第6話-3



「今日はもう遅いから明日公園で待ち合わせしよう」




 そう言ったきりお互い一言もしゃべらなかったが、ハルキは今までにない程丁寧な扱いでナツオを家の前まで送ってくれた。


「ええと、送ってくれてありがとう」
「・・・悪かったな、今日、いや今まで全部・・・」
「ハルキ・・・なんでさっき・・・ええとなんでもない!!」

 途中まで言いかけて口ごもる。さすがのナツオもなんでキスをしたり首をしめたりしたのかとは訊くことができなかった。だがハルキは当然の事だろうと察していた。


「・・・殺そうなんて思ってなかった。あれは脅しだ・・・。でも犯す気が無かったと言ったらウソになるな。俺はあの時、お前が本気で『こっち側』に来たらいいと思ったんだ。」


「こっち側?」

「俺が居る所。お前みたいな日の光を浴びて生きてる人間が絶対に来ないような汚い場所だよ・・・・今まで誰も道連れにしたいなんて思わなかったのに、本当は誰でもいいから来てほしかった。俺と同じ所まで堕ちてきてほしかったんだ・・・」



 ナツオは思わず目を奪われた。語りだしたハルキの表情が今まで見たこともないほど苦しそうだったからだ。それなのに笑っているのが見ていられないほど痛ましく感じられた。



「その時気づいた。自分が本当に最低の人間だってさ。」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ナツオは別れ際に話したハルキの表情がいつまでも気になっていた。まだ何も分からないが、今のナツオには想像もつかない世界でハルキが生きてきたのだろうということだけが分かった。

帰宅するとそのままバスルームに向かい浴槽に身を沈める。時間を忘れて考えていたせいか気づいたときにはすでにだいぶのぼせてしまっていた。

 のそのそと浴室から出ると脱衣所で髪にドライヤーを当てて乾かす。何気なく正面にある洗面台の鏡に映った自分の姿が目に留まった。その首の付け根当たりに赤い跡が出来ている。その印の意味に気づくと顔面が一気に朱色に染まった。


――お子様かお前は、そんなものなくたって誰だってつけられるんだよ。

 いつだったか、武田がキスマークについて話していた時そんなことを言っていた。
その時のナツオには全く意味が分からなかった



 たった今理解した。


(キスマークってもしかして、これが・・・・!!)

 誰もいないのに慌てて首元に手を当てて隠すとそのままへたりと座り込んだ。
のぼせたせいだけではない熱がナツオの中に広がっていて恥ずかしさに耐えきれなかった。


――俺はさこんなことくらい誰にでもできるんだよ

 ふいにハルキの言葉が蘇る。

(誰でもいいか・・別にハルキは私じゃなくても誰でも良かったんだ・・・)

 そう思うとたまらなく胸が締め付けられた。朦朧とした仕草で身なりを整え、自分の部屋へ向かうとそのままベッドへと倒れこむ。

 気づけば瞳から涙が溢れてきていた。

 ナツオはベッドに仰向けになると一枚の写真を手に取り上にかざした。それは先ほどハルキが持っていたものと同じあの日の写真、幼いころの二人が並んで写ったものだった。そこには屈託のない笑顔を浮かべるハルキと自分の姿があった。




(ハルキの笑顔がみたい・・・)



 そうすればまた失ったもの全てが戻ってくるような気がしていたのかもしれない。








◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 つい先ほどまで見えていた月に雲がかかりいつしか雨が降り出してきていた。
 ハルキが帰宅すると父の姿は見当たらなかった。

(こうして家に帰って来ても最近は全然父さんに会わないな・・・)

 仕事が相変わらず忙しいのだろうと頭では分かっていてもやはり切なかった。

(アケミの時は、少し帰りが遅くなっただけであんなに必死に探し回っていたのに、俺はほったらかしだもんな・・・)

 それも仕方のないことだと分かっている。それでも―――・・・・









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