MODE CHANGE 第1話-4
それから2週間が経った頃。季節は4月になり、玲は小学5年生になっていた。 この日、玲は幼馴染の雪村千透瀬(ゆきむらちとせ)と放課後、図書館へ行く約束をしていた。 「私、こっちの方来たの初めてだわ。調べものしたかったんだけど、和泉図書館ってちょっと遠いし、初めての場所に一人で行くの気が引けてたのよね。玲に案内してもらえて助かったわ。」 図書館に向かうバスの中で、隣りに座った千透瀬が窓の外の景色を物珍しそうに眺めながら玲に話しかけてきた。 「友達ができたって言ってたけど、玲は何度か一人で図書館に行ったことあるんだっけ?」 「はい、初めて図書館に来た時、近くの公園にいた子たちと友達になったんですよ。」 「コウスケ君だっけ?アンタが男子と仲良くなるなんて珍しいわね。」 「幸助君は物知りなので、話していて楽しいんです。」 そんな話を交えながら雑談をしているうちに、バスは目的地へ到着した。バス停に降り立った二人は、さっそく玲の案内で図書館の方向へと歩き出す。その道沿いに大きな桜の木があり、今が満開を迎えていた。 その日の天気はとても良く、雲一つない晴れた青空を背景に咲く桜の花は、道行く人達の目を惹いている。 「綺麗ね〜!いい天気だしこのままここで、お花見しても良いくらいだわ!」 「はい!青空の下に満開の桜!そしてその傍らに、たたずむスーパーチート級美少女のチートちゃん!私こんな絶景を見ることができて、今世界で一番幸せです!桜とチートちゃんの組み合わせは、まさにこの世の奇跡です!!凄い!」 「アンタホントに私の顔好きね〜。でも私と毎日会ってるのに、毎回そのテンションになれるアンタの方がよっぽど凄いと思うわ。」 玲は両手の指を交互に組み、顔の近くまで持っていく祈りのポーズをしながら千透瀬の姿を見つめて、興奮気味にまくし立てているが、千透瀬は慣れた様子でそれを軽く受け流した。 玲から「美少女」と言われている通り千透瀬は、大きな瞳と長いまつげに小さく上品な鼻と口をした端正な顔立ちの少女だった。純日本人にもかかわらず、どこか日本人離れしたエキゾチックな雰囲気を纏っており、そのせいか年齢よりもだいぶ大人びて見える。 髪型はショートヘアで、身長は玲ほど高くはなく、この年齢の女子の平均くらいの高さだ。同じショートヘアだが千透瀬は、玲と違い女の子らしい服装をしていることが多い。整った美しい容姿から、一見すると繊細で気難しそうな印象を与えるが、そんな外見に反して、性格はさっぱりしていて面倒見が良い『お姉さんタイプ』だった。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 図書館に入ってから玲は、千透瀬の邪魔をしないように、図書館内をなんとなく見回ったりして、しばらく時間をつぶす事にした。 放課後になってしばらく経つので、あたりを見回すと図書館内には大人より子供の方が多い。それにそのほとんどが玲と同学年くらいで、男女混合の4〜5人で話し合っていて、何かグループで協力する課題を学校から出されたのだろうかと玲は思った。 「もう!!一体いつになったら現れるのよ、日向の奴!」 「アイツ、今日もサボる気なんじゃない?ホント最っ低!!」 本棚と机の間にある通路を歩いていると、なにやら不穏な話声が玲の耳に入ってきた。 (日向・・・?幸助君と同じ苗字ですね・・・・) 聞こえてきた言葉に思わず玲は反応した。女子生徒が不満を露わにしている相手の苗字が幸助と同じだったので、つい気になってその集団のそばに寄り、本を立ち読みするふりをしながら、聞き耳をたてると同時に嗅覚に頼った。 (幸助君の匂いは全然しない。でも、ここからだと姿が見えませんが、すぐそばに秀平君の匂いがします。やっぱり幸助君の事を話しているのかな。) その結果、玲は常人の倍以上の情報を得ることができた。 「芽衣子(めいこ)ちゃん、早穂(さほ)ちゃん、落ち着いて。幸助君はサボったりするような子じゃないよ!これにはきっと何かワケが・・・」 「えーー!何言ってるのよ、澄恋(すみれ)!そんな事言って、昨日だって結局最後までアイツ来なかったんだよ!」 「いくらあのチビと幼馴染だからって、澄恋は甘やかしすぎだよ〜!てかさ、日向のせいで課題終わらなかったら、アンタ達グループ全員の責任になるんだよ?!」 非難する二人の女子生徒、西田芽衣子(にしだめいこ)と門脇早穂(かどわきさほ)に対して、澄恋こと早乙女澄恋(さおとめすみれ)だけは、一人で幸助の事を必死にかばっている。 芽衣子と早穂が、少し派手めの服装で、将来ギャルになりそうな雰囲気の気が強そうな女子なのに対し、澄恋は守ってあげたくなるような可愛い顔立ちをした、小柄で清楚な雰囲気の女子だった。 「え・・・そんな!甘やかしてるわけじゃないよ、幸助君は本当に真面目なの!きっと何か事情があって来れないだけよ。もしかして何かあったんじゃ・・・どうしよう、心配・・・・!」 幸助がサボったわけではないと信じている澄恋は、彼が予定通り図書館に来ないことに不安を感じ始めた。 玲も澄恋の意見を聞きながら、心の中で相槌を打つ。まだ付き合いが浅いので、幸助の事をそれほどよく知っているわけではないが、それでも予定をわざとすっぽかして、みんなに迷惑をかけるような事を、幸助がするとは思えなかったのだ。 「ていうか、うちら明日塾の定期テストだから、4時になったら家に帰って勉強するって伝えてあったよね!もう時間すぎてるし、あたし、帰っていい!?」 我慢の限界とばかりに早穂が声を荒げた。派手な見た目とは裏腹に、かなり勉強熱心なようだ。 「そうだよ、塾行ってない人は解らないかもしれないけど、明日の定期テストの結果で成績決まるんだから、マジで重要なの!うちと澄恋と、秀平君は同じ塾なんだから日向はみんなに迷惑かけてるって事だよ!」 早穂に続いて芽衣子も不満を爆発させる。彼女の言葉の中に「秀平」という名前が出てきた。やはり匂いで判別した通り、そこに秀平がいるのは間違いないと玲が確信したところで、ずっと黙っていた秀平が、半ば独り言のように口を開いた。 「いや、まあそうなんだけど・・・。幸助の奴、昨日はともかく今日は一体どうしたんだろうな・・・。」 「昨日はともかくって・・・!昨日も今日も許されないでしょ!秀平君も澄恋もなんであんな奴をひいきするのよ!」 澄恋に続いて秀平まで幸助を庇う発言をしたことで、芽衣子がさらにヒートアップして怒り出してしまった。秀平は火に油を注いでしまった事に気づき「しまった」と後悔したが、もはや後の祭りだ。 その場にいた他のメンバーも次々に幸助に対して不満を口にしだし、収集がつけられないほどその場の空気が荒れ始めてしまう。 (うわーーー・・・修羅場ですね。幸助君がどうしているか心配ですが、今現れたらそれはそれで、大変な目に遭いそうです・・・・。) そう思いながら、玲は思わず口に手を当てた。しかし部外者の自分にはどうにもできないので、ただひたすら遠巻きに様子を伺い続けていた。その時―――― 「おい、西田。門脇や早乙女と仲が良くても、お前は幸助の班じゃねーだろ。」 一人の少年がこちらにやってきて発言した。 それは、その場の荒れた空気を一刀両断に断ち切る、静かだが有無を言わさぬ圧のある口調だった。 (――――強い・・・・!!) 玲は思わずその人物を凝視した。どういう理屈か本人にもよくわからないが、玲は生まれながらにして人の「強さ」にも独特の匂いを感じ取る事ができた。 しかしこういう状況の場合大抵、匂いで感じ取れなくとも、皆本能で同じことを感じ取るので、玲本人はこの能力が「特殊なもの」という認識はあまりなかった。 「あ・・・久我(くが)君・・・。ち、違うのよ・・・!だって班は違うけど、うちと早穂と澄恋とは塾が同じだから、日向に迷惑かけられてるのは同じだしっ・・・!それにうちらの班はもう課題終ってるんだからいいじゃん!」 『久我君』と呼ばれる男子に名指しされた西田芽衣子は、急に今までの勢いをなくして、オロオロと弁解しだした。 「まあ、そうだが、締め切りは来週だからまだ余裕がある。他の班の奴を焦らすような言い方をすることはないだろ。」 「そうだけど、でも・・・」 久我君、もとい久我真太郎(くがしんたろう)がそう言って芽衣子を諫めたが、彼女は納得いかなそうに口ごもった。真太郎のもつ風格に圧を感じて、はっきり言い返すことができなかったのだ。 「あ、シンちゃんいたいた。探してた本、貸し出し中だったわー!あの漫画、人気だからいつも借りられてる・・・って、何やってるん?」 そこへ、のんきに笑いながら市村が現れた。しかしすぐに何やら、ややこしい事態になっていることを察して苦笑いになる。 「また、なんかの仲裁中?」 真太郎はクラスのリーダー的存在だったので、こうしてよく揉め事の仲裁に入るのを知っていた市村は「毎度お疲れ様」という顔で真太郎を見た。 「まあな。秀平たちの班、幸助だけまだ来ないらしい。イチ、お前なんか知ってるか?」 「え?俺は知らねーな、秀平は?お前が一番、幸助と仲いいだろ。」 真太郎の問いかけに反応した市村は、そのまま秀平の方を見た。 「あ、いや、あーーー・・・・。俺も知らねー、どうしたんだろうな幸助の奴・・・・・。」 市村の問いかけに、秀平はなんとも歯切れの悪い返事を返した。やけに気まずそうな表情から、何かを隠しているのが伝わってくる。少なくとも何も知らない人間の反応ではなかった。 「八木、さっき『昨日はともかく、今日はどうしたんだろう』って言ってなかった?うちらが昨日どうして来なかったのか日向に直接聞いても、答えてくれなかったけど、八木は昨日、日向がサボった理由を知ってるって事じゃないの?」 それを見た芽衣子は、先ほどの秀平の発言時から気になっていた事を鋭く指摘した。 「え・・・いや、そんなこと言ったっけ・・・。紛らわしい言い方して悪かったけど、俺は何も知らねーよ。ホントだよ!」 芽衣子からの追及に、秀平は慌てて両手の手の平を前に向け、胸の前で左右に振って否定した。 「でも、幸助君が理由もなく、こんな事するなんておかしいよ。それに、『今日は必ずちゃんと参加する』って朝、皆と約束していたのに・・・・。もしかしたらどこかで交通事故とかに遭っているかもしれないし、私心配だからこれから幸助君を探しにいく!」 「あ、いや早乙女ちゃん、そこまで心配しなくて大丈夫だよ。幸助にも事情はあるかもしれねーけど、その・・・交通事故とかではないと思うから!」 心配した様子で今にも飛び出していきそうな澄恋を、秀平が慌てて止めた。 「え?どういう事?秀平君はやっぱり何か知ってるの?」 澄恋は秀平の言葉が気にかかり、思わずそう聞き返す。 「いや、その、詳しくは話せないんだけど、幸助の奴、昨日校内で起きたトラブルに巻き込まれて、先生から呼び出しされてさ。もう解決したと思ってたんだけど、この分だとまだ続いてるのかも。」 秀平は、気まずそうに口を開いた。大分言いずらい事なのか、慎重に言葉を選んで説明している感じだった。。 「トラブル・・・?」 「イヤ、トラブルって言っても、幸助がいじめられてるとか、そういう深刻なトラブルではないから、早乙女ちゃんは心配しなくて大丈夫だから!」 「よくわからないけど、幸助君はまだ学校に残ってるって事?」 「うーん、図書館に来ないって事は、何かまだトラブってる最中なのかもしれねーし学校にいる可能性は高いかもな。俺も心配だし、これから学校に戻って幸助の様子みてくるから、早乙女ちゃんはもう帰って大丈夫。西田や門脇たちも、明日テストだろ?とりあえず今日は解散しようぜ。」 澄恋は申し訳なさそうに秀平を見つめていたが、彼女が口を開く前に、横にいた芽衣子が納得いかなそうに文句を言い始めた。 「てか、八木だって同じ塾なんだから、明日テストなのは同じでしょ?たいした事ないトラブルなら、別に放っておけばいいじゃん。八木が勉強できなくなって困るだけよ!」 「俺は一夜漬けできないタイプだから、直前に勉強してもあんま変わらないんだ。俺の心配してくれてありがとうな、西田。そういうわけだからさ、とりあえずここは俺に免じて幸助の事は許してやってくれ。」 「・・・まあ、八木がそういうなら・・・。」 (あ、多分あの女の子、秀平君の事好きですね・・・・。秀平君は気づいてなさそうですが。) 一番ムキになっていた芽衣子が、彼の言葉で大人しくなったのを見た玲は彼女の乙女心に、ひそかに気が付いた。 「え、秀平君一人でこれから学校に戻るって事?悪いよ!だったら私も!」 「いや、大丈夫だ。俺も秀平と行くから。」 「そうだな。シンちゃんが行くなら俺も行くし、早乙女ちゃんは心配しなくて大丈夫だ。」 心配する澄恋に対して、真太郎と市村が秀平のフォローに入った。それを見ていた玲は(そういう事なら・・・)と思い切って会話に参加する事にした。 「秀平君、幸助君を探しに行くなら、ボクも行きますよ!」 「えっ・・・!?レイじゃねーか!!お前いつからいたの!?」 突然、入ってきた玲に気づいた秀平は驚きの声を上げる。 「おお〜!!レイちゃんじゃねーか、奇遇だな!!」 市村も玲に気づくと、パッと嬉しそうな笑顔を浮かべた。 「え、お前ら二人とも、知り合いなのか?うちの学校の生徒か?」 玲と面識のない真太郎が、秀平と市村に興味深そうに尋ねた。 「レイちゃんはうちの学校じゃねーよ。野球公園で遊んでた時、友達になったんだわ。そういやシンちゃんとは、会ったことなかったっけか。」 「そうなのか、俺は久我真太郎だ。すげー背が高けーな、5年生か?」 「はい。始めまして真太郎さん。ボクは星野玲と言います。七浜小学校の5年生です。」 そう言って真太郎と挨拶を交わした玲は、正面からまじまじと彼の顔を見た。玲よりは背が低かったが、市村や秀平と同じくらいの背丈で、この年齢の男子としては平均的な高さだった。黒髪で短髪、鋭い目つきをしており、そのキリっと引き締まった表情は、とても大人びていて、男らしい雰囲気が漂っていた。 「レイちゃんがいるなら、幸助探すのスゲー楽になるな!助かったぜー!」 真太郎と玲の間に入ってきた市村が、玲の肩を軽く叩きながら、そう言ってケラケラと笑う。 「どういうことだイチ?なんでレイがいると幸助を探すのが楽なんだ?」 「アハハ!!レイちゃんはマジで『スーパー警察犬』なんよ!!」 「は?」 真太郎の問いかけに市村が得意げに答えたが、玲の人並外れた嗅覚を知らない真太郎は、そう言われても意味が分からなかった。 |