第8話-6





「うわー!!ハルキの作ったオムライス、玉子ふわふわ!!!おいしそう!!ハルキ料理上手すぎだよ!すごーい!レストランのオムライスみたい!」

 ハルキの作ったオムライスを見たナツオは、無邪気に喜びながらハルキに笑いかける。

「え、そうかな?そんな褒められると思わなかった!俺別にそこまで料理上手くねーよ。玉子ふわふわにすんのもたいして難しくねー、簡単だよ。食い終わったら作り方教えてやろうか?」
「え?!ホント!ありがとう!もし私が作れるようになって、家でウッシーに作ってあげたら絶対スゲー!!って感動されるよ!」

 キッチンのテーブルで、三人そろって食事をすませると、ハルキは約束通りナツオにふわふわオムライスの作り方を教えてくれた。

「じゃ、俺洗い物してくるからちょっとだけまた待ってて」

 ハルキはそう言って、皆の食べた皿を片づけ始めた。その後二人そろってハルキの部屋へ向かう。ハルキは部屋に小さいローテーブルと座布団を二人分用意し、テーブルをはさんで、ナツオと向かい合わせに座った。ハルキの部屋は、昔と変わらず勉強机やベットや本棚がある一般的な間取りの、広くも狭くもない洋室だった。ハルキは特別几帳面というわけではないが、割と綺麗好きな性格なのか、昔から部屋の中はいつも整頓されていて、清潔感があった。それは数年たった今も変らないようで、部屋の中の印象はほぼ昔のままだった。

「ハルキんち、あんまり昔と変わってないね。でも、ところどころ模様替えもしてるんだね。そこにある勉強机の位置も変わってるし、リビングのテレビの位置も、棚の横に移動してた。」
「お前、よく覚えてんな!言われてみるとスゲー前に、模様替えしてたのお前に言われて今思い出したよ。机の位置変えたのなんて、小6の頃くらいだよ。テレビが横にあると気が散るから、見えない位置に変えたんだ。見えると、テスト前とかでもゲームしたくなっちまうからさ。」
「アハハ、そんな理由だったんだ!でもハルキ、さっきおじさんからきいたけど中学の時も、高校入ってからもいつも成績良かったんでしょ?その時働きながらだったのに、いつ勉強してたの??」

「ただでさえ素行良くねーのに、成績落としたら父さんを学校に呼ばれちまうってプレッシャーが凄かったから、隙間時間とかにも、わりと必死に勉強してたよ。寝る前とか、移動するバスの中とか電車の中とか、あとは授業中に授業聞かないで自習してることが一番多かったかな。」
「え?授業聞かないで、自習してたの?」
「あー俺、授業聞かなくても教科書読んだら、だいたいの事理解できるから、授業聞いてる時間が結構無駄なんだよな。だから自分のペースで、勝手に勉強してた。うちの高校、授業ノート提出しなかったり、小テスト休んでも、定期テストで点さえ取れれば、成績それほど落ちねーから。」
「ハルキって、頭めちゃくちゃ良かったんだね・・・知らなかった!私、勉強はホントに普通レベルだよ。どの教科も中の中って感じ。数学だけは、中の上くらいだけどね。」
「いやお前、体育は?運動神経むちゃくちゃ良かったじゃねーか。」
「え、ハルキほどじゃないと思うけど・・・。体育は確かに得意な方だけど、入試にもセンター試験にも関係ないからなあ・・・。」
「五教科が、得意になりてーの?」
「う・・・まあ今より少しくらいは、成績上げたいかなー・・・って思うよ。」
「じゃあ次の期末テスト、ナツオの順位上げられるように、俺がサポートしてやるよ!任せろ!」
「えええ!私そんなつもりで言ったんじゃないよ!!!そんな迷惑かけらんないよ!」
「なんで迷惑なんだよ。ナツオお前・・・、俺は、お前がいなかったら多分今頃生きてねーんだぞ!?そのくらい恩返しさせてくれよ!!」
「え、そこまで恩義を感じてるの!?私、そこまでハルキの力になれてなかったと思うけど・・・・」
「なれてるから、俺今でも生きられてんじゃねーか。」
「そ・・・そうか。それなら良かった。私もハルキの笑顔がまたみれるようになってすごく嬉しいよ!ハルキの笑顔すごく眩しくて好きだから!だから、また・・・・・・・・・・・。」
 そこまで言いかけて、ナツオは言葉に詰まってしまった。耐え切れず下を向いたが、涙がこぼれだしてしまう。

「ナ・・・・ナツオ!?ど・・・・どうした!?」
「ゴメン・・・・前のこと思い出しちゃって・・・・ハルキに嫌われてた時の事・・・・・前・・・お・・・・屋上で・・・ハルキの寝てるとこ見ちゃったことあるでしょ。あの時、寝てるハルキの顔を見て子供の頃の面影あるなーって思って、ハルキがまた私に笑いかけてくれたらなあって思わず・・・・・夢見ちゃったんだけど、その時すっごいハルキに嫌われてたから、仲直りなんてもう絶望的で・・・・・・・・もう二度とハルキに笑いかけてもらうことなんて、できないって・・・・思って、すごい辛い気持ちになったの・・・思い出しちゃった・・・・・ハルキの家に招かれて一緒に勉強して・・・ハルキが凄い私に優しくなって、笑いかけてくれるなんて今がホント嘘みたいだよ・・・・・・・・・。」

 そう言ってナツオは下を向いたまま、無言でしくしくと泣き始めてしまった。

「ナ・・・・ナツオ、ホントに悪かったよ・・・・・・・・。マジでお前には、どう謝っていいかすら分からねー・・・・。そんな辛い思いしてまで、俺のこと見捨てないでくれて・・・・本当にありがとう・・・・。」

 ハルキは、自分まで泣きそうになる気持ちをおさえながら、ナツオに礼を述べた。ナツオは一瞬ハルキの方を見たが、余計に涙がこぼれる結果になってしまったため、また黙って下を向いてしまった。

 困り果てたハルキは、テーブルをまわりこんでナツオの横に座ると、そのまま手を伸ばしてナツオを思い切り抱きしめた。

「頼むナツオ・・・・泣かないでくれ・・・・お前を泣かせてしまうと、俺は本当に死にたい気持ちになる・・・・。」

「違う・・・・ゴメン・・・・違うの・・・・私の心が弱すぎるからいけない・・・・ハルキは責任感じないで・・・・・私が・・・・・私がもっと強かったら・・・!こんな弱い女じゃなくて、ちゃんとした強い男の子だったら、男の子のふりなんて最初からしなくてすんだし、ハルキのこと失望させたり、裏切ったと思われたり悲しませたり困らせたりしなかった・・・・。登校中に倒れて、迷惑かけることもなかった・・・・!ゴメンね・・・・・・・・!ハルキ・・・・わーーーーー・・・・・」

 ナツオは、とうとう声をあげて泣き出した。ナツオが泣いているところは何回か見たことがあったが、ここまで大泣きしている姿を見たのは初めてだった。ナツオの弱り切った泣き声が、ハルキの胸を痛いほど締め付けた。

「なんでお前が謝るんだよ・・・!!お前が男ならよかった、なんて俺今一ミリも思ってねーよ!!!それにお前の心、全然弱くねーだろ!!!」
「こんなことで泣いて・・・・弱くないわけない・・・・・」

「お前は自分で気づいてねーみたいだけど、胸の中に周りの人間がびっくりするほど、スゲーデカい勇気と優しさのパワーを持ってるよ。そのパワーを、子供の頃からいつも自分の周りにいる友達を助けるために使ってんのを、何度も見てたから、俺は知ってる。けど、お前のパワーがデカすぎて、今までそれを限界まで使い切ったことがなかっただけで、いくらデカいパワーでも無限じゃねー。お前は何カ月もの間、そのパワーを俺一人を助けるためだけに全て費やして、今一時的にエネルギー切れを起こしてるだけだよ。

俺は自分の命さえかけて、胸の中に、鉄壁の誓いを立てていた。「父さんには絶対迷惑をかけない」っていう今考えれば、破滅に向かう呪いの誓いだよ!俺が言うのもなんだけど、普通の人間に俺の立てた鉄壁の誓いは、絶対破れない自信がある。俺の破滅の意思を超える程、強い覚悟をもって、わざわざ俺なんかを助けようなんて思う奴、まずいないからだ!お前くらいだよ!お前は胸の中のパワーを限界まで全て使い切って、俺の鉄壁の誓いを打ち破った。さっきお前の見た目と中身にギャップがあるって話しただろ。それは外から見ただけじゃ、お前の胸の中にある強いパワーに誰も気づかないからだよ。

俺はお前と再会した時、お前の姿があまりにも変わっていたから、性格も全て変わってしまったと思って悲しくなった。もう二度とお前には会えないんだって思って、スゲー泣いたんだ・・・。

でもお前が秋月を人質にとられたと思って、武田相手に向かっていった時、俺はお前の中にまだそのパワーが変わらずあるって確信して、すごく嬉しかった。俺の会いたかったナツオにまた会えたって思ったんだ。俺は、お前に困らされたり迷惑をかけられてるなんて少しも思わねー!お前は俺の親友だろ!俺はお前がいつだって大好きだよ!!もう二度と嫌いになんてならねーから元気をだしてくれ!!!」

 ハルキはナツオを抱きしめながら、自分も泣いてしまっていた。勝手に流れ落ちてきてしまったのだ。ハルキの涙を見たナツオは、冷静さを取り戻して徐々に泣き止んでいった。

「・・・・ハルキ・・・・私のことそんな風に思ってたの・・・・?知らなかった・・・・。勘違いで武田に殴りかかった上に、避けられて窓ガラス割ったの・・・・最高に恥ずかしい思い出なんだけど・・・・ハルキの中でそんなに好印象になってたのが、意外過ぎるよ。でも嬉しい・・・・・・。私のことそんな風に言ってくれるの、世界中で多分・・・ハルキだけだよ・・・!ありがとう・・・!!」

 ナツオはそう言いながら、自分を抱きしめているハルキに、両手をまわしハルキの大きな背中を抱きしめた。ハルキの逞しい両腕で包み込むように抱きしめられていると、とても心が安らいだ。ナツオは不安定だった心が、安心感で満たされるのを感じて、とても心地良く幸せな気持ちになった。

「ハルキ・・・・体かたすぎるよ・・・・・・。詩乃ちゃんや理緒と全然違う・・・・詩乃ちゃんたちは・・・もっとずっと柔らかかった・・・。」
「ナツオ・・・・・俺一応これでも男だから、女とは違うの当たり前だろ・・・・なんで秋月と俺を比べるんだよ・・・。」

 ハルキは困惑しながら、ナツオを見た。

「ご・・・・ごめん・・・・私と抱き合った事ある人なんて、詩乃ちゃんと理緒くらいだから・・・他に比べる人いなくて・・・・」
「お前・・・・どんだけ男を知らねーんだ・・・・男は皆こんなもんだよ。」

「そうなんだ・・・・ってゴメン、私の方が先に泣き止んじゃったね・・・。」

 そう言ってナツオは、着ていたパーカーのポケットから、ハンカチを取り出すとハルキの涙で濡れた顔を優しく拭った。

「ハルキ、昔女子の前で泣いたら、死ぬって言ってた・・・・。」
「お前にはもう何を見られても、恥ずかしくねーよ・・・。いや恥ずかしいけど死ぬほどじゃねー・・・。子供の頃から、お前には俺が泣いてるとこ何度も見られちまってるだろ・・・。」
「私が泣いてるとこも、ハルキに何度も見られてるから、お互い様だよ。私だって女だけど泣き顔みられるの、結構恥ずかしいよ。」

 お互いに落ち着いてきたので、ハルキはゆっくりナツオから離れると、テーブルを回ってナツオと向かい合わせになる元の位置に戻った。

「じゃ、勉強始めるか。」
「うん・・・!!」

 そう言って、それから休憩をはさみながら三時間ほど二人で勉強をした。

「ハルキ、教えるの上手だね!すごい分かりやすかったよ!授業で分かんなかったとこもハルキの説明で分かった、凄いね!」
「ナツオ・・・お前ホントに勉強出来るレベル、中の中なの?違くねーか?普通に理解力あるし、頭良い方だと思うんだけど・・・。」
「そうなの?でもテストでは平均点、っていうかホントに中の中くらいしか、いつも点取れてないよ。小学校の頃は、どっちかっていうと勉強できる方だったんだけどなー。」
「じゃあ勉強の仕方変えたら、成績もっと伸びるかもな!」

 そんな話をしていると、気づいた時には時刻が17時45分を過ぎたあたりになっていた。

「あ、ハルキ、ちょっと長居しすぎちゃったみたいでごめんね!私そろそろ帰るよ!」
「あー、もうこんな時間か、家まで車で送るから、ちょっと待っててくれ。父さんに言ってくる。」
「え、いいよ!大丈夫だよ!」
「遠慮すんなって!大丈夫だよ!」

 ナツオは断ったが、ハルキに押し切られてしまった。ハルキのマイペースな押しの強さも昔と変わっていないなーとナツオは思った。

(初めて会った時も、ハルキの押しの強さで押し切られて、ほとんど強制的に、野球することになったんだっけ。)

 ナツオは、そんな事をふと思い出し懐かしさで、思わず顔が綻んだ。



「ナツオー!父さん、今ちょっと仕事の電話かかってきちゃってるみてーだから、あとちょっとだけ待ってもらえるか?多分、すぐ終わると思うから。」

 一輝の様子を見に行ったハルキが、戻ってきてナツオにそう告げた。

「あ、うん。分かった。」

「ところでお前さ、まだあの悪夢ってけっこう見てるのか?」
「あ!ううん。最近はもうあんまり・・・!」

 本当は今日も見ていたのだが、ハルキに心配をかけたくなくて、ナツオは思わず嘘をついてしまった。

「体調は?まだ貧血とかで、倒れそうになることあるのか?」
「あ、それは最近は減ってきてる。もうほとんどないよ。なんで?」
「あー、お前の体調が良くなったなら、そろそろ一人で登校できるかな・・・って思ったから。まだ治ってねーなら、明日からも迎えに行くけど。」

 ナツオは、ハルキのその言葉に衝撃を受けた。

(あ・・・・!そっか・・・・・・・あれから、もう一か月くらい経つから、毎日一緒に登校できるのが、当たり前みたいに思っちゃってた・・・!考えてみたらものすごい回り道させて毎日登校させちゃってるし、ハルキにはやっぱり負担だったよね・・・・・。考えてみたら当たり前だよ・・・・・。じゃなきゃこんなこと、聞いてこないもんね・・・・。)

「ハルキ・・・・その・・・今までありがとう・・・・私もう全然一人で平気だよ。」

 なんとか、無理に笑顔を作ってハルキにそう伝えた。

「そっか!なら良かった。でも、また具合悪くなったら俺に連絡くれよ。そしたらその日は迎えに行くからさ。」

 ナツオのそんな心中に気づかないハルキは、朗らかに笑いながらそう答えた。

「うん・・・・。」

(なんで、ここまで寂しいんだろ・・・・。ハルキに会えないのが、前よりもっと・・・今までにないくらい、どんどん辛く感じるようになってきてる・・・・。)

 ナツオは、それが不安だった。ハルキがいないとダメになりそうな・・・・何もできなくなってしまうような不安。ハルキに、もっと毎日ずっと会っていたいと思う気持ち。こんな気持ちは、ハルキと仲が良かった小学生の頃にも、全然なかった。

 ナツオは、先ほどハルキから抱きしめられた時に感じた、不安をすべて吹き飛ばすような強い安心感を、無意識に求めてしまっていた。しかし、精神が弱っている今は、その安心感が、ハルキから離れるとより強い不安に変わってしまうということに、ナツオ自身は気づいていなかった。ナツオは、「なぜか、どんどん気持ちが弱っていってるから、なるべくずっと一緒にいてほしい」なんて、そんな事、とてもハルキに言えるわけがないと思った。

「ハルキ、さっき電話してる時部屋に来たけど、父さんに何か用か?」

 電話を終えた一輝が、ハルキの部屋をノックしてドア越しに話しかけてきた。

「あ、父さん、ナツオがそろそろ帰るみたいだから、父さんが大丈夫なら車出してくれねーか?」

「ああ!そうか!そうだな、思いつかなくて悪かった!今から支度するから、5分くらい待っててくれ。」

 そう言うと、部屋の前からそそくさと離れて行った。




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