MODE CHANGE 第1話-5
それから玲は千透瀬に事情を話して、真太郎、市村、秀平とともに図書館を後にした。そして幸助が残っているであろう放課後の学校に向けて歩き出した。 「秀平、さっき皆の前では、話せなかったようだが俺たちにも事情は話せねーのか?」 真太郎は歩きながら、秀平に向かって遠慮がちに尋ねた。 「あ、いや、お前らだけなら話しても問題ねー。実は昨日、セーヤンがこっそり学校にゲーム機持ち込んで、幸助に見張り役をさせて遊んでたらしいんだ。でもタイミング悪く、コバ先(小林先生の略)に見つかっちまって、そん時、幸助の持ち物だって事にして、ごまかしたみたいなんだよな。そんで幸助が代わりに説教されて、結局、昨日図書館に来れなかったらしい。」 「まじか〜。またセーヤンの『報酬』ってやつか?でも今回はさすがに、ちょっとやりすぎだろ。」 「そうだな、まったく・・・征也の悪ぃ癖だ。」 秀平の話を聞いた市村と真太郎は色々と察しがついたようで、呆れたような反応を見せたが、玲には全然事情がのみこめなかった。。 「『報酬』って何のことですか?幸助君がその子から、いじめられてるわけではないんですか??」 玲の疑問を受けて、市村が口を開く。 「前に幸助と家の近いセーヤンが、幸助の面倒みさせられてるって話をしたの覚えてるか?」 「あ、はい。たしか幸助君ちの近くに、『呪い林』っていう心霊スポットがあって、幸助君は一人で登下校できないから、一緒に帰ってあげてるって言っていましたね。」 以前公園にいる時に、市村から聞いた話を玲は思い出していた。セーヤンこと渡貫征也(わたぬきせいや)という幸助のいとこが突然現れて、幸助を連れて行ってしまった後にそんな話をした気がする。 「そうなんよ。その見返りに、幸助に『報酬』を払わせてるんだ。」 「まあ、面倒見てるって言っても、うちの学校、朝は集団登校で1年生から6年生まで、皆で列組んで行くし、俺も塾のない日は幸助を家まで送るようにしてるから、セーヤンはせいぜい週に2、3回幸助と一緒に下校するくらいの事しかしてないんだけどな。」 市村が話し終えたのに続いて、秀平が玲に説明をしてくれた。 「なるほど、面倒をみてあげた見返りを要求してるって事だったんですか。」 「そうそう。ついでに『報酬』を払わないなら、これから一緒に帰ってやらねーぞ。って脅すから、幸助も言いなりになっちゃってるワケよ。」 市村が苦笑いをしながら玲に話した。 「そういうことなら、二人の間の問題なので、周りの人は口出ししずらいですね。」 玲が神妙な顔をして頷くと、それに続けて真太郎も難しい顔をしてため息をついた。 「征也は別にいじめっ子ってわけじゃねーから、幸助が一人で下校できるようになれば、問題は解決すると思うんだが・・・。」 「さっき秀平君が皆の前でその話をしなかったのは、そんな事を周りに言いふらしたら、セーヤン君の怒りが、秀平君にも向いてしまうからだったんですか?」 玲はそう言って秀平に尋ねた。 「まあ、それもあるんだけど、それよりさっきは早乙女ちゃんがいたからさ。幸助が一人で呪い林を通れない事を知ったら、早乙女ちゃんの事だから『幸助君と家近いし、自分が一緒に帰る』って言い出しそうだったし、女の子でも一人で通れる道を怖がってるなんて、幸助本人が絶対知られたくないって言ってたから、事情を話せなかったんだよ。」 「なるほど、幸助君のプライドを守ってあげたんですか。秀平君は優しいですね〜!・・・・・あっ!!」 そこまで話した後、玲は突然何かに気が付いたように、大きな声を出した。 「急にどうした、レイ?」 秀平が驚いて聞き返す。市村と真太郎も思わず何事か、という顔で玲を見た。 「幸助君です!!幸助君の匂いがします!あっ、セーヤン君の匂いも!二人とも同じ方向にいます!」 そう言いながら迷わず公園の方に走り出した。 「おいレイ、そっちは学校じゃねーぞ?!匂いって・・・一体何を言ってるんだ?」 「アハハ!さっきレイちゃんは『スーパー警察犬』だって話したろ!マジで警察犬並みに鼻がきくんよ!とりあえずついて行こうぜ!」 「はあ・・・?」 慌てて玲を引き留めようとした真太郎を、市村が笑いながら制した。そう言われたところで、真太郎にはにわかに信じられなかった。 だが自分の事でもないのに、なぜか勝ち誇った顔をしている市村を見て、よほど確信があるのだろうと思い、真太郎は彼の言葉に素直に従った。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 公園の中に入ると玲の話通り、本当に幸助と征也の姿が見えた。真太郎は一瞬それに驚いた表情を見せたが、すぐに今それどころではない状況になっていると気づく。またいさかいが起きていたからだ。 「ふざけんなよ、クソ猿!!」 「はぁ!!?誰がクソ猿だよ!!元はといえばゲームを学校に持ち込んだお前が全部悪いだろ!なんで幸助に罪をなすりつけてんだ!!お前こそふざけんな、クソタヌキ!」 征也と幸助の間に割って入り、大声で征也と言い争いをしている見知らぬ少年に、玲は注目した。背丈は征也と同じくらいだが、恰幅のある征也に比べると、大分細身で非力そうに見える。しかし、その眼光は鋭く、烈火のように激しく怒っている。 そしてよく見れば顔中が傷や痣でボコボコだ。すでに手当てをした形跡があるので、おそらく征也とのケンカより前にできたものだろうと思ったが、このまま放っておけば、いつ征也とも殴り合いのケンカになってもおかしくない状況だと思った。 ちなみに幸助はナツオの後ろでアワアワとただ狼狽えていて、どうする事もできない、といった様子だった。 「あっちゃ〜・・・ありゃ、ナッツンじゃねーか・・・・」 市村がしまった、という表情でぼそりとつぶやいた。 「え、イチ君のお知合いですか?」 「まあな。アイツは高橋ナツオって言って、正義感がすっげー強い性格しててさ、そのせいでまあ・・・しょっちゅう誰かとヤりあってて、生傷の絶えない奴なんだよ。セーヤンとは前から仲悪ぃから、あんま会わせたくなかったんだよな・・・。」 「そうなんですか、じゃあ止めに入らないと・・・」 「俺が行く。」 玲がそう言いかけたところで、真太郎が玲の横を通り過ぎ、そのまま征也とナツオの間に割って入った。 「ナツオ、征也、いったん落ち着け。」 「あ、真太郎!」 「なんだよ!俺は悪くねーぞ!元はといえば幸助が!」 真太郎に気づいたナツオが驚きの声を上げたのに続いて、征也が真太郎に向かって抗議の声を上げた。真太郎は一言も征也が悪いとは言っていないにもかかわらず、自分が責められているように感じて不満を持ったようだ。 征也が幸助に罪を擦り付け始めたのをきいて、ナツオがさらにヒートアップして怒鳴り始めた。 「どう考えてもお前が悪いだろ!!幸助に暴力まで振って!!!」 「振ってねーよ!幸助が逃げるから、軽くひっぱったら勝手に転んだだけだろ!それだけのことなのに、因縁つけて絡んでくるお前の方がどう考えても悪いだろ!」 「幸助の次はオレのせいかよ!!そもそもお前が追いかけなきゃ、幸助だって逃げなかっただろうが!!」 「うるせーな!俺と幸助の問題に首突っ込んでくんじゃねーよ!」 「だいたい、一緒に下校するくらいで報酬よこせなんて恩着せがましいんだよ!」 「はぁ!?俺が一緒に帰ってやってるのは幸助本人から頼まれてるからだけど!?恩着せがましいなんていうなら、俺はもう二度と一緒に帰ってやらねー!それで幸助が困ったって俺は知らねー!」 「なっ・・!!最低だなお前・・・!!」 「最低なのはどっちだよ!!!変な言いがかりをつけてきて!!「一緒に帰るくらいたいした事ない」っていうならこれからはお前が自分で、幸助を家まで送ってやるんだな!!」 「オ・・・オレは幸助と学校も違うし、家も近くないだろうが!」 「知らねーよ!!あれこれ偉そうに口だけ出して自分は何もしませぇーんって、無責任なんだよ、バーカ!!」 「うっ・・・!」 ナツオが一瞬押し黙ったのを見て、征也は勝ち誇った顔になりさらに言葉を続けた。 「あーあ!お前の余計なおせっかいのせいで、幸助本人に一番迷惑かかってんじゃねーか!」 「オレは幸助に暴力を振るうなって言っただけだろ!面倒を見ているからって、暴力を振ってもいいって事にはならないだろーが!!」 「はあ・・・分かった分かった。二人とも落ち着け。まず何があったのか最初から話してくれ。」 興奮するナツオと征也とは対照的に、冷静な口調で真太郎が仲裁に入った。彼らの話をまとめると、昨日、征也が学校にゲームを持ち込んだのが教師にバレた際、幸助一人のせいにして難を逃れたが、今日になってそのことが教師にバレてしまい征也と幸助が二人そろって呼び出され、征也だけが激しく叱責されるハメになったという事だった。 征也の言い分としては、日頃面倒を見ている『報酬』として、幸助に対価を支払わせたつもりが、裏切られ教師に告げ口をされたので、自分は「ひどい目に遭った被害者だ」という主張だったが、ナツオから見れば、幸助に暴力を振って、いじめているようにしか見えなかったため、ケンカになったのだった。 「なるほどな。で、幸助はどう思ってるんだ?」 征也とナツオ、二人の意見を交互に聞いた真太郎が、青い顔をしてずっと黙り込んでいる幸助に話を振った。 「オ・・・俺は本当に先生に告げ口なんてしていないんだ。先生からゲームの内容について詳しく聞かれたんだけど、俺はそのゲームをプレイしたことが一度もないから、質問にちゃんと答えることができなくて、それで先生に気付かれてしまったんだ。だからセーヤンにちゃんと説明したかったけど、怒って追いかけてくるから、逃げるしかなくて・・・・。」 「どっちにしろお前がしっかりしてないから、バレたんだろーが!『報酬』を払うどころか恩を仇で返しやがって!お前の母ちゃんにお前が一人で帰れねーって事言うから、これからは母ちゃんに迎えに来てもらうんだな!!!」 「ちょっと待って!母さんには言わないでよ!うち、父さんいないし、母さん体弱いのに無理して働いてるのに、その上さらに俺が迷惑をかけるなんてできないよ・・・!」 「じゃあ、一人で帰れるようになるなり、誰かほかのヤツに頼むなりしろよ!俺は知らねー!!」 幸助の言い分をきいて、なお征也は怒りが収まらないといった感じで幸助に不満をぶつけた。 (うわー・・・やっぱ、こうなったか。こじれるところまでこじれちまったなあ・・・) そのやり取りを黙って聞いていた秀平はボリボリと自分の頭をかいた。幸助と征也の間に問題があるのは誰もが認識していたが、下手に口を挟むと事態が悪化する事が分かり切っていたため、今まで口を挟む者がいなかった。だから正義感だけで、後先考えず幸助をかばったナツオに、感心すると同時に厄介だとも感じた。 (まあ、純粋で向こう見ずなところがナツオの短所でもあるし、長所でもあるんだよな・・・・。仕方ねー、他に頼れる奴もいねーしセーヤンの抜けた分は俺がなんとか・・・・) 秀平が一人で今後の算段を練っていると、思わぬ人物がいきなり声を上げた。 「なるほど。じゃあこれからは、ボクが幸助君と一緒に帰りますよ。」 「え?」 ニコニコしながら平然と突然そう申し出た玲に、秀平をはじめとしたその場の全員がぽかんとした表情を浮かべた。 「は?レイちゃん、七浜からきてるんだろ?この中にいる誰よりも、家遠いじゃねーか。」 市村があっけにとられながら言う。 「え、一番遠い・・・!?それは悪いよ!オレのせいだからオレが責任をとって・・・!」 「なぜ、ナツオ君のせいになるんですか?ずっと話を聞いていましたが、君のせいなんて事少しも無いと思いますよ。」 ナツオが慌てた口調で玲に申し出るが、玲は相変わらず人当たりの良いマイペースな笑顔をナツオに向けた。一方のナツオは、初対面の玲が自分の名前を知っていた事に疑問の表情を浮かべる。 「え、オレの名前・・・・」 「さっきイチ君に聞きました。初めまして、ボクは七浜小5年生の星野玲と言います。」 「あ、は・・・ハジメマシテ!俺は大成小5年生の高橋ナツオ・・・デス。」 「ふ・・・あははは!」 「えっ・・えっ・・・何???」 玲がいきなり笑い出した意味が分からず、ナツオは狼狽えた。その姿は、烈火のような勢いで怒鳴り散らしていた先ほどまでとはまるで別人だった。 怒りが収まった今のナツオは、ケンカとは無縁な控えめで内気そうな少年にしか見えない。可愛らしい小動物のようなその姿とのギャップが面白くて玲は思わず笑ってしまったのだ。 「いえ、急に敬語になったので・・・。ボクの口調はただのクセなんです。同学年なので、君は敬語じゃなくて大丈夫ですよ。」 「え、うん・・・?でも幸助と一緒に帰るって、家遠いみたいなのに大丈夫なの?・・・・オレ、去年引っ越してきたばかりだから、この辺の地名にあまり詳しくなくてナナハマが、どこなのかもよく分からないんだけど・・・。」 「ボクが住んでいるのは七浜の中にある雅街(みやびがい)といわれてる住宅地です。歩いたら遠いですが、バスなら2、30分ですよ。」 「え!レイちゃん『貴族』だったん?」 市村が驚いた様子でいきなり話に割って入ってきた。玲の言った『雅街』という言葉に、ナツオ以外のメンツは皆一様に驚いた表情を見せている。 「あはは、違います。雅街に住んでる人全員が『貴族』ってわけじゃないですよ。でも、毎日バスでここに通うくらいなら、全然余裕なので家は裕福な方かもしれません。」 「やっぱ金持ちなんじゃねーか!家、デカい?何階建て?」 「えーと、ボクの家は25階ですが、建物自体はたしか30階です。タワマンなので。」 「マジ!?タワマン住んでんの!!スゲー!!それでも『貴族』じゃねーの?!」 「あの・・・貴族って・・・・??」 他のメンバーは意味が分かっているようだが、一人だけ話についていけないナツオが、話の流れを遮って質問をした。 「雅街の最深部に通称『貴人区(きじんく)』と呼ばれる一角があるんです。経済力以外に由緒正しい家柄であることなどが、要求される特別な場所なので、そこに住む人が『貴族』と呼ばれているんですよ。雅街自体が、それなりに高級住宅街ではあるんですが、貴人区だけは完全に別格ですね。僕の家は最深部どころか、ものすごく外側にあるので、雅街の中では最も庶民的な場所です。『貴族』なんて言ったら笑われてしまいますよ。」 「へー、七浜の雅街ってめちゃ有名だけど、そこまでは知らなかったな。」 玲が皆に向かってそう説明すると、市村が感心した様につぶやいた。 「話がズレちまったが、レイ、お前本気で征也の代わりに幸助を家まで送る気か?そのためだけに毎回わざわざバス使って、こっち来るのはさすがに骨だろ。」 「そんなことないですよ。ボクは秀平君たちと違って習い事もしていないので、学校帰りに、そのままこっちに来るのくらい全然平気です!」 真太郎が心配するように玲に問いかけたが、玲はケロリと笑って答える。それをきいた幸助が、今にも泣きそうな顔で玲を止めた。 「レ…レイ、気持ちは嬉しいけど、さすがにそんな事頼めないよ・・・、申し訳なさすぎる・・・。」 「うーん、そーだな。俺は火曜日と金曜日が塾で、木曜日に通院する事が多いからいつも学校終わってからそのまま行くけど、幸助に終わるまでこの辺で待っててもらって、一緒に帰るって方法もあるし。そんなに心配しなくてもなんとかなるからさ。」 幸助に続いて秀平も玲を気遣うように声をかけてきた。 「えっ、秀平君そんなに頻繁に通院しているんですか?」 玲は秀平の言葉に驚いた。パッと見では、秀平に悪いところがあるようには見えなかったからだ。 「ああ、俺ちょっと喘息持ちでさ、昔に比べればだいぶ良くなってきてるんだけど、なかなか治らねーから、通院とか針治療とか色々やってんだ。」 「そうなんですか。それならなおさらこれ以上、予定を増やさない方が良いのではないですか?」 「お前が毎回七浜から来るよりは、労力少ねーと思うけどな。それに、俺一応幸助の幼馴染だし。」 「あのさ、代わってくれんなら俺は誰でも構わねーから、俺もう帰っていい?早く家帰ってゲームの続きやりたいんだよ。」 秀平と玲の話し合いが、なかなかまとまらない事にしびれを切らした征也が会話に割って入ってきた。 「あ、タヌキ君。はい、君はもう帰っていいですよ。」 「ああ、俺らでなんとかするから、セーヤンはもういいぜ。」 玲と秀平が順番にそう答えたのに続けて、真太郎や市村も同意するようにうなずいた。 「誰がタヌキだよ!話したこともない相手に失礼な奴だな!まあいいや、じゃ俺は帰るぜ!」 征也は玲の言い草に若干苛立ちを覚えたが、それよりも幸助の世話役から解放される喜びの方が大きかったため、上機嫌でその場から去って行った。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 征也が帰るのをなんとなく見送った後、玲と秀平は再び話し合いを始めた。幸助は、そのやり取りをききながら罪悪感で押しつぶされそうになっていた。 家が遠い玲でも、忙しいうえに病気がちな秀平でも、どちらに迷惑をかけても同じくらい申し訳ない。それなのに「これからは一人で下校する」と言い出すことができない自分の情けなさで、涙がこぼれそうなのを必死に堪えていた。 「分かりました、秀平君。このまま話し合っていても決着しないので、じゃんけんで決めましょう!じゃーんけん―――ぽん!!」 玲は突然そう提案するなり、秀平の返事を待たず、いきなり掛け声を発した。その声につられて、秀平は反射的にじゃんけんに参加してしまった。 結果、秀平はチョキ。玲はグー 「やったー!!ボクの勝ちですー!!!」 自分の出したグーの手を、そのまま空に突き上げて玲は盛大に喜んだ。それを見た幸助はますます、いたたまれない気持ちになった。玲は嫌な顔一つせず幸助と帰ると名乗り出てくれたが、やはりできるならそんな世話係などしたくないのだと思い知らされた。 (そんなの当たり前のことなのに・・・・) 玲に喜ばれたのが悲しくなって、幸助は下を向き思わず唇をかみしめた。 次の瞬間。 「じゃ、これからはタヌキ君の代わりは、ボクが引き受けますね!」 玲が嬉しそうにそう言って、秀平を見た後、幸助の方にも顔を向けた。幸助も思わず顔を上げて玲の方を見た。驚きのあまりすぐに言葉が出てこなかった。 「え・・・勝った方なの・・・?負けた方じゃなくて?」 秀平も意外そうな顔で玲に問いかけた。 「勝った方です!幸助君と帰るの楽しみじゃないですか!って・・・え?幸助君どうしたんですか!!?」 玲は楽しそうに笑いながら幸助に話しかけたが、玲と目が合った幸助はとうとう我慢しきれずに涙をこぼしてしまった。幸助の涙の理由が全く分からない玲はそれまでの笑顔から一転して急に慌てだした。 「う・・・ゴメン、レイ・・・ありがとう・・・俺・・・ぐす・・・。」 「ああ、タヌキ君が抜けちゃって、一人で帰ることになるかもって不安だったんですね、でもこれからはボクがいるので大丈夫ですよ!安心してください。」 幸助の泣いている理由を察した玲は、彼に優しく笑かけた。泣いている理由は合っていなかったが、幸助は玲の心遣いに胸が締め付けられ、余計に涙がこぼれてきてしまい再びうつむいた。 「うう・・・レイ君・・俺もゴメン・・・。もとはといえばオレのせいでこうなったのに、オレ何の責任もとらなくて・・・ってオレ最初考えてて、だからさっきじゃんけんした時も、負けた方が役割を負担するのかなって、自然に考えちゃってた。でもそういう考え方自体が幸助を傷つけるって、気づいてなかった。オレ、本当に考えなしで浅はかで最低の人間だよ・・・オレもレイ君みたいに色々ちゃんと考えて、人を思いやれる優しい人になりたい・・・・。」 泣いている幸助を見てナツオまで泣き出し、涙を流しながら玲に謝りだした。 「えっ・・・ちょっとナツオ君まで・・・!!な・・・泣かないで下さい!君は自分を責めすぎです。さっきタヌキ君に言われた事なんて、気にしなくて良いんですよ。ナツオ君は幸助君をかばっただけなんですから、何も悪いことはしていませんし、ちゃんと人の事を思いやれる良い子です。自信を持って下さい。」 玲はナツオの涙に驚いたが、すぐに慰めるように穏やかな口調で、優しくナツオを諭した。 「いやナツオ、お前だけじゃねー、俺もだ。この状況だったら、普通は負けた方だと思うだろ、自然な考えだよ。」 秀平がそう言ってナツオをフォローすると、市村や真太郎も「そうだな」と言ってうなずいた。 「というか、レイが良いなら俺も助かるけど・・・お前、なんでそんな幸助と帰りたいの・・・?」 秀平が玲に質問する。玲と幸助はまだ数えるほどしか会った事がない。それなのに玲は幸助の事をそんなに気に入っているのかと秀平は意外に思ったのだ。 「怖がっている人がいる方が、お化けに遭遇しやすいそうなんです。だから幸助君と一緒に呪い林を毎日通っていたら、運が良ければ、お化けとか見れるかもしれないと思って!それでなくても曰くつきの場所なので、何か起こるかもってちょっと期待してるんです!」 キラキラした笑顔で玲は嬉しそうに話したが、それを聞いた真太郎は思わず呆れ顔になる。 「いや・・・呪い林を一人で通れないほど怖がってる奴に、さらに恐怖体験させる気なのかよ・・・・。」 「何かあってもボクがいるので大丈夫です、ちゃんと幸助君連れて逃げます!」 「それ・・・幸助は全然大丈夫じゃねーよ。心霊体験なんて、すげぇトラウマになんだろ・・・って・・あ、幸助が気絶した。」 秀平が玲につっこみを入れている間に、幸助は恐怖のあまり白目をむいてひっくりかえった。 「ナッツン・・・アレのどこが「色々ちゃんと考えて、人を思いやれる優しい人」なん?」 「いや・・・えーと・・・・。」 市村は隣にいたナツオにだけ聞こえるくらいの声で、玲の方を指さしながら小さく耳打ちをした。市村の問いかけに困ったナツオは、思わず額に汗をにじませたのだった。 |