MODE CHANGE 第1話-1
「殺されるのがボクで良かった。幸助君は逃げてください。」 それはまぎれもなく安堵からでた言葉だった。もし狙いが自分でなかったとしたら目の前で親友が殺されるところを、まざまざと見せつけられなければならなかったのだから―――――。 小学六年生のレイは、この日人生最大のピンチに見舞われていた。それは日が沈み暗くなり始めた夕方の事。小雨の降りはじめた人気のない林の中を親友の幸助と二人で歩いていたところ、大きな刃物を持った男と遭遇し不運にも目をつけられてしまった。よく見ればその男は、今テレビでも報道されている連続強姦殺人犯に間違いなかった。子供二人ではとてもでないが、太刀打ちできない圧倒的な強さを感じる。逃げなければ間違いなく殺される相手だった。 (く・・・よりによってこんな時に・・・!) レイは苦々しい気持ちになった。普段から病気一つしない体なのに今日に限っては足元がふらつくほど体調が悪かったからだ。本当は二人で逃げたいところだが、歩くのすら辛い今の状態で、走って逃げることなど、とてもできそうになかった。だからこそ先に男のターゲットになったのが、幸助ではなく自分であったことに、恐怖よりも安堵の気持ちが先だったのだ。 犯人の興味がこちらにあるわずかな時間に、幸助だけなら逃がす事ができるかもしれないと感じたレイは、恐怖のあまり呆然と立ちつくしている幸助に再度声をかける。 「幸助君、このままだと二人とも殺されます!幸助君が逃げられるように時間を稼ぎますから早く!」 レイのその言葉にはっとした幸助は、青ざめた顔のまま何も言わずにその場から一目散に駆け出していった。しかし、このままみすみすと男が幸助を見逃すとは思えない。 (必ず守る、幸助君だけは・・・・!) 絶望的な力の差を前にして、それでもレイは屈することなく男を睨みつけた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 星野玲(ほしのれい)は小学生の女の子だ。 大きな瞳に鼻筋が通った端正な顔立ちをしており、身長は同年代の子と比べると頭一つ飛び出るほど高かった。長めのショートヘアーをサラサラと風になびかせて歩くその姿は、まるで美少年のようだとよく人から言われる。 そんな、見た目だけなら、さわやかなイケメン王子様系の玲であったがその風貌からはおおよそ想像できない内面を持っていた。彼女は物心ついた頃から、自身もれっきとした女性でありながら、成熟した女性の身体に対する興味が並外れて強く、思春期の男子中学生のようなピンク色の妄想に日々まみれていたのだ。 女の子にしか興味がない。そんな同性愛一直線の彼女がその後の人生を大きく変える人物と出会うのは、もうすぐ五年生になる冬のことだった。 後の親友、日向幸助(ひゅうがこうすけ)との出会いだ。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ その日玲は図書館に寄るため、学校帰りにそのままバスで20分程の移動をしていた。 彼女は大体いつもお気に入りの青い勾玉のペンダントを胸につけ、紺色のチェック柄をしたスラックスを履いて、ひざ位まである白いロングカーディガンを羽織っていた。今日も いつも通りのその格好で図書館に向かっていた。 本当なら自分の小学校の近くにも大きな図書館があったのだが、その図書館が建物の老朽化に伴い大規模な建て替え工事をすることになったので、しばらくの間、玲の通う小学校の生徒は皆近隣の図書館を使用する事になったためだった。 こちらの方面に初めて訪れた玲はバス停から降りると物珍しい気持ちで歩き出す。その道中にわりと大きな広場があり、天気が悪くなかったせいか、玲と同年代くらいの子供たちが楽しそうに野球をしているのが見えた。 が、それよりも玲が気になったのは、広場の脇にある木々が茂った森林ゾーンの下にたむろする自分と同じ歳くらいの男子達だった。 明らかに、明らかに皆で集まってエロ本を見て盛り上がっている。 話し声に耳を傾けると、どうやらその一帯に捨ててあるエロ本を拾い集めて観賞しているようだった。しかも男子に混じってやたら可愛い女の子がいたので玲は思わず驚いて、棒立ちのままその集団を見つめてしまった。 「まったくエロ本を捨ててくれるのは嬉しいけど、なんでビリビリにしてバラまくんだよ〜!これもうパズルじゃねーか!こっちの身にもなってほしいぜ」 キャップ帽子を反対向きに被った糸目の少年がぶつくさと文句を言っている。玲もまた道に捨ててあるエロ本が高確率で破れているのは、なぜなのだろうと思っていた。自分も見かけたら必ず拾い上げて見ているからだ。 「見て!そろったよ、このアングル最高!」 4〜5人の男子の中に、場違いにも唯一混ざった小さくて可愛い女の子が嬉しそうに、つなぎ合わせたエロ本の1ページをかかげて周りの男子に報告した。かなり過激なポーズをした女性のヌード写真に周囲から歓声の声が上がる。 「おおおおー!!!ヤベェー!今日一番のエロショットじゃねーか!」 「でかした南ちゃん!!」 どうやら可愛い女の子の名前は『南ちゃん』というらしい。 「おい!幸助と秀平!お前らも南ちゃんを見習ってエロ本の破片ちゃんと集めろよー!」 糸目の少年が、わき目もふらず静かに本を見ている二人の少年を咎めた。彼らの読んでいるエロ本は無傷のようだ。 「ええっ・・・だってその辺さんざん探したんだからもうないだろ、諦めなよ、なあ秀平。」 「幸助のいう通りだよ。つうかエロ本でも漫画だったら破れてない奴あるんだから、わざわざ破片を探してつなぎ合わせる必要なくね?」 「俺は漫画より写真がいいの!あと破片集めるのは男のロマンだろー!分からない奴らだな!!」 「え、イッチ―って漫画でヌけねーの?かわいそー・・・・・・。」 「なんでだよ!ヌけねーとは言ってねーだろ!!!!」 秀平と呼ばれた眼鏡の男子から憐みの目を向けられた糸目の少年、イッチ―は心外だと言わんばかりに秀平を怒鳴った。とはいえそのあと二人して盛大に笑っていたので、普通に仲が良いのだろう。そんなことを考えながら、彼らの様子を少し離れたところから伺っていると、玲はイッチ―と呼ばれた少年から声をかけられた。 「ん?そんなとこで突っ立ってどうしたんよ?興味あるならおまえも混ざる?」 「えっ!!いいんですか!?」 まさかのお誘いに玲は全力で喜んだ。一応玲も女の自覚があるのでたった一人で男児の中に混じってエロ本を見るのは気が引けたが、すでに一人女の子が混ざっていると思うと、自分が入っていくことに全く抵抗感を感じずに済む。 「ああ!その代わりこの役立たず達の代わりにエロ本のかけら集めを手伝ってくれると助かんだけど・・・」 「お安い御用です!任せてください!」 玲は元気よく返事をすると、エロ本を囲んで座っている男子たちの輪の中に入り、並べられたエロ本のページ片を手に取った。そして勢いよくその臭いをかぎだした。 「えええー!!」 「ちょ・・・おいおいおい!お前一体どういうセイヘキしてんの・・・!!?」 さわやかそうな見た目をした玲が、思いがけずいきなり変態行為に及んだので、 その場にいた男子たちは皆驚いて、玲に注目した。 「オッケー!分かりました、こっちですね!!」 そんな周りの反応など全く気にする様子のない玲は、匂いを嗅ぎ終わると今度はいきなり立ち上がって、すたすたと一人で歩き出した。そして迷うことなく、その先にあった一本の木に登り始め、その枝の根本にひっかかっていた別のページ片を探り当てたのだ。 「ありました!風に飛ばされたんですかね〜」 そう言うと玲は何事もなかったかのように、ページ片を持って木から降りてきた。 だが木の枝にひっかかったその紙切れは地上からは死角になっており、全く見えない場所にあった。それに例え見えていたとしても、それをなんの迷いもなくいきなり見つけ出す事など、普通は不可能だ。見ていた男子たちは、誰一人この状況を理解できずにあっけにとられた表情を浮かべてしまう。 「いや・・・どうしてそんな所にあるもんをさらっと見つけられんだよ・・・!?」 その中の一人が、信じられないといった顔で玲に問いかけた。それは皆からぷーやんと呼ばれている、かなり太めの体格をした男子だった。 「え?ああちょっと鼻がきくほうなので、匂いでわかるんですよ。」 周囲の反応などどこ吹く風といった玲は、飄々とした口調でそう答える。 「に…匂いで・・・!?マジかよ!スゲーな・・・・!!警察犬も顔負けの嗅覚じゃねーか!!」 それをきいたイッチ―こと市村一鷹(いちむらいちたか)は、驚きながらも驚異的な玲の嗅覚を警察犬に例えて称賛した。 「あはは!!学校でも友達から『スーパー警察犬』て言われてます!!!」 玲はそのあだ名をたいそう気に入っていたため、市村からも警察犬と言われた事に、鼻を高くして喜んだ。 「他にも探しますか?」 「頼む・・・!!!」 玲の問いかけに市村は期待を大きくして返答した。 それから約1時間はたっただろうか。空が夕暮れに染まる頃には破片探しもエロ本観賞会も一段落して終了の雰囲気になっていた。 「いや〜!!楽しかった!お前のおかげで、過去一番盛り上がったかもしれねーな!ここの広場の森にはけっこうよくエロ本が捨てられてるから、俺たち毎月月末にエロ本会やってるんだ。お前もまた来いよ!・・・ところでお前見ねー顔だけど、どこの学校?」 「あ、七浜小です。」 「え、七浜?けっこう遠いじゃねーか、今日は何しにきてたんよ?」 「七浜図書館が今工事中なので、それが終わるまでの期間、うちの学校の生徒は皆、この近くにある和泉図書館を利用する事になってて、それで今日はこっちへ来たんです。でも今日はエロ本会に参加することになったので、結局図書館に行けなかったんですけど、あはは」 市村の問いかけに玲は笑いながら答えた。そして遅ればせながら話が盛り上がりすぎたせいで、お互い満足に自己紹介もできていない事に気が付いた。 「へーそーなん。ていうか学校は分かったけど、名前と学年も教し・・・うわっ!!」 玲と向かい合わせになって話していた市村は、その時、玲よりさらに後方を見て、急に悲鳴に近い声をだして慌てだした。 「ヤッべ!!!女子の集団がこっち来る!!!しかもあれ全員うちのクラスの女子達だよ!!!!」 その場にいた男子たちは全員、その言葉をきくなり市村と同様に慌て出す。 「隠せ!!隠せ!!エロ本の上にランドセルおいて隠せ!!!」 「馬鹿違う!!一か所にまとめて、その上に置くんだよ!!!」 「急げ!!!急げ!!!」 口々にそう言いながら、その場に散らばったままになっていたエロ本やページの破片を皆で大急ぎで隠しはじめた。 その場に自分を含め女子が二人もいる状況だったので、ここにいる男子はそういう事を割とオープンにしているのかと思っていた玲は、少し意外に思った。しかし、性的なことを毛嫌いする女子がいるのもまた事実なので、無関係の女子の集団に見られるのは恥ずかしいのかもな〜と、考えながら慌てふためく男子をよそに能天気そうにしていた。 その後、女子の集団をなんとかやりすごす事に成功した男子たちは、皆一斉に安堵のため息をついた。 「はーーーー焦った!こんなもん見てることバレたら、俺ら明日からクラス中の女子に変態扱いされちまうとこだったよ!恥ずかしい!ノーダメージなのは俺らと学校が違う南ちゃんくらいじゃねーか!」 「もー!!イチ君!!そんなわけないでしょ!!僕だってHな本見てるとこ女の子にバレたらそれだけで普通に恥ずかしいよ!!!僕だって一応男だよ!?」 市村のセリフに南が頬を赤くして怒りだした。その時の南の顔は、その辺の女子より遥に女の子らしく可愛らしかったが、南のセリフをきいて顔面から一気に血の気が引いていた玲は、今それどころではなかった。 「みみみ南ちゃん、男子だったんですか!!!???嘘でしょーーーー!!!!」 やってしまったーーー!!と思いながら玲は片手で自分の口を覆った。南が男ならこの場にいる女子は玲一人という事になってしまう。さすがにそれは、いくらオープンな性格をしている玲でも女子として恥ずかしかった。 (南ちゃんが女子だと思ったから参加したのに、とんだ誤算です・・・) 「ええっ、そっちが嘘でしょ!!大勢の男子に混ざってHな本見ながら、おっぱいとか、お●んことか言う女の子がこの世にいるわけないでしょ!!君だってさっき、それきいてたでしょ!!」 (え、いや、さっき私も連発しましたけど・・・) さきほどはエロ本ですっかりテンションが上がっていたので、皆と一緒になって普通におっぱいだのお●んこだの言っていたのを思い出して、玲はいきなり賢者タイムに突入した。冷静になると大分恥ずかしい状況だ。何せそんな女はこの世にいないとまで言われてしまったのだから。と、そこまで考えてふと気づく。 (あれ・・・?ちょっと待って。『いるわけがない』って言われたって事は私、もしかして皆から男子だと思われてます・・・??) そういえば普段からわりとよく男子に間違われる事に気づいた玲は、そこでようやく合点がいった。男子だと思われていたからこそ、市村は自分を誘ってくれたのだし、他の男子たちも平然とした態度だったのか・・・と。 (うーーーーん・・・・) しばし考え、なんだか勝手に都合が良い状況になっている事に気づいた玲は (これはもうバレなければまあいいか!)と気軽に考えを改めた。 今更女だと白状したら、男子たちの方にも恥ずかしい思いをさせるかもしれないし、それに今日のエロ本鑑賞会が楽しかったので、また参加するには女だとバレない方がいい。と思った。この時の玲は、皆をだます罪悪感より、またエロ本がみたいという煩悩の方が勝っていた。 「ところでさ、自己紹介してなかったけど、君名前なんていうの?僕は柳川南(やながわみなみ)だよ。大成(おおなり)小の四年生。ここにいる人は僕以外は、みんな和泉小の四年生だよ。」 「えーーーと、わた・・・いやボクは星野玲です!お●んこ大好き小学四年生です♥」 「レイ君、そんな王子様みたいな、さわやかな笑顔で、言ってることと顔が全然合ってないよ!?」 玲のあんまりな自己紹介に、南がツッコミをいれた。しかしそういう南も先ほどは、清らかで可憐な笑顔を浮かべながら卑猥な言葉を連発していたので、人の事は言えないと玲は思った。 「ところで・・・南ちゃんの隣にいる小さい子も小四なんですか?」 玲は南の横にいた幸助に声をかけた。 幸助は黒髪で短髪の、はっきりした二重まぶたに大きな黒い瞳と薄い唇をしていて、派手さこそはないものの、すっきりと整った顔立ちをしている少年だった。ただ、彼の内面が表に出ているのか、そのおっとりした優しい顔立ちから、とても気弱そうな印象を受けた。なんというか、いじめられっこオーラが出てしまっている。 南も背が小さく幸助以上に大きな瞳と長いまつげに二重まぶた、小さな鼻と唇をしていて優し気な顔立ちだったが、幸助ほど気弱そうな印象は受けなかった。 そしてよく見れば顔立ちこそ完全に美少女だが、履いているのは膝上位のショートパンツで、髪の毛もショートボブ風のだいぶ中性的な装いだった。玲は南が自分と同じく異性のフリをしているわけでもないのに、勝手に間違われてしまうタイプだと気がついた。 「あはは!小さい子だって、幸助君!」 「俺もクラスで背の順一番前だけど・・・・・南ちゃんの方がさらに小さいだろ・・・。」 南も幸助も玲に比べるとかなり小さい、幸助は130センチ程度、南はそれよりも1〜2センチほど小さかった。反対に玲の身長は160センチ手前くらいで、クラスの背の順でいつも一番後ろになるくらいかなり背が高い方だった。なので二人の事をなおさら小さく感じてしまったのだ。 「俺は日向幸助(ひゅうがこうすけ)。これでも皆と同じ和泉小の四年生だよ。」 そう言って自己紹介をした幸助だったが、同学年で自分より遥かに大きい玲に対して密かにショックを受けていた。同じ歳とは思えないほど背が高くて羨ましく思ったのだ。 「ところで君、さっきから思っていたんですが、なんだか不思議ないい香りが・・・わずかですが、しますね?なんの匂いなんですか?」 玲は幸助に尋ねた。それは幸助が自分の近くに移動して来てから、ずっと疑問に思っていたことだった。 「えっ・・・匂い?全然分かんない。南ちゃん、俺何か匂いする??」 「んー?全然。何の匂いもしないけど?」 玲の問いかけに全く心当たりがなかった幸助は、隣にいた南にそう尋ねたが南にも何のことか分からない様だった。 「だよなあ・・・良い香りって、どういう匂いがするの?」 「うーん、上手く言えないんですが、今まで嗅いだことがない不思議な香りです。なんかこう、パァァァっと明るくて澄んだ匂いです。」 「匂いに明るさがあるの?なおさら分かんねーよ・・・」 玲の返答に幸助はますます困惑した。 「心当たりがないなら、あまり府には落ちませんが、もしかして洗濯洗剤とか柔軟剤の香りですかね・・・?」 「俺んち、そんな不思議な匂いのする洗剤なんて使ってねーよ。どこにでもあるすっごいフツーのやつだよ。」 それから何人かにも同じことをきいてみたが、皆、口をそろえて「何の匂いもしない」と答えたのだった。 しかし皆が感じなくともあれだけ鼻が利く玲がいうのだから、きっと何か理由があるのだろうと幸助は思った。彼自身も香りの正体が気にはなったが、幸い悪臭ではなくいい香りだということだったので、あまり気にしないことにした。 |