第5話-4





「ハルキ、ひとつだけ訊きたいんだけど」

 立ち去ろうとするハルキを呼び止めるように、雪村が問いかけた。

「・・・・」

「・・・今更アンタ達がどういう関係だとか訊くつもりは無いんだけど・・・あの転校生、アンタから取り上げたっていうタバコを返すつもりで、うちの教室に来たんだって。それが教師にバレてしまって停学処分になっていたって事・・・・知ってたか?」

「・・・・!!」

 それまで静かに雪村の問いかけに耳を傾けていたハルキの表情が、見る間に驚愕へと変わる。直後苦渋に満ちた表情に変わり、思わず雪村から目を反らすように俯く。ハルキは自分でも気づかないうちに両手を硬く握り締めていた。








◇◇◇◇◇◇◇◇







 秋祭り当日


 ナツオは理緒、詩乃、花菜子とともに秋竹神社へと赴いていた。時刻は夜の七時を回ったところ、夜空には綺麗な満月が浮かんで、境内には出店が賑わい人があふれている。お祭り独特の活気に満ち溢れているせいだろうか。ざわざわとした空気がとても心地良かった。


「わあー!着物着ている人たくさんいるね!」

 ナツオは周りを見渡して思わず声を出す。夏祭りで浴衣を着てくる人と同じくらい着物の比率が高かった。数年前に一度来た時は、ほとんどの人が洋服だったのを考えると目に映る光景はあの時と大分違う。

 そういうナツオ自身も今回は着物を身にまとっていた。ほどんど理緒に選んでもらって着せてもらったようなものだが、自分でも感心してしまうような華やかな仕上がりに少し浮き足立つ気持ちになっていた。

「あっあのさ、今更なんだけど私も混ぜてもらっちゃって良かったのかしら?」

 遠慮がちに花菜子がナツオたちに切り出した。詩乃はともかく理緒とは初対面だったことに加え、自分一人だけ違う学校な事を気にしているようだ。

「何言ってるの多い方が楽しいに決まってるじゃない!それにナッちゃんの方から誘ったんでしょ?」

「そうだよ!気にすることないよ。ていうか武田も連れてくれば良かったのに」

「あはは。アイツは団体行動嫌いだからね。普通に置いてきたわ。」




 それからは着物女子四人で和気藹々としながら出店を回る。ナツオは緩やかに過ぎる楽しい時間の中で思わず蕩けてしまいそうな安らぎを得ていた。

(ああ、みんな優しいし楽しい。こんなにフツーに楽しいって感じるの、久しぶりだなあ・・・)

 それは同時にハルキの件さえなければ、こんなにも優しく心温まる世界にナツオが居るのだと気づかせてくれた。

(でも、やっぱり・・・)

 心にちくりと刺さる棘がある。どんな幸せな時でもこの痛みが続く限り忘れることなど決してない。ハルキの存在。
 その時、行き交う人たちの中にハルキによく似た後姿を一瞬だけ捉えた気がした。しかし、とナツオは考え直す。ハルキの事を考えていたからそう見えてしまったのかもしれないと。


(見間違え・・・?ハルキがこんなところにいるとは思えない・・・)


 そこまで考えてふと先日の武田のセリフを思い出した。



―――キスマーク・・・


(・・・っていうことは、やっぱりハルキに『そういう人』が居るってことだよね・・・)

 ハルキの隣に女性が並ぶイメージが頭に勝手に浮かび上がってくる。





(だとしたら一緒に来てたりとかするかもしれない・・・実感が沸かないけど少し寂しいかな・・・でも

――あっ・・・それで、もしかして・・・!!)






◇◇◇◇◇◇◇◇










 ハルキは気づくと秋祭りへと足を運んでいた。
校内でポスターを目にしてから、どうしても頭から離れなかった。

 秋祭りはハルキが生まれるずっと前から毎年行われている。だから地元で育った彼は幼い頃に何度か訪れたことがあるのだか、いつの頃からか足が遠のくようになっていた。

 ここはハルキにとって『幸せの象徴』のような場所だった。正確には『過去の』幸せの象徴だ。かつて幼い日、手をつないで父と訪れた記憶。ナツオと二人で訪れた記憶。父もナツオもハルキにとって大切な、大好きな存在だった。

 だからこそ。今となっては『思い出したくない過去の幸せ』なのだ。
そんな場所になぜわざわざ足を運んでしまったのか。

(未練か・・・)

 ハルキは自嘲気味に笑ってしまった。今の自分にはあまりにも遠い『幸せ』というものにすがり付こうとしている事に。


(そんなものはとっくに諦めたはずなのに・・・・)




 その時、前方から楽しそうに走ってきた子供がハルキの目の前で勢い良く転んで顔を地面に打ち付けた。

 みたところ小学校低学年くらいのようだ。よほど痛かったのか鼻を両手で押さえて泣きじゃくっている。


「うわあああん!!!」
「あーもー、すぐに泣くなよ!泣き虫だなユウタはー!」

 後から追いついてきたもう一人の少年は、何時もの事と言わんばかりの口調であしらっている。彼は転んだ方の子供とおそろいの着物を着ていて少しだけ背丈が高い。おそらく転んだ子供の兄だろう。

「おい、坊主、大丈夫か?」
 見かねたハルキは膝を突いてかがみ、少年を両手で抱き起こし声をかける。

「うわああああん!痛いよー!鼻とれたよおお!」
「うん、とれてないから心配するな。血も出てないしもう大丈夫だよ」
「ホントぉ・・・?」
「ホントだよ。じゃあ、上を向いて目をつぶってみろ。そのままゆっくり、一緒に10まで数えたらもう治ってるから」
「うん」
「いーち、にー、さん、しー、ごー、ろく、しち、はち、きゅう、じゅう!」

 ハルキに言われるがまま目をつぶって数を数えていた少年は、終わるなりぱっと目を輝かせてハルキを見つめた。

「お兄ちゃん!すごい!痛くなくなったよ!」

「そっか。良かったな。今度泣きそうになったらまたやってみろ。涙なんてすぐに引っ込むからな」
「ごめんなさい!弟がメイワクをかけて!」
「気にするな。でもお前の兄ちゃんの言うとおり、男が簡単に泣いたらダメだぞ。解ったな。」
「うん!解ったー!僕もう泣かないよー!」

 先ほどまで泣いていたのが嘘のようにニコニコしながらハルキに答える。

「全く、ユウタは調子いいんだから・・・!」

 兄は呆れて文句を言いながらも去り際には、ハルキにしっかりお辞儀をして二人は祭りの喧騒の中に再び走りだしていった。











―――ハルキ
―――男は簡単に泣いたらダメだぞ
―――男の子はどんな時も強くなきゃな!

 微笑みながらハルキの頭をいたわる様に撫でた大きな手。ハルキの脳裏に幼い頃聞いた父の言葉が蘇る。気づいたときには言いようもなく投げやりな気持ちになっていた。思わず取った行動が、まるきり父の真似事だったことに気づき苦い気持ちがこみ上げてくる。




「でも俺は所詮・・・・」




 気分が重く沈んでいく。周りの幸せに満ちた祭りの音がもはや完全に別世界にしか感じられなくなっていた。無気力のまま神社の境内を出ると人気の無い方を選び彷徨う。






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