MODE CHANGE 第1話-3




「おおー!すげーもん見つけちゃった!」



 玲が南からお説教をされている最中、少し離れた場所で他の男子が落ちている本をみつけ興奮した様子で拾い上げた。


「おおっ!でかしたぷーやん!俺ファンなんだよなー!!」
 ぷーやんの拾い上げた雑誌の表紙に写る女性を見た牧村は,、喜びの声をあげる。


「あ、ハルマキちゃん・・・」


 その声に気づいた玲は思わずそちらへ近寄ってつぶやく。牧村がファンだと言っていた女性は春田マキナ、通称ハルマキちゃんと呼ばれるグラビアアイドルだった。最近、テレビなどにもよく出ていて、今が旬とも呼べる人物だ。


「え、マジでハルマキちゃん?俺もすっげ−好き!見せて見せて!」
 玲の声に反応した市村も、話に加わってきた。


「マジでスタイル抜群だよなー!」
「おっぱいでけーし、細いし、顔も性格もすっげー可愛いよな!」
「こんな美少女と一度でいいから会ってみてーよ!」


 市村、ぷーやん、牧村は紙面に写るハルマキの姿に見とれながら、嬉々として話合っているが、玲はいまいち、そのテンションについていけなかった。


(ハルマキちゃん・・・って今確かに売れっ子みたいですが、同性からの評判はあんまりなんですよね・・・・)


 写真に写る彼女の姿を見ながら玲は思う。ガリガリに痩せ細った体と不自然な程に大きく膨らんだ胸。豊胸や整形をしているのが一目見て解ってしまう容姿をしている上に、男受けを狙ったような表情やポーズがとてもあざとい。

 それなのにメディアからはいつも「無垢の美少女」とか「清楚系天使」と銘打たれて、大々的に押し出されているので、お茶の間にいる女性の多くから反発心を抱かれている。

 玲も嫌いとまではいかないが、「清楚系天使」というより「小悪魔系」なのでは?と多少の違和感を覚えていた。


「お!レイちゃんもハルマキちゃん好き?」


 市村が嬉しそうに話しかけてきた。玲がまじまじと写真を見ながら考え事をしていたのを見て、ハルマキに興味があると勘違いしたのだ。


「あ・・・・いやボクは大きい胸も好きですが、豊胸で大きくするくらいなら、小さいままの胸の方が、自然の美しさがあって好きですね。」


 思わず素直な感想を言ってしまったが、この一言に市村は意外な顔をした。


「えっ、それじゃまるでハルマキちゃんが、豊胸してるみてーじゃねーか。そんなんやってない、ってこの前本人がテレビで言ってたぜ?」


「えっ?!」


 市村の返答に玲の方が驚いた。これだけあからさまな豊胸体形を見て何の疑問も感じていないとは、想定していなかったのだ。


「そうだよレイ、俺もそのテレビ見てたけど、毎日部分痩せダイエットとか言って、スクワットしたり、食事に気を付けたりして、あのスタイルになったんだって!それに生まれつき乳がデカかったから、その事でいじめにあって悩んでたけど、芸能界に入ったことで、生まれて初めて、ありのままの自分に自信が持てるようになったんだってさ!!すっげー健気だと思わねー!?俺その話聞いて、感動してますますファンになっちゃったよ!」


 市村に続いてぷーやんが彼を援護するように言葉を付け加えた。


「部分痩せダイエットって・・・・それ本気で信じてるんですか!?」


(明らかに嘘なんですけど・・・!!男子の目ってどれだけふし穴なんですか・・・!!)


 まだ小学生とはいえ、女の目を持つ玲には、彼ら男子のありえないほどの純真さが、理解不能だった。


「なんだそれ!ハルマキちゃんが嘘なんかつくかよー!」


「そーだよレイ、ハルマキちゃんが自分の好みじゃないからって、本人の努力をズルして、手に入れたみたいに言うなよ!」


「え、いやあの・・・・」


 玲の反論を聞いたぷーやんと牧村は納得いかないとばかりに、文句を言いながら玲に責め寄ってきた。ハルマキを妄信している彼らの勢いに、思わずたじろいでしまう。


(味方がいない・・・!私、完全に悪者じゃないですか・・・!)


 これまでのエロ本会が普通に楽しかったので、残念に思ったがもう今回限りで終わりにしようと玲は決めた。(やっぱり男子とは分かり合えないのかも・・・)と埋められない差を感じて、寂しい気持ちになってしまったからだ。



「ぷーやん、マッキー!落ち着いて!レイが可哀そうだよ!」



 少し離れたところで、秀平や南と全然別の話をしていた幸助が、詰め寄られて戸惑っている玲の様子に気づいて、間に割って入ってきた。


 幸助と違い、秀平と南はそれまで自分たちの会話に夢中で、玲達の方に全く意識が向いていなかったので、幸助が突然玲を庇ったことに気づいて、二人そろって「一体何事?」という顔をした。


「なんだよ幸助!なんでレイが可哀そうなんだ!悪口を言われたハルマキちゃんの方が可哀そうだろ!」


 ぷーやんと牧村は玲に代わって、今度は幸助に興奮気味に不満をぶつけだした。


「レイは別に悪口は言ってない!ただ単に事実を言っただけだよ。」


「えっ・・・・」


 幸助にかばわれた事に玲は驚いた。幸助は見るからに気弱そうな少年なのに、友達同士とはいえ、これだけガンガン文句を言っている二人の間に、割って入ってきてくれた事が意外だったのだ。それにどうやらハルマキが豊胸であることも、しっかり見抜いている。


「はー!?なんだよ幸助、お前までハルマキちゃんの悪口かよ!お前巨乳好きじゃなかったの!?ハルマキちゃんの何が気に入らねーんだ!」

「そーだそーだ!豊胸だっていう証拠でもあんのかよ!」


(証拠って・・・これだけあからさまに不自然な体形をしていたら、それ以上の証拠なんてないでしょ・・・)


 これは何をどう説明しても、この男子たちには無駄だな・・・。とこの時点で玲は、完全にあきらめてしまっていた。



「証拠か、そうだなぁ・・・」


 一方の幸助は、少し考えこむと、おもむろに彼らが持っていたハルマキのグラビア雑誌をペラペラとめくり始め、「あ、これ、すごく解りやすい。」と言ってあるページで手を止め、その場の皆にそのページを見せた。


「ハルマキちゃんが、仰向けに寝てる姿を横から撮った写真じゃねーか、それがなんなんだよ。」


 すかさず牧村が幸助を問い詰め出す。


「そうだよ。仰向けに寝ているのに胸の形が、立っている時とあまり変わらないだろ。これが天然のものなら、横になった時には重力に沿って、胸の肉が脇に流れるような形に変形するはずなんだ。形が変形しないのは胸の中に人工物が入っている証拠だよ。他にも色々あるけど、この写真だけでも、ほぼ確実に豊胸手術を受けてるって断言できるよ。」

「胸の肉が脇に流れる・・・?ってどういう意味?」


 市村が幸助に疑問を投げた。その場にいた男子たちも皆今一つ、理解できなかったようで一様に顔に疑問符を浮かべている。


「あー、じゃあ見た方が早いか。ぷーやん、ちょっと横になってくれない?」
「俺かよ!!」
「この中で、おっぱいあるのぷーやんだけだろ。」


 幸助はそう言って、このメンバーの中で唯一ふっくらした体形をしているぷーやんに実演を頼んだ。悲しいことに唯一の女性である玲もぷーやんより遥かに胸がない。


「あ!確かに形が立ってる時と全然違ェー!」
「まじだ!!俺自分の乳の形とか今まで気にしたことなかったわ!」


 その場で見ていた一同と実演をしたぷーやん自身も幸助の説明に納得して、感嘆の声を上げた。


「えーーー!じゃあマジでハルマキちゃん豊胸してるの!?俺ショックなんだけどーー!!」


 市村が悲痛な声をあげるとハルマキファンの、ぷーやんと牧村もショックを隠し切れない表情になって押し黙ってしまった。


「え・・・でも幸助君・・・最近は技術がすごく進化していて、豊胸していても見た目じゃ、ほとんど解らないって聞いたことあるんですが、なぜハルマキちゃんはこんなに一目瞭然なんです?もしかしてハルマキちゃんは手術が下手なお医者さんに当たってしまったんでしょうか・・・?」


 玲はあっけにとられていた。自分がかばわれているという事も忘れ、幸助の説明にただただ、感心してしまっていたのだ。そして同時に、疑問に感じていた事が、思わず口をついて出てきた。


「手術する先生の腕も確かにあるんだけど、その前に豊胸手術は、ハルマキちゃんみたいに胸の中にシリコンを入れて膨らます『バック式豊胸』と呼ばれる方法と、自分自身の脂肪を胸に注射して膨らます『脂肪注入式豊胸』っていう比較的新しい方法があるんだ。レイの言う最近の技術で、自然な仕上がりの豊胸術っていうのは、多分後者の事を言っているんだと思う。」

「そうなんですか、知りませんでした!でもそれならハルマキちゃんみたいに豊胸したことを隠したい人がバック式を選んだのはなぜなんですか?自然な仕上がりになる脂肪注入式にすれば良かったのでは・・・と思うんですが。」

「脂肪注入式は膨らませられる大きさに限界があるんだ。元々胸がない人を巨乳レベルまで大きくする事はできない。ハルマキちゃんの体形から考えると、あそこまで爆乳にするには、バック式しか方法がなかったんだと思うよ。」

「幸助君・・・凄すぎます。エロ博士じゃないですか!」

「ええー!俺はエロくないよ!普通だよ!」


 玲は幸助の知識量に驚いた。そしてあの場面で自分を庇ってくれた事がとても嬉しかった。普段のオドオドしている幸助からは、考えられないほど鮮やかにその場を切り抜けた話術と知識に尊敬の念が自然と沸いていた。



(幸助君て本当に不思議な男の子ですね。それに今日は『謎の良い匂い』がいつもより少しだけ強く香っています。本当になんの匂いなんでしょう・・・・。)



「ってことはさ、バック式じゃなきゃできないほど乳盛ってるのに、『生まれつき巨乳で悩んでた』とか、テレビで言ってたのか。結構、腹黒そうなのにハルマキちゃんて巨乳好きからスゲー人気あるよな。俺スレンダー系の方が好みだから、ハルマキちゃんの魅力全然解らねー、ホント俺一人だけ皆と意見合わなくて寂しいよ。」


 傍らで黙って幸助たちの話を聞いていた秀平がこの時初めて口を開いた、ここにいる男児のほとんどが巨乳派の中、彼はただ一人巨乳にあまり興味がなかったのだ。


「そんなことないよ、秀平君。僕は巨乳派だけど、ハルマキちゃんはあんまり好みではないよ、もっとセクシーでグラマー体形の人が好きだもの。」


 同じく傍らで黙って話を聞いていた南が、秀平を励ますように優しく笑いながら話しかけた。


「え、そうなの南ちゃん?ハルマキちゃんもグラマーじゃねー?胸でかいじゃん。」

「んー、華奢なのに胸だけ大きいのは、グラマーというのとはまた違うかなって思うよ。あくまでも僕の中ではだけど。それにハルマキちゃんはセクシーというより可愛い系じゃない?」

「あーなるほどな!巨乳派って一言で言っても、さらに分かれてんのか。幸助は?」


 南の持論に秀平は目からうろこが落ちたような気分になって、隣にいた幸助にも思わず問いかけた。


「俺も南ちゃんと同じ感じかな。あ、でも俺は可愛い系も好きだよ!ハルマキちゃんは、俺のタイプとはちょっと違う感じだけど。」


 秀平、南、幸助の三人の会話を黙って聞いていた玲は、気づくと極上の笑顔を浮かべていた。ハルマキ派とは全く別の考えを持つ男子がいた事が嬉しくて思わず顔に出てしまったのだ。

 先ほどまで男子とは分かり合えないと思って、寂しさを感じていたというのに、その時の気持ちは、もうとっくにどこかへ吹っ飛んでいた。

 性別に関係なく意見が合う人もいれば合わない人もいる。それだけの事だと気が付いたのだ。


(私としたことが・・・・考えてみたら当たり前のことでしたね。)



「どうしたのレイ君?」



 いつもなら、こういう話題には食い気味で参加してくるはずなのに、黙ってニコニコしているだけの玲を見た南が、不思議そうに話しかけてきた。


「あ、いえ、南ちゃんと幸助君は『ダイナマイトボディ』が性癖なんだなって!」

「ぷっ・・・!!あははは!『ダイナマイトボディ』って!!いきなり笑わせるなよレイ!!」

「今時そんな言葉、おじさんくらいしか使わないよレイ君!!あはははは!」


 玲のおじさん臭い例えに、幸助と南が笑いながら突っ込みを入れた。


「ハハハ!なるほど!『ボン・キュ・ボン!』ってやつな!」

「アハハハ!!おじさんですか、秀平君!!」


 玲に続いて秀平が、妙な例えを出してきたことに、今度は玲が笑いながら突っ込みを入れた。

「お前が言うなよ!!」


 秀平がそう言い返して、笑い合いながら三人で盛り上がっている最中、玲はふと少し離れた所にいるハルマキ派のメンバー達に目をやった。先ほどの話のショックをまだ引きずっていたら・・・と気になってしまったのだ。

 だが、そんな心配をよそに、今は何事もなかったかのように違うグラビアアイドルの話題で盛大に盛り上がっていたので、玲は思わずホッとした。




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