家が空き家になるから、住んでてもらってたけど、家を売ったらその必要なくなるからこっちに来て、3人で暮らすことになるな。ってそれも話したろ!!」

「わー!!!恥ずかし!!!皆に転校するって話しちゃったよ!でもお母さんとウッシーと3人で、これからずっとこっちで暮らせるなんて嬉しい・・・・やったああ!!」

「ハハハ、お前、ホント関東好きな!ま・冬に雪かきしなくていいし、俺もこっちのが楽でいいわー!」

「今日学校行ったら、早速皆に言わないと・・・・って話してたら、もうこんな時間だ!遅刻しちゃうよ!じゃ、ウッシー行ってくるねー!!」

 そう言って夏緒は、元気よく家から飛び出して行った。

 青く澄んだ空の下へと。


(Fin)



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