第9話-6





「いたた・・・あ・・・ユッキー、ハッチーありがとう・・・大丈夫だよ、ちょっと転んだだけ。」

 ナツオは、そう言って手を差し伸べてくれた雪村によって、立ち上げてもらう。それを見た友坂は、また激しい義憤にかられ、ナツオに向かい声を荒げた。

「ハルキ以外の男も誑かしているのか、この悪女め!!!」


 また始まった・・・と友坂の理不尽な糾弾に、ナツオは気が滅入りそうになったが、近づいて来ようとする友坂の前に、南と影太がすかさず立ちはだかって、彼を睨みつけた。


「何が悪女だ!!!いきなり暴力を振るってくるなんて、お前の方がよっぽど暴漢だろ!!!女の子に・・・!!ナッちゃんになんてことするんだよ!!!!」


 いつも温厚な南が、激怒して声を荒げている姿を目の当たりにしたナツオは、唖然とする。


(え・・・・「お前」!?南君が人の事を「お前」なんて言うところ、初めて見た!!というか、こんなに怒ってる南君を初めて見た・・・!!)


 普段は穏やかで、言動に女性的な所がある南だが、怒った姿は完全に男だった。それも、思わず庇われているこちらまで、ビクリとしてしまう程迫力がある。雪村もマジ切れすると、だいぶ雰囲気が変るが、それに負けてないな・・・とナツオは思った。


「テメー、突然、悪女だなんだとありもしない、いちゃもんつけて来やがって、頭イカれてんのかよ!!うちのナツオに、何してくれんだ!!!!」


 南が怒鳴ったのに続けて、間髪入れず今度は影太が、友坂を勢い良く怒鳴りつけた。影太は友坂と比べるとだいぶ背が低いが、先日の理緒と同じく、身長差など少しも気にしていない様だった。普段は理緒に負けっぱなしの影太だが理緒の兄弟だけあって、実はかなり気が強い性格だったのだ。


(え・・・「うちのナツオ」!?影太がそんな事言うなんて、びっくりなんだけど!?というか影太が私の事で、そんなに怒るなんて思わなかった・・・・!!!)

 
 ナツオはそんな影太の姿を見て驚いていた。普段はナツオにわりと冷たい影太だが、実は結構、家族思いな性格をしていた。もし危害を加えられたのがナツオではなく、普段あまり仲の良くない理緒だったとしても、彼は同じ対応をしていた。ナツオはそんな影太の一面を、この時初めて知ったのだった。


「本当に話通りだな・・・こんなに大勢の男を手玉に取っているなんて・・・!」


 南と影太が激怒する様子を見ても、友坂はまだ自分の先入観を信じて疑わない発言をした。


「お前はさっきから、何ワケの分からない事を言っているんだ!根も葉もないくだらない噂を信じきって、女の子にいきなり暴力を振るうなんて、恥ずかしくないのかよ!!」

「テメーはとりあえず、土下座してナッツンに謝れ!!」


 ナツオを自分の背中に庇う様にして並んだ雪村と八峰が、代わる代わるイラついた口調で友坂を非難した。二人とも完全にキレている。


「な・・・なぜ俺が謝る必要があるんだ・・・!!」

 
 友坂は雪村と八峰から同時に強く睨まれて、若干、怯みつつも理解できないといった反応をした。


「もうコイツはダメだな。・・・・お前ちょっと来い!」

「あ、アッちゃん。」

 
 トイレに出ていた武田が、戻ってきて教室の出入口で一部始終を見ていたようで、真っすぐこちらへ向かって歩いて来ると、友坂の首根っこを乱暴に掴み上げた。武田はナツオと友坂のやりとりを、最初から見ていたわけでは無いが、先日起こった輪太郎との話も八峰から聞いていたので、何があったかは、途中からでも普通に分かった。今回もまた同じようなことが、起きたのだろうと思ったのだ。


「なっ・・・何をするんだ・・・!!??」

 
 自分より大きく、強そうな武田に首根っこを掴まれ、引きずられるように歩かされ始めた友坂は、完全に怖気づいて、思わず悲鳴のような声を上げる。


「あ?お前、言っても分かんねーみたいだから、ちょっと体に教えてやるんだよ。」

 
 静かにキレた武田が、怒りを露わにして、友坂に物騒なことを言い出した。武田は普段、別に怒っていない時でも雰囲気に威圧感のある男だが、そんな彼が本当に激怒した時に、相手に与えるプレッシャーは普段の比ではなかった。雪村や南よりもさらに迫力があった。


(え・・・武田までめちゃくちゃ怒ってる・・・!?な・・・なんで?私がちょっと転ばされただけで、皆そんなになっちゃうの・・・??ていうか武田が怒ってるとこ、初めて見たかも・・・恐っ・・・!!!)

 
 武田が自分の事で、そんなに怒ると思っていなかったナツオは、武田と友坂の二人を唖然とした表情で見つめる。同時に、キレている武田の尋常ではない迫力を目の当たりにして、武田だけは絶対敵にしたくないな・・・と本能的に感じた。


「アッちゃん、殺していいよ、ソイツ。」
「頼んだぞ、武田。」


 八峰と雪村が二人揃って、武田を応援するような発言をした事に、ナツオは戸惑った。


(え、え?身体に教えるって・・・何発か殴るって意味だよね・・・!?そんな物騒なこと言ってるのに、ハッチーは殺していいとか言ってるし、それにあの冷静なユッキーが、武田を止めないなんて・・・!!)

 ナツオはあまりの事に混乱して、呆然とした。




「厚士。悪いけど、そいつちょっと離してくれねーか。」



 いつのまにか教室に戻ってきていたハルキが、教室後方の出入口から、武田の方に歩み寄り、彼に声をかけた。

 ハルキの険しい表情を見て、何かを察した武田は、無言で友坂から手を離す。


「ハルキ・・・!助かった!お前なら助けてくれると思ったぜ!こいつら皆おかしいんだ・・・!」


 友坂は、武田が手を離したことに安堵して、ハルキに向かって礼を言う。完全に自分の味方だと思ったようだ。




(あ、ハルキ!良かった、ハルキだけは普通みたい。)

 ―――――とナツオが思った次の瞬間



バキッ




 という音を立てて友坂が思い切りふっとんだ。ハルキが友坂を本気の力で、殴り飛ばしたのだ。見ていた教室の生徒の何人かが、突然の事に悲鳴をあげた。


「な・・・何するんだ、ハルキ!!!」

 
 殴り飛ばされ、豪快に尻もちをついた友坂は、殴られた自分の右頬をおさえながら起き上がり、混乱気味にハルキに訴える。


「お前こそ、ナツオに一体何してくれたんだよ!!!ナツオは俺の恩人だ!!危害を加えるなら、お前なんか、もう友達でもなんでもねー!!!二度とナツオの前にも俺の前にも現れるな!!!」

 ハルキはこの上ない程激昂して、友坂を怒鳴りつけた。ナツオはハルキの怒りの強さにも驚いてしまう。




(普通かと思ったら、ハルキが一番ヤバかった・・・!!!)




「は・・・ハルキ、お前はその女に騙されて・・・うわあああ・・・・!!」

 友坂がナツオを非難する言葉を口にしようとした瞬間、ハルキ、雪村、八峰、武田、南、影太が皆して一斉に、友坂の胸倉に掴みかかる勢いで彼に詰め寄り、激しく睨みつける。


「ナツオに、これ以上おかしな事言ってみろ!!もう一発ぶん殴るぞ!!!」
「テメー!殴られても、まだ分からねーのかよ!!」
「高橋さんがそんな事するか!!いい加減にしろ!!」
「僕からも殴られたいのかよ!!!??」
「頭わりーのもいい加減にしろ!!!」


 ハルキ、八峰、雪村、南、影太が、ほとんど一斉に友坂を怒鳴りつけた。無言だが、武田も一緒になって彼を睨んでいる。


「ひ・・・ひぃ・・・・!!!」

 
 友坂は、6人に取り囲まれて完全に怯えた表情になり、教室から逃げて行った。6人もの人間から庇われたナツオは、生まれて初めての事に言葉が出ない。



(これって、もしかして友達バリアー・・・・?私の・・・!!?)



 以前、さんざん手を焼かされたハルキの友達バリアーと同様のものを、まさか自分側で形成する事になるとは、夢にも思っていなかったナツオは驚いた。しかもナツオの友達バリアーは、ハルキのそれとは比べ物にならない程規模が大きく、かつて敵バリアーだった雪村と八峰、そしてハルキまでもを、根こそぎ取り込んで全員味方にしていた。ナツオは信じられない気持ちになる。


「ナツオ!!大丈夫か!!ゴメンな!俺の知り合いが変なことして!!!」


「あ、いや大丈夫だよ、ハルキ。ちょっと転ばされただけ・・・皆からこんな庇ってもらえるなんて思わなかった、ありがとう。それにハルキのバリアーだったユッキーやハッチーまで、私の友達バリアー化しちゃうなんて、ちょっと意味が分からない・・・驚いたよ・・・。」

 慌てて近寄ってきたハルキが、この上なく申し訳なさそうにナツオに謝罪した。ナツオは戸惑いながらも、皆にお礼を言う。


「いや、意味は分かるだろ。高橋さんとは今はもう友達になったんだから、ピンチの時は、友達バリア―位いくらでもなるよ!俺はもう二度と高橋さんの敵にはならない、これからはずっと味方だよ。」

「ナッツンお前は、過去に囚われすぎた。これが俺たちの友達に対するフツーの態度なんだよ。暴力振るわれてたら、庇うのくらいは当然だ。」


 雪村と八峰が、ナツオを気遣うように話しかけた。

 「過去に囚われすぎ」という八峰の言葉が胸に刺さる、ハルキの友達バリアーだった頃の印象が強すぎるせいで、もはやハルキ本人よりも敵だったという認識が強く残る二人だが、考えてみれば先日、輪太郎から責められた時も雪村は、ナツオのために怒ってくれていたし、ここ数か月バレンタインデーチョコをあげたり、ホワイトデーにお返しをもらったりして、八峰とも雪村ともずっと良好な関係だった。本当に二人は、もう自分の友達になってくれていたんだなとナツオは実感して、嬉しくなった。


「南君や影太もありがとう、皆に庇ってもらえて嬉しいよ。」

「ナッちゃん、なんなのさっきの変な奴?ずっと付きまとわれてたの?」

 南が不審そうにナツオに尋ねる。


「あ、いや今日が初めてだよ。私のせいで、南君たちまで悪く言われちゃってゴメンね・・・。」

「ええっ!?何それ!ナッちゃんは、何も悪くないでしょ!!」

「ナツオ、お前は自分を責めすぎだ。勝手に変な噂バラまいてる奴が悪いに決まってるし、それを妄信して攻撃して来る様な奴はただのクズ野郎だ。お前はそんな奴の事を、気にするな。」

 南とナツオの会話を影太が遮る。


「ありがと、影太・・・。そういえばこの前ハッチーにも同じ事言われたよ。・・・・武田もありがとう、武田まで怒ってくれるとは思わなかったよ。」


 ナツオは意外そうな顔で武田を見た。武田はハルキの時でさえ、バリアー化していない。だからナツオの友達バリア―になってくれるとは、思っていなかったのだ。


「気にするな。俺がいる前で、お前が変な奴に怪我でもさせられたりしたら、花菜子に何言われるか分からねーからな。また現れたら、潰してやるから安心しろ。」


 ナツオが礼を言うと、武田はぶっきらぼうにそう答える。その言動が、あまりにもいつも通りの武田だったので、ナツオは思わず笑ってしまった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



(クソー・・・なんで俺がこんな目に遭うんだ・・・!ハルキがここまで、あの悪女に骨抜きにされてしまっているなんて思わなかった・・・。だが向こうはハルキ以外にも、あの女の味方が5〜6人いるし、もう俺一人の力ではどうにも・・・・)


 完全に敗北し教室へ逃げ帰った友坂だが、彼はまだ諦めていなかった。だがナツオの配下の男が多すぎて、とても敵いそうにないと感じた彼は、途方に暮れた末、ある人物を頼ろうと考えた。多少手間取ったが、旧友のつてを頼って「彼」の連絡先を突き止めると、さっそく電話をかける。



「もしもし・・・!真太郎か・・・・!?」



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