第9話-4



「ハルキ!」


 時間は少し戻って新学期3日目の事、昼休み、教室でちょうど昼食を食べ終わったハルキのところに、他クラスの男子生徒が尋ねてきた。

「あ、お前・・・友坂か?」

 ハルキは、少し驚いた顔で相手を見つめた。そこには小学生の卒業式以来会っていなかった友人の姿があったからだ。

「久しぶりだなハルキ!!お前、雰囲気全然変ってねーな!!元気にしてたか!?」

「あ、ええっと・・・まあな!お前も、あんまり雰囲気変ってねーな。」

 友坂は元気よく笑うと、ハルキの肩を豪快にぽんぽんと叩いた。友坂将一(ともさかしょういち)というこの男子は、ハルキが小学生の頃クラスメートだった。当時は黒髪に坊主刈りで、
背はやや低めだったが、数年たった今では、だいぶ背が伸びて180センチ程の身長になっていた。186センチあるハルキと比べると、やや低めだが肩幅が広く筋肉が目立つガッシリした体格のため、スラリとした体型のハルキよりも、見た目には迫力があった。



 友坂は、相変わらず頭は坊主刈りで眉毛が太く鷲鼻の、厚い唇をした男くさい雰囲気が漂う濃い顔立ちだった。見た目も中身もどうやら子供の頃のまま、真面目でややむさ苦しい程の熱血漢だ。


 特別親しかったわけではないが、それなりに良い友達だと思っていたのでハルキの方も、笑顔で久しぶりの再会を喜んだ。ただ、「変らない」と言われると、色々あった末、最近やっと元の雰囲気に戻れたハルキは、少し耳が痛かった。

「お前は、今年からこっちの学校なのか?」

 ハルキが友坂に尋ねる。去年は、ハルキの学校に友坂はいなかったはずだと思ったが、何しろハルキはあまり学校に来ていなかったし、それどころでもなかったので、学年の生徒をほとんど把握できていなかった。

「ああ!今年からこっちだ。俺は2組になったぜ!お前とはちょっとクラス離れてるな!でもクラス表でお前の名前を見つけたから、会いにきたんだ!」

「そうか、わざわざありがとうな!俺はクラス表をそこまでしっかり見てなかったから、お前が一緒の学校だったって事に気づいてなかったよ。」

「ところでハルキお前、今彼女とかいんの!?」

「え、なんだよいきなり?」

 小学校の頃は恋愛事になど、一ミリも興味がなさそうだった友坂が、いきなりそう尋ねてきたのでハルキは意外そうな顔で彼を見た。

「いやー実はさ!俺一個下に妹がいて、由紀乃(ゆきの)って名前なんだけど、今年うちの学校に、新一年生で入学してきてるんだよ!兄の俺が言うのもなんだけど、スゲー気立てが良くて、慎ましくて優しい良い娘なんだ!どこに嫁に出しても恥ずかしくないっていうかさあ!でさ、どうもお前の事、小学生の時から気になってたみたいで、俺、昨日相談されてさあ!」

「は・・・え?小学生の頃から?俺、お前に妹がいたことすら、知らなかったんだけど・・・・」

 友坂からいきなりそう捲し立てられたハルキは、困惑気味に答えた。同時に、そこまで親しくなかったハルキのところに、わざわざ出向いてきたのは、そういうわけだったのかと妙に納得した。

「お前は明るくて真面目で、しっかりしてて友達思いの良い奴だし、兄の俺としてもお前になら、妹を任せられるなって思ったわけ!今度連れてくるから、一回会ってみてくれないか!?」

「いや、友坂、俺今誰とも付き合う気とかないから、そう言われてもちょっと困るよ。」

「まあそういうなって!!ていうか、お前今フリーなんだな!?じゃあいいだろ!!まじで可愛い自慢の妹なんだ!一度会ってみるだけでいいから!お前も絶対気に入るから!じゃ!またな!」

「ちょ、おい!友坂っ」

 友坂は言いたいことを言うだけ言うと、さっさと教室からいなくなってしまった。ハルキ以上に、押しが強くゴーイングマイウェイな性格の友坂に、ハルキは戸惑ってしまった。





 ちょうどその頃、昼食を食べ終わったナツオは、ハルキのクラスに顔を出そうと教室を出て、廊下を歩き始めていた。

 前方に雪村が歩いている後姿が見えたので、近寄って声をかける。

「あ、ユッキー!こんなところ歩いてるなんて珍しいね?」
「まーた、ユッキーか!今年入ってから何回目だよ。いきなり増えたなぁ。」

 声がした方に振り返りながら、輪太郎は思わず独り言を呟いた。またしても後姿で雪村と勘違いされたのだ。

「えっ!?あっ!ごめんなさい、人違い!!」
「え、あっれー?君、高橋夏緒ちゃんじゃん?!」

 ナツオは慌てて謝ったが、彼女の顔を見た輪太郎が、興味津々といった雰囲気で話しかけてきた。

「え、あ、うん、そうだけど・・・・貴方は誰・・・?」

 いきなり話しかけられたが、ナツオの方は輪太郎の事など全く知らなかったので、知らない相手が、自分の名前を知っている事に困惑した表情を見せる。

「俺は、5組の相沢輪太郎だ!君、イケメンのリサーチは完璧なのに、俺の事は知らないのかよー、残念!ナツオちゃん的に、俺は好みじゃなかった?それにしても近くで見ると、ホント可愛いなあ!まさに男の夢!!って感じの可憐な容姿なのに、性格に難ありって奴?中身があざとい系の悪女じゃなかったら、最高なんだけどなあ。」

「え!?あ、悪女・・・!?わ・・・私の事!?」

 輪太郎が半分独り言のように、ナツオを値踏みする様な発言をし出し、ナツオは動揺した声を出す。ナツオは、他人から「性格に難あり」だとか「悪女」だなんて、生まれて初めて言われた事がショックだった。それも見も知らない男子にいきなりだ。

「あれれ、知らないの?自分が周りから、めちゃくちゃ噂されてるって事。君、顔の良い男子ばっかり狙って、全員体で落としてるんでしょ?」

「は・・・?何のこと?誰の事!?」

 ナツオは驚愕した顔で答える。何の事だかさっぱり分からなかったからだ。

「またまたぁー!分かってるくせに!去年6組の雪村雪都、神原春輝、八峰だっけ?全員女子から人気ある事位、もちろん知ってるだろ?そいつら、最初は君に冷たかったのに、ある日を境に皆して急に、君にちやほや状態になっちゃったらしいじゃん。だから、君が体で落としたんじゃないかって言われてんだよ。男が急に優しくなる理由なんて、そんくらいしか考えられねーもんなあ。それに君、気に入らない事あると、すぐ怒って暴れて窓ガラス割るとか、校内にタバコ持ち込むとか、スゲー不良なんだってな?その上に男を手玉にとるのも上手いって言われて、女子からも男子からも恐れられてるよ?」

「え・・・・・」

 ナツオは、輪太郎の言葉に、頭を打ち付けられるような強い衝撃を受けた。校内にタバコをもちこんだり、窓ガラスを割ったりして悪評がたっていることは、以前武田から聞いてなんとなく知っていたが、悪女の噂までは耳に入っていなかったのだ。

 そういえば去年も今年も、同じクラスになった知らないクラスメート達から、なんとなく距離を取られていて「なかなか友達になる事が出来ないなあ」と思っていたが、それが理由だったのかと、ナツオは初めて気がついた。

「そのうえ、バレンタインデーには、今言った男達以外にも手ェ出してんでしょ?柳川南だっけ?そいつも女子から、結構人気あるんだろ?まじで校内のイケメン全員自分の物にする気なの?」

「は・・・・?そんなわけないでしょ!皆、フツーに友達だから、あげただけだよ!」

「あーーー、いるんだよねぇ。彼氏作っちゃうと、全員に良い顔できなくなっちゃうから、一人に絞らず全員にお友達ですって言って、逆ハーレム築きだず女!まじであざといよな・・・!」

「何それ・・・・」

「俺が言ってるんじゃないよ、皆がそう噂してるって話だよ。」

「・・・・・・・。」

 ナツオは、顔面を蒼白にして黙り込んだ。

(バレンタインデー・・・ただ皆に喜んでもらいたい、って思ってチョコを配っただけなのに、周りからそんな風に思われてたなんて、想像すらしてなかった・・・・。)


 顔がいいとか悪いとか全く考えていなかったし、皆を手玉に取ろうだなんて考えた事もなかった。今までの人生でナツオは周囲の人間から、あまり悪意を持った目で見られた事がなかった。小学校の頃から、持ち前の明るさと社交性で、どこへ行っても周りから好かれていたので、ここまで風当たりが強い状態になったのは、生まれて初めての事だった。

(私がバレンタインデーチョコをあげたことで、皆に嫌な思いさせちゃったかも・・・ハルキたちのことも体で落としたとか言われて、こんな事ハルキが知ったらどう思うんだろ・・・・・・。)

 ナツオは、思わず涙がこぼれそうになったのを、なんとか堪えて、無言のまま輪太郎の前から走り去った。






「あら、ナッちゃん、どーしたの、10組に行くんじゃなかったの?」

 今しがた教室を出て行ったばかりのナツオが、五分くらいで教室に帰って来たので、理緒が不思議そうにナツオに話しかけてきた。

「あ、り・・・理緒・・・わ・・・・わたし・・・・・・・」

「ちょ!!??ナッちゃん、どどどうしたのっ!!??」

 明らかに様子がおかしいと気づいた理緒が、ナツオのそばに駆け寄ったが、ナツオは我慢しきれずに、その場で泣き出した。それを見た理緒は慌てる。

「い・・・・いま・・・・廊下でっ・・・・」
 ナツオは、涙を流しながら、今起こった輪太郎との出来事を全て理緒に話した。







「そう・・・・・5組の相沢輪太郎・・・・ね。ナッちゃん、ちょっとここで待ってて。」

 理緒は限界まで高まった怒りを押し殺す様な、低い声でナツオにそう告げると、まだ泣いているナツオを残し教室を出て行った。






「相沢輪太郎って奴はどこよ!!!!!出てきなさいよ!!!!」



 理緒は、10組の教室の扉を開けるなり、中の全員に聞こえる程大きな声で、怒り狂って、輪太郎を呼び出した。先に輪太郎のクラスである5組に行ったところ「輪太郎なら自分の彼女に会うために、10組に行ったみたいだよ。」と彼のクラスメイトから言われたのでそのまま、10組に突撃したのだ。ちょうど友坂がハルキと会話を終えて、帰って行った後の事だった。

 教室の後ろの方にある樹莉の席で、樹莉と話していた輪太郎は理緒が、怒り狂った表情で自分を探していることに、思わずギクリとした。


「・・・・今度は一体何をやったのよアンタ・・・・・。」


 樹莉が呆れた顔で輪太郎に尋ねる。

「いやー・・・・さっき廊下で、例の高橋夏緒ちゃんに会ったから、噂のこと知ってるかなーって思って話しかけたら、途中で逃げられちゃったんだよねー。その事かなあ、やっぱ・・・」

「馬鹿なのアンタ!?本人に直接なんて言ったら、噂が本当だろうが嘘だろうが、ただの悪口でしょ!こーなるってわかんないの!?」


 輪太郎が、樹莉に助けを求めるように彼女の後ろに隠れながら、ヒソヒソ話し出したが、樹莉は輪太郎を庇うそぶりをみせず、彼を叱る。


「うわー・・・スッゲー怒ってんな・・・。」


 理緒からも輪太郎たちからも、離れた自分の席にいた捺生は、他人事ながら理緒の凄まじい剣幕に圧倒され、理緒の方に顔を向けたまま唖然としていた。

 武田も窓側にある自分の席から「あー、さすが高橋の従姉妹だな」と感心しつつも呆れ混じりの表情で理緒の方を見ている。武田以外も教室にいたほぼすべての人間が、突然やってきて怒鳴り散らしている理緒に注目していた。ただ、南や影太は教室の外で食事をしているようで、二人の姿はなかった。




「輪太郎ならここよ。煮るなり焼くなり好きにしてちょうだい。」




 大声で輪太郎を呼び出し続ける理緒に向かい樹莉が輪太郎の後ろから、猫の子供の首根っこを掴む様に、彼を捕まえて彼女にさしだした。


「ぎゃー!!樹莉!お前っ!!」
「観念しなさい。アンタが悪い。」


 慌てる輪太郎に、樹莉が容赦ない一言を浴びせる、と同時に二人に気づいた理緒が、凄まじい勢いで輪太郎の元へ、ドスドスと歩きながら近づいてきた。



「アンタが相沢!!!?アンタ!!!よくもうちのナッちゃんを泣かせてくれたわね!!!!!!!」



 理緒は、輪太郎の目の前まで来るなり、勢いよく彼の胸倉を掴んで怒号を浴びせた。普段からよく影太に怒鳴り散らしている理緒だが、今回の怒りの激しさはその比では無かった。普段の影太とのやりとりなど、軽いじゃれ合いにしか見えないレベルだ。

 理緒の身長は159センチ程度、一方の輪太郎は182センチ程はある。自分より遥かに背の高い輪太郎に、一切躊躇することなく食ってかかる理緒に、輪太郎は完全に気圧された。


(ひー!!氷室理緒ちゃんって、こんな子なのかよーー!!見た目可愛いのに、恐すぎだろ!!怒ったときの樹莉よりコエーよぉ!!)


「ナッちゃんが、顔のいい男子を誑し込んで手玉に取る悪女だとか言ってくれたそうじゃない!!!!そんなわけないでしょ!!!事実を知りもしないで適当なこと言って恥ずかしくないの、アンタ!!!神原君も雪村君達も最初は険悪な仲だったのに、ある日を境に急に仲良くなったから、ナッちゃんが皆を体で落としたとか・・・・何よそれ!!!!それはナッちゃんが、嫌がる神原君を病院行かそうとしてただけよ!!!神原君が病院行ったから、全部丸く収まって皆と仲直りしただけでしょ!!!ナッちゃんを悪女呼ばわりした上に、不良だから、皆に恐れられてるなんて、どんだけ悪口言ってくれんのよ!!バレンタインデーチョコをあげたのもナッちゃんが男に媚び売ってるみたいな言い方しやがって、バレンタインデーなら私もフツーにナッちゃんからもらってんのよ!!!!あの子が、男に媚びなんか売るわけないでしょーが!!!!!!!!!」

「わ・・・くくるし・・・」

 理緒は怒りのままに輪太郎の胸倉を掴み、そのまま彼の首あたりまで捻り上げながら、一気に捲し立てる。理緒が教室に入ってきた時から、ハルキ、雪村、八峰、武田、そして詩乃は唖然としながら、その光景をみていたが、ナツオがハルキや雪村を体で落としたと理緒が口にしたあたりから、ただでさえ、険しい表情で話を聞いていた雪村とハルキの表情が、激しい怒りに満ちたものへと変った。八峰も二人程ではないが、不快感を露わにした顔をしている。


「誰が、いつどこで、高橋さんに体で落とされたっていうんだ・・・!」


 雪村が本気の怒りの時に見せる、氷点下の声と表情で圧をかけながら、輪太郎に詰め寄った。

「お前、ナツオになんて事言ってくれてんだよ・・・・!!」

「おい、ユッキーのパチモン(偽物という意味)!お前マジで、誰に対しても失礼すぎんだよ!」

 雪村に続いて、静かにキレたハルキとイラついた調子の八峰が、輪太郎の周りを囲んだ。

 理緒、雪村、ハルキ、八峰に囲まれ、恐ろしいほどの怒りを全員からぶつけられた輪太郎は、完全に縮こまって震え出した。

「ちょ・・・・ちょっと待ってくれよぉ・・・俺が言ったんじゃねーよ。皆がそう噂してるって言っただけだよぉ〜」


「「「「だから、なんでそんな事、本人に言うんだよ・・・!!」」」」


 全員から怒りの雷が、一斉に輪太郎に落とされる。


「ナッちゃんに謝んなさい!」
「ナツオに謝れ。」
「高橋さんに謝れ。」
「ナッツンに謝れよ。」

 4人からまた一斉に、そう言われた輪太郎は「謝る!謝る!だから許してくれよぉ〜・・・!」と情けない声を上げた。そのままハルキと雪村に、両サイドから首根っこを掴まれ、引きずられるようにナツオの教室に向かい歩き出させられた。





「あー・・・高橋さん、さっきはごめーん・・・。」
「それで謝ってるつもりかよ・・!」
「ちゃんと謝れ!」


 ナツオの前まで引きずって行かれた輪太郎は、ナツオに向かって謝罪するが、ハルキと雪村から激しく叱りつけられる。ナツオは突然現れた輪太郎とハルキたちに驚く。まさか理緒が、輪太郎を連れて帰ってくるとは、思っていなかったのだ。


「高橋さん、さっきは無神経にアリモシナイ噂のことを聞いたりして、スミマセンデシタ。」

「あ・・・うん・・・。もういいよ。」


 ところどころ、片言のぎこちない謝罪だったが、すでに泣き止んでいたナツオは、戸惑いながらも輪太郎の謝罪を受け入れた。



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