第9話-8
「声かけただけじゃないだろ!!!完全に痴漢してただろーが!!!!」 「うるさいブス!!俺は何もしてねー!!大体そっちから色仕掛けしてきたんだ!!俺は被害者だ!!!」 ナツオの怒号が、交番内に響き渡る。ナツオは登下校の道のりの近くにある交番内で、男と言い争っていた。 遡ること約15分前。ナツオは一人で学校から下校していた。歩道を歩きながら、ふと隣にある公園に目をやると、人気がない公園内のベンチ付近で、中学生くらいのセーラー服を着た小柄な女の子が、50代半ばくらいで身長が165センチ程度の男にしてはやや小柄な、恰幅が良くガラの悪そうな男に絡まれているのを目撃した。ナツオは女の子を助けるため、迷うことなくその中に割って入った。 女の子は、男から体を触られて完全に怯えており、涙目になっていた。最初は感情的にならないように気を付けていたナツオだが、男はひどく悪酔いしており、全く話が通じる状態ではなかった。そしてあろうことか、ナツオの仲裁に逆上した男が、ナツオに掴みかかってきたので、ナツオも掴み返してお互いに大声で怒鳴り合い一触即発の状態になってしまった。その異変に気づいた別の歩行者が、警察に110番したらしく、近くの交番から警察官が二人走り寄ってきて、今にも殴り合いのケンカになりそうな二人を引き離し、交番まで連行することになった。 しかし、交番に着いてからも男は悪びれる事なく、挙句の果てに責任を相手の女の子になすりつけ出した。この発言に、ただでさえキレていたナツオはさらに激高して、男に殴りかかろうとしたが、それまで唖然としながらその光景を見ていた警察官の男性が、慌てて我に返りナツオを後ろから羽交い絞めにして動きを止めた。 「こ・・・こらっ!落ち着いて!落ち着いてください!ぼ・・・暴力はダメですよ!話し合いましょう!ね!」 40代くらいの優しそうな警官は、ナツオの勢いにたじろぎながら必死に説得を試みる。 「お巡りさん!!この女逮捕してくださいよぉー!!お巡りさんが止めてなかったら、俺殴られるところだったんですよぉー!!」 「何が逮捕だ!!!逮捕されんのはお前だろうが!!!この痴漢野郎!!!!その子がお前のせいで、どんだけ怖い思いしたと思ってんだ!!女の子に土下座して謝れ!!この最低野郎が!!!」 学校の先生に告げ口をするような、幼稚な口調で男が警察官に訴えだしたのを見て、ナツオは警察官に押さえられた状態のまま、それを全く意に介さない勢いで、さらに激しく怒鳴り散らし始めた。そこへ現れた真太郎は唖然としながらその光景を見る事となる。 ハルキと屋上で話している最中に電話がかかってきて、彼の3個下の妹が、痴漢されたので交番まで来てほしいと、警察官から連絡がありやって来たのだ。警察官は先に真太郎の両親に連絡をしたが、彼の両親は共働きの為繋がらず、真太郎の出番となったのだ。 真太郎の妹の日和(ひより)は、部屋の隅の方で、怯えながらその様子をただ見つめていた。真太郎が来たことに気づくと、安堵した事で大泣きしながら、彼の元に駆け寄って来た。 「わーん!!お兄ちゃああん!!!」 「日和、怖かったな。もう大丈夫だ。ところで・・・・」 真太郎は「この凄まじい勢いで、痴漢に抗議している女子高生は誰なんだ?」という目で日和を見た。 「あ、この方は、通りすがりに偶然私を見つけて、助けてくださった方で・・・」 「えっ・・・・あ!!!真太郎!!?」 日和がおずおずと真太郎に説明しだしたところで、ナツオが真太郎の存在に気がづいた。 「・・・・は?」 真太郎はぽかんとした。知らない少女が、突然自分の名前を口にしたからだ。しかしこの見知らぬ少女に、真太郎はどこかで会った様な気がしてならなかった。この相手を射殺さんばかりの強く鋭い視線と、牙をむく猛獣のような凄まじい怒り方・・・。どこかで・・・。 「すまん、ちょっと誰か分かんねー。なんで俺の事知ってるんだ?」 「ああ、私、ナツオだよ!!高橋ナツオ!!久しぶり!小学生の時以来!!真太郎が昔と全然変ってないから、すぐに分かったよ!」 ナツオの返答に、真太郎はすぐには言葉が出ない程驚く。それと同時に猛烈に納得した。この烈火のような怒り方は、まさしく彼の知るナツオそのものだったのだ。 「ナ・・・・ナツオ!!?お前、女だったのかよ!!」 「あはは!ゴメン言わなくて!でも、真太郎はなんでここに??」 「いや、妹の日和が痴漢されたって警察から電話があ・・・」 「痴漢なんて俺はしてねー!!!俺は悪くねー!!!!さっさと解放してくださいよ!その女達の狂言だ!でっちあげだ!!冤罪だあああ!!!」 真太郎が発した「痴漢」というワードに反応した男が、また自分勝手な事をわめき出した。 「っこの・・・!」 「 黙 れ 。 」 ナツオが、言い返そうとしたのを遮って、真太郎が男に向けて殺気を放ちながら静かに一言、そう言い放った。その瞬間、交番内は完璧に静まり返る。男は今までの勢いはどこへ消えたのかという程、怯えた顔で黙り込んだ。まるで蛇ににらまれたカエルの様に圧倒的な力の差がある事がたったそれだけのやり取りで、はっきりと誰の目にも解った。 その後の警察官からの取り調べに応じた男は、真太郎に睨まれながらだったため、観念したように大人しくなり、自分の罪を認めた。典型的な「弱い者に強く、強い者には弱い」気の小さな男だったのだ。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 日和やその家族は、おそらく明日以降も警察から呼ばれる事になるだろうが、今日の取り調べが済んで、ひとまず解放された三人は、痴漢男を警察に残し交番を後にした。 真太郎がナツオにお礼がしたいと言うので、近くのファミレスへそのまま三人で入る。 「すまんなナツオ、日和を助けてくれてありがとう。おそらく両親が、また改めてきちんとした礼をすると思うが、今日んところは、俺からも軽く礼をさせてくれ。腹減ってるか分んねーけど、好きなもん頼んで食ってくれ。」 「ありがとう真太郎!大した事してないけど、とりあえず、日和ちゃんに怪我がなくて良かったよ。それにしても、真太郎は強くていいなあ。あの男、私があれだけ怒鳴っても、舐められて全然余裕の態度だったのに、真太郎が一言口開いただけで、黙っちゃうんだもんなあ・・・。」 ナツオはむぅ・・・っとしながら、唇を尖らせて真太郎に不満の言葉を口にした。あれだけあからさまに態度を変えられると、自分が本当に舐められていたのだと実感せざるを得なかったからだ。 「そ・・・そんなことないです・・・ナ・・・ナツオさん、とっても恰好良かったです・・・!私・・・背が小さくて弱虫だから・・・ナツオさんみたいな、小さいのに強くて格好良い女の人、すっごく憧れます・・・・!!あの、今日は助けてくださって本当にありがとうございました!!」 真太郎の隣に座り、テーブルを挟んだ向かい側に座ったナツオを恥ずかしそうに見ながら、おずおずと日和がしゃべりだした。日和は、ワイルドな見た目をした真太郎とは全く似ておらず、小柄で気が弱く、儚げな雰囲気のあるかなりの美少女だった。 彼女はずっと、自分は小柄なので弱いのは仕方ないと考え、本当はもっと強く生れたかったと願う気持ちを諦めていたが、自分と同じくらい小柄な上に自分よりさらにか弱そうな容姿をしたナツオが、あそこまで果敢に大の男に立ち向かって行った事に、大きな感銘を受けていたのだ。 「え、!私チビだし格好良いなんて言われると思わなかった!ありがとう・・・!!嬉しいよ!」 「お兄ちゃんはナツオさんと、どういう知り合いなの?」 「小学校の頃の野球仲間だよ。学校は違ったけど、多い時は週に2、3回位野球広場で会ってたっけな。ナツオお前、見た目ものスゲー変ってるのに、性格、子供の頃のまんまじゃねーか。」 昔と変らないナツオに、真太郎はなんとなく安心感を覚えて、思わず笑みがこぼれた。 「え、そうかなぁ?私も一応成長してる・・・と思うよ!」 「ナ・・・ナツオさん!あのっ・・・良かったら、その・・・私とお・・・お友達になってもらえませんか・・・!」 日和が、顔を真っ赤にして、照れくさそうにナツオにそう申し出てきた。 「えっ、本当!?嬉しいよ!ありがとう日和ちゃん!!いい?真太郎?」 「日和の恩人のお前にダメなんて言うわけねーだろ。お前が良ければ、好きなだけ日和と仲良くしてやってくれ。」 真太郎の返事にナツオは笑顔になって、日和を見る。日和の方も嬉しそうにナツオの顔を見た。それからお互いに連絡先を交換したり、雑談しながら注文したパフェやスイーツを食べて三人で楽しいひと時を過ごす。 「ところで真太郎右目のところ、どーしたの?」 ナツオは真太郎に尋ねる。真太郎は右目の上あたりから、斜め下に切り傷の跡の様なものがくっきり残っていた。そのせいで、ただでさえ雄々しい真太郎の見た目が、さらにワイルドに、そして柄が悪そうに見えてしまっていた。実際の真太郎は、硬派でケンカは強いが、別に柄は悪くない。傷自体は完治しているようだが、小学生の頃には無かったものなので、ナツオは気になった。 「ああ、これか、去年お前みたいな奴にやられた。」 「ええー!?私、真太郎の顔を刃物で傷つけたりしないよー・・・・。」 真太郎の意外な回答に、ナツオはショックを受けた。 「ああ、悪い。そういう意味じゃねー。怒ると人格変る女子にやられたんだよ。普段は、お前みたいに大人しい奴なんだけどな。」 「え!?女の子にやられたの?!その人、二重人格なの?私は怒っても別に人格は変ってないよ。」 「二重人格ではねーな。お前と一緒で雰囲気がすげぇ変るだけだ。ナツオ、お前自分が豹変してる自覚なかったのかよ。そういえばお前、小学生の頃はいつも誰かしらと戦(や)り合ってたけど今でも、いつもそんな調子で男と戦(や)ってんのか?」 「そんなワケないでしょ。私もう高校生だよ!さっきの男相手にだって、暴力沙汰にはなってなかったでしょ。」 「いや、完全になりそうになってたじゃねーか・・・。」 真太郎は、警察官から力づくで必死に止められていた先程のナツオの姿を思い出して、額に汗をにじませた。 「あれはその・・・あいつの言い分があまりにも酷かったから。罪のない女の子にお前が悪いって言ってきたんだよ?・・・・その他は、まあ・・・武田と勘違いで少し戦ったくらいだよ!後は本当に最近は、ケンカとか全くしてないよ!」 「武田!!?お前、武田と戦ったのかよ!?アイツ今度は一体何したんだよ!?」 ナツオが出した武田という言葉に、真太郎は驚愕した。ナツオと武田では、どれだけウェイト差があるか分からない。その上、キレた時の武田の強さと凶暴さを真太郎は、よく知っていた。彼でも相手にするのを躊躇ってしまうヤバい男だったからだ。 「あ、いや違うの。武田が詩乃ちゃんを・・・私の友達を人質に取ったって言ってきたから、思わずキレちゃったんだけど、結局、武田は私を挑発しただけで、詩乃ちゃんには何もしてなかったから、その後すぐ和解したよ!」 「・・・いや、でも戦(や)るには戦(や)ったんだろ?武田相手にケンカして、よく無傷で済んだな。」 「いや、済んでないよ。私が殴りかかったら、武田に避けられたから、後ろにあった窓ガラスをそのまま突き破って、手からめちゃくちゃ血が出た。武田からは何もされてないから、まあ自爆なんだけどね、恥ずかしい・・・。」 「お、お前・・・・・・・・・何やってんだ・・・・・・。」 ナツオがさらりと凄い事を言ってきたので、真太郎は思わず言葉を失った。本当に小学生の頃から何も変っていないむちゃくちゃな性格だ。 男のフリをしていたと知って、あの時は少し虚勢を張って男らしく振舞っていたのかもしれない、と一瞬思った真太郎だが、別にそんな事は全然なく「当時のアレ」は全てナツオの素の姿だったのだと完全に納得した。そして「女の力で窓ガラスって突き破れるのかよ」と妙なところに感心してしまった。 「そういえば、さっきお前の学校行ってハルキに会って来たんだ。アイツ去年荒れてたらしいけど、それもお前がなんとかしたらしいな?」 「ああー・・・・。あれは本当に大変だったよ。ハルキを説得しようとしても、ハルキからもハルキの友達たちからも嫌がられて、全員と思いっきり敵対することになっちゃって。今は和解して、皆と友達になったけどね。」 「皆と友達になったのかよ。スゲーなお前・・・・。俺にはぜってー出来ねーよそんな事。」 「そう?友達になってみると、皆すごい良い人たちだよ?この間も私が妙な言いがかりつけられて他クラスの男子から絡まれた時、皆して私の事庇ってくれたしね。武田もその時、私の友達バリアーになってくれてたよ。」 「他クラスの男子に?なんでお前が絡まれる事になったんだ?」 「んーなんか、私がハルキやハルキの友達と、今までずっと仲悪かったのに、和解して急に仲良くなったのを見て、私が「皆のことを誑かして体で落とした」って校内で噂されちゃって、その噂を信じたハルキの友達が、私に「ハルキから離れろ」って言って暴力振ってきたんだよね。それで、その時教室にいた私の友達が、皆してソイツにすごく怒ってくれたの。」 「はーーお前、そんな噂たてられてんのか、ハルキを助けただけなのに、お前も苦労してるな。」 ナツオの話に耳を傾けながら、真太郎は「アレ・・・?」と思った。この話をどこかで聞いた事があった様な気がしたのだ。 (体で落とした・・・・何人もの男を・・・・ってまさか・・・!!!??) 真太郎は、ハッとした。ナツオに絡んで暴力を振った相手というのはまさか・・・と思い当たったところで、彼のポケットに入っていた電話が鳴り出す。画面に映し出されていた着信相手の名前をみると、それはまさに今真太郎が思い浮かべていた男だった。 真太郎はナツオとの話を中断し、彼女に断りを入れてから、電話口に出る。 「友坂か。どうした?」 「真太郎か!?今日うちの学校に来ると言っていたが、例の悪女の件はどうなった!」 「ああ・・・、ハルキと話したよ。ハルキからは「クラヤミエの件はもう解決したから大丈夫だ。」と聞いたのでそのまま引き上げたが。」 「クヤヤミエ?誰だそれは!?俺が言っている悪女というのは高橋だ、6組の高橋夏緒という女だ!」 真太郎は、友坂の様子を伺うために一応、ハルキ言い分も告げたが返って来た答えは真太郎の予想通りのものだった。 真太郎は、先程の武田との会話を思い出していた。「大胆に挑発された」とか「こんなスゲー事する女」だとか意味深な言い方をされて勘違いしてしまったが、つまりは、ナツオが窓ガラスを割った時の話をしたのだろう。 (全部きれいに繋がったぜ。武田の奴・・!!アイツに一杯食わされたな。) 確かにいきなり窓ガラスを割る程の勢いで殴りかかってこられたら、「挑発された」と言えるし、女のナツオがそんな事をしでかしたら、「こんなスゲー事する女」と言われてもおかしくはない。おかしくはないのだが、さっきの武田は明らかに意図的だった。真太郎は、彼があれ程大笑いしていた理由が今になってやっと分かった。 「友坂、お前はナツオの事を完全に勘違いしているよ。アイツは悪女とか言われる女じゃない。お前の聞いた噂は全部デタラメだ。」 真太郎がそう言うと友坂は納得いかなそうに、あれこれ反論してきたが、真太郎は全く意に介さず彼を説得し続けた。次第に友坂は最初の勢いをなくし、最後はしぶしぶ納得したように電話を切った。 「友坂が迷惑を掛けたみたいで悪かったなナツオ。一応説得したが、アイツが理解できたかはちょっと分からねー。もしまた迷惑を掛けられる様な事があったら俺に言ってくれ。またお前の学校行くから。」 「ありがとう、真太郎!助かるよ!」 電話を終えると、ナツオを気遣う様に真太郎はそう告げた。友坂との会話を聞いていたナツオは、友坂に対し真太郎がフォローしてくれた事に素直に礼を述べた。 (確かにナツオの「周りを自分の味方にする力」はスゲーな。俺が確実にコイツの味方になるって武田の奴が予想したのは、そういう事だったのかよ。なるほどな。) 日和と仲良く談笑しているナツオを見ながら、真太郎は謎が解けてすっきりした気持ちになった。 |