第3話-4



 あれから1週間が過ぎた。

 その間ずっと、ナツオはハルキと接触をすることを避けていた。偶然出会うような事もなかったので、何事も無いまま日にちが過ぎていた。
 先日ハルキの友人から怒りを受けて、ナツオはただでさえハルキを激怒させるという最悪の状況を、さらに悪化させていた事に気づかされた。しかも指摘されるまでそのことに全く気がづいていなかった。

 もはやナツオが近づかない事が、ハルキにとって最良と思えた。けれどこのまま、ハルキを放っておいて良いのだろうかとも思う。
 それは最後に相対した時のハルキの妙に傷ついたような表情を、ナツオが忘れられないせいでもあった。あの時ハルキは、なぜかナツオの言動に動揺を示していた。

 だから、もしかしたら――これはナツオの願望――幻想なのかもしれないが『完全に嫌われたわけでは無いかもしれない』という思いが拭いきれなかったのだ。


(でも・・)


 ナツオは悩む。だからといってこれ以上ハルキを追い掛け回すのは普通ではない。それこそ『ストーカー』と言われても仕方ない存在になってしまう。




 ――だけどまだ。



 まだ彼の持ち物――タバコを返していないということをナツオは思い出した。これだけはどうにかして自分の手で返さなければ、と思い立つ。


 この期に及んでも、まだ以前のように戻りたいと考えてしまう事が辛かった。それはもはや不可能だと理解しているのに。


 ただ、ナツオは『今のハルキ』が好きかと問われたら正直よく分からなかった。
 彼女の知らない数年間を経たハルキに、以前の彼の面影を探すことは難しい。それほど外見も中身も変わってしまっていた。その上初っ端から嫌われてしまい、まだ数えるほどしか顔を合わせていないのだ。

 それでも、ナツオは彼にもう一度出会えて良かったと思う。
 現在がどうであれ、昔は大好きだった友達なのだ。離れてからずっと、もう一度会いたいと切に願い続けていた。


(次に会ったら、もうハルキと会う事もなくなる、だから――)



 最後にそれを、自分の気持ちを伝えたかった。
 自分の口から何も告げられないまま――他人に自分の一番大事なことを悪意に満ちたやり方でバラされたまま終わらせたくなかった。



 ナツオはこみ上げそうになる涙を飲みこみ決意を固めた。





◇◇◇◇◇◇◇◇





 昼休み、ナツオは廊下を歩いていた。その足はハルキの教室へと向かっている。

 彼女は策を練ったり、小細工をしたりという手段とは無縁な人種であった。故に覚悟を決めたその当日も、ハルキに会うための手段は今までとなんら変わらない。――教室に押しかける、というシンプルな方法だった。
 ただし、この日は偶然にも彼女にとって幸いな情報を入手していた。


(・・・今日はあの雪村とかいう人はいないはず)


 今朝、教室で女子生徒の誰かが話をしているのを聞いたのだ。

 ナツオは、その人物の容姿について特に気に留めていなかったが、ハルキの友人の雪村雪都という男子は、その端正で麗しい風貌から女子生徒の人気が高いようだ。校内で憧れの対象になっている彼は、その一挙一動を密かに観察されていた。

 そのせいで先日ナツオが彼から雷を落とされたことも知られているようだが、それはおいておくとして、結果として彼が昨日の午後に学校を早退していて今日も欠席していると知ったのだ。

 ナツオは前回の一件以来、雪都の事が猛烈に苦手になっていた。

 『いつも笑顔で優しげな雰囲気』だとか、クラスの女子が言っていた気がするが、直接怒りを受けてしまったナツオの印象は真逆だ。あの凍てつくような冷たい目を向けられると、それだけで体を射抜かれるような恐怖を感じる。

 苦手な理由はそれだけではない。少し接しただけで彼はハルキに対してとても誠実で、心から心配しているのが伝わってきた。
 ナツオは自分でも嫌になってしまうほど、ハルキの信用を失う事をしでかしていた。だから雪都のハルキを想う言葉が、どこまでも真っ直ぐに深く心に突き刺さったのだ。

 ナツオは彼がいないことに、少しだけ胸を撫で下ろしていた。ちなみにもう一人の友人からは、それほど強い想いを感じなかったので、雪都よりは相対する苦を感じなかった。
 だからこの隙にハルキに接触しなければと思い、出向いてきたのである。


 教室の扉をこっそりあけようと思ったらドアが半開きになっていた。近づいて中を見回すと昼休み真っ只中の教室は、昼食を食べる生徒たちで大分賑わっている。教室後方の入り口から覗いているので分かりずらいが、そのなかにハルキは見当たらない。再度確認し、やはりいないと判断したその時「あ、しまった」と思う。

「あー!スー子!!またきたな!」

 ハルキの友人と目が合ってしまった。
 栗毛でクセっ毛の髪を後ろで一つにまとめた彼、八峰は席から勢いよく立ち上がったかと思うと、食べている最中のカレーパンをそのままほおばりつつ、扉の前に立つナツオに寄ってきた。口元のあちらこちらに食べカスをつけているが、本人はそれを気にした様子がない。ナツオは思わず小さな子供のようだと思ってしまった。

「もー!ユッキーがいない時を狙ってくるとか!」
「えっ!・・・(あ、やっぱりあの人はいないんだ)」
「ホッとした顔してんじゃねー!ユッキーがいなくても俺がいるんだよ!」
「ハルキは?」
「いねーよ!いても教えねーよ。」
「じゃあどこにいるか教えてよ、次で最後にする予定だから」
「だから教えないっつてんだろ。ストーカー怖えーな!」
「ストーカーじゃないってば!」
「だってそうだろ、プレゼントも持って来てやがるし」
「だからコレは違うんだってば!!」


 その後も二人は延々と不毛なやり取りを繰り返していた。八峰を子供みたいと評したナツオだが、はたから見ると彼女も十分子供じみている。



 その光景を武田は、冷めた目で見ていた。ナツオたちのいる教室後方の出入り口からまっすぐ進んだ突き当たり、窓際の最後尾が彼の席だった。二人ともほとんど人目を憚らず話しているせいで、その声は放っておいても勝手に耳に入ってくる。教室にいる無関係なクラスメイトたちも「うわー、例の転校生がまたなんかやってる」と興味本位で聞き耳を立てているような雰囲気だった。

(この前から何度もまあ・・・よく飽きないもんだな)

 武田は詳しい事情など全く知らなかった。その事についてあまり興味もない。しかし、先日から度々押しかけてくるナツオの姿を目の当たりにし、非常識な女だと呆れていた。

 その時、彼の机の上に置いてあったスマホが着信を知らせる。武田は送られて来た文面に一通り目を通すと少し顔をしかめた後、返信文をこう打った。



【だから、うちの学校にタカハシナツオとかっていう、お前の目的の奴がいるんだろーが。探してそっちにひっぱって行ってやるぜ?】



 武田はまだ知らなかった。
 今まさに八峰が話している人物こそがその『タカハシナツオ』本人なのだと。






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