第9話-5




「理緒、ありがとうね。」

 輪太郎を解放した後、彼が去ったのを見計らって、ナツオが理緒に申し訳なさそうに声をかけた。

「それにハルキ達も、私のせいで悪い噂されちゃってゴメン・・・・」
「なんで、お前のせいなんだよ、元はといえば、悪いのは全部俺だろうが・・・!」

 謝罪したナツオに向かってハルキが、バツが悪そうに返答する。

「そうだよ、高橋さん。むしろ俺らのせいで、アンタが悪く言われちゃってるんだから、謝るのはこっちだよ、本当にごめんな・・・!」

「ユッキーは、何でも自分が悪いと思っちゃうから・・・・私の方こそ、なおさらゴメンって感じだよー・・・。」

 雪村に謝られたナツオは、さらに申し訳なさそうに答える。

「いや、なんでも自分が悪いと思っちゃうのは、俺じゃなくてアンタだよ!」

「まあ、どっちもどっちだな。一番ワリーのはゲスの勘ぐりで、あることない事騒ぎ立ててるクソ野郎共だよ。」

 八峰が、やれやれといった調子で二人を見た。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 それから何日か後の昼休み。

 友坂が先日言っていた通り、例の妹を引き連れてハルキの教室にやって来た。

 友坂の妹の由紀乃は顔を赤くして、恥ずかしそうに俯いていたが、兄に導かれながら、ハルキの前まで歩み寄ってきた。背は153センチ程度であまり高くなく、肩まであるセミロングの髪をハーフアップにしている。まん丸な顔で目はクリっとしているが、大きな団子鼻でおせじにも、美人とは言えない顔立ちの地味な少女だった。由紀乃の両サイドには、彼女の友達らしき女子生徒が二人、ぴったりと寄り添っていた。

「ハルキ!約束通り妹を連れてきたぞ!妹の由紀乃だ!」

 そう言って友坂が由紀乃を紹介するが、彼女は一言も話さず、ただ顔を赤くしながらおじぎをしただけだった。

「いや、約束も何もお前が勝手に決めただけだろ・・・。」

 ハルキはやや困惑しながら、友坂を見る。


「ねえ!神原先輩!由紀乃って、本当に良い子なんですよー!」

「そうそう!由紀乃は料理も上手だし、気遣いもできるし、まさに大和撫子!ってタイプなんです!付き合ったら、絶対いい彼女になると思います!」


 一言も話さない由紀乃に代わり、両サイドにいた少女達が交互にしゃべり出す。二人とも、由紀乃より背が高く160センチ程度身長があり、一人はショートカットの活発そうな少女、もう一人は、モブヘアーの気が強そうな見た目の少女だった。二人とも気弱そうな由紀乃とは対照的に押しが強く、猛烈な勢いで彼女をアピールしてくる。


「いや、悪いけど俺今、誰とも付き合う気とか無いから。」


「えーー!もったいない!神原先輩、今フリーなんですよね!?だったら、絶対一度付き合ってみたら良いと思います!まずは、お試しでお友達からでも・・・ね!!」

「そうですよ!彼女いるならともかく、いないなら丁度いいじゃないですか!!」

 ハルキが断っても、全く引く様子が無く、友達二人はハルキに向かって、更に猛烈にアピールを続けた。その間も由紀乃本人は、ずっと俯きがちに、もじもじしているだけで、自分から何か発言をする気はないように見えた。

 これでは、一体誰から告白されているのか分からないな・・・。とハルキは思った。もし今ナツオの事を好きでなかったとしても、全てを人任せにしているこの由紀乃という少女には、ハルキは少しも惹かれる所がなかった。


「何度も言うようだけど、本当に俺は今、彼女を作る気はないんだ。試しに付き合うとか、不誠実な事をする気もない。悪いけど諦めてくれ。」


 ハルキが優しい口調で、だがきっぱりと断った。少しうんざりしていたが、表情や口調には出さないように気を付けたので、ハルキの内心には友坂をはじめ、由紀乃もその友達も、誰も気づかなかった。だから、なおさら誰も諦める気にならなかったようだ。


「ハルキ!付き合い出す前はその気がなくても、いざ付き合ってみたら絶対良かった、って思うはずだ。まずはこの子達が言うように、友達からのスタートでも・・・な!」

「そうですよ!そしたら、由紀乃、料理得意だから、毎日美味しいお弁当作ってくれますよ!それに」



「いや、ハルキ断ってるじゃん。お前らひつこすぎて、ウゼェよ。」



 ハルキがきっぱり断っているにも関わらず、友坂と友達2人がなおも食い下がってきた事に、横で聞いていた八峰が嫌悪感を感じて、由紀乃の友達のアピールトークをぴしゃりとぶった切った。


「なんだ、お前は?俺たちは今ハルキと話しているんだが。」


 会話を打ち切られた友坂が、不服そうに八峰に食ってかかる。だが八峰も全く負けずに、友坂に言い返す。


「だいたい、なんでお前の妹の告白なのに、しゃべってんのが兄貴のお前と友達だけなの?本人が一言たりともしゃべんねー告白なんて、聞いた事ねー。告白一つ自分一人でできない女に、なびく男なんかいるわけねーだろ。ナッツンなんて、一体何回一人で、教室まで来てハルキを説得したか分かんねーんだぞ。それひとつ取ってもお前の妹なんか、ナッツンの足元にも及ばねーんだよ。ハルキが興味ねーって言って断ってるんだから、大人しく諦めろよ。」

「っ・・・・!!」


 八峰の容赦ない辛辣な言葉に、目に涙を浮かべた由紀乃は、真っ青になりながらその場から一人で逃げ去ってしまった。


「あっ、由紀乃!待って!」


 そう言ってショートカットの方の少女が、由紀乃の後を追って、慌てて教室を出て行く。残されたもう一人の友達は、怒りを露わにして八峰を睨んだ。


「最っ低ー!!由紀乃は恥ずかしがりやなのよ!告白で、友達がサポートに入るのくらい、フツーの事でしょ!アンタの個人的な感想をいきなり押し付けてこないでよ!ねえ!?神原先輩!!今のきいてたでしょ!!なんとか言ってやってくださいよ!」

 
 ヒステリックに怒鳴りだした少女が、いきなり自分を指名してきた事にハルキは少し驚いたが、なるべく冷静に彼女に言い返す。


「ハチの個人的な感想かもしれないけど、だいたいの人間は、こいつと同じように感じると思うよ。俺もなんで本人が一言もしゃべらないんだろうって、ずっと思ってたから。とにかく俺は興味がない。諦めて二度と教室に来ないでくれ。」

「はああ!?何よそれ!!神原先輩ってこんな人だったの!!?超がっかりなんですけど!由紀乃がこんな人と付き合わなくて済んで、良かったわ!!!」


 自分の味方をしてくれるだろうと、信じて疑わなかったハルキが、八峰に加担する発言をしたことで、ただでさえ怒り狂っていた彼女は、さらに逆上した。ハルキを怒鳴りつけるだけ怒鳴りつけると腹いせとばかりに、教室の扉を叩きつける様に、乱暴に閉めながら、一人で教室から去って行った。残された友坂も「お前がそんな奴だったなんて・・・・」とハルキに失望しながら、悲しそうに教室から出ていった。

「助かったよ、ハチ。ありがとな。」

「いや別に、思ったことを言っただけだ。あいつらマジでひつこすぎ。」
「お前、ホントにはっきりしてんなあ。普通、思っててもあそこまで強く言えねーよ。」

 そう言って、ハルキはおかしそうに笑った。八峰の思ったことが全て口に出る裏表ない性格は、ただ単に性格が悪い人間と受け取られてしまう事もあるが、ハルキは彼のそういう部分が好きだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 失意のまま自分の教室に帰った友坂は、ハルキの態度がおかしかったのは、何か原因があるのではないかと思い始めていた。実際には、ハルキは別段おかしな言動は取っていないのだが、友坂の中では、ハルキは常に友達である自分に、友好的な人物であると記憶されていたため、ハルキが協力的でないという事が「イメージと違うから彼がおかしい」と結論付けてしまったようだ。

 友坂は、ハルキの周辺情報について、色々調べているうちに例のナツオの噂を耳にすることになった。友人の友人経由で、一通りの話を聞いた友坂は納得する。


(ハルキの態度がおかしかったのは、その高橋とかいう悪女に誑かされいるせいだったのか!やはりそうか!通常のハルキなら、俺にあんな態度を取るはずがない!俺は友達としてアイツの目を覚まさせてやらないと・・・!そうしたら、きっと由紀乃とも上手くいくはずだ!)

 
 友坂は一人で勝手にそう結論付けると、次の日の昼休み、激しい正義感に燃えながら、ハルキの教室に赴いた。教室につくとハルキの姿は見当たらなかったが、しばらく待っていれば、そのうち帰ってくるだろうと思い、教室の入り口付近で待機していると、彼のいる入口と反対側の入口から、ナツオが教室に入っていくのが見えた。


(あ!あれは例の悪女、高橋夏緒だな!!!またハルキを誑かしに来たのか!許せん女だ!!)


 友坂は急いでナツオの後を追い、あっという間に彼女の前に回り込んだ。


「おい!お前、高橋夏緒だな!」
「え・・・そうだけど・・・貴方は・・・?」


 友坂は、高圧的な態度でナツオに話しかける。自分が正しいと信じて疑わない友坂は、ナツオに正義の鉄槌を下す気満々だった。

 一方、ナツオの方は先日に引き続き、またしても知らない男子から名指しされた事に、嫌な予感を感じていた。しかも今回は輪太郎の時より、はるかに自分に対して悪意がある態度だったのでなおさらだ。


「俺は、小学校からのハルキの友達で、2組の友坂将一という者だ!お前がハルキの周りをうろちょろして、ハルキたちを誑かしている事は、知っている!ハルキみたいに真面目で、友達思いの良い奴を、顔が良いという理由だけで他の男同様に、自分のものにして弄ぼうなど、言語道断だ!お前のような悪女より、俺の妹の由紀乃の方が、一途で優しくその上美人で、ハルキに100倍お似合いだ!お前はもうハルキに二度と近づくな!」

「ええっ、何それ!またその噂なの、私はそんなことしてないよー!」


 友坂から見当違いに糾弾されたナツオは、困惑したようにそう答えると、自分を見下し圧迫感を与えながら、目の前に立ちはだかっている友坂から距離をとろうと、その場を移動しだす。


「おのれ!!逃げる気か!!」


 ナツオが、話の途中で逃げたように感じた友坂は、そう言いながら思わず彼女をつき飛ばしてしまった。友坂自身は、それ程力を込めたつもりはなかったのだが、体格が良く筋肉質の友坂と細く体の小さなナツオとでは、ウェイト差がありすぎたせいで、思ったより吹っ飛んでしまい、近くにあった机を巻き込んで、盛大に転ばせてしまった。

 その音の大きさに、教室中の人間が彼らに一斉に注目した。一瞬マズイと思った友坂だが、プライドが高い彼は、皆が見ている前で自分の過失を認めて、平謝りする事など、とてもできなかった。そもそもナツオの様な悪女に、そんな丁寧な対応をする必要もないと気持ちを切り替え、彼女を糾弾する態度をそのまま崩さないことにした。



「高橋さん!!!」
「ナッツン!!」
「ナッちゃん!!!」
「ナツオ!!!」


 教室にいた雪村、八峰、南、影太が、ナツオが転ばされた事で一斉に立ち上がって、彼女の名を呼んだ。


「大丈夫か!?ナッツン!!頭打ってねーか!!?」

「高橋さん!!ゴメン!!俺らが同じ教室にいたのに、こんな事になるなんて!!」


 南と影太よりも、ナツオの近くにいた雪村と八峰が、即座にナツオの近くに駆け寄って彼女の身を案じた。二人は友坂とナツオが話していることに、彼女が着き飛ばされる少し前には気が付いていたが、まさかいきなり暴力を振るうとは、二人とも想像していなかった。


「た、高橋さん・・・!」

 教室の遠くの方で見ていた詩乃も、一歩遅れてではあるが、ナツオのもとに駆け寄ろうと慌てて席を立つ。


「詩乃ちゃん、ダメ!危ないわ!!!今行ったら巻き込まれるわよ!!!」
「心配しなくても、大の男が4人もフォローしに行ってるから、大丈夫だよ。」

 ナツオのもとへ行こうとした詩乃の身を案じて、近くにいた樹莉と捺生が止めに入った。



「それにしても・・・輪太郎よりさらにアホな奴が、この学校にいたなんて・・・。」



 樹莉が友坂の方を見ながら、ぼそりと呟いた。




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