第6話-2





 その行為はまるで『あの時』のように突然だった。
窓ガラスを突き破って飛び込んできたボールからナツオを守ってくれたあの時。
ナツオの手をとり力強く引き寄せ、その両手でナツオを守ってくれた。

 そう、あれは紛れも無くハルキの優しさだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇












「んんっ・・・!!!!!!???」






 ナツオは両目を見開く。






 突然ハルキに抱き寄せられたかと思うと顎をすくい上げられキスをされていた。
そう、ハルキにキスをされていたのだ。

 頭では理解しても何が起きているのか理解しきれない。ナツオは混乱しながらも、ハルキによって拘束された両手を解こうと両手に力をいれた。


 しかし力で勝るはずもなく、より強い力でねじ伏せられすぐ後ろのベンチに押し倒されてしまう。


「んっ・・・っはあ!!!なっ・・・ななななにすっ」
「何ってキスしただけだけど?お前初めて?」
「なっ!!!?」

 深い口づけで呼吸ができなかったナツオは、唇が解放されると同時に呼吸を荒くして問いただしたが、当のハルキは今まさにナツオを組み敷いているとは思えない程平然とした口調で笑う。

「なんでこんなことするわけ!放してよ!!」
「なんでって・・・お前があまりにも見当違いなことをいうから証明してやっただけだよ」
「証明?」
「さっきから言ってるじゃねーか。キスマークくらいで結婚だなんだってさあ。俺はさ、そんなことくらい誰にでもできるんだよ。せっかくだしこのまま『最後』までヤッてみるか?」
「ひあっ!!?」

 そう言うなり、ハルキは慣れた仕草でナツオの首元に唇を這わせた。

「やっ・・やめてっ!!!やっ、あっ・・・!!!」




 こんなことを平然とするとは、明らかにいつものハルキではない。


 ナツオは必死に抵抗するが、まるで歯が立たない。ベンチの上に縫いつけられるようにして両手を頭の上で拘束されてしまう。

「嫌っ!やめてよハルキ!!」
「ホントに嫌なのかよ?こんな薄暗い所にノコノコと一人で近づいてきて!」
「そんなの友達だからに決まってるでしょ!!」
「そういう風に勝手に俺を信じるのをやめろって言ってるんだ。ここまでしても解かんねーのかよ!」
「なにそれ?嫌いになってほしくてこんなことするの!」
「そうだって言ったら満足なのかよ」
「はあ!!??はぐらかさないでよ・・・うっ!!!」

 ハルキはナツオの両手を左手一本で乱暴に掴むと、空いた右手で彼女の喉元を締め上げた。

「お前今の状況分かってるのかよ。俺はこのままお前を犯すことも殺すこともできるんだぞ!」

「苦しっ・・・!!!」

 ナツオのか細い首を乱暴に締め付けながらハルキが威圧をかける。息が完全に止まらないように力を加減しているだろうが、それでも呼吸が出来ているのかいないのか分からないくらいにナツオは息苦しさを感じた。意識が次第に朦朧としてくる。空気が足りない。このままだと失神してしまいそうだった

 普通ならこんな時恐怖で身が縮むだろう。けれどナツオは恐怖よりずっと大きな感情に飲みこまれそうになっていた。


 ナツオの両目から涙が溢れる。悲しい。ただただハルキから向けられた憎悪が悲しかった。


「・・・・!!!」


 ナツオの目から涙が溢れていることに気づいたハルキは一瞬ひるむように体をのけぞった。そのとき上着の内ポケットから一枚の紙がひらりと舞い落ちナツオの目に留まる。

 それは数年前の写真だった。まだ子供のころ、たった一度だけ取った写真。
そこには秋祭りの日に笑顔で並んだ二人の光景が映し出されていた。

「あっ・・・」
「あっ・・・!!!」

 ナツオが気づくと同時にハルキもその存在に気づき慌てた声を上げた。ハルキの注意が明らかに写真に向いていると思ったナツオはすかさず動いて出る。

「すっ・・・隙ありっ!!!!」

 掛け声とともに勢いよく膝を突き出して自分の上に覆いかぶさる体勢になっていたハルキの急所に一撃を入れる。

「・・・・!!!」

 完全に意識がナツオから逸れていたハルキはその痛みに一瞬何が起きたか理解できないまま声を出す余裕もなく地面に突っ伏した。


「ふー・・・ハルキにも効くんだねやっぱり」
「あ・・・当たりまえだ・・・」


 ハルキは情けない声で答えるが未だ悶絶していた。彼が動きを失っているうちにナツオは乱れてしまった着物を大さっばに整えると、そのままベンチに腰掛けなおした。

「なんで逃げないんだよ・・・」
「なんでって・・・」


 はたからみれば異様な光景だ。この隙に逃げ出さないというのは。


 しかしナツオは感じていた。こんな状況になってもハルキの事が心配だなんておかしなことだが、それとは別にその時なぜか本能的に『もう大丈夫だ』と思った。先ほどまで感じていたハルキの狂気がなくなっているように見えた。だから逃げも隠れもせず落ち着いた様子でいられたのだ。

「・・・・警察にいくよ」
「警察?!私訴えられるの?」
「なんでだよ、未遂とはいえ強姦だろ。自首するって意味だよ!」

 しかしナツオは肝心な部分だけ分かっていなかった。先ほどハルキに喰らわせた一撃は手加減をしたものの相当痛かったはず。下手をすると正当防衛の域を超えてるかもしれないと内心ヒヤッとしていた。


「あっ、そういう意味!でも私もやっちゃったからいいよ!」
「いや、俺がどうかしていた。やっぱりちゃんと・・・」
「もういいよ。ハルキがなんかおかしくなってたのわかったし」
「いや、よくねーだろ!あん時なんて服をめくっただけで怒ってたじゃねーか、今回はそれどころじゃねー事しただろ」
「あの時って・・?」
「子供のころ・・・秋祭りに来た時だよ」
「ええっ〜!?まだそんなこと覚えていたの!恥ずかしいから忘れてよ!!・・・・・ってそんなことよりハルキの体は大丈夫なの?病院まだ行ってないの?」
「おまえ・・・こんな時にまで何を言って・・・・俺の事なんて一番どうでもいいだろ・・・」

 ハルキは地べたに座り込んだまま力なく俯きそれきり黙り込んでしまう。ナツオはいつも何があってもハルキがどんな態度を取っても一貫していた。いっそ嫌われてしまえば楽なのにと思ってしたことさえも通用しない。

(こんな相手は初めてだ・・・)

 どうしたらいいかわからずただ途方に暮れた。ハルキは天を見上げて目をつぶる。
そのまま黙り込んでしまったハルキに困惑したナツオはまたもやハルキを怒らせてしまったのではないかと不安を覚え始めていた。

(また置いて行かれちゃうんだろうか・・・)

 ハルキに見限られて置いていかれてしまうことは何度もあるが何度あっても慣れない。それどころか回数を重ねるごとに傷が深くなっていく。「またか」と身構えてしまい心臓が波打つように早くなり嫌な汗が流れ始める。

(ハルキは私に嫌われたいんじゃなくて、単純に私の事が嫌いってことなのかも)

 そう思うとまた悲しみがこみあげてきた。そういえばまた泣いてしまった。なのにまた今にも泣きそうになっているのをどうにかしたくて両手を結んで目をつぶる。


「ぶわっ!!」

 突然頭の上に何かを掛けられた衝撃でナツオは変な声をだしてしまった。手に取ってみるとそれはハルキが今まで来ていた上着だった。

「え、これ・・・?」
「・・・それ着てくれよ、家まで送るからさ」

 ハルキの思いがけない言葉にナツオは一瞬幻聴かと思い呆けてしまう。確かにナツオの着物は着なおしたとはいえ、そのまま帰るには差しさわりがある程に乱れており
上着で隠せるのはありがたい、だがそのうえ送ってもらえるというのは思ってもみないことだった。

「いや、ええと上着は貸してもらえると助かるけど別に一人で帰れるよ」
「・・・俺がいうのもなんだけど、もう遅いし何かあったらまずいだろ」
「ハルキ・・・どうしたの急に・・・?」
「どうして病院に行かないのかってきいたよな」
「う・・・うん?」

「お前には負けた。話すよ全部、お前が知りたいことなんでもさ」






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