MODE CHANGE 第1話
玲が次に幸助に会ったのはそれから1か月後の3月末だった。 毎月月末にエロ本会をやっているときいていたので、玲は予定を合わせて、例の広場の森林スペース、通称『エロ本ゾーン』にやって来たのだった。 「あ、皆いますね、チャオ―!」 「おおーレイちゃん!久しぶりー!」 玲がいつもの笑顔で人当たり良く挨拶をすると、最初に目が合った糸目の少年市村が、親し気に返事をした。前に一度会っただけだが玲の事を気に入ってくれていたようで、その場にいた一同は皆、玲を歓迎してくれた。 「お前はくると思ってたぜー!エロいもんな!」 「そしたら毎回いる俺たちはなんなんだよー!」 太めの眉毛とそばかすが特徴的な少年、牧村がそう言うとその場にいた男子たちが一斉に笑い出す。 「今日は秀平君と南ちゃんは・・・?」 市村と牧村の他、幸助とぷーやんといった前回と共通のメンバーがそろう中、その二人の姿だけがみつからなかったので、玲は市村に尋ねてみた。 「秀平は塾とか習い事してて忙しいから、参加したりしなかったりだな、南ちゃんも学校違うし、毎回来てるってワケではねーかな。」 「へーそうなんですか。」 「今日はビリビリの本は落ちてなくて、無傷の写真集が数冊落ちてたぜ。今はこの二人のどっちが好みかって、皆で話してたとこだ。レイはどう思う?」 市村と玲の会話が終わるや否や、今度は牧村がそう言いながら、今まで皆で見ていたグラビア雑誌を手に取ると見開きの状態で玲に見せてきた。 左のページには巨乳を通り越して爆乳と呼べるほど、大きな胸をした美女のセクシーな写真が載っており、右のページには左よりも胸のサイズは小さいものの、バランスの取れた体の曲線が美しい美女の写真が載っていた。 「おお〜!」 玲は思わず歓声を上げた。嬉しそうにニコニコと写真を堪能していると、周りの男子たちがせかしてきた。 「で、どっち?ちなみに今んとこ全員一致で左の巨乳だ。」 「え、ボクは断然右ですね!!」 玲は牧村の問いかけに間髪入れず、そう答える。 「えっマジで?レイちゃんはおっぱい小さめが好きなん?」 市村が意外そうに玲に尋ねた。他の男子も「ええ〜そっちかよー!!」と納得できない様子だ。 「いえ、ボクも大きい胸が好きですが、それより形が優先なので。右の子のおっぱいの形がすごく好みなんです。」 「えっ?形なんてあんま気にした事ねーな。」 「というかデカさ以外の形の違いなんて分かんねーよ。」 玲がマイペースに持論を述べたが、他の男子たちからはあまり理解されなかった。 「え?そうですか?極端なことをいえば、ボクは巨乳でも垂れてたら少し萎えますが。」 「あーー!たしかにそういうのはあるな!でも俺は多少なら垂れててもデカい方を選ぶ!!」 「俺もスッゲ―ブスとかババアじゃなきゃデカい方がいいな〜!貧乳はつまんねーじゃん!」 「俺もデカい方がいい!」 「俺は自分が垂れてる!」 皆が口を揃えて巨乳を押す中、最後にかなりふくよかな体をしたぷーやんが自分のでっぷりと垂れた胸を両手で持ち上げながら、そう言ったことでその場にいた一同は一斉に爆笑した。 (大きさ最優先か〜・・・皆意外と形にこだわりがないんですね。) 男子とそんな話をしたことが無かった玲は、自分とは異なる皆の意見に興味が湧いてきた。 「じゃあ、皆の理想の大きさはどれくらいなんですか?」 少し考えると皆に向かってそんな質問を投げかけた。 「うーん、俺はFカップ!Fの98くらい!」 「おーいいな、俺もその位!」 「F98!?」 ぷーやんと牧村が間髪入れずに口々に返答したが、その答えをきいて玲は仰天した。 「F」というのはFカップの事だと分かるが、その後に続く数字はアンダーバストのサイズだ。98センチというサイズは、一般的な女性のアンダーバストと比べて、かなり大きい数字だった。 「え・・・!?2人ともわりとぽっちゃりさんが好きなんですか?」 「えーー俺は痩せていて胸だけあるのが好きだな!」 「俺も俺も!!」 さすがにデブ専なんですか?とは、きけなかった玲はオブラートに包んだ言葉で質問をしたが、彼らからはさらに予想外の返事が返って来た。玲は思わず訳が分からない、という表情を浮かべてしまう。 「マッキー、ぷーやん、レイが混乱してるだろ。前にも言ったけどカップを表すアルファベットの後の数字はトップバストじゃなくてアンダーバストのサイズなんだよ。」 そこへ今までずっと黙って話をきいていた幸助が、遠慮がちに話に割って入って来た。 幸助の思いがけない言葉に玲は先ほど以上に仰天してしまう。つまり彼らはトップバストが98センチのFカップ女性と言いたかったのだとその言葉で初めて気づいた。 「ええっ!何ですかその勘違い・・・思いつきもしなかった!幸助君よく意味が分かりましたね!」 「え・・・そう?俺はむしろレイがよく正しく理解してたなって思ったけど・・・。今みたいな勘違いしてるやつすごく多いよ。」 「そ・・・そうなんですか!?」 以前に話したという幸助の言葉も、多分ちゃんと聞いていなかった彼らは不思議そうな顔で「つーかアンダーバストって何?」と幸助に尋ねだした。玲は思わず「そこからですか?!」とツッコミを入れてしまった。 玲の胸は平らだったので、まだブラジャーはつけていなかったが、それでも一応そこは女子。それくらいの知識は普通に持ち合わせていた。 (幸助君だけは知っていたけど、男子って皆こんな勘違いしてるんですか・・・?) これが男子と女子の差なのかなと、浮き彫りになった違和感について玲は深々と考えてしまった。 「おい、幸助!」 「げ・・・セーヤン!!!」 玲が一人の世界でボケっと考え事にふけっていると、騒がしい声をあげながら一人の少年がエロ本会の中に乱入してきた。幸助から「セーヤン」と呼ばれたその人物は、背丈は玲に比べると高くはないが、幸助よりは遥に背が高くがっちりとした体格でいかにもガキ大将といった風体の子供だった。 「オメーらが皆してエロ本見てるせいで、野球の人数足りねーんだよ!誰か代わりが来るまでお前が入れ!」 「え、俺・・・今はあんまり野球は・・・その・・・・」 「は!?お前俺に逆らえる立場かよ、ならもう二度とオメーと帰ってやんねーけどいいんだな!!」 「わ・・・わかったよぉ〜・・・」 「あー!!もう本当にトロいな、オメーは!さっさと歩けよ!」 セーヤンと呼ばれたその少年は荒々しく幸助の片腕を掴み上げると、この森林と同じ敷地内にある野球スペースに向かって幸助を引っ張って歩き出す。あっという間に2人の姿は玲達から見えなくなってしまった。 「えっと・・・あの子は?」 玲は、幸助の事が心配になって思わず隣に座っていた市村たちに質問を投げかけた。 「あーーー、アイツは渡貫征也(わたぬきせいや)って言って俺らと同学年で、幸助のいとこだよ。」 「幸助君、まさかあの子から、いじめられてます?」 「イヤ〜・・・・アレはいじめっていうか・・・スゲー微妙なとこだな・・・。」 市村の歯切れの悪い返答に、玲が疑問の表情を浮かべていると、それをフォローするような形で続けざまに牧村が話し出した。 「いや、セーヤンはちょっと短気なとこあるけど全然悪い奴ではないよ。幸助にはいつもまあ、あんな感じだけど、あれは幸助の方にも問題があると思うなあ。幸助、あの歳でひとりで登下校できねーから、いつも家の近いセーヤンが面倒見させられてるんだよ。」 「一人で登下校できない?道が覚えられないんですか?」 牧村からの返答をきいてもなお疑問だらけの玲は、一応そうききかえしてはみたが、道が覚えられない程、幸助は物覚えが悪い少年には見えなかった。 「違う違う。怖くて一人じゃ無理なんだってさ。」 それをきいた牧村が苦笑しながら玲に言う 「怖くて・・・って昼間でもですか?幸助君って小さいけど一応、皆と同い歳ですよね?」 驚く玲に対して、市村がそのあたりの事情を説明してくれた。玲はこのあたりに住んでいないため知らなかったが、この界隈には『呪い林』といわれている小さな林道があり心霊スポットとして名が通っていた。幸助が学校と家を行き来するにはこの『呪い林』を通らなければならない。それが原因だった。 玲は『呪い林』と言われている根拠は何か?と市村に尋ねたが、都市伝説じみたウワサ話があるだけで、特にこれといった根拠はないようだった。それを聞いた玲は単にその場所が昼間でも木々が覆い茂って、暗く不気味な雰囲気がする事から、心霊スポットと言われるようになっただけに過ぎないと感じた。 「だったら、それはただの迷信なのでは・・・?ボクがあとでそういう風に、幸助君に説明しましょうか?」 「いや、幸助もそんなことは、とっくの昔に知ってるよ。でもアイツ信じられないくらい怖がりだからさ。」 「そうそう、だからそのくらい一人でやれよってこともできねーんだわ。だからセーヤンがイライラする気持ちもわかるっていうか・・・。」 市村に続けて話し出した牧村が、幸助に対して厳しい意見を述べた。玲は少し考え込んだが、彼らの意見を聞くと、幸助が深刻ないじめを受けているようには思えなかったので、少しだけ肩をなでおろした。 それからまもなくして、幸助が秀平と南を連れてこちらに向かって歩いて来た。何やら三人でやけに盛り上がっており、秀平と幸助が大爆笑している。 「お、早かったなー幸助。」 「ああ。ハルキが来たから代わってもらえたよ。助かった。」 予想より早く戻って来た幸助に市村が声をかけると、幸助は安心したと言わんばかりの顔でため息をつきながら市村に返事をした。 市村は続けて幸助の隣にいた南と秀平にも声をかける。 「幸助はともかく秀平と南ちゃんは今日はもう来ねーかと思ってたぜ。」 「僕は今日学校終わるの遅くなっちゃったけど、丁度今そこで幸助君と秀平君に会ったから一緒に来たんだよ。」 南がニコニコしながら答えると市村は先ほどから気になっていた事を幸助たち三人に尋ねる。 「ところでやけに楽しそうだけど、なんかそんなおもしれーことでもあったん?」 「いや、南ちゃんがお守りに『コンド―さん』持ち歩いてるとかって言い出して・・・しかも冗談かと思ったらまじで持ってんだわ!!はははは!!」 秀平は堪えきれないように笑ながら答える。秀平の言葉をきくなり市村も周りの男子たちも、一緒になって笑い出した。 「まじかよ!!南ちゃん!!ウケるんだけど!俺にも見せてくれよ!あはははは!」 その話に一人だけついていけず、キョトンとしていた玲が話に割って入った。 「あの盛り上がっているところすみません、『コンド―さん』って何ですか?」 「え、レイが知らないの意外だな、コンドームの事だよ。」 幸助が少し驚いた表情で玲に説明してくれたのだが、玲はそれをきいても、まだ理解できなかった。なのでコンドームが何かわからないと再び幸助に聞き返したのだが、玲のこの反応に幸助も周りでその会話を聴いていた男子たちも思わず驚いた。 「ええっ!本気で言ってるのレイ・・!?それとも冗談??どっち?」 キョトンとした玲の表情から、その言葉が本気か冗談か判別できなかった幸助は混乱する。エロい事に関して好奇心旺盛な玲が、その言葉を知らないというのが、どうにも信じられなかったからだ。 「え、本当に全く知らないです。」 「ええっ!!マジでレイちゃん、お前それだけエロいくせになんでそれ知らねーんだよ!!」 玲の反応から、本当に理解していないという事が分かった市村は、信じられないという表情で、玲の顔をまじまじと見つめた。 「幸助君?なんでみんなそんなに驚いてるんですか?そんな有名なものなんですか?」 玲は首を傾げながら幸助に尋ねる。幸助は戸惑いながら玲にコンドームがどういうものなのかという説明をした。 「え、そんなものがあるんですね。そうか避妊か〜!!忘れてましたねそんな事。そういえばHしたら子供できちゃうんでしたっけ!あははは!」 「いやいやレイちゃん!それ忘れてたの!?マジで!!?」 呑気なレイの返答に市村が驚きの声を上げる。 「そんだけエロいのにコンドームは知らないって、逆にすごいよレイ・・。」 「え、だって『避妊』とか、自分に関係ないものには興味がないので、知らなかったんですよ。大人になったらHはしたいですが、避妊することなんてないと思うし。」 幸助の戸惑い交じりの問いかけにも、けろりと何も考えず玲は返事をしたが、その答えに周りはさらに目をまるくした。 一応学校の保健体育の時間にそれなりの性教育は受けていたのだが、男女間の性交についてあまり興味のなかった玲はテスト対策程度に勉強してあとは、授業を適当に聞き流していたので、避妊具についてもその時習ったかもしれないが、記憶にはまるでなかった。 同性にしか興味のない玲からしたら、妊娠のリスクとは無縁だと思っていたので「興味がない」と答えたのだが、しかしそれは玲を男だと思っている者たちからすれば、大分違う意味に誤解されてしまう言葉だった。 「レイ君!!本気で言ってるの?それはまずいよ!!」 (あ、しまった!!私、今男の子なんでした!!完全に忘れてました・・・。) 焦り気味の南が玲を叱りつけてきたことで、玲はやっと状況を理解した。 これでは、まるでHはしたいが避妊はしない、妊娠させてもそんなことには興味がないと言っている様なものだ。現にそう受け取った南は玲にどんどん詰め寄って来る。 「レイ君!僕の話ちゃんときいてる・・・!?これ、僕のやつあげるから、大事に持ってていざという時はちゃんと使うんだよ!分かったね!!」 そうして南は「はい!」と言って半ば強制的に自分のお守りコンドームを渡してきた。荒々しい口調ではあるが、そこには玲の今後を心配する親心のようなものが感じられ、玲はとても気まずい気持ちになってしまった。 (そ・・そういう意味じゃないんです〜〜!ゴメンなさい南ちゃん!!男の子のフリ難しすぎますよ〜!!) 心の中では誤解を解きたくて四苦八苦していたが、その失言を撤回できるような上手い言い訳が、結局思いつかず、玲は怒る南を前に黙って苦笑いするしかなかった。 |