第6話-5
ザァァァァァァ・・・・ 人気のない公園に雨の音が響き渡る。 ――――ごめんハルキ!もう会えないんだ! ナツオの脳裏によぎったのはあの日の記憶。この街を去りもう二度とハルキに会うことはないと決意したあの日。 ――――もう会えない ――――この気持ちは言えない そう決意して。 しかし結果はどうだっただろう。 (同じだ・・・今のハルキは昔の私と同じ・・・・) 何も言わず自分の気持ちを相手に伝えないまま、いなくなろうとしているハルキと昔の自分が重なって見えた。 「ハルキの気持ち・・・解かるよ・・・」 ナツオがそう答えたのは、もう知っていたから。 ナツオはすでに知っているのだ。その気持ちの行く末を――― 言えない気持ちのその意味を―――。 (でもっ―――・・・) ナツオはためらった。それはナツオ自身が身をもって体験したからこそわかる答えであって、それが今のハルキには決して受け入れがたい事実であるということも理解していたからだ。 ――――俺とまた友達になってほしい 甘い・・・甘すぎる誘惑。もしナツオがその願いにうなずけば、これからしばらくの間はナツオが望んでいた通りハルキと仲直りができる。以前の様にハルキから優しく接してもらうことができるのだ。 (せっかく仲直りできるチャンスなのに・・・!) 「ハルキとずっと友達ではいられないの?・・・卒業したらもう会えないのっ?」 「ああ、父さんだけでなくお前にも迷惑がかかるのは一緒だからな。だから俺とはあまり長い間関わらないほうがいい」 不安げに問うナツオに対して、ハルキは当然の事のようにそう答えた。 (やっぱり、ダメか・・・) ハルキは今閉じ込められている―――そんなイメージがナツオには見えていた。 目隠しをされたかのように精神的に追い詰められて洗脳されている。その様子がまるで鎖で身動きが取れないように縛られているように見えたのだ。ほかでもないあの女――ハルキの母親の手によって。 そんな状況で果たしてナツオの声がハルキまで届くだろうか。ハルキを縛るものは強力で耳元でささやく女はハルキにとって絶対とも言うべき存在になってしまっている。 ハルキに伝えなければならない。 けれど伝えなければならない答えは残酷で、再びハルキからひどく拒絶されてしまう恐れがある。いやほぼ間違いなくそうなってしまうだろう。 (それがハルキにとって一番良い方法だったとしても、これを言ったら私はきっと嫌われる・・・・) そんな想いがナツオの表情をひどく苦いものにしていた。どうしてもその先の言葉を紡ぐことができない。 (ハルキからよほど強く信頼されていないかぎり嫌われて終わる。だけど私に) ―――そんな信頼などあるだろうか? (まだ打ち解けきってもいないこの状況で、無理にもほどがあるっ・・・!!私にできるはずがない!!) ―――ハルキに嫌われるのが怖い そこまで考えてナツオは両目を開きはっとした。 (怖い・・・だから逃げるの?) ここで逃げたらまた昔と同じではないか。 (同じことは繰り返さない・・・だから戻ってきたんじゃないか) そうだ。言えない気持ちなんて、もうナツオにはない。 ナツオは自身の肩に置かれているハルキの手に自分の手を重ね合わせると決意を決めた瞳で彼を見つめた。 「・・・行こうハルキ」 「行くって・・・どこへ」 「そんなの決まってる。」 それ以外の方法など最初からないのだ。 「ハルキんち。お父さんに全部話しなよ」 「なっ!!??俺の話をきいてたのかよ・・・・?」 ナツオはハルキの手が震えだしているのが分かった。だから自分の両手でつつむようにハルキの手をにぎった。 「きいてたよ。だからだよ。」 「馬鹿を言うなっ!!だったらなんでそうなるんだよ!!」 ハルキは激しくうろたえると同時にナツオの手を思い切り振り払った。 「父さんに知られたくないから!だから俺は今までっ・・・・!そんなことを話すくらいなら死んだほうがマシだ!俺の気持ちが解かるとか言っておいてなんでそんなことを言い出すんだよっ!?」 ハルキは声を荒げた。ナツオの事を100パーセント信じていたからこそ、その返答が信じられなかったのだ。 「ハルキがお父さんに言えない気持ち、全部じゃないけど私もわかるから。」 対照的にナツオは冷静だった。ハルキに自分の気持ちを伝えようと真摯にハルキを見つめ続ける。 「大切な人だから、信頼してもらいたいって。その気持ちが大きい程言えなくなるって」 「そこまでわかっていてなんで・・・!!」 「だって今のままじゃハルキ、幸せになんてなれないから!私はハルキの笑顔がみたいっ、前みたいに笑ってほしい!だからハルキが一番幸せに生きれる未来を選択するに決まってるよ!!」 それを聞いたハルキは諦めたように小さく笑う。 ナツオは昔から変わらない。優しくて強くてそして今のハルキからは遥かに遠いところにいる。改めてそう確信してしまったのだ。 「俺はもう自分のことはどうでもいいんだ。俺は父さんさえ・・・あの人にさえ迷惑をかけずにいられるならほかの事はどうでもいい・・・ナツオ、お前の気持ちさえ俺には邪魔なだけだ。」 やはり、届かない。拒絶。 ナツオの目の前に鎖が見えたかと思うと、それがハルキを覆うようにしてナツオの手の届かないところに行ってしまったように感じた。 どうしようもないほどの隔たりを感じてナツオの心が折れてしまいそうになる。 (でもっ・・・このままじゃ・・・・!!!) ―――諦めるものか! その想いだけでナツオは進めないであろう困難な道を選ぶ。 「違う!!お父さんに何も言わずに出て行ったらそっちの方がよっぽど迷惑だろ!!」 「だから、何度も言ってるだろあの人とは血が―――」 「血なんて関係ないんだよ!ハルキ自分が洗脳されてるって気づいてないの!?」 「なっ・・・洗脳なんかされてねーよ!」 「ならどうしてその女の言うことを全部信じてるの!?そんなに母親が大好きなの?!」 「そんなわけねーだろ!!あんな奴親とも思ってねーよ!」 「だったら!!そんな奴に心の中を良いようにされるなよ!私の方がずっとハルキの事を好きなんだから!大切に思っているんだから私を信じてよ!!」 ナツオは叫びながら泣いていた。自分の渾身、全てをその言葉に託したのだ。 鎖。ハルキを縛る鎖は他人は切ることができない。けれどハルキ自身が断ち切ることはできるはずなのだ。 ―――ハルキがもっと自分を信じれば。 切れないと思っている鎖も、二度と出ることができないと思っている暗闇さえも本当は出口で手を差し伸べる者がいるのだと。 だからきっと抜け出すことができる! ナツオはそう信じて言葉を続ける。 「気づいてほしい!ハルキを思っている人が沢山いるってこと!どうでもいいなんて思ってるのはハルキだけだよ!」 ハルキの言えない気持ちの正体はナツオだからこそわかる 「ハルキが信頼したいと思ってる相手は・・・相手だってハルキから信頼されたいって思ってるよ!だけど」 そこまで言って一呼吸おく。そして口を開く 「だけどハルキはそんな人たちを信頼できてない!」 だから逃げる。それが正体。 「相手に信頼してほしいと思ってるのに、自分ができていないんだから気づいた時に後悔しないわけがないよ!!」 それが答えだった。 「ありのままを知ってもらうことが信頼の証だと思うから自分一人で勝手に決めたらだめだよ!血なんてつながってなくても親子でしょ!だって私も―――」 「もういいよやっぱりお前に話したのは間違いだった」 ハルキの冷えた声がナツオの言葉を遮った。 |