第3話-3
「ユッキー、例の奴来たぜ。」 それは放課後になってすぐだった。 帰りの時間になると必ず食べはじめる棒つきキャンディーを片手に持ちながら現れた八峰が、雪村に短くそう告げた。 雪村のわずかな期待むなしく彼女は堂々と現れた。それもあんな事があってからまだ一週間も経っていない。 雪村は思った。 ――もう嫌な予感しかしない。と 彼は教室の出入り口に立つ問題の人物に目をやった。今日は先日と違い髪を二つ結びにしているせいか、その姿はなおさらにあのストーカー女を彷彿とさせた。さらによく見れば、彼女はその手に小包のようなものを大事そうに持っていた。 「出たな!泣き虫女!」 八峰は雪村から離れ、小走りで彼女の元に立ちふさがると大声でそう言い放った。 「なっ・・・泣き虫・・・!?」 ナツオは驚いた。彼女からすれば初対面の名前も知らない男子にいきなり罵られたのである。さらに昨日の泣き顔を見られていた恥ずかしさで平常心を失ってしまった。 「お前、あんな事があってすぐ、よくここへ来れたな。てか、手に持ってるそれ神原にプレゼントか?そんなもんで気が引けると思ってんのか、お前」 八峰は呆れたような顔でそう言った。彼、八峰学は、物言いがストレートだ。裏表がなく、良くも悪くも常に思ったことを率直に口にする。 「プレゼント?・・・じゃないよ!でもハルキに渡したいの!」 「・・・そういうのをプレゼントっていうんじゃねーの?」 「っ・・・・!」 ナツオが手に持っているものは一見可愛らしい感じの模様が印刷がされた小包だが、中身は先日ハルキが道に落として行ったタバコだ。八峰の「プレゼント」という単語に一瞬戸惑ってそう答えたが、事情を説明できないので開きかけた口を慌ててつぐんだ。皮肉にも、その反応は八峰の言葉を肯定するものにみえてしまっていた。 ナツオは、なぜこの男子に絡まれているのか理解できていなかったが、敵意を持たれていることだけは確信できた。だからなおさら、これ以上何も説明をしたくなかった。というか、なるべくこっそり返したかったのに、いきなりそれについて指摘されたあげく、今も教室の出入り口でナツオの前に立ちはだかって、わざと中に入れないようにされているのだ。この失礼さに彼女はじわじわと苛立ちを覚えていた。 「まあいいや。神原ならいねーよ。残念だったなスー子ちゃん!」 「スー子ちゃん?」 「ストーカー女子の略だよ。」 「ストーカー!?私が!?」 「だってそうだろ、嫌がる神原を追っかけまわして、プレゼントとか怖えーんだけど。」 「はあ?!ちょっと待ってよ!!!って・・・・あっ!」 その時、向かい合った八峰の向こう、教室の中にハルキの姿が見えたのだ。 「俺らが見ておくから早く帰れ、ハルキ。」 「悪いな、雪都」 雪村が、ナツオの目からハルキを隠すようにして教室の出口――彼女がいない方の扉へ、いそいそと誘導している。その現場がナツオにも普通に確認できた。 「いるじゃん!ハルキ!」 ナツオは八峰に向かって声を荒げる。 「は?いねーよ?どこどこ?」 「ああもう!いいよ!」 八峰はワザとらしくシラをきった。このままでは埒が明かないと思ったナツオは、見限るようにして八峰から離れると、ハルキが向かっているもう一つの出口の方へ 走り出した―― ――が。 「あれ?先日の子?ハルキなら今日はいないよ」 雪村が、ナツオの進行方向の出口から足早に現れ前に立ちはだかった。彼は爽やかにそう言ってナツオに微笑みかけた。 (私が見ていたことに気づいているくせに・・・この人!!) ナツオは苦々しく思った。 雪村の口調は自然で、嘘だとわかっていなければ完全に騙されそうな程ポーカーフェイスだった。しかし、それをあえて解っている相手にやるのはタチが悪いとしか言いようがない。 そこに八峰がマイペースに追いついてきて、ナツオの前に回りこむ。元々ナツオの前にいた雪村に並ぶ形なったので、あからさまに二対一の構図になった。 「いるでしょ!ていうか!通してよ!」 「いやいや、いないって!なあユッキー?」 「そうだな今日はハルキ、学校に来てねーしな」 「は!?嘘つかないでよ!たった今しゃべってたの見てるんだから!」 自分より背丈のある男子二人が詰め寄ってきたせいでナツオは、前方がまったく見えない状態になっていた。そこで押し問答しているうちに、ハルキはその場から去ってしまったようだ。 この悪意に満ちた妨害にナツオの我慢が、限界を超えた。 「ちょっと!さっきからイジワルばかりして一体どういうつもりなの!?」 雪村と八峰を睨み付けて怒りをぶつける。 ナツオにしてみればハルキに用があって来ただけなのに、見も知らない二人から妨害されるという理不尽な状況だった。 しかしそれはあくまでもナツオからみれば、という話だ。 雪村からすれば彼女の言い分はあまりにも被害者じみて聞こえた。彼はその言葉で、それまで抑えていた冷え切った感情に怒りの火がついてしまった。 「イジワルね・・・。アンタは何を言ってるんだ。」 次の瞬間には、底冷えするような低音をナツオに向けていた。元々温厚な性格をしている雪村は、怒る事など滅多に無かった。だが怒らせた時に相手に与える威圧感は普段の彼からは想像出来ない程凄まじい。 ナツオはその迫力にのまれ体が固まってしまう。 彼のそのたった一言でまるで周囲の気温が下がったのではないかと思える程、場の空気が凍てつき、怒りの対象者でない八峰でさえ、その場から退きたい気持ちになっていた。 「それをいうなら、アンタは自分がハルキにしたことをよく考えてみろ。」 ナツオはいまだに雪村に気圧されて固まっていた。その状態でも必死に思考しているが、彼が何を言いたいのか理解できずに言葉に詰まる。 「おっ・・おいユッキーこれくらいにしとかないと、そろそろヤバイぞ・・・」 沈黙を破るように口を開いた八峰が、そう言って雪村を諭そうとする。これ以上雪村が問い詰めると、先日のように泣かれてしまうと言いたいようだ。 冷静に考えれば八峰の言う通りである。校内で問題を起こすと、後々非常に面倒だ。だが雪村は、もはやそんなことはどうでも良くなっていた。口調こそ静かだが今の彼は完全に冷静さを失っていた。 「いや、もう無理だ。」 そう言って八峰を制すると、雪村は堰を切ったように言葉を口にし出した。 「アンタさ、ハルキが迷惑してるってマジで解ってないの?」 「は・・・えっ・・・」 「アンタが何をしたか知らないけど、ハルキがあんな風にキレるなんてよっぽどの事だ。それにもかかわらずアンタが、大勢の人間が見ている前で泣き喚いたせいで、ハルキの方が一方的に悪い事をしたように周りから言われてるんだぞ。そんな状況になってどれだけハルキが迷惑しているか、解らないのかってきいてるんだ。」 ナツオは、次々と告げられる事実に驚愕し目を見開いた。 「言っておくけど泣けば周りが味方してくれると思ったら大間違いだし、逆効果だ。今だってアンタにつきまとわれるのが嫌だから避けられたんだろ。アンタはハルキに嫌われているんだよ。」 ――嫌われている 分かっていたつもりでも他人から指摘されると苦しい。その言葉がナツオの心の深い部分にまで容赦なく突き刺さった。 ――そして初めて知る事実。 (昨日、泣いてしまった事でハルキの状況がそんなに悪くなっていたなんて思いもしなかった・・・・) ナツオは口元を手で覆った。顔面が蒼白になっている。 (私・・・なんて迂闊だったのだろう・・・) ナツオはハルキの友人であるこの二人が、なぜ自分に敵意を向けるのか理解した。その怒りは完全にハルキを想うが故のものだったと気づいたのだ。 (それに比べて、私は本当にいつも自分の事しか考えられていない) 雪村は一通り言いたいことを言い切ると、ナツオが呆然自失している間に八峰と共にその場から去っていった。 一人残された彼女は、時間を忘れたようにその場に佇んでいた。 |