第8話-3


 それからまた数日が経ち二月になった。今日は二月の十四日、バレンタインデーだ。ナツオは、前日に家で手作りしたチョコレートを持参して学校に訪れていた。

(男子は、影太と南くん、あとユッキーとハッチーと武田、女の子は、詩乃ちゃんと、理緒とあと葉瀬っち、葉瀬っちには、武田から渡してもらおうと思ったけど武田めんどくさがりやだがら嫌がるかなー。ハルキは病み上がりで、胃にチョコレートは良くないってきいたからゼリーを作ったけど、ゼリーは要冷蔵で学校に持ってこれなかったから、家に帰ったらハルキの家に届けに行こう。あとでハルキに今日家に行っていいか確認しないと。)

 昼休みそんなことを考えながらハルキの教室へ向かうと、ハルキ以外のメンバーは教室で昼食をとっているところだった。ハルキの姿はどういうわけかどこにも見当たらない。

「あ、ナッツンじゃねーか、どーした?ハルキなら、今日日直だからか、さっきなんか担任に呼ばれてどっか行っちまったぞ。たぶんそのうち戻ってくると思うけど。」

 ナツオに一番早く気づいた八峰が、今日も今日とてカレーパンを頬張りながらナツオに話しかけてきた。

「あ、そうなんだ、ハルキはまあ、今会えなくてもいいや。今日バレンタインデーでしょ?友チョコ作ってきたから皆に配ろうと思って。あ、でもいらなかったら断ってくれて全然かまわないから・・・!」
「え、なんでだよ!俺彼女いねーし毎年壊滅状態なんだよ。もらえたら嬉しいに決まってんだろ!」
「え?そうなの?それならよかった、はいこれ、ハッチーの分ね。」

 そういいながら、ナツオは可愛い水色の花柄のついた小さいラッピング袋を取り出した。シースルーバッグに小分けにしたチョコレートクッキーだ。それを八峰に差し出す。

「おー!ありがとう!!!ナッツン、お前意外とフツーの女子みたいなことすんだな!」
「え、私ハッチーからフツーの女子だと思われてなかったの・・・ショックなんだけど・・・・なんで?」
「昔男のフリしてたって言ってたじゃねーか。性格もっと男なのかと思ったんだよ。」
「えええー。それ小学生の時の話だよ。しかもその時も髪の毛がショートカットでズボンはいてたから、見かけだけで勝手に男の子に間違われたけど、性格はずっと女子だよー!」

 ナツオは八峰の言葉にショックを受けて肩を落とした。この歳になっても女にみられないのはさすがに悲しかったのだ。

「へー?じゃあ男のフリしてる時は女ってバレないように演技してたってことか?」
「いや、別に?一人称を俺にしてただけであとは全部素だよ。何も男の演技なんてしてないよ。」
「え、スゲーな、お前、ハルキには少しもバレてなかったじゃねーか!他は?誰かにバレたりしたのか?」
「ううん?誰にも全くバレなかったよ。」
「やっぱお前、ほぼ男じゃねーか!!フツー何も演技してなかったらどっかでバレんだろ!」
「いや、さすがにバレンタインデーチョコは誰にもあげなかったよ。学校の友達にはあげたけど。あ、それと女子トイレとかにも、入らないように気を付けてた!!だから一応ハルキたちの前では色々演技して気を使っていたってことになるでしょ。」
「ぷっ!!なんでだよ!!ならねーよ!あはははは!」

 ナツオの言っている事が、演技というレベルにまで及ばない圧倒的に当たり前すぎることだったので、八峰は思わず噴き出した。ナツオは八峰がなぜ笑ったのか理解できず困惑する。

「おいハチ、お前もらっておいて、高橋さんにその態度は失礼だぞ。」

 八峰の横で会話をずっときいていた雪村が、ナツオをかばうように八峰を窘めた。

「ありがとうユッキー。ユッキーの分も一応あるんだけど・・・・ユッキーはいっぱいもらってそうだから私まであげたら困らせちゃうかな・・・?」
「え?知らない子から何人かはもらったけど、別に困るほどはもらってねーよ。高橋さんがくれるなら普通に嬉しいんだけど?」
「それなら良かった!ありがとう!」
「いやこっちこそありがとう。ていうか普通、礼言うのもらう側の俺だけだろ。なんで俺はもらった上に礼まで言われるんだよ。」

 雪村が困惑した口調をナツオに向けながらチョコを受け取った。

「昼飯食い終わったから今食べても良い?」
「あ、うん!もちろん!」

 雪村の問いにナツオは笑いながら答えた。少し前まででは考えられないほど優しい雪村の態度がナツオは今でも信じられず、なんだか夢でもみているような錯覚を起こした。


「武田!はいこれ、バレンタインデーだから友チョコだよ!武田は葉瀬っちからもらうだろうから、私の分はよけーかもしれないけど・・・武田甘いもの好きみたいだし、良かったら食べて。」

 ナツオは雪村たちとは少し離れた席に座って、一人で昼食をとっている最中の武田に遠慮がちに話しかけた。

「おー高橋か。お前・・・・案外普通の女みてーなことすんだな。」

 武田が心底意外そうな表情でナツオを見て言った。

「えええー・・・・武田まで、ハッチーとおんなじこと言うのー・・・私は普通の女子だよぉー。」
「普通の女子は俺にいきなり殴りかかってこねーわ。むしろお前が自分のこと普通の女だと思ってたことに俺は今びっくりしてるよ。」
「勘違いして殴りかかったのは悪かったって言ってるじゃん・・・もう許してよぅ・・・・。」
 武田からきつめの口調で責められたと感じたナツオは、泣きそうな顔で彼を見た。

「あ、いや、別にもう少しも怒ってねーよ。これが俺のフツーの口調なんだ。チョコレートありがとな!花菜子もくれるだろうが、こういうのはいくらもらっても邪魔にはならねーんだよ!あとで食うわ。」

 ナツオの悲壮感漂う表情に焦った武田は、フォローするような言葉を口にしながらいつになく上機嫌そうな笑顔を見せた。武田のその表情で多分チョコレートをもらえたのが、本気で嬉しかったのだろうとナツオにも分かった。武田も男なので、女子からバレンタインデーにチョコレートをもらえるというのが嬉しかったのだが、ナツオは、単純に武田が甘いものをたくさん食べれて嬉しいからだろうと思って納得していた。

「あ、あとこれ葉瀬っちの分、今度会った時にでも渡してくれると助かるんだけど。」

 そう言って、武田に渡したラッピングチョコと全く同じものをもう一つ手渡した。

「花菜子の分まであんのかよ、律儀な奴だな。今日会うから渡しとくよ。」
「いや、普通だよ。というか武田にだけあげて、葉瀬っちにあげなかったら私が葉瀬っちより武田のが好きみたいに思われちゃうじゃん。」
「ふーん、そういうもんか。俺お返しとかめんどくせーからしねーけどいいの?」
「お返しもらうほどたいしたことしてないから、それは全然気にしなくていいよ!葉瀬っちにもお返しいらないからねって言っておいて!・・・・って言っても葉瀬っちの性格だとお返し用意しちゃいそうだけど。」
「一応言うけど、俺もそー思うわ。」

 武田とそんなやり取りを終えたナツオが、教室を去ったのとほとんど入れ違いでハルキが教室に戻ってきた。ハルキは、八峰と雪村と武田が皆して同じラッピングの袋からチョコレートクッキーをとりだして食べているのに気づいた。

「お前ら皆してなんで同じもの食ってんだ?」
「たった今ナッツンが教室来て俺らにくれたからだよ。今日バレンタインデーだろ?友チョコだってさ!ハルキはいないけどオメーには用ねーからいいやって言ってたぜ!」
「ええっ、なんだよそれ・・・・」

 ハルキは、八峰の言葉に思い切りショックを受けた。その感情がストレートに表情に現れているのがおかしくて、八峰はさらにハルキをからかいたくなった。

「お前色々やらかしてるし、ナッツンに嫌われてんじゃねー?」

 ハハハ!と笑ってあっけらかんとしながら八峰は言った。その上ハルキに見せびらかすようにチョコをほうばりだした。

「残念だったなチビ助!プッ・・・・・ハハハハ!」
 八峰とハルキのやり取りを見ていた武田までもが、面白おかしそうにハルキを嘲笑った。

「お・・・お前ら酷すぎんだろ・・・・」
 ハルキはそう言いながら肩を落とした。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 放課後になるとすぐ、ナツオは再びハルキの教室に足を運んだ。

「あ、またナッツンか、今日はよく来んな。チョコレートスゲー旨かったぜ、ごちそーさん!」
「高橋さん、俺も食った。スゲー美味しかったよ!ありがとな!」

 ナツオに気づいた八峰と雪村が、ナツオのそばに寄ってきて口々にお礼の言葉を口にした。

「どういたしまして!喜んでもらえて私も嬉しいよ!来年もまた作るね!」

 そんなやりとりを、ハルキは自分の席に座りながら聞いていた。なんだか気持ちが沈んできたので、しゅんとして下を向いていると、ナツオがハルキのもとに寄ってきて話しかけてきた。

「どーしたのハルキ下向いて?具合でも悪い?」
「あ、いや・・・別になんでもねーよ。俺はフツーに元気だよ・・・。」

「え?そう・・・?ならいいんだけど、あ、これ今日バレンタインデーだから、チョコレート作ってきたの。これはハルキのお父さんの分。家に帰ったら渡してもらえる?」

 そう言って先ほど皆に渡したものと同じラッピングチョコをハルキに手渡す。
「え・・・・父さんの分・・・・って」

 ハルキはナツオの言葉に衝撃を受けた。

(ホントに俺の分だけねーのかよ・・・・。俺何かナツオを怒らすようなこと・・・・・してんな。しすぎてて何に怒ってるのかもはやわかんねーレベルで色々やらかしてるよ俺。でもそれにナツオが怒ってる様子今までなかったんだけどなー・・・)
 自業自得と分かっていても、かなり泣きたい気持ちになった。

「ところで、ハルキ、このあと何か用事ある?」
「え・・・いや、なんもねーよ。まっすぐ家帰るだけだよ・・・・。」
「なら良かった!ハルキ、手術したばっかだから、まだ胃の調子万全じゃないでしょ?だから皆にはチョコレートあげたんだけど、ハルキにだけはチョコやめてゼリー作ったんだ。チョコレートって、胃にあまり良くないんだってさ。知ってた?それでゼリーは学校に持ってこれなかったから、今家の冷蔵庫にあるの。ハルキが良かったら今日家に帰った後、ハルキんちに届けにいきたいんだけど大丈夫?」
「・・・・・・・」

 ナツオの言葉にハルキは、思わず感涙しそうになるのをなんとかこらえた。

「どーしたのハルキ?」
「・・・・・良かった・・・・俺の分だけなんもねーのかと思った・・・・・」

 ハルキは思わず両手で自分の顔を覆いながら、言葉を絞りだした。

「・・・・は?皆にあげてるのにハルキにだけ何もあげないなんてイジワル、私がするわけないでしょ!!!え、嘘、泣いてるの!?嘘でしょ!?なんでそう思ったのか私全く心当たりないんだけど・・・!?ていうか一人だけゼリーなのがショックなの!?チョコのが良かったってこと!?」

 ナツオは、狼狽えながらハルキを見た。ハルキの方も情けない顔でナツオの顔を見る。二人の目が合ったタイミングでハルキがしゃべりだす。

「いや、そんなわけねー、ゼリー好きだよ。チョコレートが胃に悪ィーの知らなかった。気を使ってくれてありがとな。ていうかお前に俺んちまで来させるの悪ぃから、俺がお前んちに取りに行くよ・・・・って言っても俺、今のお前んちがどこか知らねーけど・・・。」
「いや、別に全然悪くはないけど、うちの場所くらいはハルキに教えといたほうがいいよね。案内がてら、今からそのまま一緒にうちまで来る?」
「え、いいのか?」
「うん、むしろ私はそれが一番楽だけど。でも今の家、昔の家よりハルキんちからかなり遠いよ?」
「それは全然構わねーよ。というか遠いならなおさら俺が行くよ。」
「そっか、ありがと!じゃ、いこっか!」
「ああ!」

 そういってお互いに一瞬みつめあって、微笑むと連れだって教室を出て行った。


「あの二人なんであすこまで仲良くて付き合ってねーんだ?」
 二人のやり取りすべてを傍観していた八峰が、不可思議そうに首を傾げた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「それでね、彼女いる人にはチョコあげようか迷ったんだけど、武田だけは葉瀬っちの分も作って渡して、あとの影太とか南君は彼女と面識ないから彼女の分は作らなかったんだー。二人とも彼女はうちの学校じゃないしね。どこまであげたらいいか線引き難しいよね。」

 帰り道でナツオは、何気なく今日あげたチョコレートの話をハルキにしていた。
(影太は従兄弟で、まあ身内だからあんま関係ねーとして、南も彼女いるのか・・・・)

 ナツオにとっては、何も意識していないただの雑談だったが、ハルキは南に彼女がいることを知り、無意識にほっとした表情をしていた。ナツオはそんなハルキの様子に少しも気づいていなかった。



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