第9話-3



 翌日

「おっはよー!ユッキー!今日早ェ―な!」

 登校中の八峰が、自分の教室の入り口付近で、雪村の後姿を見つけたので、駆け寄って後ろから軽く背中を叩いた。

「え?」

 叩かれた人物、相沢輪太郎は戸惑った顔で、八峰の方に振り返った。今日はたまたま早めに登校していたので、樹莉に会う為に10組に向かう途中だったのだ。

「うおっ!?ユッキーじゃねー!!?ワリ!!人違いだ!」

 八峰は、かなりびっくりしながら輪太郎を見た。後ろから見た時の背格好が、雪村にそっくりだったので、間違えてしまったのだ。正面から見た姿は顔立ちも全く違うし、いつも真面目な身だしなみの雪村とは、似ても似つかないチャラ男だったので、すぐに自分が人違いしたのだと気づいて、慌てて謝罪の言葉を口にする。

「ユッキーって、雪村雪都か?俺、後姿が似てるって、たまに言われんだよなー!俺がユッキークラスのイケメンだからかなぁ。ハハハ!」

 輪太郎は、八峰と初対面だったが、いつものおちゃらけた口調で、ヘラヘラと笑い出した。

「いや、後姿が似てるだけで、別にユッキークラスのイケメンではねぇよ。」

 八峰の方も、思った事が全て口に出る人間なので、初対面にもかかわらず、輪太郎の言葉を容赦なく否定する。

「はー、初対面なのにきっついなーお前!えーと、たしか去年6組だった八村・・・だっけ?」

 話すのは初めてだが、八峰の存在だけは一応知っていた輪太郎が、八峰に問いかけた。知っているといっても、かなりいい加減な記憶だったので名前を間違えているが。

「八村じゃねー、八峰だよ。八峰学だ。なんでお前、俺の事知ってんだ?俺はお前の事なんて全く知らねーけど?」

「あー、だってお前、まあまあ、ゆーめーだから!観賞用って呼ばれててな!」

「は?観賞用??」

 八峰は、意味が分からないという顔で、首をかしげながら輪太郎に聞き返す。

「顔は良いけど口が悪すぎて、お前とは話す気になれねーから、遠巻きに見てるだけで十分って意味だよ。女子からそう言われてんの、自分で知らなかったの?」

 そう言って、輪太郎は意外そうな顔で八峰を見た。

「は・・・・?」

 輪太郎の無神経な言葉に、八峰は思わずイラっとした。

「お前ら出入口ふさぐなよ、通れねーだろ。」

 登校してきた武田が、八峰に向かって話しかけてきた。ちょうど教室の入口を塞ぐ形で、二人が会話していたので、武田が咎めたのだ。

「あ、アッちゃん、おはようー!」
「おーハチ。・・・・・って雪村じゃねーのかよ・・・!」

 武田からも、輪太郎の後姿しか見えていなかったため、同じように雪村だと勘違いしたようだった。輪太郎の前まで移動して、彼を正面から見た武田が、それに気づいて少し驚いた表情になった。

「あ、お前は確か、武田だったか?」

 輪太郎が武田に尋ねる。武田は背が高くて目立つので、輪太郎は彼の事も一方的に、一応知っていた。

「そうだけど、お前誰だ?うちのクラスの奴じゃねーな?」

「俺は、5組の相沢輪太郎君だ!こう見えてバスケ部のエースだぜ。武田ちゃん!」

「きいてねーよ・・・。」

 輪太郎のマイペースで、チャラチャラした言動に、武田は若干ウザさを感じた。

 頭の悪い学校には、たくさんいるのだろうが、進学校で比較的真面目な生徒が多いこの学校では、輪太郎のような人種の人間は、あまり見かけないタイプだった。

「そういえばお前、去年教室で神原春輝だっけ?男に抱きついたんだろ?なんで抱きついたの?男が好きなの?」
「なっ・・・・!!!??」

 武田は、輪太郎の無神経な言葉にイラついて、思わず言葉を失った。


「アッちゃん・・・俺コイツ、イラつくんだけど。」
「気が合うなハチ、俺も今、オメーと全く同じ事思ってたとこだぜ。」


 輪太郎は、とりあえず二人から嫌われたのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 一週間後


「なー、捺、頼むよー、数学の宿題やってくるの忘れちゃったんだよ、写させてくれよー。」

「アンタそれ、一体何度目だよ。もう完全に写させてもらうの前提で、忘れてきてるじゃねーか。宿題もノート写すのも、この前で最後だからなって、私言ったよね!?」

 黒髪に長めのスポーツ刈りをした長身の少年、関口陵磨は、朝、教室で捺生と顔を合わせるなり、彼女の前にまわりこんで、いきなり彼女の顔を拝みだした。

 それは捺生にとっては毎度のことで、その度に「これが最後だから」と陵磨から頼み込まれて、ついだらだらと甘やかしてしまっていた。1年の時、ずっとそんな状態だったので、陵磨のさぼり癖がどんどん酷くなってしまい、このままでは良くないと感じた捺生は、学年が上がった今回を機に、心を鬼にして陵磨の訴えを却下したのだ。

「クソー、ケチンボめ!いいよ、お前なんか字汚ねーし、もう頼らねーよ!今年はユッキーと同じクラスになったんだ、ユッキーに頼むからいいよー!」

「それが、今までさんざんお世話になった、私に対する態度かよ。」

 字が汚いと言われたことにイラついた捺生が、すかさず陵磨に言い返したが、陵磨は、そんな捺生を見限るようにして、雪都のいる方へと走り出す。

 陵磨と雪都は中学で別れたが、小学校が一緒の幼馴染だった。八峰も同じ小学校だったので、雪都ほどは仲良くないが、一応陵磨の幼馴染といえる関係だった。


「はーーー。陵ちゃん。去年のことはあまり知らないけど、アナタ小学校の頃から、何も成長していないじゃない。何のための宿題なの。自分の宿題なんだから、自分でやらなきゃ身につかないでしょ。お母さんは知りません。」

 陵磨に泣きつかれた雪村は、大きなため息をつくと、呆れた様子でお母さんモードになり、彼に説教を始める。

「そんなー!!ユッキー頼むよぉー!!」

「ぷっ、断られてやんのダッセー。」

「うるせー!バーカ!」

 様子を見についてきた捺生が、いい気味と言わんばかりに、陵磨を笑った。

 捺生は以前にも陵磨の口から「ユッキー」という名前を聞いていたので、それが彼の幼馴染の名前だとは知っていたが、この時初めてそれが、樹莉が話していたあの「雪村雪都」だと気が付いた。しかし、見かけも中身も武骨でガサツな陵磨と、勉強も運動もソツなくできる王子様タイプの雪村とでは、全く気が合いそうに見えなかったので、そんな二人が仲良さげに話していることを意外に感じた。


(でも、私と樹莉も全然タイプ違うし、案外そんなもんなのかな。ていうか、なんかお母さんみたいな話し方してるし、思ったより気さくな奴なのかも。ま、陵磨の友達だしな。)


 捺生は、陵磨と話す雪村を見て、そんな事を思った。見かけだけなら少し近寄り難さを感じる美形なのだが、陵磨の友達だと思うとそれ程かしこまらずに、普通に話せそうな相手だと感じた。


「セッキ―、定期テストで点取れば、宿題なんか、ある程度テキトーでも大丈夫だぜ?」


 陵磨の必死な様子を雪村の横で見ていた八峰が、そう言ってアドバイスをした。実際、八峰自身が宿題もノート提出も割といい加減だったが、定期テストで点を取ってカバーしていたのだ。八峰は勉強があまり好きではなかったが、それ程熱心に勉強しなくても、テストである程度点が取れる位、頭が良かった。八峰が本気で勉強すれば、今よりもっと良い成績を取ることも可能なのだが、彼にはそんな気がさらさらなかったので、成績はいつも上の下くらいのレベルに留まっていた。

 一方雪村は、元々頭が良い事に加えて勉強もしっかりする方だったので、成績は八峰より良く、学年の中でもかなり上位だった。ハルキも去年までは八峰方式で、なんとか成績を維持していたが、彼の場合は理由が八峰と違い家庭の事情だったので、それが解消した今は雪村と同じく、真面目に勉強に取り組んでいる。このままいけば去年より成績が上がるのは確実だった。


「馬鹿者!そんな器用な事ができんなら、今こんな必死になってねーわ!お前みたいに頭の良い奴と俺を一緒にするんじゃねー!」

「お前、そんなんでよくうちの学校に入れたな。」

 必死になって言い返してきた陵磨に、八峰は怪訝そうな顔を向けた。ナツオたちの通う高校は、かなり偏差値が高い。勉強は中の中と言っていたナツオも、この学校の編入試験を通っているので、世間的に見れば、実はそれなりに頭は良い方なのだ。

「この学校以外に、家から徒歩で通える位近いとこがなかったんだ!だから中学ん時はマジで死ぬ気で勉強したんだよ。俺は朝は1分1秒でも長く寝ててーんだ!!」

「いや、根性でなんとかなんなら、今もテスト前にそれやればいいじゃねーか。」

 八峰が呆れながら陵磨に言う。

「あんな事もう二度とごめんだぜ!どんだけ大変だったと思ってんだ!入試の点だってギリッギリもいいとこだよ!1点でも落としてたら、ここ受かってなかったわ!!ハッチー!オメーは、どうせ宿題ちゃんとやってねーから用はねー!頼むよユッキー!ユッキーが無理なら、隣の・・・ユッキーの友達のお前!頼むよー!」


「え、俺・・?」

 先程から、雪都の隣で黙って話を聞いていたハルキは、突然陵磨から自分が指名された事に驚く。彼とは全く面識がない。初対面だ。

「陵磨、アンタどんだけ、ずうずうしいんだよ。名前も知らない相手に、いきなりそんな事よく頼めるな・・・・。」

「外野は黙ってろ!!えーと、お前、名前は!?」

 冷静に窘めた捺生を意に介さず、陵磨はハルキに詰め寄った。完全にハルキが次のターゲットになっている。

「神原春輝だ。お前は?」
「そうか、ハルキ!俺は関口陵磨だ!ユッキーの幼馴染だよ。小学生の頃からのな!」
「宿題見せんのくらい、別に構わねーけど俺雪都と違って、あんまり字上手くねーぞ。」
「そんなの読めれば、なんだっていいよ!捺の字なんて、たまに読めねー程汚ねー!汚ねー字なんて慣れっこだよ!」


「テメー、いつもいつも人に世話になっておいて、よくそういう失礼なセリフが言えるな!」


 陵磨のあまりの言い草に、横で聞いていた捺生が静かにキレる。

「セッキー、お前サイテーな。」

 捺生の様子を見た八峰が、陵磨に軽蔑の視線を向けた。

「あ、ありがとう。」
「いや、別に思ったこと言っただけだよ。オメーも大変だな。」

 捺生は思わず八峰に礼を言った。八峰とは全く面識がなかったが、先日樹莉が言っていた観賞用の彼だということに、話している最中に気がづいた。

(口が悪いってきいてたから、どんなに性格ワリ―のかと思ったけど、別に普通の人だな。)

 捺生は、八峰に対して特に悪い印象を持たなかった。

「ハルキ、あんまりそいつ甘やかすなよ。」
「そうそう、まじでそいつ、アンタの事利用することしか考えてねーよ、多分。」

 雪村と捺生が口々に、ハルキに釘をさす。


「いや・・・・、まあ今回だけな。」


 空気を読んだハルキが、やれやれ、という感じで口を開いた。



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