第9話-9
(そういえば、イチとケンカしたまんまだったな・・・) 真太郎を見送ったハルキは、先程の彼との話を思い出していた。忘れていたわけではないが、真太郎から改めて言われた事で、去年市村とケンカをしてしまった事について考えざるを得なくなった。 ケンカをしたのはハルキが最も荒れていた頃で、今は、昔の様に穏やかな気持ちに戻っていた。とはいえ、市村の事をかなり思い切り怒らせてしまったという事実は変わらない。ハルキは彼と仲直りしたい気持ちを抱えながらも、気まずさゆえに、ずっと自分から謝りに行く事ができないでいた。 (ナツオに比べて、俺は情けなさ過ぎるな・・・。) ハルキは、ナツオが去年自分にしてくれた事を思い出す。あれだけ辛辣な態度を取り続けたにもかかわらず、ナツオは絶対に諦めず、実に4ヶ月以上一人きりで戦い抜き、ついにはハルキを救い出す事に成功したのだ。 (ナツオに相談したら、多分夢の中でアイツが言っていた事と同じ事を言いそうだ。) ハルキが以前夢に見たナツオは、ハルキが市村に謝りたいなら自分もついて行き、一緒に謝ってくれると言っていた。夢のナツオは性別が男だったが、多分今の女のナツオでも言う事は全く変わらないだろうとハルキは思った。 (ナツオが頑張ったんだから、俺も一人で頑張らねーとな・・・。) ハルキは決意を決めた。そして、ナツオが妙な気を使ってしまわないように、すべて解決するまで市村とケンカをしている事は伏せておこうと思った。 ハルキは市村ともう一度話をしようと、小、中学校が自分と一緒だった牧村に、再び連絡を入れた。牧村経由で連絡したのはハルキが、市村の連絡先を知らなかったからだ。最初牧村からは市村が拒否しているので、ハルキと会わせる事ができないと言われ断られたが、ハルキが諦めずに牧村に連絡を取り続けたことで、しぶしぶながら牧村が折れた。牧村一人で市村に会いに彼の学校に行くから、二人だけで話そうと言って市村を説得し、その場にハルキを連れて行ってしまうという、強引な作戦に打って出たのだ。 結果として市村を余計に怒らせてしまい、話し合いをするどころの空気ではなくなってしまった。完全に失敗に終わりハルキは落ち込んだ。 (たった一回追い払われただけで、こんなに精神的にくるものなのかよ・・・。) ハルキと牧村が市村の学校に押しかけた時、牧村はあくまでも仲介役であり、中立的な立場を貫いていたので、ハルキの味方をしてくれたわけではないが、とりあえずハルキは一人きりで会いに行ったわけではなかった。その上市村と一緒にいた彼の友達二人も別にバリアー化していなかったし、市村からは言葉で拒絶されただけで、ハルキがナツオにしたように壁を蹴って追い払うような乱暴な事もされていなかった。 (ナツオ・・・本当にゴメン・・・あの時は「ナツオはこんな簡単に泣く様な奴じゃない」とか勝手な事を思っちまったが、あれは泣いても仕方ない・・・。俺なんてイチが壁蹴ったわけでもなんでもねーのに、普通に泣きそうになっちまった・・・。) だが、ここで諦めるわけにはいかない、とハルキは思った。全ての状況がナツオより緩いのに泣き言なんて言えるはずがない。どんなに落ち込んでいてもナツオに愚痴る様な事は絶対にできないし、なんとしてでも誤解を解いて、市村と和解したいとハルキは強く思った。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「・・・キ?・・・ハルキ・・・?」 「あっ!悪いボーっとしてて!どうした、ナツオ?」 「いや、話しかけても上の空だったから、どうしたのかなって・・・。」 ナツオは相変わらず、毎朝ハルキに迎えに来てもらいハルキと一緒に登校していた。だが最近のハルキはなんだかいつも、心ここにあらずといった感じで、何か様子がおかしかった。ナツオはハルキに何かあったのだろうかと心配になる。 「あ、ごめんごめん!ちょっと昨日寝不足だったからボーっとしてただけだ!」 「そうなの?でもここのところずっとだよね?何かあった?」 「い、いや!何もねーよ!心配しないでくれ!」 ナツオが問いかけてもハルキは、慌てたように否定するだけでナツオに理由を話してはくれなかった。 (あれから何度か、イチの学校に行ってみたけど、アポなしで行ってもやっぱそんな都合よく会えないよなぁ・・・) ハルキは気づくとその事ばかり考えていた。一度牧村に協力してもらったが、牧村からは「もう諦めたほうがいい。」とまで言われてしまい、これ以上協力してもらうのが困難な状況だった為、ハルキは一人で、市村の学校に何度か足を運んでいたのだ。 (ハードル高いけど、やっぱもうアイツの家に行くしかねーか。) 引っ越しさえしていなければ、ハルキは市村の家を知っていたので、家を訪ねるのが本当は一番早かったのだが、なかなか勇気が出ずにいた。しかし、もう他に打つ手なしというところまで来ていた。ハルキは市村の家を訪ねる決意を固めた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「ハルキの様子が変?」 「うんここ一週間くらい。なんか考え事してるみたいに上の空になってて・・・。ユッキーはハルキから何も聞いてない?」 ナツオは休み時間、雪村をこっそり呼び出して聞いてみることにした。 「確かに最近ちょっと元気ないよな。俺も詳しくは知らないけど、なんか友達とケンカしたみたいで、ちょくちょく相手の学校に話し合いに行ってるらしいよ。俺が前にハルキに聞いた時は、そんな様な事を言ってた。高橋さんは何も聞いてないのか?」 「友達とケンカ・・・全然知らなかった!ハルキに聞いても、なんでもないって言われるだけで何も教えてくれなかったから・・・。そっか、ユッキーには話してるんだね・・・。」 雪村の返答に、ナツオはなんだかショックな気持ちになってしまった。 「そう落ち込むなよ!高橋さんの事を心配させたくないから、何も言わないだけかもしれねーだろ?俺はそんな気がするよ!」 そんなナツオの様子に気が付いた雪村は、ナツオを気遣う様に優しく声を掛けた。 「そうかな、ありがとうユッキー・・・。」 そう言われて一応納得はしたものの、やはりナツオの暗く沈んでしまった気持ちは変らなかった。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ そんな気持ちを抱えたまま週末になる。ナツオは先日友達になった真太郎の妹の日和から、自宅に遊びに来る様に誘われていたので、お昼過ぎに彼女の家に向かった。日和の家も柴犬を飼っていると聞いたので、動物好きなナツオは触らせてもらう為に出向いたのだ。 ナツオが、家に着くと日和とワンコが嬉しそうに出迎えてくれた。リビングに案内されたが、彼女の両親は共働きの為両方とも留守にしている様だった。土曜日で学校が休みのはずだが、真太郎の姿も見当たらない。そんな事を考えながら犬と戯れて、日和と談笑しているうちに、別室にいた真太郎が姿を現した。 「ん?ああ、ナツオか。」 「あ、真太郎!お邪魔してます。ポチ可愛いね!」 柴犬のポチの頭を撫でながら、ナツオが真太郎に笑顔を向けた。 「ああ、去年の暮れにうちに来たばっかで、まだ子供なんだ。人懐っこいだろ?」 「うん!私、子犬触ったのって生まれて初めてだよ!」 「なんも考えずに、父さんがポチって名付けたけど、考えてみたらハルキんちで昔飼ってた犬と犬種も名前も被っちまってるな。」 「あはは、ハルキの家のポチもめちゃくちゃ可愛かったなー。あの子は私が出会った時にはもうだいぶお年寄りだったから、今はもう亡くなっちゃったけど、この子は小さいからまだまだ先が長くて安心だよ。」 「ハルキ、といえばアイツ、イチとどうなったんだろうな?ハルキから聞いてるか、ナツオ?」 「え、イッチ―?ハルキとイッチ―なんかあったの?」 真太郎の問いかけにナツオはそんな話初めて聞くという反応を見せた。 「え、意外だな、何も聞いてなかったのか。アイツらちょっと前に大ゲンカしたらしいぜ。」 「ええっ!二人がケンカするなんて信じられ・・・・もしかして、ハルキが荒れてた頃?」 温厚な市村とハルキが、ケンカするところを想像できなかったナツオは、一瞬驚いた表情を見せたが、その後すぐ、「いや、でも荒れてた時のハルキとならあり得る」と思い至り納得した。 「俺、荒れてる時のハルキに会ってねーからアイツがどんなだったか全然想像つかねーんだけど、イチの話ではハルキが見る影もないくらい別人になってたって言ってたから、多分荒れてた頃のハルキとケンカしたんだろうな。なんか、ハルキがイチの好きな女をとったとかなんとか言ってたなー。」 「好きな人をとった!?」 真太郎の言葉にナツオは衝撃を受けた。あのハルキと市村が好きな女を取り合うなんて想像できなかった。 「ああ、俺も詳しくきいてねーから、ケンカの原因はよく知らねーんだけど、イチがそんな様な事を言ってたぜ。」 (ハルキ、好きな人いたんだ・・・。あの友達想いのハルキが、イッチ―と取り合うくらいなら本当に好きだったって事だよね・・・。あれ!?ちょっと待ってもしかして) そこまで考えてナツオは気づいた。先日雪村が言っていた、ハルキがケンカをして『連日話し合いに行っている相手』というのは、もしかして市村の事ではないかと思ったのだ。 (ハルキ・・・そんな大事な事なのに、なんで私には何も教えてくれないんだろう・・・。) ナツオは疎外感を感じた。同時にハルキが好きになったという女性に対して、どうしようもない程の嫉妬をしている自分に気が付いてしまった。 |