第6話-6






ザァァァァァァ・・・・




 人気のない公園に雨の音が響き渡る。



――――ごめんハルキ!もう会えないんだ!



 ハルキの脳裏によぎったのはあの日の記憶。ナツオがある日突然消えてしまった日の事。

 あの途方もない絶望感。ハルキは今再びそんな気持ちになっていた。ナツオは良い意味でも悪い意味でもあの日と変わらないと思った。



 信じていたかと思うと裏切られると――――



「お前の言ってることは全部今更なんだ、言えるならとっくに言っているよ。」


 『あの日』から二人の道はとっくに別れていた。そのことに気が付いたハルキは空しい気持ちを抑えきれずにいた。



「やっぱり二度と解かり合えないよ。俺たちは」


 ナツオをすり抜けると背中ごしにそう言ってハルキはその場を立ち去った。独り取り残されたナツオの両目から大粒の涙が零れる。

―――負けた

 ハルキにではない。ハルキの母親に負けた気がしたのが悔しかったのだ。

(私じゃハルキを救い出すことはできないの・・・?あの女には勝てないの・・・・?)

 屋根に打ち付ける雨の音があたりに響き渡っている。
 先ほど書いた二人の名前はもう地に滲んで跡形もなくきえていた。









1カ月後。季節は12月になっていた。


 放課後になってすぐの教室は、まだほとんどの生徒が帰り支度をしていて、ざわざわとしている。そんな中、八峰はいつもの棒つきキャンディーをかじりながら武田の席へとやってきた。

「なあアッちゃん、最近不気味なほどあの女来なくなったけど何かあったのか?」
 武田は面倒くさそうに横目で八峰をみるとため息をつく

「知らねーよ、なんで俺に訊くんだよ。つーかアッちゃんていうのやめろ」

「え〜?だって仲良いんじゃねーの?この前だって一緒になって神原を誘拐してたじゃねーか。俺たちを敵にしてさー。」

「べっ・・別に仲良くねーよっ」

「またまたそんなこと言って。俺とだって本当は仲良しなのに「違う」っていうんだろ、アッちゃんは?ツンデレだからなあ」

「なに言ってやがる。お前とだってべつに―――」

 そこまで言うと武田は思い出したかのように自分のカバンの中を探り始めた。

「ほらよ」

 そう言うなり八峰にカレーパンをさしだす。昼休みに武田が食べようとして買っていたものだったが、丁度よく余っていたのを思い出したのだ。

「アレだ、この前は悪かったな////・・・別にお前の事が気に入らねーから高橋の味方をしたわけじゃ――」

「カレーパンうめー!!」
「あっ、きいてねーな、まあいいか。」
「きいてるよー!あん時俺ちょっとショックだったんだかんな」
「だからまあ・・・それで許せよ」
「うん。分かった!」

「ついでに言うと俺とお前らの仲を一番気にしてたのも高橋だぜ。別にあいつもお前らの事が気に入らねーってワケじゃねーんだ」
「なんだよーやっぱり仲良いんじゃねーか」
「だから良くねーっつーの!」
「はいウッソ〜!アッちゃんは仲良くない奴のフォローなんて絶対しません。ん〜でもそうか〜、アッちゃんがそう言うならあいつ、それほど嫌な女でもないのかもな」
「ずいぶんあっさりしてるな。おめーはいいのかそれで」
「だって俺、友達の友達は『まぁ友達』かなって思う方だから」
「なんだそりゃ・・・」

 八峰のあまりのあっけらかんとした態度に武田はやや困惑する。

「神原もユッキーの友達だから『まぁ友達』だな。あいつのことはよく知らないけど、ユッキーがめちゃくちゃ心配してるから協力してるんだけどさ、でもあの女が来なくなって神原もいつも通りなのに、なんかユッキーずっと元気がねーんだよな。「神原が病院に行かない」とかって言ってさ〜、神原だって子供じゃないんだからホントにヤバイと思ったら行くだろフツーさ?」

「フツーか・・・まあそうだな」

 呑気にカレーパンをほおばる八峰をよそに、思わず武田は神妙な表情になってしまう。ハルキに対して自分ではできないほど全力でぶつかっていったナツオの姿を思い出す。そのナツオでも無理ならば他に打つ手無しと言っても仕方がない状況になっていると思ったからだ。

 八峰は普段通りと言ったが中学以前の姿を知っている武田から見れば今のハルキが異常なのは明らかだった。

(すこし、期待していたがアイツでも無理ならもう元にはもどらねーかもな)

 そう考えてしばらく考え込むと舌打ちをして教室を出る。その足はナツオの教室へと向かっていた。





「高橋さんなら今日はおやすみよ」

ナツオの教室の出入り口で偶然、居合わせた詩乃を呼び止めて訊くと返ってきたのはそんな答えだった。

「休み?」
「ええ、ここのところずっと調子が悪そうだったのだけど、二日前から熱がでてしまってなかなか治らないみたいなの」

 今日は金曜日だった。詩乃は、週明け月曜日からは登校できそうだとナツオの状態を武田に告げると「あとで武田さんが心配して様子を見に来たと伝えておくわね」と武田に笑顔を向けた。

「つっ!伝えなくていい!ていうか心配してねーし!!」

 武田が慌ててそう答えると後ろから詩乃に向かって声を掛ける人物が現れた。

「あいつ今日休みなのか?」
「あっ神原さん」

 そこにはハルキの姿があった。

「ちょっとききたいことがあったんだよ」
「えっ?高橋さんに?」
「いや・・・」
「私に?」
「ああ、ナツオに花のアクセサリーを送っただろ?あれ俺が壊しちゃったんだ。気に入ってたみたいだし、買った店教えてくれねーかな」
「まあ、そうだったの。でもあれは私が自分で手作りしたものなのよ」
「えっ、そうなのかスゲーな・・・せっかく作ってくれたのに悪かったな」
「私の事は気にしないで。また同じものを作りましょうか?」
「それは・・・悪いだろ」
「そんなことはないけれど、でも・・あっ!!神原さん『ブルーバード』っていうお店ご存じかしら?」
「いや、ちょっと分からないな」
「えっと沿岸沿いにあるショッピングモールの中にあるお店なんだけれど・・・」
「ああ、ビーチモールかそれならわかる」
「そうよ。私そこのアクセサリーを参考にして手作りしたから高橋さんにあげたものと似た雰囲気の商品が今もいくつかあると思うわ。私が作ったものよりきれいだと思うからそれをあげたらどうかしら?」
「そうかサンキュー!明日行ってみるよ」
 そう言って立ち去ろうとしたところに武田がすかさず口をはさんだ。
「おい待てよ。お前病院には行ったワケ?俺が高橋なら、そんなもんいらねーからさっさと病院に行けって思うだけだぜ?」




◇◇◇◇◇◇◇◇



「もうお昼過ぎか・・・」

 そのころナツオはベットの上でちょうど目を覚ましたところだった。

「はぁーなにやってるんだろうな私・・・結局あれから一度もハルキに会ってもいない・・・・」

 微熱の体を起こして枕元にあった水の入ったコップに口をつける。熱で頭がぼんやりしていても考えてしまうのはやはりハルキの事だった。


(この前ハルキと話していて解かってしまった・・・)
 やはりハルキは父のもとを去ってはならないと。

(ハルキはお父さんのところへ行かなければならない・・・)
ハルキにとってのたった一つのゴールともいうべき光はそこにしかないのだ。だからそれ以外の方向へ走って行ってしまっては、きっと闇の中を永遠に迷い続けることになってしまう。どこにもたどりつけないままに。



(でもハルキは解かっていない・・・

ハルキは自分自身を大切に思っていないから気づかないんだ。
ハルキ自身が不幸なままならだれも幸せになんてできないってこと)


 私も、ハルキのお父さんだって―――





「ナツオには全部事情を話したよ。あいつは納得してくれなかったけどな。それから全然会ってねーけど、でもこれで良かったと思ってるんだ。あいつは俺と関わらないほうか幸せに生きていけると思うからさ」

ハルキは詩乃と武田にむかってそういいながら笑った。その笑みはひどく悲しげで二人は何も言葉を紡ぐことができない。

「でもさ、俺だって少しは思うんだ・・・、本当はもっと一緒にいたかったって・・・・」

 この気持ちをどういえば良いだろう。何と言ったら伝えられるだろう。ハルキとナツオはそれぞれにこの切ない気持ちを抱えていた。


「神原さんあの・・・」
「今日の事はナツオに言わないでいてくれるか、ちょっとしゃべりすぎちまったからさ。」

 ハルキは何か言いたそうな詩乃の言葉を遮ってそう言い残し教室を後にした。

「神原さん、大丈夫かしら。何かひどく思い詰めているみたいにみえたわ・・・・」
 詩乃は半分独り言のように思わずそう口にしていた。詩乃が目を向けると酷く苦い顔をした武田がうつむいていた。

「これ以上は無理か・・・・」

 そう言った武田の言葉が詩乃の心にいつまでも残っていた。



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